1周目②.最終決戦。
と、いうわけで一年後。
世界の命運を決める最後の決戦の、前日。
あの後、成り行きによって行者のおっさんに拾われた俺は、そのまま成り行きによって見習い行者として雇われることとなった。
半年掛けて身体能力の制御法と行者としての知識の基礎の「き」を学び、労働の喜びを知って更生した俺だったが、魔王との戦いのために戦場での即席の物資運搬員として駆り出されることとなり、おっさんは最後まで何とかしようとしてくれたが時代の流れには逆らえなかった。「死ぬなよ、坊主」と男泣きに送り出してくれた彼の姿は今でも忘れられない。今生の別れだった。
そして俺は駆り出された戦場において、四天王の一人で地属性のなんちゃらが、俺が属していた戦場に物資を運搬するための商隊を襲ったのだった。
俺は金属バットを振って戦った。
行者として馬と馬車と積み荷を守るために。
それまで魔物と戦ったなんてなかった俺は、幾度となく相手の攻撃を食らってぶっ飛ばされたのだが、身体能力に全振りしたチートのおかげで致命傷にはならず、最終的にチートによるごり押しで勝った。
あとはまあ、その武勲からなし崩し的に勇者にされ、美少女なパーティメンバーたちに囲まれてきゃっきゃうふふしたりしながら、四天王の残り三人も倒し、今、こうして魔王との決戦を迎えようとしている。
というわけで。
そんな最終決戦の前夜なわけで、もちろん、そんな夜には、自分にとって一番大切な相手の元で過ごすに決まっている。
「よう」
冗談のように綺麗な異世界の月を見上げながら、俺は隣にいる彼女に告げる。
「随分と遠いところまで来たもんだな」
隣にいる彼女は何も言わない。代わりに、ちょっとくすぐったそうに首を右に左に振ってみせる。
「この戦いが終わったらさ」
と、俺は言う。
今ではもう、身体の一部のようになった金属バットを握り締めながら、告げる。
「俺にはやらなきゃならんことがある」
ぱちくり、と。
彼女は、驚いたように瞬きを一つ。
それから、ちょっと寂しげに鼻を鳴らす。
「だから、俺は今の地位は全部捨てて、旅に出ることになる。遠い――すげえ遠い場所だ。だからさ」
人のものとは違う彼女の耳が、人にはない彼女の尻尾が、力なく垂れている。
俺は言う。
「一緒に、付いてきてくれるか?」
ぴん、と彼女の耳が立つ。
ぶん、と彼女の尻尾が振られる。
「俺たちは、ずっと二人一緒だ」
その言葉を受け、彼女は楽しげな声で言う。
――ひひーん。
「ちょっと待って下さい。すてい」
ぽん、と。
可愛らしい音を立てて、目の前にテンプレ通りな天使が現れる。
「ちょ……」
と、俺は慌てて彼女に詰め寄る。
「天使さん! 空気読んで下さいよ!」
「いや、何やってんですか。バットさん」
と、天使さんがひどく冷めた目で俺を見る。
ちなみに、バット、というのは俺の名前。
四天王の地のなんちゃらを倒したとき「そなたの名を聞かせてくれまいか」と王様に言われ、本名を名乗るのが恥ずかしすぎて「バット、とでも呼んでくれ」とか答えたらそのまま定着し、天使さんまでそう呼び始めた。今はめちゃくちゃ後悔している。後の祭りだ。
「本当に何をやっているんですか。貴方は」
「見れば分かるでしょう? 今ちょっといいとこなんですよ」
「何でただの馬と」
「ただの馬とか言わないで下さい。彼女はアレクサンドリアです。ヒロインですよ」
「正気ですか」
「何がですか」
「何で馬を好きになってんですか貴方は」
「いえ違います。馬が好きなわけでなく、アレクサンドリアが好きなんです」
「うわあ、マジなんですか。うわあ」
「何かおかしいところがありますか? だってほら、あれじゃないですか、異世界に召喚されて初めて出会った女の子で、しかもキスされた相手ですよ」
そう。
このアレクサンドリアは、あのとき、俺から華麗にセカンドキスとファーストキスの余韻を見事に奪ってみせた馬だ。
あの後色々あって行者のおっさんのところで仲良くなって、行者のおっさんが「こいつはお前になついているからな・・・・・・」と言って一緒に送り出してくれたのだ。
行者として戦場に物資を送っていたときも、何故か勇者にされて魔王討伐の旅に出てからも、俺の傍らにはいつもアレクサンドリアがいたのだ。
「ね? どう考えてもヒロインでしょう?」
「貴方に好意を抱いてきた女騎士さんや魔女さんや神官さんやお姫様や大賢者さんや元魔王さんや村娘ABCDEF以下略さん方はどうするんですか。どう説明するんです」
「アレクサンドリアと一緒になる、と」
「刺されますよ」
「いや、好意なんて抱かれてるわけないですよ。彼女たちは、ただ単に俺が『勇者』という立場だからちやほやしてくれているだけですって」
「そりゃそうかもしれませんが」
