42周目⑤.師匠。

 謀略王ズ・ルーとの戦いが始まった。


 俺とメガネは、この世に盗み取れぬもの無しと呼ばれる大泥棒ド・ローボーを知恵と勇気と犯行予告状を使っての追跡魔法による探索によって犯行予告時間より先に金属バットで殴り倒し、百戦錬磨の騙し屋サ・ギーシーを知恵と勇気と沈黙魔法で口封じした後に金属バットで殴り倒し、国崩しの煽動者プ・ロパ・ガンダを知恵と勇気と煽動工作を潰すために結成された勇者&聖騎士に眼鏡を付けての即席アイドル事業とアイドルになれなかったバーサーカー聖女様の怒りの鉄拳が粉砕し、調子に乗ってそのままアイドル興行を続けて金儲けをしていたところ「私の華麗な踊りを見るがいい!」と言ってやってきた自称魔王軍一の道化師ピ・エローを知恵と勇気と勇者&聖騎士の眼鏡と水着と猫耳で萌え死にさせた。


 ちなみにその間、騎士団長さんは馬車で待機していたりお茶を用意したりアイドル事業の事務仕事だのスケジュール管理だのその他雑務をこなしたりズ・ルーの卑劣な工作によって到着が遅れた勇者&聖騎士の間を保たせるため眼鏡に水着に猫耳姿で舞台に登場したりした。


 そんなこんなで、残すはズ・ルーのみとなりなかなか順調……と思ったのもつかの間、そこに仮面を被った男――四天王の一人にして、魔物に味方する「人間」である魔人王マスクド・ブラザーが現れた。


 結論から言うと、負けた。


 勇者とは正逆の「究極の対人特攻能力」を持っているマスクド・ブラザーは、グランドマスターに匹敵するレベルで強かった。おまけに、相手が人間であるからこちらの最強戦力である勇者が戦えないことも大きかった。

 金属バットを跳ね飛ばされ、俺がトドメを刺されそうになったところで、戦闘力が無いにも関わらず勇者が割って入ってきた。その胸に提げられた兄からもらったというペンダントを見たマスクド・ブラザーはなぜか苦悶の声を上げ「何ダ……コレハ……頭ガ……!」とか何とか言った後「命拾イシタナ……ダガ次ニ会ッタトキガ貴様ラノ最期ダ……!」と捨て台詞を吐いて帰っていった。


 と、いうわけで。


 翌日、全身に回復用の魔法具を貼り付けたまま、借りた宿の部屋(騎士団長と相部屋)のベッドの上でダウンしている俺のところに、メガネは、よーす、と片手を挙げてやってきた。


「……っていうかさ」


 と、廊下に誰もいないのを確認してから扉を閉めた後、メガネが言う。


「あれ、どう考えても勇者のお兄ちゃんだよね? こう、なんか洗脳されてる感じの」


「お前それ言うなよ俺も本当はそう思ったけど空気読んで黙ってたんだからな!?」


「だって仮面を被ってるし、能力が勇者の正反対のものだし、ってか名前がそもそもマスクド・ブラザーだし、気づかないと思える方がおかしいっていうか……たぶんあれ、勇者以外みんな気づいてたと思うんだけど」


「やめろ! 例え、どう考えてもそれで誤魔化せるわけないだろうお前舐めてんのかと言いたくなるような相手だとしても、それでも言って良いことと悪いことがあるんだ!」


「まあ、あんたもそんな奴に負けたわけだけどな。やーいやーい」


「お前もあの場からとっとと逃げてただろ」


「戦ってないならば負けていない。えへん」


「お前なあ……」


「冗談だっての。そんな本気で怒んなよ。……とはいえ。実際問題、厄介な奴だね。勇者のお兄ちゃん」


「そこは可哀想だからマスクド・ブラザーって呼んでやれよ……でもまあ、確かにあれはやばかったな」


 と、俺はチートがん積みの俺を遥かに超える動きで圧倒してきたマスクド・ブラザーのことを思い出し、苦い気持ちになって言う。


「グランドマスターはただ強い、って感じだったけれど――あいつは、人間を殺すためだけに特化してるって感じだったな。……正直、今のままじゃ勝てる気がしない。どうりゃいいんだろうな?」


