42周目
42周目①.ただのチートなんですよ。
「なあ、お前の名前ってバットだっけ?」
と、魔法使い的な格好をしたイケメンな転生者が俺にそう尋ねてくる。
「おう」
「何で?」
「金属バットが武器だから」
「安直じゃね?」
「放っておいてくれ」
と俺は言う。
自分でも素っ気ないのは割と自覚している。
何でそんな俺に、この爽やかなイケメンが話しかけてくるかって言うと、たぶん、他に誰もいないからだろう。
この、とっくに滅びた世界にいるのは、俺とこのイケメンと――それから、あの美少女だけだ。
転生者打撃群も、美少女との度重なる戦闘を経て、今や残っているのはたったの二人。もはやとっくに組織として機能していない。
そして、俺と一緒に最後まで残ったこのイケメンも、こう言う。
「俺さ、次転生したら、魔王とか世界とか美少女とか無視して田舎でスローライフ送る。エルフっ娘と一緒にのんびり暮らすんだ」
「大丈夫かそれ。意外とスローじゃないって聞いたぞ――村でスローライフのつもりが、気づいたら実質軍事国家の覇王になってたって、前に転生者打撃群にいた奴が言ってた」
「かもしれんが」
イケメンは苦笑した。
「あの美少女倒すよりは楽だろ」
確かにその通りだった。
幾度となく転生者の補充と再編制を行い、出撃を繰り返した転生者打撃群は、美少女との戦闘で連戦連敗し、文字通りの全滅を繰り返してきた。
そんな中、転生者打撃群の転生者たちは、転生限界を迎えたり、全てを忘れて次の転生先で幸せに暮らすことを選んだりして、次第にいなくなっていった。
特に後者が多かった。
だからと言って、非難する気にはなれない。
俺みたいに、何度も何度もあの美少女に殺されても未だに残っているような奴の方がたぶんちょっとおかしいのだ。
ともあれ、その結果がこれだ。
女神様が転生者をどれだけ補充しても、補充するより去っていく者の方が多いのだから、こうなってしまったのは仕方がないことだ。
でも、少しだけ寂しさはある。
「なあ、バット。お前さ」
「うん」
「この転生者打撃群にずっと前から参加してるって聞いたんだけど、まじなのか? なんか、10回以上前から参加してるって」
「まあ、一応」
「まじかよ。イカれてんなお前」
「そうだな」
「じゃあその……お前って、今、何周目?」
「転生?」
「ああ」
「今回で41周目」
「……すっげえ。バケモンだなお前」
「それはあの美少女に言ってくれ」
そう告げて、俺が見上げるその先。
赤い塔が建っている。
あの美少女は、その上にいるのだ。
いつの頃からから、あの美少女は、そこで俺たち転生者打撃群が仕掛けてくるのを待つようになった。
理由は知らない。
こちらの探す手間を省いてやろうという親切心なのかもしれない。ただ単に、高いところと赤いものが好きなだけかもしれない。
当たり前だが、チートレベルの攻撃が飛び交う戦闘の中心地だ。赤い塔は、何度か致命的な被害を受けているはずで、本当ならとっくに倒壊していてもおかしくない。
しかし、実際にはそうなっていないところを見ると、どうやらあの美少女がわざわざ直しているらしい。戦闘の度に、赤い塔が新築されたみたいに綺麗になっていることが確認されている。
流石に、あの美少女が腕まくりをしてカナヅチでとんかんとんかん叩いているわけではないだろうから、たぶん何かのスキルだと思われる。
何にせよ、居場所が分かるというのはかなり楽ではある。
俺は金属バットを構え、美少女が待っている赤い塔へと向かって歩く。
イケメン転生者に言う。
「それじゃあ行くぞ――っても、この人数じゃ戦術も何もあったもんじゃないから。とりあえず、俺があの美少女に突っ込むから、お前は後ろから支援してくれ。ええと、魔法使いだよな?」
