42周目②.なんかいまいち萌えない。

 その後、勇者一行は魔王の配下である暗黒騎士団との戦いを繰り広げた。


 俺は騎士団長を破った(幸い一命は取り留めた)切り込み隊長である千人力のギーガと真っ向勝負して金属バットで殴り倒し、騎士団長を操って(気絶させて事なきを得た)襲撃してきた闇の魔導士ゲースを聖女と協力して祈りと拳と金属バットで殴り倒し、騎士団長を狙撃した(通りすがりのエルフの秘薬によって治った)弓の名手アターレを聖騎士と協力して運と投擲と金属バットで倒し、見張りをしていた騎士団長を始末した後で(心臓を貫かれたかと思われたがお守りのせいで助かった)襲いかかってきた暗殺者のゴン・ベーをマジカル忍者と協力して機転と忍術と金属バットで殴り倒し、騎士団長を剣を抜くことすらせずに圧倒し最後には谷底へと突き落とした(死んだと思っていたが実は生きていて後で駆けつけてくれた)暗黒騎士団長たる「漆黒の災厄」ノワールが愛馬ブラック三世と共に挑んできたのを「これは俺と奴との戦いだ」と叫んでからのお互いの名前を名乗り合って俺もアレクサンドリアに乗っての一騎打ちの末に金属バットで殴り倒し、ついに暗黒騎士団との戦いに終止符を打った。


 と、いうわけで。

 新しい仲間が入る、らしい。


「へえ、どんな人なんです?」


 と、天使さんは尋ね、


「王女様です。第七国だとかの第一王女で」


「わあ! お姫様ですか! なんか久々にそれっぽい感じです!」


「仲良くやっていければいいですね」


「反応薄いですね……」


「そうですか?」


「だってお姫様ですよ? きっと美少女ですよ? もっと喜びましょうよ!」


「俺のヒロインはアレクサンドリアなんで」


「ぶれませんね……貴方は」


 で、次の日。


 俺はその王女様と顔を合わせた。


 何かこう――変な王女様だった。

 王女様の癖に、着ているものは、何故かその辺の魔法使いが着るような野暮ったいローブ。黒髪は何かこう、ぼさっとしていて、寝癖が、ぴょんぴょん、と立っている。頭の上には、ぞんざいに冠が乗っかっている。

 それから――眼鏡を掛けていた。


 眼鏡の奥の、やる気があるんだかよくわからない眠そうなその目がこちらに向けられ、俺の視線と重なって――


 そのまましばし、互いに視線を見合わせる。


 ……。

 ……。

 …………?


 何か、奇妙な違和感があった。

 別に王女の癖に格好がアレだから、というわけではない。というか、お忍びだとか命を狙われているとかで、こういう王女様からかけ離れた格好をしている王女様とは結構出会ってきた。

 そういうのとは、まるで違う。

 もっとこう、強烈な違和感だ。


 何だこれは、と思考を巡らせる。

 えっと、と。

 その感覚を表す言葉を手繰り寄せようとしたところで、目の前の王女様が、俺の違和感を的確で具体的な形にして口にした。


「なんかいまいち萌えない」


「……」


 的確な言葉ではあったが、しかし、それは思っていても口にしてはいけない類の言葉なのではと思う。少なくとも、俺は目の前の王女様に向かってその言葉を告げる勇気はない。


 しかし、確かにそれは的確だった。

 俺は、目の前の王女様に対し。

 その……なんかいまいち萌えない。


「……いやいや」


 待て。ちょっと待て落ち着け。

 別に、そこまでひどい顔ではないはずだ。

 というか、普通に結構可愛いはずなのだ。

 格好のせいで錯覚を起こしているのでは。

 もうちょっと、よく見てみた。


 やっぱり――いまいち萌えなかった。


「……え、何で?」


 と、思わずつぶやいた俺に、いまいち萌えない王女様が告げる。


「それはこっちの台詞。何で私の前に、女の子より可愛い男の娘じゃなくて、てめーみたいな、ちょっと意味分からないレベルでいまいち萌えない男が出てくんだ?」


「いや、何でって言われても……」


 と、そこで相手の言動から、ふと、ある可能性に思い至り、尋ねる。


「その、名前を聞いても?」


「メガネ」


 軽く正気を疑う名前だった。

 が、おかげでこっちは確信を持つ。

 向こうもどうやら感づいたらしく、こちらに向かって聞いてくる。


「……そっちは?」


「バット」


「やべーなそれ正気か? んな名前で本当にいいわけ? 安直じゃね?」


「放って置いてくれ」


 ともかくも、いまいち萌えない王女様ことメガネ――お前こそ本当にその名前でいいのかという言葉は胸の奥に留めておく――はそれで合点がいったらしく、ぽん、と胸の前で手を打つ。