「いやどうするって、そんなん分かりきってるでしょ」


 と、あまりにあっさりと言ってくるメガネに、俺はちょっと驚く。


「え? どういうことだそれ?」


「え? 何でこんなんがわかんねーの?」


 と、俺が驚いたことに、メガネが驚いた顔をしてくる。


「いやいやいや……ちょっと考えりゃ分かることだろーが。だってアレ、勇者のお兄ちゃんだろ? で、能力は真逆、と」


「そうだな」


「だったら、弱点も勇者と真逆でしょ」


「あ」


「勇者が人間相手だと街のチンピラAにも勝てないのと同じで――勇者のお兄ちゃんも、魔物相手だとその辺の雑魚モンスターAに勝てない。だから、魔物を仲間にしてぶつけてやりゃあいいわけよ」


「成る程なあ。お前、やっぱすげーな」


「いや、これに関してはわからないあんたがおかしいと思う……」


「それで――」


 と、俺はメガネに尋ねる。


「――どうやって魔物を仲間にするんだ?」


「…………」


 メガネは黙った。

 そのまま、しばし明後日の方を向いた後、聞こえるか聞こえないか微妙くらいの、ぼっそぼそな声で、


「え、餌とかあげれば……」


「ねえよ。んなことしたら、変に学習して余計に悪さし出すぞ。猿とか熊みたいに」


「何でしっかり聞こえてんだよ! ちくしょうこの地獄耳!」


 そんなわけで、八方塞がりとなった。

 と。

 そこで足音が廊下から聞こえ、俺とメガネは黙る。

 扉を叩くノックの音。

 俺は、扉の外にいる相手に中に入るように促す。


「バット殿、ちょっとお話が」


 と言いながら、扉を開けて部屋に入ってきたのは騎士団長さんだった。彼は、部屋の中にいるメガネを見て、言う。


「おや、アメリ王女殿下?」


 誰だ、と俺は一瞬思ったがメガネのことだ。メガネというのは世を忍ぶ仮の名前の扱いであって、王族としての本来の名前はアメリと言うのだそうだ。

 アメリ・ハーツスピア。

 正確に言えば、メガネがすげ替えられたという、本当の王女様の名前。


 そして。


 呼ばれたメガネの方はというと、ほんの一瞬で、しゅっ、と佇まいを直していて、


「こんにちは、騎士団長様」


 と、淑女然とした笑顔で言ってのけた。

 おまけに、その、何と言えばいいか俺は知らないが、スカートの端を摘んで挨拶をするあれをやってのけた。ごく自然と。

 詐欺だな、といつものことながら俺は思う。

 騎士団長さんは、好々爺じみた笑みを浮かべてみせ、言う。


「――お邪魔でしたかな?」


「もう」


 くすくす、と。

 メガネはそんな風に、控えめに笑った。


「聖女様も魔法使い様も――皆さん、そんな風に私をからかわないで下さい。彼とは、こうして随分と親しくさせてもらって、とても感謝していますけれど、でも、そういう浮ついた話ではないのですよ?」


 そうですよね、とそこでメガネに同意を求められて、ぼけっ、としていた俺は慌てて首を縦に振る。

 すると、騎士団長さんとメガネとが二人して、くすくす、と笑って何だか自分だけ取り残されているような、微妙な気分に俺はなる。


「それで」


 と、そこでふいに真面目な顔になって、メガネが言う。


「騎士団長様。お話というのは、その、もしかして――」


「ええ。例のあのことですじゃ」


「……あのこと?」


「ええ、バット殿」


 と騎士団長さんは俺に言う。


「其、お暇を貰おうと思いましてな」


「え」


 と、驚いて声を上げる俺を置いてきぼりにして、メガネが騎士団長さんに言う。


「お気持ちは、やはり変わりませんか?」


「ええ」


「――わかりました。それでは、私から勇者様にも説明致します」


「え、おい。ちょっと待てよ。どういうことだメガネ」


 と思わず尋ねると、


「――バットさん」


 と、少しきつめの口調で言われた。いつもだったら、名前の後ろから「さん」が抜けてその後に罵倒が飛んできそうな口調。


「良い、良いのです。王女殿下。――いいですかな、バット殿」


「えっと……はい」


「某は、このパーティのお荷物ですじゃ」


 騎士団長さんは言った。

 自分で。

 はっきりと。


 反射的に、俺はそれを否定した。


「いやだって戦闘で――」


「この先の敵に、某の剣はもはや通用しませぬ。先日も、かの仮面の男にも手も足も出ませんでした。……いえ、実際は相手にすらされなかった、というべきでしょうな。もしもあの男が本気であれば、某はもうこの世に生きてはいますまい」