「ああ、異世界じゃチートで無双してた最強の大魔法使い様だぜ」
「頼もしいな」
「へっ。最後なんだから、最高に格好良い散り様見せてやるよ」
「最後じゃねえだろ。これが終わったら思ったよりスローじゃないスローライフが待ってる。覚悟しとけ」
「……ああ、そうだったな」
と苦笑して、イケメンは俺に言う。
「なあバット。お前さ、エルフならどういう娘が好き? 俺、クールな巨乳エルフっ娘がタイプ」
「貧乳でツンデレなエルフ」
「そうか。相容れないな」
「だな」
「なあ」
と、イケメンが俺に聞く。
「お前は、どうするんだ。一人になってさ」
「続けるよ」
「――そうか」
そう、イケメンな転生者は言った。
なぜだかよく分からないが、何かちょっと嬉しそうな顔をして。
そんなわけで、俺たちは美少女と戦い、いつも通りに負けて死んだ。
そして、俺は42周目の異世界転生をした。
□□□
「まさかここまで長い付き合いになるとは」
と、アレクサンドリアの頭に、とすん、と腰掛けた天使さんが遠い目をして呟く。
俺も、アレクサンドリアのたてがみを手入れしてやりながら、
「そうですね」
と、答える。
「42回も世異界転生して、42個もチート貰って勝てないとか――その、何て言うか、本当にすみません。自分が情けないです」
「いや、倒せないことは分かっていたというか、むしろ、何で未だに貴方が諦めないでいられるのかが分からないというか……」
もにょもにょ、と天使さんは言う。
「その……本当に、どうしてですか?」
俺はアレクサンドリアのたてがみを櫛で梳くのを止めて、自分自身に問いかける。
確かに、どうしてだろう?
世界を滅ぼされた復讐心だろうか?
それは、でも、ちょっと違うような気がする。
自分でも薄情だと思うが、世界が滅んで家族も死んだ、という実感が未だに湧かない。話のスケールが変にでかすぎて、悲しいという気持ちが上手く形にならないのだと思う。
あんまり妹のことを考えたくないというのもある。考えようとすると、例のよく分からない痛みに襲われるときがあるから。
復讐心に突き動かされてる感じではない。
じゃあ何がしたいのか。
俺が実際にやろうとしていることは、あの美少女の頭を金属バットで、ぽかん、と叩いてやることで、それはつまりどう考えても復讐でしかない。
でも、それが目的ではない気がする。
とにかく、それは違うのだと思う。
上手く言葉にできないが。
結局、きちんとした答えは出せず、俺は天使さんに対し、
「……たぶん、意地とかそんなのでは」
なんて適当なことを言って、
「まったくもう、しょうがない人ですね」
と、肩を竦められた。
ちなみに。
この異世界における現在の状況を説明しておくと、俺は今、魔王を討伐するための勇者パーティの一員となっている。
勇者は女の子で、当然のように美少女で、ごろつきABCDに襲われていた彼女を助けたところ「『お兄ちゃん』って呼んでもいいですか」と言われたのだ。
妹のことを思い出しそうだったし、普通に考えて意味がわからなかったので断ったら「じゃあ代わりに私と一緒に魔王を倒しましょう」と言われたので頷いた。今回の転生目標が魔王を倒すことだったからだ。
そんなわけで、俺は勇者である彼女と行動を共にすることとなった。
ちなみに、ほぼ女の子だけのパーティで、ハーレム展開と言えばハーレム展開なのだが、世間知らずな聖女様は勇者のことが好きで、生真面目な聖騎士の少女は聖女様が好きで、自称魔法使いな忍者娘はその三人のきゃっきゃうふふを見ているのが好きという、ある意味完璧なパーティだったので、俺は俺のヒロインであるアレクサンドリアとこうしてイチャイチャしている。
「貴方は相変わらず何かちょっとおかしいことやってますね……」
