千晴と紗々良と大事なもの(3)
自宅に帰ってきた俺と紗々良さんは、まず奈緒の部屋を覗いた。こちらも未だに静かに眠っている。俺のいない間に目を覚ましているのかはわからないが、だとしても非常に短い時間だろう。
良くも悪くも変わった様子のない奈緒の部屋を後にして、自分の部屋に戻る。いつもと違って空気が重い。短期間に色々な事が起きすぎて二人とも頭の中が整理出来ていないのだろうと思う。
「それにしても、妖狐は何をしたいんでしょう?」
「私のいる周りで、嫌がらせをしているようにしか見えないがな……」
「でも、妖狐がこの地に紗々良さんがいるのを知ってるなら、見つかって自分が退治されるかもしれないリスクを犯してまで、そんなことをする必要があるんですか?」
もし、ただ多くの人を襲おうというだけなら、この町じゃなくてもっと離れた遠くの場所でやったほうが安全じゃないかと思うのが普通だ。
「……む、確かに昔会った妖狐はそこまで頭の悪そうな奴ではなかったし……何か別の目的があるのか?」
紗々良さんが腕を組んで考える。先程よりも冷静になってきたようだ。俺にもいえることだが落ち着かないと相手に振り回されてしまう。
「そこら辺のことがわかれば、もう少し探しやすくなるかと思うんですが……」
目を瞑って紗々良さんは頷いた。そのまま黙って考えている紗々良さんに、邪魔をしては悪いとは思ったが、俺も聞きたいことがあったので話を進めた。
「妖狐が不特定多数の人を襲っているのは何故なんでしょう?」
「自分の妖力を高めたりするのが主だが、普通の人間を襲うだけだったら、千晴の言う通りこの付近でやる必要はない。もし危険を犯してでも大きな力が欲しいのなら、千晴やあの霊感女を狙ってくるかもしれないが」
俺か金森を狙ってくる……そうだ、こっちも混乱してたんで忘れていたが、金森を狙ってくるといえば。
「そういえば今日の帰りに、金森に犬神が襲ってきたんですけど、大丈夫だったのかな……」
「犬神? どういうことだ、それは!」
紗々良さんが驚いて身を乗り出してきた。無理もない。犬神なんて穏やかなものじゃない。俺は放課後の学校での出来事を話した。
紗々良さんは呆気に取られた表情をして深くため息をついた。
「あの女は何か、色々とやらかしているみたいだな……」
「否定はしません……」
しかし、それも束の間。紗々良さんは厳しい顔つきになった。
「あの女、術者に対抗するだけの
金森には謎の部分が多い。正直俺も知っていることのほうが少ない。と、いうより殆ど知らない。
「でも、今回の妖狐の事件は協力してもらうのがいいと思います」
そう言うと紗々良さんは嫌そう顔をした。
だけど、彼女もやる気だったし協力者は一人でも多いほうが良いと思う。その前に彼女の無事を確認しなくてはならないが、携帯の番号も何も知らないので明日学校で確認するしかない。
「なので、明日は紗々良さんも一緒に学校に来て下さい。お願いします」
次の日。昨日頼んだ通り、別行動は取らず、いつもと同じように紗々良さんは俺に付いて来てくれた。そして、学校の最寄り駅の改札を抜けるとそこには金森が待っていた。
「おはよー、杉原君!」
金森はいつもと変わらない笑顔で元気に挨拶をしてきた。
「昨日はあれから大丈夫だったのか、金森?」
それは、もちろん襲って来た犬神のことである。全く平然としてケガなどはしてないみたいだが……。
「逃げ足だけは、すばしっこくてね。もう一歩のところで逃げられちゃったよ」
「……ということは、力としてはお前のほうが
あっけらかんと話す金森に、俺の後ろにいた紗々良さん鋭い目付きで彼女を見た。
「今日は狼さんも一緒なんだね。そうだね、負けるような状況ではなかったよ。逃げられたけど」
無理を言ってる様子も無く、余裕を見せる金森。この娘は本当に強いのだろう。
「聞けば術者さえ退けたらしいじゃないか。お前は一体何者なんだ?」