「ほ、ほらでも! 交渉とかで――」


「それは今、私がやっています」


 と、メガネは言う。


「仕事の引き継ぎも、すでに終えています」


「い、いやでも、ほら何かまだ――」


「バットさん。貴方は――」


 メガネが、先程よりもさらに強い口調で何かを言いかけるのを、す、と騎士団長さんが腕を上げて制する。そして、静かな口調で俺に告げる。


「バット殿。貴方様のお気持ちはとても嬉しい。ですが――」


 そこで、一瞬、騎士団長さんはぐっと声を詰まらせてから、続ける。


「――ですが、某にできることはもはやありませぬ。戦いにおいても交渉においても、もはや前に立って参加することはできず、せいぜいできることは、後ろに控えて頷いてみせることくらいですじゃ。それではあまりにも――あまりにも、情けない」


「……」


 ぎゅ、と。

 隣でメガネが、唇をきつく結ぶ気配。


 ああ、と。

 そこで俺は、ようやく気づく。

 こいつは、こういうことを目の前の相手に言わせたくなかったんだな、と。


「某の旅はここで終わりですじゃ――これからは宮廷に戻り、老いぼれなりにできることを探して、皆様のことを微力ながら支援致します。王女殿下、バット様――あなた方に、剣の女神のご加護があらんことを」


 それを聞いて。

 俺は心の中で、自分自身を罵る。


 ――この愚図め。

 ――偽善者にすらなれない間抜けが。

 ――だからお前は

 ――お前は。

 ――もう。


 心の中、自分自身を罵る声が大きくなって、そして最後には絶叫する。


 ――頼むから黙っていろ!


「だったら――」


 と、俺の口が開く。

 心の中で挙がる悲鳴を振り切って。

 まるで自分の口ではないように。

 でも、間違いなく自分の意思で。

 あのときと。

 前の席の奴の机に、バットを叩き付けたあのときと同じように。

 告げる。


「――俺の、師匠になって下さい」


「え?」


 と、騎士団長さんが驚いたように口を開き、メガネも目を丸くする。

 俺はというと、心の声を無理矢理振り切った癖に、後に続く言葉はまるでとまとまらず、しどろもどろになって言う。


「だからその、あの仮面被った勇者の兄――じゃなかった、マスクド・ブラザーに俺だってぼろ負けしたわけだし、ここらで王道らしく修行を――そう、修行して、そのために貴方に剣技とかを教わって、それで強くなってあのゆ――じゃなくて次こそあのマスクドブラザーを倒せるようになれれば、ほら、その良いかな、なんて、は、ははは……」