「アレクサンドリアは俺の嫁ですから」
「はいはい――ちなみに今、あの女神様が『私も! 私も君の嫁にして!』と電波を送ってきているんですがいかがなさいます?」
「放置して置きましょう」
「『放置プレイ……! やだ、ぞくぞくしちゃう……!』だそうです」
「女神様が楽しそうで何よりです」
――と。
「やあ、ここに居りましたか。バット殿」
唐突に、声を掛けられる。
アレクサンドリアが、とっさに頭の上に乗っかっていた天使さんを振り落とし、ぱくん、と口に咥えて咀嚼した。
俺は、声の方へ振り向く。
そこにいるのは、白髪頭の巨漢の老人。
「……騎士団長さん」
と、俺は彼を役職で呼ぶ。
身長は二メートルくらいあり、全身筋骨隆々であり、これで老人とかおかしくないか、とチートで身体能力を補強されているだけの俺は思う。
そして、口元にある――立派な髭。
ふさふさしている。
めっちゃふさふさしている。
それはもうふっさふさなのである。
彼は、この異世界の「第二国」と呼ばれる国の王国騎士団長で、この勇者パーティにおける俺以外で唯一の男性で大人だ。
そして。
俺にとって、ちょっと気まずい相手だ。
「……ど、どうも」
と、俺は頭を下げる。
「いや、そうかしこまる必要はないですじゃ。こうして勇者殿の仲間として共に旅をしている以上、ここでは某と貴方様とは対等な関係の仲間です」
「は、はあ……」
「何より、貴方様は某より遥かにお強い」
「……」
――完全な上位互換。
俺と、この騎士団長さんとの関係を一言で説明すると、そうなる。
元々、このパーティのおいて、彼の立場というのは微妙なものだったらしい。
そりゃそうだろう。
対魔物戦闘だとチートガン積みの俺より強い、第一国が十年掛けて「完成」させた究極の「対魔物兵器」である癖に、人間相手だとごろつきにも負けるくらい弱い、隙あらば「お兄ちゃん」と呼ぼうとしてくるピーキー女勇者だとか。
第四国から派遣された、祝福によって自分自身に強化と回復のバフを掛けまくって素手で魔物を殴り倒し投げ飛ばし引きちぎり攻撃を食らってもろくに効かない+即回復とかやらかす、勇者のことが大好き過ぎるほぼ不死身の聖女だとか。
異様なまでの幸運で相手の攻撃を全避けしつつ多種多様な武器を投擲して必中かつクリティカルヒット的な致命打を放ち続ける、聖女の幼なじみで聖女のための騎士でたぶん聖女のことしか考えてない聖騎士だとか。
自称魔法使いだがなぜか口調が「ござる」口調で凄まじい体術で走り回りつつ、分身したり地面に隠れたり妖術使ったりして戦うどう見ても忍者です本当にありがとうございましたな辺境出身の美少女大好きマジカルくの一だとか。
そういう、いろいろとアレな連中が揃ったこのパーティ中で、己の鍛え上げた肉体「だけ」で、少しばかり頑丈な「だけ」の大剣で戦う、つまるところ普通の戦士である騎士団長さんに活躍の場があるか。
まあ、あんまりなかったらしい。
それでも一応、パーティの前衛を支える戦士――もっとも、聖女も女騎士もくの一も素の状態ですら彼と同じくらいに前衛として「強い」のだけれど――としての役割が彼には一応あった。
チートを引っ提げた俺が来るまでは。
「ただの膂力だけで竜を討ち果たすことを可能とする人間が存在するとは――いやはや、世界は広いですな。いかなる鍛錬を積めば、それだけの力を手にすることができるので?」
「は、はあ……まあ、いろいろと……」
すいませんそれただのチートなんですよ、とその場で土下座して謝りたくなった。
42回の異世界転生を行い、42のチートスキルを与えられた結果、今の俺は、特に魔法で強化する必要もなく素手でドラゴンを殴り倒すことが可能な力を持っている。というか実際に殴り倒した。
