千晴と紗々良と大事なもの(4)

 廃神社の鳥居の前までやって来た。

 相変わらず規制線は張られているが、俺達はそれを無視して中に入って行く。参道を歩きながら俺は紗々良さんを見る。ここまで仕掛けた罠は外ればかりでイライラ気味だった紗々良さんだが、今は厳しい顔をしていた。

「妖狐の匂いを感じる。今度こそ間違いないか……」

「人間の場合は犯行現場に戻ってくるとかよく聞くけど、妖怪関係もそうなんですか?」

 価値観の違う妖怪などが、人間と同じような行動をとるのだろうか。

「狐も気まぐれだからな。個体それぞれだろう。それに、燃えてしまったため完全に神域でもなくなったからな。焦げた臭いで自分の匂いを隠せると思ったのかもしれん」

 もしかしたら、灯台下暮らしと考えているのかもしれないと、紗々良さんは言った。

 金森は歩き詰めで疲れたのか、何も喋らずに俺達の後ろを付いて来ていた。

 階段を上り境内まで辿り着くと、焼け焦げて形の無くなっている拝殿の前に仕掛けられた罠に三本の尻尾を持った狐の妖怪がかかって動けなくなっていた。

 ────間違いない。俺が小さい頃に襲われた妖狐だ。

 紗々良さんはその姿を確認するや否や瞬時に妖狐の目の前まで移動した。

「久し振りだな狐。随分と好き勝手やってくれたようだな……」

 紗々良さんの声には怒りに滲んでいた。しかし、その声もすぐに戸惑いに変わる。

「ウガ……ガガガガ……おお、かみ…………ガ……」

 妖狐は正気を失っているようで目も血走っていて、罠のせいで自由に身動きが取れないものの、その場で暴れ今にも襲いかかろうとしている。

「何だコイツは……様子が何かおかしいぞ?」

 俺も子供の頃の記憶ながらも妖狐がこんなに凶暴だった覚えはない。ずる賢くとも、もっと理性はあったはずだ。紗々良さんもそう思ったのだろう。

「とにかく、私にまかせてお前達は下がっていろ。いいな!」

 紗々良さんは俺と金森を制して再度正面から妖狐と対峙する。そして、今までと同じように手から浄化の光を出すと、妖狐の方へ向けた。

「お前との因縁もこれまでだあの世に逝くがいい」

 そうして、光っている手を振りかぶると妖狐は激しく暴れ出し、自分の左後ろ足を無理やり引きちぎり、仕掛けた罠から逃れ、紗々良さんへ襲いかかった。

「な、何て無茶な!」

 予想外の出来事に紗々良さんは戸惑うが、ひるむこともなく妖狐の襲撃を難なくかわした。妖狐も元々は霊体のためか次第にちぎれた足も再生していった。

「ウウウ……ガ、オオ……グガガ……」

 妖狐は更に涎を垂らし紗々良さんを威嚇している。声だけを聞いていると狐とは思えない。単なる凶悪な妖怪だ。

 更に妖狐は紗々良さんに飛びかかって行った。しかし、紗々良さんは簡単にかわすと腕の一振りで妖狐を叩き落とした。

「アア……ガ……ウウ……オオ……ガッ……ガ…………」

 ダメージを受け地面でよろける妖狐。やはり神使である紗々良さんとは、かなり力の差がある見たいだ。だが、よく見るとそれだけではなく、正気を失っているというより別の何かにも苦しんでいるように見えた。

 紗々良さんはゆっくり、苦しんで悶えている妖狐の前に進むと、相手を哀れむかのように言った。

「お前に何があったのかわからないが、もうコレでいい加減楽になれ……」

 手を上にあげ、何かの術を使おうとした時、初めて妖狐は言葉みたいなものを発した。

「お、おかみ……たすけ……アノ……女が、ワタシ……を、ガガ……ウ、ガガ…………」

「あの女?」

 バシッという音と共に突然目の前の妖狐がシャボン玉のような大きな球体に包まれた。それは、そのまま金森の方へ飛んで行き、頭の上にあげた手の平の上で止まる。

「モタモタしてるなら私が貰っちゃうね」

 全く空気を読まない笑顔で平然と妖狐を封じ込める金森。だが、その態度に紗々良さんは不満を隠さない。

「どういうつもりだ。私はまだそいつと話している最中だった」

 より一層、紗々良さん表情が険しくなる。しかし、金森はそんなことも全然気にした様子はない。

「これまでかな……どっちにしたって、このままじゃバレちゃうんだし……」

 金森の手の上の球体が徐々に小さくなっていく。それにつれ、中にいる妖狐は苦しみ、最期に絶叫をあげ、そして消えていった。

「……ん? あ、そういうことか。ごめんね杉原君、妖精ちゃんはこの子が食べちゃったみたい」

「え? 食べ…………」

 いきなり何を言い出すんだ金森は────。

「吸収したらね、何か変わったエネルギーがあったから多分それかなって」

 ウインクをして俺を見る金森。ただ、いつもの態度と裏腹に話していることは、俺のしっている金森じゃない。

「吸収? エネルギーって……」

「……離れろ、千晴」

 低くかなり警戒を含んだ声で紗々良さんが言った。だが、そのまま続けて言ったことは更に驚くべきことだった。


「こいつは、人間ではない」


「え? まさか……」

 学校に転校してきて、クラスでも人気者になって、ここ数日間彼女と同行して、能力ちからがあるという以外は明るく気さくな女の子だと思っていた俺には衝撃的な言葉だった。

 でも、今彼女から感じる不穏な気は人間のものとは思えないのも事実だった。

「何か怪しいと思ったんだ。人とは思えないあの大きな能力ちからも。何者だ貴様。私に気配を悟られないように出来るとなると、只者とは思えない」

 フーッとため息をつくと金森はイタズラがバレた子供のような顔をした。

「もう少し、正体は隠したかったんだけどね……残念」

 その瞬間金森の身体から黒い霧のようなものが発生し、全身を包み込む。そして、その霧を中心につむじ風が起こり霧を吹き飛ばすと、金色の耳と九本の尻尾を持った金森の姿が現れた。