「異世界」


「転生」


 まあ、それほど珍しいことではない。

 なんか、期待していたよりもずっと酷い形だったが――割とよくあると、転生者打撃群に参加していた他の転生者からも聞いていた。

 今まで無かったのが、不思議だったのだ。

 異世界で、他の転生者に出会うなんてのは。


      □□□


「でもさ」


 いまいち萌えないかったるそうな声で、いまいち萌えない王女様が言う。


「普通こういうときって可愛い男の娘の転生者が現れない? こう、お約束として」


「黙れ。男の娘から離れろ」


「……実は女装すると見違えたり」


「ねえよ。現実を見ろ」


 と、告げる俺は今日も今日とてアレクサンドリアの世話をしている。アレクサンドリアは「また新しい女を連れてきて……ふんだっ」的な仕草をしていてちょっとばかり機嫌が悪い。可愛い。やっぱヒロインだ。めっちゃ萌える。


 そんな俺を、メガネ――本当にひどい名前だと思う――は、勇者一行の足となっているアレクサンドリアが引く馬車の行者台にだらっと座り、頬杖を掻いてじろじろと眺めてから、溜め息。


「あーあー……一緒に転生した眼鏡の可愛い男の娘……どストライクなシチュエーションだったのになぁ……」


「お前あれか。腐女子って奴か」


「んだとごらぁっ!?」


 どがたんっ、と凄まじい勢いでメガネは立ち上がり、冠をずり落としつつ叫ぶ。


「誰がだ誰が!? 適当なイメージで語ってんじゃねえ私にも腐女子にも失礼だ! いいかてめー! 私は可愛い男の娘が好きなだけで、別に男同士の恋愛に興味ないから! 男性間の友情だってちゃんと信じてるから! そこんとこちゃんと覚えとけよ! 私は腐ってるわけじゃねえからな!」


「お、おう……」


「まあ、その友情が可愛くてちょっときゅんきゅんして萌えたりするけど」


「おいこら」


「というか、ただ単に私は可愛いもののが好きなだけだし。……男女問わず」


「ああ……そういう……」


「違げーよ。言っとくけど、女の子は基本可愛いもの好きだから。すぐ百合とか言い出すのはあんたら萌え豚の悪い癖だから。それ基本ただの女性間の友情だから」


「俺は萌え豚じゃ……」


「ない、って胸張って断言できる?」


「……豚です」


「そら見ろ。……ところで、あの勇者さん良いよね。めっちゃ抜ける」


「おいこら」


 そんな中、アレクサンドリアは「わ、私は貴方が豚でも、その、べ、別に構わないんだからねっ」的な仕草を見せている。超可愛い。やはり俺の嫁はアレクサンドリアだけだ。例え馬でも構わない。


「にしても」


 ぺたん、と。

 行者台に座り直しながら、メガネが言う。


「42回も転生してるとか、てめーバケモン過ぎじゃね?」


 ぎょっとして、俺は相手を見返す。

 そんなこと、目の前のいまいち萌えない王女様には教えていない。


「……何で知ってる?」


「『視れば』分かる」


 含みのある言い方をして、とんとん、と眼鏡の縁を指先で叩いてみせるメガネ。

 思い当たる節は一つしかない。


「……チートか」


「そ」


「……どんなチートだ?」


「ひみつ」


 と言い、眼鏡を外して唇に咥え、片目を閉じて見せるメガネ。

 思い当たる節は一つしかない。


「もしかして……眼鏡が本体なのか?」


「いやそれは違うけど」


「……本当に違うのか」


「さては眼鏡属性ねーなてめー」


「だって眼鏡とか野暮ったいだろ」


「んだとこらぁっ!? てめこのっ、全世界の眼鏡と眼鏡好きに謝れ! 謝れぇっ!」


 などと言って、ばたばたと行者台で暴れるメガネ。さらにはこちらに向かって冠を投げつけ、ものの見事に外れて冠はその辺の草むらに落ちて見えなくなる。

 わーっ、と慌てた様子でメガネがそれを探しに行くのを無視して、俺はアレクサンドリアの世話を続ける。


 本音を言うと、俺だってどうせ転生者と出会うなら、もっと正統派なツンデレ美少女が良かった。だけど、そんなこと考えたって仕方ない。そりゃそうだろう。異世界転生しようが、何もかも思い通りに行くとは限らない。当然だ。仕方が無いことだ。