 ――死ね。


 心の声が、自分自身へとそう告げ、本当にその通りだと俺は思う。


「それは、その――」


 騎士団長が、ひどく――ひどく驚き、そして動揺した顔で、口を開く。


「その、お気持ちは……お気持ちはとても、とても嬉しいですがな。ですが、その、バット殿。某では貴方様に教えられる技など、何一つ――」


「……騎士団長様」


 と、そこで不意にメガネが口を開いた。


「少し――少しだけ、席を外してもらっても、良いですか?」


「は」


「お願いします」


「わ、わかりました」


 と、ぎこちなく部屋を出て行く騎士団長を見送った後で、


「――ね、バット」


 あ、これ怒られるな――そう思った。

 その、次の瞬間。

 ぽつん、とメガネは言った。


「ないす」


「え?」


 メガネが片手を上げて、握り拳を作って。

 ぐっ、とその親指を上げてみせた。

 ひどく古典的なポーズ。


「ナイス! あんた馬鹿だけど天才!」


「え? え?」


「よっしゃ、ちょっと外来い外!」


 と、混乱している俺の手を引っつかんで、メガネは扉を、どばんっ、をぶち開けて、驚いたように廊下で固まっている騎士団長に告げる。


「騎士団長様!」


「は、はい」


「ちょっと外へ!」


「は、はい!」


 そうして、無理矢理外へと連れ出され唖然としている俺たちに、メガネは告げる。


「――騎士団長さん。すみませんが、私の指示する通りの位置について頂けますか? ……バットさん。貴方も同じようにお願いします」


 メガネに指示されるままに動き、俺は騎士団長と数メートルの距離を置いて、真っ正面から向かい合う格好になる。困惑し、説明を求める視線を向ける。


「では、バットさん――」


 メガネが言う。


「――ちょっとその位置から騎士団長さんを殴って下さい。全力で」


「いやいやいやいやちょっと待ていっ!?」


「手加減しなくて大丈夫ですので、思いっきりどうぞ。がつん、と。がつーん、と」


「死ぬよなそれ!? 俺にこの人を殺させるつもりか!? ――ちょっと騎士団長さん!? なんか言ってくださいよこいつ頭おかしいですよ!?」


「……いえ。バット殿」


 と、騎士団長さんが言う。何かを理解したような顔で。

 携えている、鞘に入ったままの剣を構える。


「おそらくですが――大丈夫です。手加減も、無用かと」


 くすり、と髭の間から笑みをこぼす。


「成る程……やはり、王女殿下はバット殿をよく見ておられますな」


 そんな騎士団長さんの態度に俺は少し困惑しつつも、金属バットを構える。


「その、手加減は……しますよ」


「……実はですな。某も本当はちと怖いので、その、当たっても死なないくらいにお願い致します」


 俺は殴りかかるために姿勢を動かしながら、告げる。


「それじゃあ……その、行きますよ?」


「――どうぞ。バット殿」


 その言葉を合図にして、俺は地面を蹴る。


 爆発したように弾け飛ぶ足下。背後にばらまかれる土塊。粘度を帯びる空気。流れ去って消える周囲の景色。容易く音を置き去りにする速度で空間をぶち抜く。数メートルの距離なんぞ一瞬で消えて零に。振り上げたバットを、相手目掛けて――


 視界の中、

 相手の剣が、

 ほんのわずかに動いて、


 ――叩き込んだ。はずの一撃が一切の手応えを残さず空回りした、と思った瞬間に視界が回ってぐるぐるぐるぐると何だこれと思ったときにはもうわけがわからなくなっていてどっちが上でどっちが下で手はどこだ足はどこだ頭はどこだこれだと受け身が取れべしゃりと背中から地面に叩き付けられ押し出された肺の中の空気の塊が思考も一緒に吹っ飛ばした。


 痛みのせいで立ち上がれない。

 見上げる。

 青空。

 それからメガネの眼鏡と、騎士団長の髭。


「す、すみませぬ! 大丈夫ですかな!?」


 こちらの心配をする騎士団長と、それとは対照的に、楽しげに笑うメガネ。


「やっぱり」


 声が出ないので、視線で説明を求めると、メガネが言う。


「別に、騎士団長さんが実力を隠し持っていた、とかの話ではありませんよ。貴方に対して有利な能力を持っていた、ということでもありません」


「……じ、じゃあ」


 どういうことなのか、と続く声が絞り出せずに視線で問う。


 つまり、と人差し指を立てるメガネ。


「バットさん、貴方はとてもお強い人です。ですが、貴方の技量そのものは、おそらくそれほどではない」


 それはそうだ。

 俺はちょっとチートをガン積みしているだけで、元々喧嘩が強かったわけでは全然ない。異世界転生しまくったことで戦闘の経験だけは随分とあるが、戦い方を誰かから教わったこともない。我流と言えば聞こえはいいかもしれないが、要するに、俺はチート頼みでひたすら力任せに殴っているだけなのだ。


「――だから、こうして条件を整えれば、騎士団長様には手も足もでないのです」


「そ……それじゃあ、つまり、その……」


「そう――ですから」


 メガネは視線を騎士団長さんへと向け、それから不意に頭を下げる。


「騎士団長様。第七国第一王女であるアメリ・ハーツスピアの名で以て、貴方にお願い致します。――どうか、彼の師になって下さい」


 その姿に、俺は少しだけ驚く。

 まさか自分のために、メガネがそこまでしてくれるとは思わなかったから。


 それから、騎士団長さんの様子を窺って、ぎょっとする。

 頭を下げられた形になる彼は、自分よりもずっと動揺していたから。


「お止め下さい王女殿下……っ!」


 驚くとか感激するとか、そういう温かな感じではなく、蒼白になった顔の眉間に深い皺を作って騎士団長さんが叫ぶ。主君を嗜めるような、静かな怒鳴り声で。


「所詮、某は一介の騎士に過ぎませぬ! 王族の立場にあるものが、己の名前まで持ち出して、某のような下賎の者に軽率に頭を下げるものでは――」


「それだけのことを」


 と、メガネは頭を上げないままで告げる。


「貴方にはお願いしているつもりです」


 その言葉に、騎士団長さんは声を詰まらせ、それからしばし目を閉じる。


「……バット殿」


「は、はい!」


「知っての通り、某は貴方様よりも遥かに弱い、凡俗非才の身ですじゃ。しかし――こんな某でも、貴方様に何かを教えられるなら――ほんの僅かでも、貴方様のお力になれると言うならば、その務めを果たしたい。ですから――」


 彼は目を開け、そしてこちらに視線を向け、告げる。


「――ですからどうか、某の教えを受けて下さいませんか。バット殿」


「こ、こちらこそ――」


 と、俺は騎士団長さんを見て、メガネの奴を見て。

 ところどころ詰まりながら、言う。


「――どうかよろしくお願いします。師匠」


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