五話 千晴と紗々良と大事なもの

千晴と紗々良と大事なもの(1)

 廃神社の火事は消防士により程なく消され、辺りは焦げ臭いにおいだけが漂っていた。

 規制線が張られていた鳥居の前からは徐々に人は消えていき、現場検証を行う警察官だけが残る。

 俺もいつまでもその場所にいると怪しまれかねないので、自宅に帰ることにする。いても何も出来るわけでもない。

 紗々良さんは他の人には視えないので、上の様子を確認すると焦げ臭い境内へ飛んで行った。


 自宅に帰ってきた俺は最初に、そのまま家に置いてきてしまった妹の部屋を開け様子を見る。奈緒は何事も無かったように今も眠り続けている。特に変わったことも無く一安心する。

 自分の部屋に戻った俺はベッドに座り深いため息をついた。

 ここ最近色々な事件が多すぎる。それも自分の周りの人達まで巻き込まれて。完全に頭の中が混乱している。どこから考えていいのかわからない。

 そんな悶々とした状況の中、部屋の窓をすり抜け紗々良さんが戻ってきた。

「紗々良さん、上の様子はどうでした?」

 紗々良さんは静かに首を横に振った。

「建物に関してはほぼ焼失して、残ってはいない。周りの木々に燃え移らなかったのが不幸中の幸いと言うべきだろう……」

「そうですか…………」

「お前がそんな暗い顔をすることはない。むしろ被害が最小限で済んだんだ」

 かける言葉が見つからない俺に、紗々良さんが気を使っているのがわかった。逆に申し訳ない。

「それに、これで私も晴れて自由の身となったようなものだ。肩の荷も降りた」

 落ち込んではいないとばかりに明るく振る舞う紗々良さん。しかし、その態度と裏腹に尻尾は元気無く垂れていた。

 俺にとっては紗々良さんと出会った思い出の場所であり、紗々良さんにとってはそれ以前から守ってきた大切な場所。それがあっという間に無くなってしまった。ショックじゃないわけがない。とはいっても、俺には紗々良さんを元気づけられる言葉は見つからなかった。

 リイも見つからず、奈緒も襲われ、神社も焼失。今はただ、これ以上不幸なことが起こらないように祈るしかなかった。



 次の日。登校中、近所の主婦達が立ち話をしていた。別に珍しい光景ではないが、話題に興味を引かれ聞き耳を立てる。話は主に昨日の廃神社の火事の話題だったが、その中に気になる言葉が出てきたのだ。

「そういえば、最近あの神社付近で狐がいたんだけど大丈夫だったかしら? 火事に巻き込まれていなければいいけど……」

「狐? こんな町中にはいないでしょう?」

「でも、余りにも珍しかったから逆にハッキリと覚えてるのよ。確かに狐だったわ。動物園からでも逃げ出したのかしら」

 それを聞いていた紗々良さんが顔色を変えた。

「まさか……昨日の火事はあの妖狐の狐火が原因だったのか……」

そう呟いた紗々良さんは真剣な表情をして俺に何かを放り投げた。落とさないよう慌てて受けとめると、それは以前に見た、淡いピンク色にデフォルメされた狼の絵が描かれている紗々良さん特製の御守りだった。

「私は焼失した神社にもう一回行って辺りを調べた後、少しの間妖狐を探しに行く。その間またそれを預けておくが、無理は絶対にするな。間違っても自分だけで妖狐を探そうだの思うなよ。千晴は妖精の捜索に専念するんだ。わかったな」

 有無を言わせぬよう紗々良さんは俺に注意をすると、その場から飛んで行ってしまった。無理やり俺がお願いでもしなければ離れることのない紗々良さんが自ら離れて行動するというのは、やはりショックが大きい証拠だろう。

 俺が今出来ることは紗々良さんに負担がかからない行動をするしかない。今は無茶をして足を引っ張ることはしたくない。それに未だ帰って来ないリイも心配だ。紗々良さんの言う通り、俺はそちらに専念した方がいいだろう。


