1周目④.そっち行くから。

 とぼとぼ、と。

 どうしていいのかわからず、俺は。

 すでに滅んでいるという、元の世界を歩く。

 周囲の喧騒を聞きながら。


「駄目だ! 前衛の連中がもう足りない! 抜かれる! 抜かれ――ぎゃああああああっ!」「本部がっ! 本部が壊滅したっ! 駄目だ! もう駄目だあああっ!」「時間系能力者は何人生きてんの!? 空間系全員やられてんだけど!」「上ももう駄目だ! 竜も戦闘機も戦略衛星も宇宙戦艦も連絡がつかねえ! くそったれくそったれえええええええっ!」「あの、貴方たちは――」「どけっ! おい魔法使いども! 俺の魔力なら無限だからどんどん持ってけ! 極限魔法をぶっ放しまくるんだ! とにかく撃て撃て撃て撃て撃たないと駄目だあの化け物は止まらない! 撃てぇっ!」「無理だよあんなの勝てっこないよ何で耐性ぶち抜く即死の魔眼で視てるのに死なないのおかしいじゃん変じゃん!」「馬鹿! 泣き言言ってる暇があったら魔眼で捉え続けなさい! 障壁の一枚二枚は引っぺがせるはずよ! 目え逸らすんじゃないの! ……全部終わったら、ほっぺにキスしたげるからさ」「すみません、その」「後にしろ! ――だからさっきから言ってんだろうが! 防御に振ってる連中を前線から引き戻してこい! あいつ相手じゃ全部ぶち抜かれて意味がねえ! それより後衛の連中を破片から守ることに専念させろ! さっきからあいつが移動するだけで何人かやられてんだよ!」「お守り……お守りみんなに配らなきゃ……これさえ胸に入れておけば大丈……」「馬鹿! さっきお守りごとぶち抜かれてだろうが! あいつにゃやるだけ無駄だ! お前はもう逃げ――おい馬鹿上見ろ瓦礫が――っ」「あの、俺、何かできることは」「うるせえ知らねえよ応援でもしてろよこの馬鹿! くそったれ!――艦船に転生した奴らは何やってんだ!? 支援砲撃止まってんぞ!?」「あんな連中とっくに沈んでるよこの馬鹿!」「いやだあああ! もういやだあああっ!」「泣くな後輩! ちゃんと構えて撃て! お前が泣いてる間に一秒毎に仲間が死ぬと思え!」「お願い早く! この子死んじゃう死んじゃうってばあ! ねえ!?」「おい離せ僕はまだ戦えるぞ! 腕の一本無くなったくらい何だってんだ! 離せ! 離せえええっ!」「何で……何で傷が治せないの!? どうしてよっ!?」「ああ。お前の最初で最後の出番だぞ――出撃だ。ミサイル野郎」「おい誰か! ロボだ! ロボを動かすための人員が足りねえんだ! 誰か動かせる奴はいないか! 気がするだけもいい! なあ頼む――頼むよ!」「――む、無理です」「ちくしょう! ちっくしょうっ!」「おーい」「おいふざけんな! 自爆魔法の許可なんて出せるわけ――おい! 待てお前ら! この……大馬鹿野郎共おおおっ!」「おーいそこのー」「先輩――先輩いいいぃっ! く、うおらああああああっ!」「おーいおーい」「馬鹿野郎正気に戻れ! 瓦礫に潰されたら普通人は死ぬんだ!」「嘘だ! 嘘だああああああっ!」「おい――おいって、そこのお前」