金毛こんもう……九尾の狐か…………」

 突然正体を現した大物の妖怪に流石の紗々良さんも驚きを隠せない。

「私があなた達二人を離している間に、あの妖狐にはもっと多くの人間の精気を集めてもらって、あわよくば狼さんも倒してもらえればなあと思ってたのに……」

「操っていたというわけか。だが、私があんなのに、やられるとでも思っていたのか?」

「別に倒せなくても私が吸収すれば、それだけ力も増えると思ってたんだけど……」

 そう言うと金森、いや九尾の狐は一呼吸置いた後、呆れた様子で言い放った。

「役立たずだったね。こんなにも早く、あっさり捕まっちゃうなんて……」

 九尾からは罪悪感どころが悪気も感じられない。まるでそれが当たり前のように。

「犬神や術者の話もまさか……」

「うん。私を退治しようとしてきたから返り討ちにしてあげたよ。私、強いから」

 いつも金森が冗談ぽく言っていたセリフが今はとても恐ろしく聞こえる。この妖怪は本当に今までのモノとは格が違う。

「それで、千晴の精気まで吸収して自分の能力ちからの足しにでもしようとしたか?」

 紗々良さんは耳や尻尾の毛を逆立て威嚇する。

 しかし、九尾の狐はその様子を面白そうに眺めながら、笑った。

「そうだね、杉原君も魅力的だけど、私の一番の目的はね…………狼さんだよ」

 その瞬間、九尾の狐の眼光が鋭くなり、手に炎が生まれたかと思うと、それは高速で紗々良さんを襲った。

「狐火かっ?」

 間一髪、攻撃を紗々良さんはかわす。元にいた場所は一瞬大きく燃え上がり、その場を焦がした。

「貴様、私を吸収しようというのか?」

「あの妖狐じゃ狼さんを吸収するのは無理だけど、私ぐらいになれば、出来るんだよ」

 ウインクをして右手の人差し指をペロッと嘗める九尾の狐。まさに食べる気満々の仕草だ。

「フンッ、お前ごときにこの私が喰われると思うか? 逆にお前をあの世に強制的に送ってやる!」

「出来るかしらね……」

 九尾の狐は身体の周りに大量の狐火を出し一斉に放った。

 紗々良さんもその攻撃を次々とかわしていく。避けきれないものは能力ちからで結界を作り防いでいたが、そのうちのいくつかは結界を破り紗々良さんに命中した。

「う、ぐ……このっ……」

 狐火の当たった場所を手で抑え、顔を歪ませる紗々良さん。こんなに苦戦する紗々良さんを見るのは初めてだ。

「……やっぱりね。精気を吸われた人間に気を分けたり、多く罠を張ったり浄化したり……いっぱい力を使っちゃったせいで消耗してるんだよね?」

「クッ…………」

 焦りの表情を見せる紗々良さん。そうだった、最近立て続けに奈緒や仁科に気を分けている。紗々良さんの状態は万全じゃないんだ。

「次のもかわし続けられるかな?」

 九尾の狐は更に多くの狐火を自分の周りに展開させ、紗々良さんを襲った。

「うあっ…………!」

 狐火は紗々良さんを直撃し、爆発するように大きく燃え上がった。

「紗々良さん!」

 九尾の狐が吸収すると言っている以上、狐火で燃やし尽くすことはないと思ったが、それでもやられてしまったのではないかと心配になる。

 たが、そんな心配も杞憂に終わった。

「情けない声を出すな、千晴」

 火が消え、辺りを覆っている煙も晴れてくると、そこには紗々良さんが立っていた。少々の傷を負っているものの、大きなダメージは無さそうだ。

 足元には以前に見た、身体に雷をまとった送り狼もいた。

「例え消耗していようとも私がお前ごときに負けるはずがないだろう」

 自信に満ちた表情の紗々良さん。勝ちを確信しているのだろう。

「行けっ!」

 紗々良さんの命令と共に九尾の狐に遅いかかる送り狼。流石に以前の悪霊のように簡単には倒せないが、九尾の狐も今度は防戦一方になる。

「う……ちょっと甘く見てたかも……」

 九尾の狐も余裕が無くなり、初めて焦りの色を見せた。

「ま、仕方ないよね……」

 九尾の狐はそう呟くと、一瞬チラッと俺のほうを見た。

 まずい、と思った時はもう遅く九尾の狐は俺の後ろに既に回り込んでいた。

「千晴っ!」

 紗々良さんの声が聞こえたのも束の間、俺は急に身体に力が入らなくなり声も出せなかった。

 倒れる。そう思ったが実際には立ったままで、紗々良さんを見ていた。

 紗々良さんは愕然とした表情で俺を見ていた。

 ──え? 何でそんな顔で紗々良さんは俺を見ているんだ? 俺に何かあったのか?

 しかし、それは声にはならなかった。その代わり俺の口から漏れたのは。

「これで攻撃は出来ないよね?」

 九尾の狐の声だった。

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