2周目および3周目
俺のピンチを見計らったようなタイミングで意識の奴がやってきて『実は生きていたのさ! 待たせたな!』などと言ってきた。おいおいまじかよ、と俺はちょっと呆れたが「ま、それじゃもう一度一緒にやるか」と苦笑し、ところで何がピンチなんだっけ、と思いながら目を覚ます。
目覚めるなり、がばっ、と抱きつかれた。
いろいろな柔らかい感触に、俺が目をぱちぱちさせて戸惑っている中、
「会いたかったですよ! バットくん!」
と、今では懐かしいくらいの気弱な声。
「――女神様?」
「はい、君の女神様です」
「俺のではないでしょう。あと、お願いですから離して下さい。俺みたいな元引きこもりにはきっついです」
「嫌です」
「離して下さい」
「ちぇー」
と言って、渋りながら俺を離す女神様。
それから、俺は周囲を見渡す。
視界の果てまで続く材質不明の白い床。
視界の果てまで続く正体不明の白い空。
光源が見当たらないが、何故かある光。
取り立てて描写するものが特にない、何というか手抜き感溢れる雑な空間。
転生の間だった。
「何で――」
「はい?」
「何で俺、ここにまた来てるんですか? あの美少女に殺されて死んだんじゃ?」
「もう一度転生するからです」
「もう一度? もう一度とか、そんなのあるんですか?」
「ええ。転生限界を迎えるまでは可能です」
「転生限界? それって何です?」
死んだ彼も言っていた単語だ。
何だそれ。
「要するにあれですよ。転生できる回数です。その転生限界を迎えない限り、貴方は何度でも転生できるんですよ」
「まじですか」
「まじです」
だとすると、と俺は思う。
転生限界を迎えた、と確か彼は言っていた。
つまり――彼は、あれで本当に死んだのか。
本当に死ぬのに、あの美少女と戦ったのか。
「……まじですか」
「そう、まじなのです」
と、女神様は言う。にっこにこで。
俺は女神様に尋ねる。
「じゃあ俺って、あと何回ぐらい転生できるんですか?」
「秘密」
「え、何で?」
「秘密」
何だよそれ、と俺は思った。
思ったが、考えてみれば、何でもかんでも教えてもらえるわけじゃないのは当然だった。知りたければ、ステータスオープンしろとかそういうことなのかもしれない。
「まあでも、安心してもらって大丈夫ですよ。貴方は普通の人よりも大分転生回数が多いですから。割と余裕があるんです。余裕余裕」
「そういうのって、余裕余裕、とかぶっこいてるとあっと言う間に無くなってたりするパターンじゃ……」
「まあまあ。さすがに、残り少なくなったらちゃんと教えますので」
「まあ、なるだけ死なないようにします」
と、俺は言う。
あるいは、それが神様が俺に転生限界を教えない理由なのかもしれない。
転生限界を知ってしまうと、なら別に死んでもいいや、と死の意識が希薄になるとかそういう。
「――あと、それから」
「はい?」
「その――案山子の件はごめんなさい」
「ああ、あれですか。いや、別に――」
「お詫びに、その、ちょっとアレなことをしても……いいですよ?」
「やめて下さい」
顔を赤らめながら距離を詰めてくる女神を、俺は全力で引き離す。やめろ。
「……別に謝らなくていいですよ。だって忙しかったんでしょう?」
「あのとき、転生者打撃群を運用中だったんです。あの美少女を打ち取るために」
「彼らですよね? そりゃすっぽかすわけにはいかないでしょう。別にいいです」
「本当はすっぽかそうとしたんですけど、モカちゃんに『ママ。さすがにそれは神様としてどうかと思うよ』って止められまして」
「一応、俺の口からも言わせてもらいますが、さすがにそれは神様としてどうかと思います。絶対に止めて下さい。案山子送られても怒りませんから」
ただ「女神」と書かれた紙を貼り付けるのだけは止めて欲しかったが。あれはちょっと酷かった。
「それで、その天使さんは――」
「お呼びですか? バットさん?」
ぽんっ、と。
可愛らしい音を立てて。
俺の目の前に、天使さんが現れる。
