42周目③.引きこもった理由、とか。

 そうして、勇者一行にメガネが加わった。

 ちなみに、頭脳労働担当。

 人選ミスじゃねえかな、と俺は思った。知的な部分とか眼鏡しかねえだろ、とも思った。


 だが、俺の予想に反して、このいまいち萌えない王女様は頭が回るらしかった。


 例えば、メガネが唐突に「なーなー。きなくせーから、次ここ行こーぜ」と言って指差した街に向かうと、当然のように魔王の手下がいて、そいつがやろうとしている裏工作を未然に防げたりする。

 何かのチートスキルなのか、と聞いてみると「こんなもんチートとか無くてもわかんだろ」と言われ、さらに「情報収集の手段さえ作っとけばだいたい何とかなる。あとは、相手の立場と状況を考えりゃ余裕」と言われて、まるで意味が分からない俺は途方に暮れる。


 実際のところ、王族らしい服装に着替え、騎士団長さんと一緒にお偉いさん方の前で真面目な顔をして難しい話をしていると、確かにメガネは知的な王女様にしか見えず、本性を知っている俺としては「誰だこいつ」と思わずにいられなかった。ぶっちゃけ詐欺だと思う。


 そして、勇者一行は魔王の配下である四天王の一人にして武闘派である覇王グランドマスター一派との戦いを繰り広げることになった。


 俺は支配能力で村人を操って騎士団長を窮地に追いやったキングをメガネの策略と金属バットで殴り倒し、空間魔法で騎士団長を窮地に追いやったビショップをメガネの罠とバットで殴り倒し、魔王軍最速のスピードによって騎士団長を窮地に追いやったルークをメガネの挑発と金属バットで殴り倒し、相棒の黒竜に乗って騎士団長をスルーして勝負を仕掛けてきたナイトをアレクサンドリアとの手綱を通して互いの魂と魂とを結束させお互いの思考と思考とが完璧にシンクロした動きによって最後の最後の最終コーナーで抜き去ってレースが終わった後お互いに「やるじゃねえか……」と手と手を握り合って種族や所属の垣根を越えた絆を深め「何だこれ」とメガネに突っ込まれ、ただ純粋な物量によって攻めてくるポーンが騎士団長を窮地に追いやるより先に俺が殴り倒し殴り倒し殴り倒し殴り倒し殴り倒しまくって無双しひゃっはーしメガネに「てめー調子乗ってんじゃねーぞ」と言われ、魔王軍最強の剣技を持つ闇の騎士で呪われた全身鎧の下は薄幸の女の子なクィーンをメガネと協力して鎧を引っ剥がすことで助けた。


 と、いうわけで。

 ついに迎えた四天王の一人、覇王グランドマスターとの決戦――その前日の夜。


 ぱち、ぱち、と。

 比較的安全な森の中で馬車を止め、他の連中も馬車の中で眠り、アレクサンドリアも眠り、ついでにその必要があるのかないのか知らないが天使さんも眠っている中。

 焚き火を前に、俺は寝ずの番をしていた。


 与えられた大量のチートスキルの力によって、俺は眠らなくても特に問題のない身体になっている。実際は、一ヶ月とか寝ないと精神に影響が出てくるが、まあ三日くらいなら普通に起きていても問題ない。

 そんなわけで、夜の見張りは俺の仕事だった。


 焚き火の中に新しい木ぎれを放り込んでいると、馬車から、眼鏡を掛けていないメガネがもぞもぞと這い出してきた。

 眼鏡キャラが眼鏡を外すと美人なのはお約束だというが、俺は信じていない。

 実際、寝起きでしょぼしょぼとしているメガネはいつも通りにいまいち萌えなくて、ほーらやっぱりな、と俺は思う。


 と、そこでそのしょぼついた目とこちらの視線とがかち合った。何も言わないのも変かなと思い、声をかける。


「眠れないのか?」


「ふえー? ただのトイレだけどー?」


 言わなければ良かったと、俺は後悔した。


「悪かった……」


「もしかして興奮したりー?」


「しないからとっとと行ってこい。何かあったら呼べば助けてやるから」


「へいへーい」


 幸い、森を徘徊する獣だの魔物だの変質者だのに遭遇することはなかったらしく、しばらくすると何事もなくメガネは戻ってきた。


「ふぃー、すっきりー」


 と言って、どこからともなく取り出した眼鏡をかけ直しつつ、俺の隣に座って、焚き火に手をかざし、へらへらと笑う。


「ったくもー、こう冷えるとトイレが近くなって嫌だねぇー」


「……お前ホント女子力ねえよな」


「そいつぁどうかな。こう見えて実は私、料理得意だったりすんだぜ。どーよ、この溢れ出る女子力。今なら特別に萌え放題だぜ」


「わーすごいなー」


 と棒読みで返しながら、積んである木ぎれの内、適当に良さげな一本を手に取り、焚き火に追加した。

 そのまま、しばし会話が途絶える。

 ぱちぱち、と焚き火の音だけがしている。


 続く沈黙に、もしかして傷つけたのだろうか悲しそうな顔をしていたらどうしようと思いながら、隣に座る相手の表情を伺おうとしたところで、その相手が丸っきり平然とした口調で会話を再開する。


「あんたってさ、何で転生したの?」


「……何で言わなきゃいけねえんだ」


「いいじゃん。転生自慢しよーぜー」


「転生自慢て……」


「ちな私、子ども助けようとして、赤信号無視して突っ込んできたトラックに轢かれたやつー」


「ああ……それで王女様に転生か」


「んにゃ。転生した後ぶらぶらしてたら、王女様にめっちゃ似てるから、影武者になれってことで登用された」


「ん?」


 妙な単語が聞こえた気がした。

 影武者?