「え?」


 不意に掛けられた声に。

 とっさに反応できずに、俺は戸惑う。

 それに対して、


「金属バットのお前だ」


 と言われ、


「あ、はい」


 と、俺は何となく姿勢を正す。

 そういう類の声だった。

 声の方を見ると、無精髭を生やし、やつれた感じの中年男性が立っていた。


「見ない顔だな――補充の転生者か?」


「えっと、その……」


「すまんが、ちょっと解析するぞ」


 と言って、彼はこちらを見てくる。

 その直後。

 ぞわり、と。

 肌が粟立つような感触。

 別に、彼の目付きが鋭いからとか――あるいは、その、ちょっとあれな意味合いで見られているとかそういうことではなく。

 何か、五感が感じ取れる以外の、何らかの手段で身体の内側を探られているような、そんな感触。

 こちらの表情に気づいたのか、男性が「ああ、悪い」と言って実際申し分けなさそうな顔をする。


「ステータスオープン系のスキルは知らないのな――悪かった。気味悪かったろ?」


「いえ、えっと……」


 ステータスオープンなんてのもあんのか、と俺は頭の片隅で思いつつ、でも、それよりももっと根本的な問いを彼に投げかける。


「あの、貴方たちは何なんですか?」


「あ? 何って、転生者打撃群だろうが。何だお前――あの駄神から何も知らされずに補充として送り込まれたのか? あの性悪め、とうとうそこまでやり始めたか?」


「いや、そういうわけじゃなくて、俺、元々この世界の出身で――それで、転生目標を達成したから、その特典使ってこの世界に戻ってきたんです」


「は」


 俺の言葉を聞いた彼は一瞬だけ、ぽかん、と口を開けて――それから爆笑した。


「ははははははっ! まじかよそれ! とんでもない大馬鹿野郎がいたもんだなおい! うわははははははっ! 」


「わ、笑わないで下さいよ……」


「いやわりぃ悪い――ははっ、じゃあ、何だ? 目的はあの美少女への復讐か?」


「一応……」


「一応、と来たか。止められただろ?」


「まあ……」


「しかし来てもらったばかりで可哀想だが、お前じゃ駄目だ。諦めろ」


「え」


「はっきり言って壁にもならん。どっか邪魔にならないところに隠れてろ」


「で、でも俺、一応魔王倒してて……」


「ここの連中、全員魔王ぐらい倒してるぞ」


 と、彼はこともなげに言う。


「他にも勇者倒してる奴もいれば、神竜や亜神倒してるバケモン転生者だっているし、複数の異世界を渡ってる連中も、転生者蟲毒から生き残ってきた戦闘狂共までいやがる始末だ。なんでもござれさ――悪いが、さっきステータス見た限りじゃ、お前はこの中じゃ一番ド底辺の雑魚転生者だ」


「でも……」


「まあ、ぶっちゃけ」


 と、何だかちょっと諦めたような顔で。

 彼は言う。


「あの美少女相手じゃ、俺たちもお前も大差ないんだけどな――あー、ちょっと愚痴ってもいいか?」


「はあ……」


「俺さ、この転生者打撃群の指揮官なんだけど。でもさっき、本部襲撃されて逃げてきたんだ。そんときに、相棒の通信役がおっ死んじまってな。知的クールぶってツンケンしてる可愛い奴だったんだけどさ。俺ばっかり生き残ったって、あいつがいなきゃ指揮できんのにさあ。まあ、他の連中のおかげで、俺らの切り札だったミサイル転生野郎を発射させてやることはできたけど――あーもーみんな馬鹿だよなあ本当」


 彼は一つ、溜め息を吐く。

 それはひどく重々しい、溜め息で。


「俺もあいつらも、今回で転生限界だ」


 ――転生限界?