そんな紗々良さんに睨まれても余裕な態度は崩さず楽しそうに金森は答えた。
「内緒。そのうちわかるよ」
金森の煮え切らない返事に、ムムム……と不満そうな紗々良さん。少し警戒してるみたいだ。
「そっちは妖精ちゃんは見つかったの?」
そうだ、金森とは学校の屋上で別れたので昨日のことは知らないんだ。
「リイはまだ見つかってない。それと別に大変なことになった」
「大変なこと?」
俺は昨日、仁科にリイが行方不明なのがバレたこと、一緒に探したこと、別々に探していた時に仁科が妖狐に襲われ、妖狐には逃げられたが気を失っている彼女を紗々良さんが助けたことなどを話した。
「えっ? あの娘が襲われちゃったの?」
流石の金森も自分の知っている人物が襲われたと聞いて驚いていた。紗々良さんが気を送って深刻な状況ではないと付け足しておいた。
俺はリイの捜索と妖狐、金森は犬神と妖狐とお互い複数の問題を抱えてしまった。こうなると、この状況を後回しにしたりは出来ない。紗々良さんは余り良い顔はしてくれないが、やはりお互い協力して問題を解決するほうが利口だと思う。だから利害が一致している妖狐の事件を先に協力して片付けたほうが、後々お互い動きやすくなるだろう。
「今日は妖狐は探すのか?」
「ん? そのつもりだけど。妖精ちゃんも一緒に探すんでしょ?」
「いや、先に妖狐だけを探す。俺達二人ともそれは共通してる問題だし、そいつを何とかすれば、それぞれの用事にも集中出来るかと思って」
「杉原君がいいなら私もそれでいいよ」
しかし、そこで金森に紗々良さんが苦言を呈す。
「妖狐と対峙した時に犬神が襲ってきたら、どうするんだ?」
それを聞いても金森は困った様子も見せずに平然と言った。
「何とかなるでしょ。狼さんも私が強いの、もうわかってるでしょ?」
全くもって余裕の金森。いや、ただ能天気なだけなのか。それを見た紗々良さんは額に手を当てため息をついた。
「……どうでもいいが、千晴を巻き込むことはするな。いいな」
「善処します!」
冗談ぽい言い方なのでその言葉を流してしまいそうになるが、いつものように「大丈夫」じゃなくて「善処」と言っているのは、やはり簡単ではないということなのだろうか。それとも、ただの俺の考えすぎ?
「それじゃ今日の放課後、作戦決行するから杉原君も狼さんも帰っちゃダメだよ?」
そうして、みんなで協同して本格的に妖狐退治に挑むことになった。
そして、退屈な授業も終わり、時は放課後。今は朝に金森と会った駅前にいる。これから妖狐を探しに行くわけだが……。
「……で、何処に行こうか?」
金森が首を傾げて考える。比較的この辺りに出るということがわかっているだけで、細かい場所が絞れているわけではない。基本は適当に探すしかないのだが、それだと
「紗々良さん、匂いで追うことは出来ないんですか?」
俺の横にいる紗々良さんに聞いた。リイの時みたいには出来ないのだろうか。
「襲われた者は直接に接触をしているせいか匂いは残っているのだが、足取りという意味では何故か匂いがつかめないんだ。だが……」
紗々良さんの顔が自信に満ちた表情になる。何か良い案があるみたいだ。
「昨日、私はただ探し回っていただけではない。所々に罠を仕掛けてきた」
「「罠?」」
俺と金森が一斉に声をあげる。
昨日の紗々良さんは動揺して闇雲に動き回っていただけに見えたが、やはり、それでも策は考えていたんだ。
「狭い範囲であやかし関係だけを金縛りにする結界の一種を張ってきた。ゴキブリホイホイのようなものだと思えばいい」
例えが微妙だが、この説明が紗々良さんの心境を物語っている気がする。そして、この結界は商業地などではなく住宅地などの人通りの少ない場所に多く張ったらしい。
「それじゃ、その罠を張った場所を回っていけばいいんですね」
俺の好反応に気を良くしたのか、途端に紗々良さんの機嫌が良くなり、まだまだと言わんばかりに胸を張り、更に話は続いた。