 ん?


「その王女様がこれまたクズでなー。趣味で奴隷殺してたりするやべー奴で、止めろって言って改心するような奴でも無し、生かしといてもこりゃ駄目だってなったらしくて。で、こっそり暗殺して、私がそいつとすり替えられた」


「修学旅行に恋バナするようなノリでなんつーブラックな話しやがるんだお前!?」


「ちな、計画発案者はウチの王様。つまり、第七国国王。自分の娘だろうと利用価値のない間抜けなら容赦なく殺す類の冷血鬼畜野郎で、今回私が勇者に同行することになったのも、現在第一国と第二国と第四国の共同管理下にある勇者の戦力をこっち側に取り込むため」


「待て待てお前それ言っていいのかおい」


「いいのいいの。公然の秘密だから」


「……で、その、つまりお前は、その王様のために働いてるってことか」


「は? 違う違う。んなわけねーだろ」


「ええっと……」


「あんな奴のために働くなんて嫌だっての。今の内に水面下でいろいろと準備して、クーデターでも起こしてあの冷血鬼畜野郎をさくっと退位させる気まんまん。っていうか、もう、とっくにそういう風に各所で動いてる。革命の日は近いぜー」


「うわぁ……」


「――んで、あんたはどんなん?」


「……俺もだいたい同じだ。家に引きこもってゲームしてたら、吹っ飛んできた美少女に轢かれた」


「いやごめんそれ全然違うと思う」


「というわけで、俺の敵は美少女なんだ」


「意味わかんねーよ。それだけ聞くと、美少女に何の恨みがあるのかって思うだろが。なんつーか、美少女に彼氏寝取られたとかそういう話に聞こえんだけど」


「俺は転生前から男だ」


「いや、んなこたわかってるけど」


「ん? ちょっと待て――おいメガネ、もしかして、俺がお前にいまいち萌えないのって、お前が元は男――」


「握り潰すぞてめー」


「どこをだ!?」


「こんにゃろ。私は元からこのわがままばでぃーで眼鏡っ娘な美少女だっての……失礼なこと言いやがってよー」


「わ、悪い……」


「てか、男が好きなだけじゃねーの?」


「違う」


「じゃあ何であんたは私にそんな萌えねーのよ。そりゃ、あんたのヒロインな勇者さんとかいけ好かねー聖女とかに比べりゃスッポンみてーなもんかもしんねーがよ」


「いや、お前もたぶん可愛いとは思うんだけど」


「え。何その不意撃ち」


 と、俺の言葉にメガネは目を丸くする。


「まさかのツンデレ?」


「いや――可愛くても、お前にはなんかこう、いまいち萌えない」


「てめー」


「それと、俺の嫁でヒロインなのはアレクサンドリアだ。間違えるな」


「うっわ、やべーよこいつ」


 と、何やら白い目で俺を見てくるメガネ。

 だが、


「でも、そうか。そりゃ良いこと聞いた」


 と言ってちょいちょい、と手招きをするので近づくと、メガネは耳元でこう囁く。


「……んじゃ、パーティの女の子たち、私が攻略しちゃってもいいよね?」


「やめろ」


「あんた今、その馬と添い遂げるって言ってたくせに! このケチ! ちょっとくらい私にもよこせ!」


「そういう問題じゃねえよ」


「くそっ! それなら力尽くで奪うまでよ! 今に見てろよ!」


「ああ……お前みたいなのが所謂サークルクラッシャーって奴なのな」


「さ、さーくるくらっしゃー!? ち、違うもん! ただ欲望に忠実なだけだし!」


「お前友達とかいないだろ?」


「…………」


 あ、やべ。地雷踏んだ。


「……いや、俺も友達0人だから、人のこと言えないけどな」


「嘘つけ! 『私友達いないからー』なんて言う奴は大抵友達がいるんだ!」


「引きこもりに友達がいると思うか?」


「とかなんとか言っちゃって、実はときどき家にやってきて一緒にゲームやって、帰り際『ま、学校なんて大したもんじゃないしな。来なけりゃ来ないで大丈夫さ。引きこもりに飽きたら来るくらいでいいんだよ』とか何とか言ってくれる親友が――」


「いない」


「とかなんとか言っちゃって、土曜日の夕方に家の前まで来て『ねえ、明日どっか行こうよ。私と一緒にさ。ちょうど荷物持ちが欲しかったんだ。ついでに服選びもちょっと手伝ってよ。……ね?』なんて言ってくれる幼なじみが――」