 何だそれは、という疑問。

 でも、それを今の彼に問う気にはどうしてもなれず、俺は黙って彼の言葉を聞いていた。


「――正直、もう疲れたよ」


 と、彼は肩を落として告げる。


「誰も勝てんよ。あの美少女にゃ」


「そ」


 と、俺は言った。

 何故、そんなことを言うのか――自分でもよくわからないまま、彼に告げる。


「そんなことはないですよ」


 その言葉に対して。

 ぎろり、と。

 彼は一瞬、殺意すらこもった表情をこちらに向けてきて――でも。


「――言うね」


 瞬き一つで、それは消えた。

 そして、ただの苦笑に変わって。


「この地獄に来たばっかのひよっこなルーキーがよ。――まあ、でも」


 彼は、懐から拳銃を取り出した。


「死に損ないのロートルらしく、最後はルーキーに良いとこみせてやるよ――ちょいとどいてな」


 どん、と。

 いきなり突き飛ばされ、不意を打たれた俺はそのまま後ろへと吹っ飛ばされ、そのまま瓦礫の山の一つに頭から突っ込んだ。指揮官とかいう割に凄まじい腕力だった。

 何をするのか、と思って瓦礫の山から顔を出した俺の目に――


 綺麗な黒髪をなびかせて、

 ぺったんこな胸を張った、

 めっちゃツンデレっぽい、

 セーラー服を身に纏った、


 ――美少女の姿。


 さっきまでは、絶対にいなかったはずだ。


 姿を隠していたのか、空間を跳んできたのか、時間を停止させて移動したのか、単純に無音かつ超高速で来ただけか。


 とにかく今そこに現れた――その美少女に。

 敵意を剥き出しにした笑みを浮かべて。

 彼が、声を掛ける。


「よお、遅かったな。美少女――」


 それはでも、まるで長い付き合いの旧友に対するような――そんな口調で。

 自分を見ている美少女へと。

 彼は、告げる。


「――俺もこれで最後だ。……あばよ」


 言葉と共に彼が拳銃を構えた――その直後。


 美少女が消えて。

 彼の姿も消えた。


 そう見えたが――けれども、それは違った。


 その瞬間に何が起こったか俺には見えなかったが、その結果だけは俺にも見えた。


 彼が一瞬前まで立っていたはずの場所。

 そこに残っている血と肉の煙と、足首。

 少し遅れて。

 ぼとり、と。

 地面に落ち転がる拳銃を握った、手首。


 それが結果だった。

 ほんの一瞬で、彼は死んでいた。


 そして。


 ほんの一瞬で、彼を殺してみせた美少女は。

 ふわり、と。

 まるで重力なんて無いみたいに、宙を舞う。

 翻るスカートは、けれども鉄壁で。

 その身体には、返り血一つ浴びていなくて。

 とんっ、と。

 ひどく軽い音を立てて、美少女は着地する。


 俺は。

 俺は、金属バットを構えようとし。


 身体が、動かせない。

 手足が、震えていた。


 おい、と思う。ふざけんな、と思う。

 何のためにここまで来たんだ。俺は。

 だから、早く。

 早く早く早く早く早く――――動け。


 俺は、金属バットを構えられずに。

 俺は。


 美少女の瞳が、動く。

 その視線が俺を捉え。

 そのままスルーした。


 俺のいる場所とは、まるで違った方向――例の赤い塔が立っている方の、空の向こう側へと、その視線が向けられる。


 おい、と思う。ふざけんな、と思う。

 手足の震えが止まった。

 身体がちゃんと動いて。

 金属バットを、構える。


「おい――」


 俺は。


「――こっち見ろよ」


 俺は叫んだ。


「こっちをちゃんと見ろよっ!」


 叫びながら、俺は滅茶苦茶に駆け出す。

 音速を何とか超えられる程度の鈍さで。

 岩をどうにか破壊できる程度の軽さで。

 スキルも込められてない金属バットを。


 振り下ろす。


 当たり前のように一撃が弾き返された。


 美少女は、動いてすらいない。

 その身に展開する大量の障壁。

 その、最初の障壁すら砕けず。

 手から金属バットが吹っ飛び。


 その直後。


 視界が全て真っ赤に染まった。

 今度こそは、自分の血だった。

 何をされたのかすらわからず。

 俺は致命傷を受けて倒れ伏す。


 まだだ、と俺は思った。

 ただ思っているだけだ。

 身体は、もう動かない。


 霞み出す視界の中。

 美少女は俺に見向きもせず、地面を陥没させながら、凄まじい跳躍を一つ。この場から去っていく。


 でも、その一瞬。

 美少女の表情が見えた――あのときと同じ顔をしていたのが、見えた。


 その、何だか泣きそうな顔が。


 やめろよ、と思う。

 その顔はやめろよ、と思う。

 俺が悪いみたいじゃないか、と思う。


 道路を駆け、建物の壁面を走り、高層ビルの屋上から屋上を飛び回り、宙を蹴って進む美少女は、もう遥か遠くにいる。

 彼女が向かう先は、例の赤い塔。その向こうの空からやってくる――何か。


 そう言えば、彼が言っていた。


 確か――ミサイル転生野郎、とか。


 本当だとしたら、冗談みたいな話だった。

 でも、ちょっとだけ羨ましいな、と思う。


「……今、俺もそっち行くから」


 ごぼり、と血を吐きながら俺はつぶやく。

 もうほとんど見えないくらい遠くにいる美少女と、彼女の向かう先にある赤い塔と、そのさらに先にいる誰かに向けて、つぶやく。


「……だから、もうちょっと待ってくれよ」


 その言葉が、最後だった。

 ぱたり、と目蓋が閉じる。


 それでも諦め切れず「まだだ」と思い続けている往生際の悪い俺に応じて、意識の奴が『そうだとも! 僕たちの戦いはこれからだ!』と叫ぶ。

 それで、俺は諦めが付く。

 そうか、これで終わりか。

 俺は意識の奴の背中を押して、ぽん、と崖の上から突き落としてやる。

 悲鳴と共に奈落の底へと消えていく意識に「じゃあな」と俺はさよならを告げた。

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