千晴と紗々良と大事なもの(2)
仁科が住んでいる場所の最寄りの駅に到着した。
金森のことも気にはなるが彼女の
この駅に着くまでの途中の区間にリイがいることも考えられなくもないが、もしも隠れているのならば自分が知っている人物がいる場所に近いほうが可能性があるんじゃないかと、俺はこの地域を先に探すことにした。
とはいっても、やはり仁科の家に向かう道以外、土地勘というものはない。リイが隠れそうな場所といっても全く見当がつかない。
────しらみつぶしに探すしかないか。
「こんな所で何してるの? 杉原君」
「…………!」
いつの間にか俺の後ろに仁科がいた。時間をずらして鉢合わせをしないように気をつけたはずなのに……。
「仁科……何でここにいるんだ?」
「ここは私の地元だよ? むしろ杉原君がいるほうが不思議だと思うよ?」
それはそうだ。どちらかといえば不審者なのは俺の方だ。
「いや、ちょっとこっちに用事があって……仁科も俺より先に帰ってたけど、まだこの辺りにいたんだ」
「学校を出た後、お店で寄り道したりしてたしね。ところで何の用事なの? 杉原君がこの辺には余り来ることないでしょ?」
そう、この場所に来たのは以前仁科の家に行って以来だ。
また適当に幽霊探しとか言って誤魔化すか。でも、自分の住んでいる近くにそんなのがいると思われたら、仁科も引きこもりになってしまいそうだ。
「もしかして、リイちゃんが近くにいるのかな? それで一人だと心細いから杉原君が一緒についてきてるとか」
花が咲いたように笑顔になる仁科。話がどんどん触れてほしくない方向にいく。
「え……と、リイは今日も家で留守番をしていて……」
「そうなの? 家の中にこもってばかりだと、やっぱり良くないよね」
ムムムと手を口元に当て考えこむ仁科。妖精がこもりっぱなしなのが人と同じく良くないかはわからない。
仁科は顔を上げると、何かを決断したような真剣な眼差しで俺を見た。
「わかった! 男子の家に行くのは勇気がいるけど私、杉原君の家に行くよ。そして短い時間でも外に連れ出してリイちゃんと一緒に遊ぶ!」
急に突拍子もないことを言う仁科。そんなところは勇気を出さなくてもいいんだが、この娘は臆病なくせに自分の好きなものには妙に積極的になる。
「俺も今日は用があるから今すぐとはいかないけど……」
「それじゃ、用事を早く終わらせようよ。私も協力するから!」
「………………」
「どうしたの?」
これ以上誤魔化しても更に自分が追い詰められるだけのような気がする。どうしよう……。
「……あやしい」
やはり仁科に不審に思われてしまう。相変わらず俺は誤魔化すのは下手なようだ。こうなったら、もう事情を説明するしかないか。
「実は……」
俺は何日か前から、リイが仁科の家に行くと言って、そのまま行方不明になり探していると説明した。それを聞いた仁科の表情が驚愕に変わる。
「どうして教えてくれないの? それなら私も一緒に探すのに!」
「多分そう言うと思ったからだよ。最近物騒だし、そもそも仁科は妖精の姿のリイは視えないし……」
そういうと仁科は悔しそうな顔をして俺を睨む。心配なのはわかるんだけど。
「で……でも、私だってわかれば人の姿で出て来てくれるかもしれないでしょ?」
それでも引かない仁科。こうなると、もう俺の言うことなんて聞かない。怖がらせるようなことを言っても我慢して青い顔をしてついてくるだろう。
「わかったよ、一緒に探そう。ただ無理はしないでな……」
結果、リイの捜索と共に仁科のお守りもしなくてはいけなくなった。
「そうだ、仁科。ダウジング棒は使わないでな」
「ん? 今日は持ってないよ」
とりあえず白い目で見られることは無さそうだ。
俺達二人は仁科の家の方面に向かって歩き出す。前回と違うのは、今回は直接仁科の家に行くのではなく、途中彼女の案内で周辺を寄り道をしながら歩いて行く。
