42周目⑥.どう思ってるんですか。
修行パートが始まった。
ある日、騎士団長さんは俺に言った。
「では、バット殿。武器の持ち方を教えますじゃ。単純なようで、これが存外に難しく、そして奥深い技術でしてな。
握る力を込め過ぎれば、構えは硬くなり、必然的に動きの冴えも損なわれます。とはいえ、緩め過ぎれば攻撃の瞬間に武器が手からすっぽ抜けて飛んで行きます故、適切な力加減が必要となります。無論、常に一定の力で握っていれば良い、という訳でもありませぬ。
武器を構えている瞬間、武器を振るう瞬間、武器が当たる瞬間――その瞬間、瞬間で力の込め方を変えていく必要があります。
流派によっては、これを奥義とする場合もある程に重要な技術です」
「はい――師匠」
ある日、騎士団長さんは俺に言った。
「では、バット殿。武器の取り扱いについてですが――まずは、武器の整備について、ですな。
バット殿の武器が、そういった整備を必要としない神器であることは存じております。ですが、それでもどうか聞いて頂きたく存じます。
我々にとって、戦いの中で携える己の武器は命を預けるものです。故に、切れ味の鈍った刃や、罅の入った刀身は当然のこと、場合によっては、柄に巻いている布の微かなほつれすら命を落とす原因となり得ます。
故に、我々は武器を最高の状態に保つ必要があります。いつどんなときにも、即座に戦いに向かえるよう――常に。
そして、それとは別に、もう一つ。武器を整備することは、自身の武器と向き合うことでもあります。例え数打ち物の一振りであったとしても、個々の武器には僅かな違いがあります。何度も何度も整備を続けていく内に、その僅かな違いに気づくことができるようになっていくのです。
やがては、刃や柄のすり減り方の違いから、その武器に刻まれた己の癖に気づけるようになります。『武器に魂が宿る』というのはそういうことですじゃ。長い間一個人に使われ続けた武器には、否応なくその使い手の存在が刻まれるものです」
「はい――師匠」
ある日、騎士団長さんは俺に言った。
「では、バット殿。いいですかな、服を洗濯するときはこう、布地と布地を擦り合わせるようにして汚れを落とすのですじゃ。体格や手の大きさや慣れなどの違いがあるので一概には言えませんが……某のやり方はですな、こう、石鹸を汚れにピンポイントで擦り付けて落としていくやり方でですな。服全体を泡立ててしまう方が楽ではあるのですが、遠征などでは石鹸はどうにも貴重品でしてな、こうやって石鹸の消費を抑えるのが癖になっておるのです」
「はい――師匠」
ある日、騎士団長さんは俺に言った。
「では、バット殿。ちょっとお茶に致しましょう。こちらのお茶は第四国の山岳地帯にある修道院が作っておりましてな。今の季節に出回っているものが、特に香り高くで風味も豊かなのだそうです……いやはやどうして、こうして身を入れてやってみるとお茶というのもなかなかに奥深いですな。この歳になっても、まだまだ世界には知らぬことだらけですじゃ」
「はい――師匠。……あ、美味いですね」
そんな風に、俺と騎士団長さんとの修行の日々が過ぎて行く一方で、魔王軍との戦いも大詰めを迎えつつある。
四天王の一人である魔導王ソルシィ(魔女っ娘)だが、なぜか魔王軍に追われていたところを俺が金属バットで助け、メガネがなでポして確保した。同じ四天王にして師匠でもあるズ・ルーとの確執の末、謀略によって放逐されたとのこと。メガネのことを「お姉様」と呼んで慕っている一方で、何故か俺に対しては「貴方なんかにお姉様は渡さないから!」などと言ってきて、何やら目の敵にされており、ちょっと意味がわからない。