「だから勇者になる前から俺と一心同体だったアレクサンドリアとは違うんです。ほら、やっぱり真のヒロインって最初のヒロインであるべきだと思うんですよ俺は」
「その前にまず人間であるべきかと――あのですね、本当に、本当にその馬がヒロインでいいんですか? 他の誰かの言動に心を動かされたことだってあったのでは?」
「うっ……」
「ほらほら正直に言いなさい! 私は天使です! 嘘吐いたら罰を当てますよ!」
「……そ、その、冒険者ギルドに行くときにいつも会ってた……」
「あ、分かった! 受付の女の人ですね!?」
「いえ、入口のところの酒場でいつも飲んだくれて『はっ、また来やがったかひよっこ勇者が! おいマスター、このひよっこに俺の奢りだ! もちろんミルクをな! がっはっはっ!』とか言って馬鹿にしてきてた荒くれものな半裸のおっさんです」
「すみません。それ男性なんですが」
「いや、昨日、ギルドに挨拶しに行ったときにまた会ったんですが――」
俺は、そのときのことを思い出す。
『はっ、やっぱ来やがったなひよっこ勇者が! おいマスター、いつも通りこのひよっこに俺の奢りだ! もちろんミルクをな!』
と、いつも通りにそう言ってこちらを馬鹿にした後で、荒くれものな半裸のおっさんは、不意に真面目な顔で、マスターにこう言ったのだ。
『それとマスター、ボトルを一つキープしてくれ。この店で一番上等な酒だ』
それに対し「珍しいですね。何のおつもりで?」と苦笑するマスターに、荒くれもののおっさんはこう言ったのだった。
『このひよっこが魔王を倒したら開けて飲むんだよ――もちろん、二人で一緒にな』
思い返して、俺は、かっと熱くなった目頭を拭いつつ言う。
「あれは最高のツンデレでした――女性だったらきっと惚れてましたねきっと」
「うわあ。うわあ……」
と、天使さんが死んだ目で呻く。
あと、アレクサンドリアが「この馬鹿っ! あんたなんか死んじゃえっ!」的な顔で俺を噛んでくるが誤解だ。それでも俺が好きなのはアレクサンドリアなのだ。そこに迷いはないのだ。
「……ううう」
と、天使さんは絶望的な声を上げ顔を覆う。
「私がいながら……バットさんをこんな変態にしてしまったなんて……ううう、私はナビゲーター失格です……」
「そ、そんなことないですよ。俺がうっかり世界に絶望したりして世界を滅ぼすもう一人の魔王になったりしなかったのは、間違いなく天使さんのおかげですって。俺、すげー感謝してるんですよ?」
「いや、完全に道を間違えてるじゃないですか。それも明後日斜め上異次元方向に」
「そこまで言わなくても……」
「――かくなる上は」
不意に、天使さんの声のトーンが変わる。
顔を覆っていた手を下ろすと、完全に据わった目をし、アレクサンドリアを睨む。
「この駄馬め! 貴方を亡き馬にして、バットさんの目を醒まさせてやります! さあ、お覚悟――」
「落ち着いて下さいって」
と、俺は言って天使さんをアレクサンドリアの口の中へと押し込む。
ぱくん、とアレクサンドリアはそれを咥え。
そのまま、もぐもぐ、と咀嚼する。
「にゃああああああああああああっ!?」
という天使さんの悲鳴を聞きながら、俺は。
「あのですね、天使さん」
そう、もごもご、と俺は言う。
もちろん、聞こえているわけがないが。
「――その、本当に感謝してるんです。俺」
そして、聞こえてはいないだろうから。
照れくさいけど、言える。
「俺なんて、ただの引きこもりなのに、
異世界転生させて貰えて。
すげーチートまで貰えて。
天使さんが一緒に来てくれて。
アレクサンドリアにも会えて。
勇者なんて呼ばれてちやほやされて。
いろんな人たちに良くしてもらって。
これだけのことを俺はしてもらったんです。
だから――」
金属バットのグリップを、握り締めて。
ちょっと笑って、俺は言う。
「魔王くらい、ちゃんと倒してみせますよ」
□□□
そして、最終決戦が始まって――終わる。
魔王との、最後の戦い。
あらゆる攻撃を弾く結界を身に纏った魔王に打つ手が無くなった俺たち。
そして、ついに魔王の放った魔法の一撃が俺を捉えようとしたその瞬間――俺の身体を、アレクサンドリアが突き飛ばしたのだった。
代わりに、破壊的な魔法によって吹き飛ばされるアレクサンドリア。
俺は絶叫した。
血塗れになって倒れ伏す彼女の元へと、俺は駆け寄った。
致命傷であることは、誰の目にも明らかで。
アレクサンドリア、と。
ぼろぼろぼろぼろ、と俺は泣きながら彼女の名前を呼んだ。
ひひーん、と。
アレクサンドリアは「何泣いてんのよ……。まだ敵はいるでしょう……?」という顔で弱々しく俺を見上げた。
アレクサンドリアのことが好きだった。
動物園的な馬糞の香りが。
かっと見開かれている血走った目が。
ツンとしていても喜びを隠せない尻尾が。
