42周目④.赤い塔。


 覇王グランドマスターは強敵だった。


 いや、まじで強敵だったのだ。

 チートの塊である俺と、魔物特攻の塊である勇者と、聖女と聖騎士とマジカルくの一とアレクサンドリアが総掛かりで、それでも普通に圧倒してくるほどの強さだった。騎士団長は最初の一撃で戦闘不能にされた。ぶっちゃけ、今まで戦ってきた他の異世界の魔王たちより遥かに強かった。

 最終的には、非戦闘員であるメガネまで半泣きで剣を持って突撃するハメになって、それでようやく俺たちは勝利を収めた。ほとんど奇蹟としか言いようがない勝利だった。正直、何で勝てたのかよくわからない。


 最後に、グランドマスターが「見事だ勇者。そしてその仲間たちよ」と告げて消滅していった後で、音も無く現れ「所詮は腕っぷしだけの木偶の坊だったな」などと言った後で律儀に自己紹介する四天王の一人謀略王ズ・ルーの話を聞き、そして何も言わずただ姿だけ見せてきた四天王の残り二人をチラ見し、それらが去って行くのを見送った、その日の夜。


 街に戻って偉い人にグランドマスターを討伐したことを報告し、その偉い人の勧めで、俺たちは異様に高そうな宿屋に泊まった。


 併設されている預かり所へ馬車を預けて戻ってきた俺は、メガネが借りている個室――相部屋にはすればいいと俺なんかは思うのだが、立場上、メガネとしても宿屋としてもそういうわけにはいかないらしい――の中に「ちょい来てちょい来て」と言われて入っていくなり、


「死ぬかと思った! ほぼ死んでた!」


 と、わあわあ、とメガネに泣きつかれた。


「何あれおかしいじゃんチートキャラじゃねーのかよ! 四天王の最初の一人って強さじゃなかったぞおい! あのズ・ルーとか言う奴『腕っぷしだけの』とか馬鹿言ってたけどその腕っぷしだけで国滅ぼせるわ! ワンマンアーミーだろあれ!」


「落ち着け落ち着け」


 こちらの服を思い切り掴んで引っ張りそう主張してくるメガネに、俺はそう言ってみるが、逆効果だった。


「落ち着けるかよぉっ! 私チートどころか剣も重くてろくに持てない王女様なのに、あのバケモンに真っ正面から突っ込むはめになったんだぞ! まじ怖かったんだからな! まじ怖かったんだからな! 褒めろ!」


「わかったわかった……よーしよし、よくやったよくやった」


「うううううう、ひっぐ……」


 まあ、実際、本当に怖かったのだとは思う。

 メガネの奴は、他の仲間の前では若干猫を被っているところがあるので、あの場で泣くわけにはいかなかっただろうし。

 仕方がないからされるがままになっていると、メガネは俺の服でごしごし、と顔を拭い、最後に、すべべべ、と鼻をかんでから、言う。


「……つーか、あんた怖くなかったわけ?」


「鼻水……いやほら、俺チート貰ってるし」


「いや、あんたチートの上から殴られてたじゃんよ。何度もぶっ飛ばされてたじゃん。痛くねーの?」


「そりゃ痛かったけど。まあ、慣れというか――ぶっちゃけ、俺の戦ってる美少女は、アレより強いからな」


「美少女強すぎね?」


「最強。ぺったんこ。めっちゃツンデレっぽい。ただし、スカートは鉄壁」


「美少女やべーなおい」


「今回こっちの異世界に来る前もなあ。俺と、あと一人転生者のイケメンな魔法使いがいたんだけど、二人とも瞬殺されたからな」


「へー」


 とメガネは言い、部屋のある巨大なベッドの上へと、ぽすん、と座る。


「ちなみのその人、どんな感じのイケメンだったんよ?」


「ええと、あれだ」


 と、俺は部屋に置かれていたやたらと高そうな椅子に恐る恐る腰を下ろす。


「女顔……というか女みたいな顔で童顔な」


「男の娘?」


「あー。女装すれば確かに」


「ちくしょうっ! 私そっちが良かった!」


「てめー」


 ベッドの上で、ばたばた、と手を振って、ぎゃあぎゃあ、と喚くメガネを半眼で睨んでおいてから、俺はほんのちょっと話をしただけのエルフ大好きなイケメンのことを思い返す。