「う……ちくしょう……」


「おーい、何泣いてんのー。男の癖にー」


 草むらに頭を突っ込み、頭に葉っぱをくっつけながら冠を見つけたメガネが言う。


「男はな……本当に悔しいときには泣いたっていいんだ」


「たぶんそれ、こういうときに言うべき台詞じゃないと思うけど」


「ちくしょう……やっぱアレクサンドリアが一番だ。俺はアレクサンドリアと添い遂げてやる……!」


 そう言ってたてがみを撫でてやると、アレクサンドリアは嬉しそうにぶるるん、と鼻を鳴らす。それから俺の方に顔を向け、口を開く。


「何を馬鹿なこと言ってんですか」


 アレクサンドリアがそう言った、というわけではもちろんない。


 喋ったのは、アレクサンドリアの口の中からもぞり、と出てきた天使さん。どうやらまた咀嚼されていたらしい。もはや慣れた様子で天使さんはアレクサンドリアの歯と歯の間から這い出し、その頭によっこいしょ、と登ると、ふるふると身体を振って唾液を振るい落とす。


 がたっ、と。

 その姿を見て――転生者だからたぶん見えるんじゃないかな、と思ったがやっぱり見えるらしい――メガネが立ち上がって声を上げる。


「ちょっと何その娘可愛い! 何それ!」


 どん引きしている天使さんを、じっ、と凝視して、


「ん? あれ――触手?」


 と、いきなりメガネは眉を潜め、


「え……あれっ?」


 と、天使さんが何やら動揺している。


「んー……」


 と、メガネはしばし悩むように宙に視線をさまよわせてから、告げる。


「うん――でもやっぱり可愛い! 何それ!?」


「ええと……ナビゲーターです」


「はあっ!? 何それふざけんな私そんなんもらってないんだけれど!?」


「な、ナビゲーター付きとナビゲーター無しの場合がありますからね……その、貴方の場合は無しの方だったようですね」


「何それ不公平じゃない!? こんにゃろちきしょう私によこせー!」


 などと言って、ばたばたと行者台で暴れるメガネ。さらにはこちらに向かって冠を投げつけ、ものの見事に外れて冠はその辺の草むらに落ちて見えなくなる。

 わーっ、と慌てた様子でメガネがそれを探しに行くのを横目に見ながら、天使さんがつぶやく。


「またえらく濃ゆい方ですねー……」


「ええ、そうですね」


「でも、良かったじゃないですか。何か仲良くやっていけそうで」


「いや、でも、その……同じ転生者のツンデレ美少女……うう……」


「ああ……そういうシチュが貴方のストライクだったんですか……ご愁傷様です。――あ、女神様が『べ、別に貴方のことなんて好きじゃないんだからねっ!』と言っているんですがどうします?」


「似非ツンデレとか反吐が出ます。二度としないで下さい――とお伝え下さい」


「い、いつになく手厳しいですね――おい女神興奮すんな落ち着け『やんっ、もっと罵ってぇっ♪』じゃねえよそれ聞かされる私の身になって下さいふざけんな」


「女神様が楽しそうで何よりです。でも……うっ、ツンデレ美少女……」


「ちょっと待てい。そこのいまいち萌えない奴」


 と、草むらに頭を突っ込んで、頭に虫をくっつけながらようやく冠を見つけてきたメガネ。虫を手でばさばさばさ、と払ってから胸を張る。


「それは何か? この私が美少女でないとでも? そんなこたー言わねーよな?」


「……言わなきゃ分からないか?」


「よっしゃてめーちょっと待ってろ! 今眼鏡外すから! 美少女になるから!」


「さっき外してただろ――ってか、そもそもお前の名前メガネだろ。眼鏡外すな」


「黙りゃあっ! じゃ、脱ぐ! 脱いだげる! 実は私隠れ巨乳だし!」


「あっ、おいこらやめろ! 本気で脱ごうとするな! お前それでも一応女だろが! っていか、隠れ巨乳ならなんでちゃんと隠さない!? 台無しだろうがぁっ!」


「うるせーちくしょーっ! 萌えらんねーなんて言われたら女が廃るんじゃあ! おらてめー萌えろ! 私に萌えろぉっ!」


「馬鹿野郎! 脱げばいいってもんじゃねえぞ! 萌えを舐めるんじゃねえっ!」


 と、しっちゃかめっちゃかな状態になった俺とメガネを尻目に、天使さんは、


「やれやれ……」


 と肩をすくめてみせ、よいしょ、とアレクサンドリアの頭の上から降りて、そのまま歯と歯の間へと滑り込み、口の中へと退避していった。

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