もちろん、その上で魔法やスキルを使って身体能力や攻撃の威力をさらに強化することだってできるし、そこまで得意ではないが攻撃魔法を使うこともできる。
まあ、チートを貰っているだけあってチートだ。
というか、ときどき化け物扱いされたりもする。
気持ちは確かに分かる。魔法も何も使わずに一〇〇メートルを一秒で走れたり、城壁を殴って粉砕したり、空気を蹴って空中で二段ジャンプをしたりする奴がいたら、きっとそいつは人間じゃねえと俺だって思うに違いない。そう思わないのはそれをやっているのが俺本人だからで、俺は自分がただチートなだけの元引きこもりであることを知っているからに過ぎない。
それでも討伐されないのは、勇者の魔物殺しが俺に対して発動しないからであって、俺の人徳が成せる技では決してない。
で、つまるところ。
俺は騎士団長さんより遥かに強い戦士で。
しかも、騎士団長さんよりも手数が多い。
だから、俺のせいでこの騎士団長さんは、このパーティにおける戦闘での役割を完全に失った形になる。
――正直、気まずかった。
「気にすることはありませんぞ。バット殿」
そんな気持ちをこちらの表情から読み取ったのか、騎士団長さんは鷹揚な笑みをこちらに向けて言う。
「某は所詮、老兵ですじゃ。あと二十年若ければまた違ったでしょうが……この歳になればもはや、己の才覚に見切りは付けております。より才覚に溢れた若い方々に超えられていくのは仕方がありますまい」
「……俺にあるのは腕っぷしだけですよ」
と、言わなきゃいいのに、俺は言う。
「魔物が相手なら勇者の奴がいればそれだけでもう十分だし、人間相手ならあのラッキー聖騎士やバーサーカー聖女や忍者魔女がいりゃ過剰なくらいでしょう。仮に俺なんていなくてもさほど困りゃしないです……でも、貴方がいないと困ります」
まあ、当然と言えば当然なのだが、この人がいるのといないのとでは大分違う。
なぜならこの人は大人で、かつ騎士団長という立派な肩書きを持っているからだ。
勇者の肩書きを持っていても、所詮このパーティは年齢の若い連中ばかりだ。若いというだけで下に見てくる連中は星の数ほどいるし、実際のところ、経験不足なのは事実でもある。ついでに言うと全体的に脳筋だ。
だから、そんな中、騎士団長としてそれなり地位とステータスを持っていて、かつ、人生経験をきちんと積んでる彼が仲立ちをしてくれると、比較的話がスムーズに進むのだ。何もただ単に殴り合いが強ければ、それで偉いってわけではないし、強くなければ存在価値がないわけでもない。
……正直に言うと、俺も体感時間だけで言えば二十歳を超えているはずなのだが、転生を繰り返しているためか、なぜか歳を取らないせいでいまいち実感がない。
ついでに言うと、チートを貰って魔王だの何だのを倒して美少女と戦って負けるを繰り返しているだけな奴の内面が、体感時間相応に成長しているとは言い難い。
俺は騎士団長さんに言う。
「みんな貴方を頼りにしてるんですよ。なんだかんだで、俺たちはまだ何にも知らないガキんちょです。大人の貴方がいてくれると安心するんですよ」
「お優しいですな。バット殿は」
と、鷹揚に笑って去っていく騎士団長さんに対する気まずい気持ちを隠すために、俺はアレクサンドリアの世話を続ける。
それに気づいているのか、ぶるるん、とアレクサンドリアは不満そうに鼻を鳴らし、それから天使さんを、ぺっ、と吐き出した。
地面に落ちた天使さんは、ぶるぶる、と涎を古い落としつつ、
「……ああ、何かもう慣れてきましたね」
と、何やら達観したようにそうつぶやいた。
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