正直もう会えないものと思っていたから、何となく気恥ずかしい気持ちで俺は彼女を見る。
「……どうも。天使さん」
「またお会いできましたね」
「ええ」
「言った通りだったでしょう? 彼女?」
「はい。めっちゃ強かったです」
「それで」
と、天使さんは俺に尋ねてくる。
「あの美少女の強さを理解した貴方は、次は、どうするんです?」
「もう一度」
と、俺は言う。
「もう一度、あの美少女と戦います」
「……まったく」
呆れたように、ため息を一つ吐いて。
「しょうがない人ですね。貴方は」
と言って、天使さんは八重歯を見せて笑ってみせる。
「で」
そこで、天使さんは俺から視線を外す。
「何をやってるんです。そこの駄神は」
彼女の視線を追うと、女神様がしゃがんで転生の間の白い床にいじいじと「の」の字を描いていた。
「だって、だって……ミーちゃんとバットくんがすごく仲良くなってるんですもん。何だか私だけハブられてて――ダブルで寝取られた気分です。いいなあいいなあ」
「馬鹿言ってないでさっさとバットさんを転生させて下さい。仕事は幾らでもあるでしょう。仕事が滞っていてモカがひいこら言ってますよ」
「えーもっとバットさんとイチャイチャしたいです。ね? バットさん?」
「いや、仕事して下さい」
「酷い! でも、そんな君も……好き」
「はいはい」
「それじゃあ、バットくん。君に新たなチートを授けましょう!」
「え? また貰えるんですか?」
「そりゃそうです。転生を繰り返す度に貰えますよー」
「それチートじゃないですか」
「だってチートですから」
「えっと……じゃあ、何かおすすめとかあります?」
「魔法とかもっともっと使えると便利ですよね! スーパー魔法セットがあります。全属性の全魔法が超魔力で使えるとかそんな感じの!」
「じゃあそれで」
「おすすめを即座にポチる何も考えていないその姿勢――素敵!」
「はいはい」
「それから、はい! これです!」
と言って女神様が手渡してくるものを見て、
「あ」
と俺は声を上げる。
それは、美少女との戦いで弾き飛ばされてそのままだったもの。
「金属バット! 回収しておきましたよ!」
「――ありがとうございます」
と、俺は頭を下げてそれを受け取った。
俺は金属バットのグリップを握り締める。ぶっちゃけ適当な理由で選んだだけだったが、何だかんだで手に馴染んだ武器だ。
こうして回収してもらえたのは、本当にありがたかった。
「これで準備は万端ですね! ――では、お口を拝借」
「……えっと」
と、俺はちょっと躊躇う。
「……それ、やらなきゃ駄目なんです?」
「駄目ですよー」
と笑って女神は、俺の頬を手に取り、それから唇を重ねてくる。
ふと、俺は他の転生者にも女神様はこうしているんだろうか、と考え、この人キス魔なのかな、とかちょっと思う。
「えっ……え?」
と、天使さんが何やら驚いたように声を上げていて、真っ赤にした顔をちっちゃな手で隠しつつ、指の隙間からチラ見してくる。ちょっとどころでなく恥ずかしい。
とん、と。
女神が俺を押して、唇の感触が離れ。
代わりに、落下する感覚。
目を閉じていた。
それが消えるのを、俺は待つ。
……。
……。
……。
「……ん?」
落下する感覚が消えないことに疑問を持ちつつ、俺はぱちり、と目を開ける。
青空。
でも、ひどく広い。
そして、全身に、びゅう、と吹き付けてくる強烈な風。髪やら衣服やらが、ばたばた、と煽られて音を立てる。
反射的に起き上がろうとして、力を込めた手足が空を切った。そこでようやく、足場が存在しないことに俺は気づく。
ぐるり、と身体の向きを入れ替えて、眼下に遠く広がる大地や山々や街の姿を見下ろして俺は気づく。
空中――しかも、絶賛落下中だった。
成る程、こういうパターンか、と俺は思う。
なかなかにど派手だが、あの最強過ぎる美少女との戦いの、その新たな門出としては悪くないかもしれない。
――で、これはどうすればいいのだろう?