「いない」


「とかなんとか言っちゃって、夜に『ねえ、お兄ちゃん。別にもう学校になんか行かなくてもいいんだよ。私も学校なんて行かない。お兄ちゃんと私とで、一緒にずっと家で暮らそう?』って言ってくれるちょっと病んでる妹が――」


「俺の妹はそんな痛い妹じゃなかったし、俺はツンデレは好きだけれどヤンデレは嫌いだ。そもそも妹を友達に含むのはきっとたぶん間違ってると思うんだ」


「自分だけに見える友達が」


「いないっての。そもそも俺、不登校じゃ無くて退学だしな」


「退学? 何? 女子の下着を盗んだのがバレたとか?」


「お前……俺を何だと思ってんだ……」


「じゃあ、どーせいじめられて引きこもったんだろ。よくあるよくある」


「別に俺がいじめられてたわけじゃなくて、けれど、その……」


「何?」


「その、消しゴムの滓をさ」


「は?」


「消しゴムの滓をさ。前の席の奴が投げてて。毎日。そいつのさらに前の席の奴に」


「……」


「うん。まあつまり、いじめだったわけだけど。毎日、前の席の奴が消しゴムの滓を投げてるのを見ててさ。嫌だなあ、と思ってて、でも余計なこと言ったら俺が今度いじめられるんだろうなあ、と思ってずっと無視してたんだけど」


「ふーん」


「でも……ある日、何でか知らんけど我慢できなくなってつい、がーん、と」


「……がーん?」


「金属バットで前の席の奴の机を叩き割って『うざい』って言っちゃって」


「……あんたが?」


「うん。俺がやった」


「そんなことをするような奴には見えないんだけど……」


「担任の先生が同じようなこと言ってたな。そんなことする奴には見えなかったのに、って――で、大問題になって、いろいろとこじれて……まあ結果的に、俺は引きこもって、そのまま退学」


 燃える焚き火を見ながら、あの瞬間のときのことを思い出す。


 振り下ろした金属バット。

 呆然とこちらを見上げる前の席の奴の顔。

 ぱらぱらと宙を舞う、消しゴムの滓。


 引きこもっている間、何度も何度も、頭の中で繰り返した瞬間だ。


 かっとなってやった。今は後悔している。

 そして、後悔したところで意味はない。

 思い出す度に考えることは、いつも一緒。


「何であんなことやっちゃったかな……」


 思わず溜め息を吐く。背中を丸めて。


「でも」


 と、俺の顔を覗き込むようにして、メガネが言う。


「でもさ。そりゃ、手段として金属バットで机殴ったのはアレだったかもしれないけれど――でも、やろうとしてたことは間違ってたわけじゃないでしょ?」


「いや。間違ってるよ」


「何で」


「俺があのときしなきゃいけなかったのは」


 焚き火に追加する木ぎれを手にしつつ、言う。


「前の席の奴と一緒になって消しゴムの滓を投げて、一緒になって笑うことだった」


 ひゅう、と。

 息を吸い込むような音と共に、メガネが黙り込んだ。

 ばちん、と。

 燃え切った木ぎれが崩れる音がして。


「それは――」


 ひどく静かな声で、メガネが言う。


「――それは、違うでしょ」


「違わない。少なくとも、俺は退学になんてならずに済んだし、引きこもらずに済んだし、家族に迷惑だって掛けなかったし、もっとまともな人間になれてた」


「……でもさ」


 と、妙に真剣な顔で、メガネは俺に尋ねる。


「それなら、何でそうしなかったの?」


 俺は黙った。

 上手い反論を思いつこうとして、しかし、結局思いつかず、その代わりに、背中をより一層丸めるようにしてぼやく。


「何で俺は」


 手の中の木ぎれを、焚き火の中にぽん、と放り込みながら。


「そういう奴じゃ、ないんだろうな」


「んー」


 そんな俺を、メガネはしばし見つめた後で。


「ほい」


 と、気の抜けきった言葉と共に。

 ぎゅう、と。

 両腕でこちらを抱きしめてきた。


 あまりにも唐突だったため、異性に抱きしめられたことに対するあれこれの感情よりも、驚きの方が勝った。


「えっ、何で?」


「うっわ、胸当ててんのに何その反応。つまんねーな」


「いや、だって……え? なんで抱きしめられてるんだ俺?」


「なんか抱きしめたくなって」


「なんかって……」


「うっし。しゅーりょー」


 と言って、メガネはひょいと身体を離す。

 妙なもので、その途端に猛烈に気恥ずかしくなってきて、俺は顔を逸らす。


「悪かったよ……その、なんて言うか、馬鹿みたいに長々と自分語りして」


「ええんやでー」


 メガネはそう言って立ち上がると、ぺたぺた、と歩いて馬車に戻っていく。


「――おやすみ。バット」


 と、馬車から顔を突き出してメガネは言って、俺の方はそっちに顔を向けたり背けたりを繰り返しながら、ぼそぼそ、と言い返す。


「……おやすみ」

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