 紗々良さんから預かった御守りのお陰か、今日は幽霊らしきモノとも遭遇せず、無事に学校に着いた。

 自分のクラスの教室に入り席につくと、俺に気が付いた仁科が真っ先に側に寄ってきた。

「昨日、杉原君の家の近くで火事があったらしいけど大丈夫だったの?」

 流石に今日はリイの話題から入ってくることはなかった。それよりも昨日のことが心配な様子だ。

「燃えたのは廃神社の建物だけで他には大きな被害は無いみたいだよ」

「そうなんだ。それならいいけど…………」

 ホッと安心したように胸を撫で下ろす仁科。俺としては良くはないのだが、仁科は俺と紗々良さんについての過去は知らないので、これは仕方がない。

「え? あの神社燃えちゃったの?」

 近くで聞いていた金森が俺の近くに寄ってきた。

「金森さん、その場所知ってるの?」

「うん、杉原君に教えてもらって一回行っただけなんだけどね」

 金森は仁科から目線を移し、俺の後方少し上を見る。

「だからか……」

 そうだ。つい忘れがちだが金森も能力ちからを持っているんだった。それも俺以上の。紗々良さんがいないことだってわかってるはず。

「でも、状況は余り思わしくはなさそうだね」

「え? どうかしたの?」

 金森の含みのある発言に仁科が反応する。出来れば普通の人の前で軽々しい発言はしないでほしい。

「何でもないよ。ただ小さい頃によく遊んだ場所なんで残念に思ってるだけ」

「そうだったんだ、私悪いこと言っちゃったかも……ごめんね」

 仁科はシュンとしている。そう、こいつはこういうやつなのだ。

 金森を睨むと無言で両手を前に合わせ謝っていた。彼女も悪気があったわけじゃないだろう。能力ちからを持つ者がする、ついうっかりというものだ。俺もたまにやってしまう。

 タイミングが良いのか悪いのか、そこに担任の先生が教室に入って来た。クラスメイト達は急いで自分の席に着く。そんな中、金森は一旦俺の席に戻ってきて耳元で呟いた。

「後で詳しいこと教えてね」


休み時間。俺と金森は比較的人通りの少ない階段の踊り場を選んで来ていた。余り人に聞かれたくない話をするからである。

 金森には昨日別れてから今日の朝までの話をざっとする。

「そっか、色々とまとめて大変だったね。だから狼さんいなかったんだね」

「多分、今も紗々良さんは妖狐を探し回ってるんじゃないかな」

 俺自身も妹が巻き込まれたこともあって妖狐に対しては問題視しているが、金森は持っているその大きな能力ちからゆえか、やはり妖狐を気にしている。

「やっぱりこれは、その妖狐を探し出すしかないね」

 金森が片方の拳をもう片方の手の平に当て気合いを入れていた。しかし、俺は朝に紗々良さんに注意を受けたこともあって、素直に頷けない。それに、リイも探さなくてはならないし。

「妖狐探しに付き合うのは無理かな……紗々良さんに厳重注意されてるし、それにまだリイも帰ってきてないし……」

「でも、一人で妖精さんだけを探していても妖狐に出会わないとは限らないんだよ?」

「……そうなんだけどね」

 金森と一緒に行動したからといってデメリットが増えるわけでもない。もし出くわしても、御守りから紗々良さんを呼び出すことも出来る。ただ妖狐探しも手伝っていたとバレると、後で紗々良さんに怒られそうな気がする。でも、金森がいればリイを見つける可能性も高くなるかもしれない。