意味がわからないと言えば、何か最近、仲間たちが俺とメガネを見る視線が生温かいというか何と言うか――勇者からは「お兄ちゃんはお兄ちゃんであってくれれば良いので、私に気を使う必要はないですよ?」と言われ、聖女からは「べ、別に私は彼女のことが嫌いなので何とも思いませんが……でも、貴方は殿方として、彼女に対して果たすべきことがあるのでは」と言われ、聖騎士からは「……貴方は朴念仁だと思う」と言われ、マジカルくノ一からは「ふぁいと! 何か面白そうだし応援してるでござるよ!」と言われた。やっぱりちょっと意味がわからない。
メガネの奴に何か心当たりがあるか聞こうにも、あっちはあっちでズ・ルーとの決戦を控えていたり、第七国の革命が間近に迫っていたりで忙しいらしく、あちらこちらへと飛び回っていてどうにも話す時間が取れそうにない。
仕方ないので、ちょっと天使さんに聞いてみることにした。
「どういうことでしょうかね、これ?」
「正気ですか貴方は」
と、アレクサンドリアの頭の上に乗った天使さんにいきなりキレられた。
「な、何で怒ってるんですか?」
「何で、じゃないですよねそれ? 本気でわからないんですか? バットさん?」
「え?」
「うわあ」
あーもう、と。
何やらうんざりしたような顔を天使さんはしてから、こほん、と咳払いを一つ。
「いいですか――バットさん」
「え、はい」
「バットさんは――メガネさんのことをどう思っているんですか」
「なんかいまいち萌えない」
「ふざけんな」
「何で!?」
「私はですね、貴方がた二人を見ていると壁が欲しくて欲しくて堪らないのですが」
「壁?」
「まったく、アレクサンドリアだってむくれてますよ。ほら」
天使さんの言葉に応じるように、ひひーん、と鳴き声を上げるアレクサンドリア。
「まったく――アレクサンドリアはヒロインだったのでは?」
「アレクサンドリアはヒロインですよ」
「ふざけんな」
「だから何で!?」
「今更、そんなことを言っても誰も信じませんよ。いい加減にして下さいバットさん。ほら、貴方の本心をちょっとここにいる天使のおねーさんにぶちまけるのです」
「ええと……?」
「もう一度聞きますよ――メガネさんは、貴方にとって?」
「なんかいまいち萌えない」
「ふざけんな」
気のせいか、ちらちら、とワンピースの裾から触手っぽいアレが出てきている。俺はちょっと命の危険を感じる。
「そんなことよりもですね」
「そんなことじゃ済まないんですが」
「そんなことよりも! あれから、転生者打撃群はどうなったんですか?」
「解体されたましたよ。はっきり言って、維持するのはもはや無駄です」
「……そうですか」
「ねえ、バットさん――」
と、不意に真面目な口調になって天使さんが言う。
「――これで、もう42回目です」
「ええ」
「転生者打撃群も無くなって――次に、あの美少女と戦うときには、貴方は一人ぼっちです」
「天使さんがいてくれるじゃないですか」
「……その台詞はちょっと卑怯ですね」
と、天使さんはしばし黙り込んで、それから言った。。
「貴方はよく頑張りましたよ。バットさん」
「頑張った、って。何ですかそりゃ」
「ですから、ここらでやめにしませんか?」
「……やめる、ですか」
「ええ、貴方はもう十分戦いました。私としても、貴方にはちゃんと幸せになって欲しいです。個人的にはいろいろと思うところがありますが、それこそアレクサンドリアと一緒になって、のんびりとこの世界で余生を過ごしたって構いません。ですから、もう――」
「……」
「――あの美少女のことは忘れて、この世界で骨を埋めてもいいのでは?」
「それでも」
「……」
「俺は、あの美少女と戦いますよ」
「……本当に、しょうがない人です」
「すみません」
「構いませんよ。私は、貴方のナビゲーターですから。貴方がそれを望むならば、ちゃんとそこへ導いてあげます。例え――」
と、天使さんは八重歯を見せ、俺に告げた。
「――例え、その行き先が地獄だとしても」
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