横道に入り、とある住宅街に入った所で、前から柔和な表情をしたお婆さんが歩いてきた。俺はスッと避けると、そのお婆さんは笑顔で頭を下げ俺の横を通り過ぎて行った。
──こんな穏やかな状況ばかりだったら苦労しないんだけどなあ。
「……何、してんの?」
仁科が青い顔をして俺を見ていた。
あ、しまった。つい癖でやってしまった──。
「えっと……聞きたい?」
「いい! やっぱりいい!」
仁科は筋がおかしくなるんじゃないかと思うぐらい、猛烈に首を横に振って拒絶した。
今のはそんな怖い霊でもないんだけど、でも言わないでおこう。また、ダッシュで逃げられて車に轢かれそうになっても困る。
そんなことを考えていた矢先、急に道路に猫が飛び出し危うくバイクに轢かれそうになる。
「あ! 危な……」
しまった、あれも…………。
「何も、いないよ……杉原君……」
何故か今日は仁科にとってプチドッキリになることが多い。
「ご、ごめん。別に脅かしているわけじゃないんだ」
青い顔のまま俺を見てフリーズする仁科。苦手なのは理解しているのだが、これでリイが突然どこからか出てきた時にちゃんと対応出来るのだろうか。
「そ、そうだ。手分けして探さない? そのほうが効率が良いと思うんだ」
仁科が怖さの余り、困ったことを言い出した。
「でも俺、この辺の地理には疎くて一人だとわからないんだけど」
それでも最初は一人で探そうとしていたことは黙っておく。
「杉原君、ウチまでの道はわかってるよね? だったらそこを重点的に探してよ。私は周辺を探すから」
「それだと仁科の負担のほうが大きくないか?」
「大丈夫。逆に楽かも」
主に霊の存在を気にしなくてすむということだろうか。
「それじゃ、そうしよう。連絡は携帯で」
そう言って、今更ながら仁科と電話番号を交換して、仁科は別の道へと早足で歩いて行った。
仁科の前に通りすがりの男の浮遊霊がいることは言わないほうがいいだろう。
一人になった俺は、仁科の家に通じる道に戻り、辺りを見ながら神経を研ぎ澄ませ、ゆっくりと歩いた。リイが本当に気配を消していたら、見逃してしまう可能性が高いからだ。
周囲の家の庭など隠れようと思えば隠れられないことはない場所は多数あるが、不法侵入までして調べるわけにはいかない。俺に気付いて向こうから出てきてくれるのを祈るばかりだ。
そんな途中でもたまに仁科からの確認の電話がかかってくる。向こうも俺も見つけることは出来ず、何回も同じ電話を繰り返した。
ゆっくりとはいえブラブラと歩いている間に俺は仁科の家の前についてしまった。
ここで仁科を待っていようかとも思ったが、時間のムダなので来た道を引き返してもう一度探してみることにした。
本当は仁科の家に隠れてないか確かめたいが彼女がいないとどうにもならない。今は後回しでいいだろう。
今、来た道を戻ろうとした時、またスマホが鳴った。仁科からだった。
「そっちはどう? やっぱり見つかってない?」
「うん。仁科の家までついちゃったけど全然。同じ道を戻ってまた探してみようかと思ってるけど」
「そっか、わかった。私のほうも……きゃっ、なに?」
「仁科、どうした?」
何かに驚いた様子の仁科の声に俺は慌てて聞き返す。しかし、まともな反応は彼女から返って来なかった。
「あ……ああ…………あ……」
「仁科? 仁科!!」
その後、問いかけても仁科からは何も反応が無かった。彼女の身に何かが起こっている。探したくても今、仁科がどこにいるのかわからない。闇雲に探しても、事は緊急を要する。
俺は紗々良さんの御守りを取り出した。緊急事態だ、なり振りは構ってられない。
「紗々良さん! お願いします。助けて下さい!」
紗々良さんの御守りを目の前に持って俺は必死にその名を呼んだ。
すると御守りは光り出し、その光は前方に弾けるように飛び出すと人のサイズほど大きくなり、光の中から紗々良さんが現れた。
「どうした千晴! 怨霊にでも襲われてるのか?」