「そんなに深刻に考えなくても大丈夫だよ~」

 金森は俺の肩をバンバンと叩いた。相変わらず能天気だ。

「何でそんなにお気楽でいられるんだ?」

 俺と同じように能力ちからを持ちながら、全く正反対の思考の金森に疑問を持つ。

「悩んだからってどうにかなるわけじゃないし、関わらなければ自分が被害に遭わないというわけでもないし」

「でも俺は金森みたいに対抗手段があるわけじゃないんだ」

 そんな俺に金森はここ最近見慣れた表情で自信満々に言った。

「大丈夫! 私、強いから!」

 俺はため息をついた。そうだ金森はこういう娘だ。でも彼女と一緒に行動すれば、メリットがあるのも確かだし。

「わかった、また一緒に探そうか」

「うん。それじゃ、後でね」

 金森はまた、何処かに遊びに行くかのような楽しそうな笑顔を見せた。彼女には緊張感というものは無いのだろうか。

 結局また彼女に押しきられてしまった。


 放課後になり今度は校舎の屋上で金森と待ち合わせる

 昨日のように校門前では結局目立ってしまうので、この場所で人が落ち着くまで待っていようという考えだ。

「そんな変に気を使わなくても大丈夫だと思うけど?」

 金森は平気かもしれないが、噂になってしまうと睨まれるのは俺である。それだけは避けたい。

 あと、今日に関してはもう一つ理由がある。

「今日は仁科が住んでいる方面を重点的に探したいから、仁科と鉢合わせしないように時間をずらしたいんだ」

 リイが行方不明なのはまだ内緒にしてるしな。

「なるほど、色々と気を使って大変だね」

 ちょっと面倒くさそうな顔をして空を見る金森。彼女はそういう気遣いをしたことはないのだろうか。

「そんなわけで、もう少ししてから学校を出る……」

 そう言った瞬間だった。

 突然、重苦しい空気が辺りを支配する。身体に大きな重力をかけられたみたいだ。

 屋上の奥、重苦しい空気の中心に位置するだろう場所には目のつり上がった殺気に満ちた犬の霊がいた。

「な……何だあれ…………」

 様子からして普通の動物霊と違う。人を操ってしまうような強い力を持った動物霊もいるが、こいつは格が違う。

「……ああ、これはね犬神だよ」

 怖がる素振りも見せず金森は平然と答えた。

「名前ぐらいは知ってたけど、これが犬神……初めて見た……」

「犬神はね、簡単に言うと、術者が殺した犬をその怨念の力と共に操っている一種の妖怪だよ」

 淡々と金森は俺に目の前のあやかしについて説明をしてくれた。

「だけど、どうしてここにこんなモノが……もしかして妖狐の正体はこいつ?」

 それだけ怨念に満ちた存在なら、そういうことだってありうる。

 しかし、金森は自分の顔の前で手をパタパタさせて、あっさりとそれを否定する。

「あ、違う違う。この犬神は私を狙って来たんだと思う」

 また、金森は穏やかではないことを言い出した。

「何で、そんな物騒な状況になってるわけ?」

「動物愛護の観点から術者を懲らしめたら、こうなりました。てへっ」

「てへっ、じゃないだろ!」

 本当に金森は自分の行動に対して思考に緊張感というものが無い。だけど、やっていることは正しいのか? 何だか、わからなくなる。

「それにしても、もう術者に縛られてないはずだけど、随分と律儀だね……このコ」

「と、とにかく紗々良さんを呼んだほうがいいのか?」

「ダメッ!」

 金森の声が俺を制した。

「これは私の問題だから私がケリをつける」

「でも……」

 これは先日の男のストーカー霊のわけにはいかない。力の強さが違いすぎる。

「大丈夫だって。これでも私、コレの親玉は倒してるんだから。そのかわり、今日は一緒に行けそうにないから、杉原君は妖精さんを探しに行っていいよ」

「いや、だけど……」

「巻き込まれても知らないよ?」

「…………」

 金森は自身で倒せると言い、俺は紗々良さんが側にいるわけじゃない。ここにいても却って足手まといか。

「わかった。本当に大丈夫なんだな」

「全く心配性だな、杉原君は。私、強いんたから!」

 金森のいつものセリフを聞いて俺は屋上の出口のドアに走り出した。幸い犬神は俺には興味を示さずに無事にドアまでたどり着く。そして、校舎内に入る前にもう一度振り返り彼女に声をかけた。

「無理はするなよ!」

「しないしない。また明日ね!」

 金森は俺の方に向くとおおげさなぐらいに手を振ってみせた。

 彼女ほどの能力ちからがあれば俺と違って相手の力量を見謝ることもないだろう。俺は金森を信じて学校を後にした。


「さて、誰もいなくなったよ……始めようか、犬神さん…………」

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