「全部を回る必要はないぞ。何かがかかった所は私が感知出来るからな。だが、妖狐を捕まえたかどうかまでは、その場まで行ってみないとわからないがな」
だとしても、かなり場所を絞れるのでありがたい。追いかけても中々遭遇出来なくて、しかも逃げ足が速いとしたら、ネズミ捕りの方法は良いかもしれない。
「それじゃ紗々良さん案内してもらえますか?」
「よし、じゃあ私について来い!」
上機嫌で先頭で浮遊する紗々良さん。段々といつもの調子に戻ってきているように見えた。昨日までの状況を考えるとちょっとホッとした。
「何て言うか……わかりやすい性格だね狼さん」
後ろでは苦笑いをしている金森がいた。
とある住宅街の片隅。
「何だねキミは変な格好をして、それにこんなわけのわからないものを仕掛けて。私は早く家に帰ってゆっくりとしたいんだが」
「誰が変な格好だ! 失礼な。お前こそ帰る家など無いだろう」
紗々良さんの仕掛けた罠には三十代ぐらいのサラリーマンの霊がかかっていた。
「失礼なのはキミだ。私は仕事で疲れているんだ。早くこれを外さないか」
全く話が噛み合わない。俺は紗々良さんに、こそっと聞いてみる。
「あの、この
「恐らく、交通事故か病気などで突然死したモノだろう。自分が死んだことに気づかずに今も生前と同じ行動をしているんだ」
なるほど、よく聞くパターンだ。こういう霊は自分がもう亡くなっていることを納得させるのが大変だ。
「お前はもう死んでいるんだ。さっさと成仏しないと、悪霊化してしまうかもしれないぞ」
「は? 何を言っているんだ。私はここにいるじゃないか。だいたい幽霊などいるわけがない」
ああ……やっぱり。それに、より面倒くさいタイプだ。
──プチッ。と何かが切れた音がしたような気がした。
「ああもう、ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと成仏しろ!」
紗々良さんは手から浄化の光を出し、ろうそくに火をつけるように罠のある所に投げつけた。
「うおお! この感覚はイノベーションを起こすぅっ…………」
サラリーマンの霊は意味不明なことを言って、光の中で消えていった。
「ハア……ハア……」
「……紗々良さん大丈夫ですか?」
気持ち的に少々お疲れのようだ。やり方が荒っぽくなっている。
「これで三つ外れだし、何か癖のある霊ばっかり捕まってるもんね」
今のところ手を出さず見物をしているだけの金森も苦笑いをしている。
「問題ない。次に行くぞ!」
そのまま紗々良さんは早足で移動する。自分が嬉々として仕掛けた罠なので文句は言えないみたいだ。とにかく、これ以上ストレスが溜まらないようにしてほしいと思う。
そして、次の場所。やはり人通りの少ない住宅街のとある道。
「も、萌え~カワイイ。犬のコスプレ?」
「誰が犬だ! 私は狼だ!」
罠にかかっていたのは、着ているアニメのキャラのTシャツがはち切れそうな、ちょっと?太めの男の霊だった。
「尻尾モフモフ、触ってもいいですか~~」
「やめろ触るなー! さっさと消えろー!」
そして、サラリーマンの霊と同様、その男の霊も消えていった。
「…………今日は厄日か」
「お疲れ様です。紗々良さん……」
気の毒すぎて労う言葉しか言えなかった。
「……………………」
無言で金森は引きつった笑顔で固まっている。
「紗々良さん、どうしますか? 今日はもうやめにして明日にしましょうか……」
「いや、まだだ。次に行くぞ」
もう殆ど意地を張っているだけに見えてくる。でも、ここまで来たら付き合うしかない。
「次は何処に行くんですか?」
そう聞くと紗々良さんは真剣な表情で俺のほうに振り返った。
「廃神社の境内だ」
それは、先日妖狐に燃やされてしまったと思われる因縁の場所だった。
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