そう自問して、そう言えば魔法を使えるようにしてくれたとか言っていたな、と俺は思う。
魔王殺しのための魔法みたいな特殊な例外を除いて、基本的に身体能力と金属バットで殴ることしかしてこなかった脳筋な俺だ。
それでも、この状況下なら魔法で何とかするしかない、ということくらいは分かる。この速度で地面に激突したら身体能力全振りでも普通に死ぬ。
きっと、女神様が魔法を使えるようになるための最初の試練として用意してくれたのだろう。チュートリアルって奴だ。これをクリアすると魔法の力に目覚め、そこから先はもうとんとん拍子で大魔法使いになれるのだろう。
よし。
とりあえず、空でも飛べばいいか。
そう思って、俺は魔法を使おうとして――
「あれ?」
はた、と気づく。
「――どうやって使うんだ?」
落下しながら、俺はしばし呆然として、とりあえず、呪文っぽいものを言えばいいのだろうか、と思って言う。
「――と、飛べ! 俺!」
飛ばなかった。
魔法がそもそも呪文によって発動するものではないからなのか、それとも致命的に呪文のセンスがないからなのか、いまいち判別が付かず落下しながら途方に暮れる。
あ、そうだ。
天使さんに聞けばいいのか。
「天使さ――」
と、呼びかけたようとしたところで、ふと気づくと大地がちょっとびっくりするくらい間近に迫っていた。
刹那の間で、俺の脳裏を駆け巡る疑問。
あれ?
これ、間に合わな――
次の瞬間、その疑問は地面と激突した衝撃によって、俺の肉体と一緒に粉々に砕け散り、意識の奴も『え?』と間の抜けた声と共に、すぽん、と落とし穴に落ちて消えて行った。
□□□
意識の奴が『今の酷くね?』と言いながら穴の中から這い出してきたので、俺はその手をむんずと掴んで穴の中から引っ張り上げ、目を覚ます――と同時に。
「今の酷くないですか?」
目の前で「あれ?」みたいな顔をしている女神様に、ずい、と詰め寄る。
「え? 何です今の? 冒険が始まったと同時に終わったんですけれど? え?」
「お、落ち着いて下さいバットくん」
と若干涙目になって言ってくる女神様に、俺は沸き上がる怒りをぐ、と堪える。
ぎりぎりぎり、と奥歯を噛み締めながら、
「……はい」
と頷く。
「いいですか、バットくん――」
怒りを抑え込む俺の肩へと両手をそっと乗せて、女神様は優しい声で告げる。
「稀によくあることです。バットくんはまだ転生限界じゃなかったからセーフ」
「もしそうだったら終わりだったんですか今のって!? 今の一回分!?」
「それはそうです」
「そうです、じゃないですよねそれ!?」
「大丈夫大丈夫。君の転生限界は結構多めですから。一回くらいへーきへーき」
「何度転生できたとしても、命はできるだけ大事にすべきではないでしょうか!?」
「あの美少女に挑むとか、命知らずなこと言ってる君の言葉とは思えませんねー」
「それとこれとは別の話です!」
と俺はそう叫んだところで息が切れた。ぜーはーぜーはー、と深呼吸を繰り返す俺に、女神様は言う。
「君こそ、ちょっと舐めてませんか? バットさん?」
「はい?」
「一度、自分は異世界をクリアしたから――次の異世界も楽勝だとか、思っていませんでしたか?」
「……」
「甘いです。べったべたに甘いですよ。バットさん――異世界を舐めるな、です」
「……確かに貴方の言う通りです。女神様」
「はい。分かってくれて嬉しいです」
「でも、それとこれとは話が別です」
「ひいぃんっ! バットさんが酷い! でもそんなところも素敵!」
「はいはい」
と、俺は適当に頷きつつ「バットさんが! バットさんがちょっと見せられないアレ過ぎる姿に! うわああああああんっ!」などと、回収してきたらしい血塗れの金属バットを振り回して喚いている天使さんを見て、あーあー、と肩を落とす。
美少女を倒すまでの道のりは――どうやら、随分と長く険しくなりそうだった。
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