俺が被害を受けていると思ったのだろう。怒りの形相で紗々良さんが俺の側に寄ってくる。しかし、周りを見ても特に変わったモノがいるわけでもないのでその顔は次第に戸惑いのものへと変わる。
「紗々良さん、仁科を探して下さい。お願いします!」
「は?」
状況を把握出来ていない紗々良さんが怪訝な表情をした。
「どういう事だ? 何故私があのスピ女子を探さなくてはならないんだ」
紗々良さんは不満そうな様子だが、今はとにかく急を要する。ゆっくりと話している暇は無い。
「説明は後でしますから、今は仁科を見つけて下さい!」
俺の剣幕に紗々良さんも押され、しぶしぶながら仁科を探し始めてくれた。紗々良さんは仁科の匂いを追い、より強く感じる方へと案内をしてくれた。そして、ある住宅地の角から横に伸びる道路が見えた時……。
そこに、仁科が倒れていた。
「な? まさか、これは……」
紗々良さんもそれで事の深刻さがわかったようだ。俺と紗々良さんは仁科に駆け寄ると仁科に意識は無かった。ここ最近の事件と同じだ。
「紗々良さん、仁科は大丈夫なんでしょうか?」
「焦るな! 私が何とかする」
紗々良さんはその場に立つと淡く身体が光り出し、耳と尻尾が消えると実体化をして人間の女の子の姿になった。奈緒の時と同様、意識を取り戻した時の対策らしい。確かに意思疎通や人を運ぶなどは実体化していないと都合が悪い。
そして、紗々良さんは膝立ちになると、仁科の胸の上に両手を当て気を送り始めた。手がぼんやりと太陽光のような色で光っている。
しばらく続けると、仁科の意識が戻った。
「…………ん、杉原君……と、いとこさん?」
やはり意識はまだ朦朧としていて目の前の状況がよくわからないようだ。
「仁科、無理はしなくていい。家まで運んでやるから家の鍵を貸してくれ」
普通ならそんなことを言っても慌て出して絶対に貸してくれないだろう仁科だが、頭がボーッとして通常の判断が出来ないのだろう。重そうな身体でゆっくりとスカートのポケットに手を入れると家の鍵を渡してくれた。そして、それが限界だったかのように目を閉じてそのまま寝てしまった。
「俺が背負って行きます。家まで送りましょう」
俺と紗々良さんが仁科を家まで連れて行く途中、この状況になった経緯を話した。それで突然呼び出した理由も納得してもらえたみたいだった。
仁科の家に着き、部屋にまで連れてくると、俺は部屋の外に出て行き、中では紗々良さんが仁科をパジャマに着替えさせベッドに寝かせた。
紗々良さんの許可が下り、部屋の中に入ると仁科はベッドで静かに眠っていた。俺が心配そうな顔をしていたのだろう、紗々良さんが言った。
「命に別状はない。大丈夫だ。ただ、体力が回復するにはしばらく時間がかかるが……」
「そうですか……」
奈緒の時と同じということだ。大人しくしていれば問題は無い。
しかし、仁科の顔を見ながら紗々良さんは苦々しい表情をした。
「このスピ女子からも妖狐の匂いがした」
俺達が仁科が倒れていた場所に着いた時には既に不穏な気配は無くなっていた。でも、もう一連の事件は妖狐の仕業と考えて間違いない。
紗々良さんも一日中妖狐を探していたみたいだが、全く足取りが掴めなかったらしい。そして、自分の視界の外でまた知っている人間が被害に遭ってしまった。
「私に隠れてコソコソと……まるで私を嘲笑っているようだ」
「紗々良さん、落ち着いて下さい!」
決して俺も冷静なわけではないが、珍しく紗々良さんの表情に焦りの色が滲み出ていたのが気になった。廃神社の火災の件もあるし、今の紗々良さんはとても不安定に感じる。その分俺がしっかりしないと。
「リイがいれば仁科の様子を見ていてもらうことも出来たんだけどな……」
後ろ髪を引かれる思いをしながらも、自分の家でもないこの場所にずっといることも出来ないので、部屋を後にし、俺と紗々良さんは帰路についた。
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