「まあ、でも、確かに良い奴だったな。他に誰もいなかったのに、俺なんかに話しかけてきてくれてだな……」


 おーとーこーのーこー、と呻き声を上げているメガネが内心ちょっと面白かったのもあって、俺はそいつの話をした。


「……まあ、そんなわけで、そいつは今頃、どっかの異世界でエルフ娘と一緒にスローライフを送ってるってわけだ――ん? どした? メガネ?」


「あ、えっと……」


 と、話の途中から黙り込み、何やら神妙な顔になったメガネが、口ごもる。


「その人ってさ。もしかしてさ、その……」


「何だどうした。もしかして知り合いか?」


「いや、違うけれど」


「あ、おい。もしかしてもしかするとお前、転生したあいつだったり――」


「もぎ取るぞてめー」


「だからどこを!?」


「違えっつってんだろーがふざけんな――そうじゃなくて、その人、もうたぶんさ……」


 と、そこまで言ってからメガネは、ぎゅ、と唇を一度結んで、それから、俺の方から視線を逸らして言う。


「……んにゃ。何でもねーや」


「何だよそりゃ?」


「でも、良い人だよね。そのイケメン。中身までイケメンじゃんよ」


「だな。もしかしたらもしかすると、その、あれだ――と、友達、って奴になれてたのかもな。もう少し時間があれば」


「かもしんねーな」


「そう言えばお前さ」


「んー?」


「転生限界って、あとどのくらい残ってるか聞かされてる?」


「あー……」


 メガネは何か呻くような声を上げて。

 す、と一瞬だけ視線を横に逸らして。

 ひょい、と視線を戻してこう言った。


「聞かされてんぜー。まだ全然よゆー」


「まじか。俺秘密だって言われてんだけど」


「実は嫌われてんじゃねーの?」


「そうなのかな……」


「うっわ。ガチで凹んでやがる……」


「だってさ」


「元気だせって。ほらほら」


 と、メガネは服の上から両手で胸を抱くようにして寄せて上げ、片目を閉じつつ、俺に告げる。


「揉む?」


「要らね」


「てめーふざけんな」


 などと睨んでくるが、そんなこと言われたって、お互いにいまいち萌えない同士なのだから仕方がない。


「……つーか、私、気になってることあんだけどさ」


「何だ」


「元の世界、美少女に滅ぼされてんだろ?」


「うん」


「でも、私、そんな記憶ねーのよ」


「お前も引きこもって――」


「ねーよ。一緒にすんな」


「私があんたより先に死んで、それからあんたよりも遅く転生したのか。そもそも異世界だから時間の流れとか関係無しなのか。それとも――」


「それとも?」


「私とあんたのいた世界は違うのか」


「…………ああ」


 確かに、そういうことも有り得るのか。


「ちょっと確かめてみっかー。んじゃ、『いえす』か『のー』かで答えろよー――質問一。住んでた星は丸かったか?」


「いえす」


「じゃ、質問二。1+1は?」


「答えらんねーよ」


「いいから。「いえす」か「いえす」で答えろって――質問三。あんた童貞?」


「お前喧嘩売ってんのか?」


「安心しろよ私も処女だから」


「知らねえよ」


「ふっへっへっ」


 などと変てこな笑い声を上げながら、メガネは、ぼすん、とベッドに背中を預ける。


「えろいことすっかー?」


「要らねっての」


「ふっへっへっっへっへっ」


 と再び変な笑い声を上げて、ごろごろ、とメガネはベッドの上で左右に転がる。

 そして言った。


「あのさ」


「何だよ?」


「さっきは、ありがと」


「何が?」


「泣かせてくれてさ」


「……」


「私、本当に今日、怖かったんよ」


「……そうか」


「だから、ありがと」


「……別にいいよ。そんくらい」


 と俺は言い、それでも何かちょっと気恥ずかしくて、別の話題を無理矢理探して、言う。


「なあ、さっきの質問だけど、俺からもいいか?」


「何? 私のスリーサイズ?」


「違う――あのさ、俺たちの住んでた国で、一番高い建物ってどんなのだった?」


「んー。そりゃ、あれでしょ」


 と、メガネは言う。


「あの、赤い奴」


「ああ――」


 と、俺は言った。


「――とりあえず、そこは一緒か」

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