天使さんを咀嚼してもごもごしている姿が。
たくさんの思い出が、脳裏をよぎった。
ぽとん、と。
俺の涙がアレクサンドリアに当たって。
そのときだった。
奇蹟が起こったのは。
いや――奇蹟ではなかった。
それは、違う。
なぜなら、それはきっと必然だったから。
俺たち勇者パーティと共に旅をし、数々の困難と強大な魔力を持った魔物たちとの戦いを経験し続けた、その結果として。
その死の真際、アレクサンドリアが。
――進化した。
より上位の存在――精霊へと。
俺に付き従う、守護獣として。
アレクサンドリアが、蘇った。
精霊となったアレクサンドリアが駆ける。
一角獣のような角を生やして。
魔王の絶対の結界を。
ぶち抜いた。
そして、俺も魔王に向かって駆け出す。
即座に襲い来る魔王の繰り出す触手の群れ。
無視して駆けた。
だって、仲間がいるから。
俺の背中を女騎士が守り、魔女の大魔法が触手の群れを吹き飛ばし、神官の防御魔法が魔王の魔法を無効化、お姫様の祈りを受けて加速、大賢者から教わった魔王殺しの魔法を込め、元魔王が教えてくれた魔王の急所を狙い、繰り出された魔王の剣が俺の心臓を狙ったのを村娘の女の子たちがみんなで編んで作ってくれたお守りが砕け散って防ぎ、
そして。
金属バットが、魔王に叩き込まれる。
どさり、と。
魔王が、倒れる。
魔王を、倒した。
「……勝った?」
ぽつん、と。
自分でもちょっと信じられない気持ちで。
俺は、そう、つぶやいて。
ひひーん、と。
一番に駆け寄ってくるアレクサンドリア。
彼女を抱き締める俺を囲む、仲間たち。
そして最後に。
ぽんっ、と。
可愛らしい音を立てて現れる――天使さん。
「よくぞ――よくぞ成し遂げましたね、バットさん。えう、ひっぐ……」
と。
天使さんは現れるなり、ぼろぼろぼろぼろ、と顔をくしゃくしゃにして泣き出した。可愛い顔が割と台無しだった。
まったく、感動のシーンだってのに。
でも、それを馬鹿にはできない。
俺も、同じくらいぼろ泣きしていたから。
「歩きたくないとか言ってたザ・駄目人間だった貴方が、よくぞここまで……ひっぐ、えううう……」
「泣き過ぎですよ」
「違いまず……ごれば、あれぐさんどりあにたべらべだせいででずね……」
などとぐじゅぐじゅ言っている天使さんを、アレクサンドリアは、ぺろり、と優しく舌で舐めた。
こうして、世界は救われた。
そして。
「――それでは、転生目標を達成した貴方に、女神様からお話しがあります」
こほん、と。
咳払いを一つして、天使さんは言う。
「要するに、どんな願いでも一つ叶えられるとかそんな話ですから、今からお願いを考えておいて下さい」
「クリア特典みたいな」
「ぶっちゃけそんな感じです。大抵のことは可能ですが、何にします? 焦って変なことをお願いしちゃうと後悔しますし、今の内にきちんと考えておきましょう」
「いや、もう決まってるんです」
「え?」
「俺、元の世界に戻ります」
驚いたようにこちらを見てくる天使さんに。
俺は告げる。
「戻って、あの美少女と戦います」
「何でですか?」
「言ったじゃないですか。復讐するって」
「確かに言ってましたけれど――貴方はそんなタイプの人じゃないでしょう?」
「らしくないですか?」
「らしくないですよ」
「でも――それでも、俺は行きます」
「あの、バットさん……」
天使さんはちょっと躊躇ったように、言う。
「こんなことは言いたくありませんが――貴方があの娘と戦っても、勝ち目なんてありませんよ?」
「俺も一応、チート貰ったんですが」
「あの娘は、チートの一つや二つで太刀打ちできるような相手じゃないんです」
そう告げる天使さんの声は、少し硬い。
「だから、このまま、この世界でのんびり暮らしませんか。スローライフですよ。バットさん」
その言葉に、俺はふと不安になって尋ねる。
「その、そんなこと言っちゃっていいもんなんですか? その、天使さん的に……」
「グレーゾーンですね」
と、あっさりと天使さんは白状した。
「でも、魅力的な提案だと思いませんか?」
「そうですね」
本当にスローライフできるかどうかはともかく、確かに、この世界に残るというのは魅力的な提案ではあった。
魔王を倒した存在なんてのは、たぶん隠遁生活することになるだろうが、そこはまあ引きこもりに戻るだけだと思えばいい。あのツンデレな荒くれ者のおっさんと酒を飲む約束だって果たせる。行者のおっさんのところにも挨拶に行きたい。
でも。
それでも。
「俺は、戻ります」
「……そうですか」
と天使さんは、溜め息を吐いて。
「――しょうがない人ですね、もう」
小さな口の端に八重歯を覗かせ、笑った。
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