危険な匂いと転校生(4)
退屈な授業もすべて終わり、時は放課後。昼休みに金森に押しきられた俺と紗々良さんは、この後彼女と行動を共にする約束になっていた。
教室内から金森と一緒に帰ると、人気のある彼女とあらぬ噂になって面倒くさくなりそうなので、校門で待ち合わせすることになった。
校門で待っていると次々と帰宅する生徒が目の前を通り過ぎていく。
「あんな強引にさせられた約束など無視して先に帰ってしまったらどうだ?」
「紗々良さん神使なんですから約束を破るようなこと言っちゃダメですよ」
苦い顔をしている紗々良さん。流れでこうなってしまったものの納得はしてないみたいだった。
そんな中、俺に声をかけてくる人物が一人。
「こんな所で何してるの? 杉原君」
仁科だった。目立たぬようにと選んだこの場所だったが、普通に考えれば登下校には大概この校門を使うのだから、クラスメイトに会うのは当然だった。
それに今、ここで仁科と金森が鉢合わせるのは余り良くない。
「杉原君、おまたせー」
手を振って笑顔で登場する金森。想像した通りのバッドタイミングとなる。これも仁科に言わせたら、引き寄せの法則とでも言うんだろうか。
「あれ、金森さん? どうしたの?」
「ん? もしかして仁科さんも一緒に行くのかな?」
金森は俺の方をチラッと見る。俺は無言で首を横に振った。
「何か二人仲良いね、一緒に何処か行くの?」
仁科は怪訝な表情で俺達を見た。しかし、金森はまるで気にせずニンマリと笑って答えた。
「うん。お化け探し」
仁科の顔色がみるみるうちに青白くなっていく。
「だって私達が一緒に行動するっていったら、これしかないでしょ?」
俺達だけだと、これしかないのか? こんな陰気な事柄しか。
「何をするのか詳しく知りたい?」
楽しそうに金森は仁科に詰め寄って行く。俺は慌てて金森を止めに入った。今、リイのことを仁科に知られるのはマズイ。
「ち、ちょっと余計なことは……」
金森はチラッと俺を見ると軽くウインクをした。そしてすぐに仁科に視線を戻す。
釣られて俺も仁科の方を見ると彼女は顔面蒼白でガタガタと身体を震わせていた。
「あ……えと、私は結構です……ふ、二人で……楽しんで来てね…………」
そう言うと仁科はフラフラとした足取りで俺達二人から離れて行った。そうだった、あいつはそういう奴だった。
「……不憫な奴だな。スピ女子」
紗々良さんが気の毒そうに仁科を見ていた。
やり方としてはどうなのかわからないけど、仁科を巻き込まないという意味では、これで良いのかもしれない。
「それじゃ私達も目的地に行きますか」
これから遊びにでも行くかのように金森は明るくお気楽だった。
「あの……紗々良さん、申し訳ないんですけど家の方と近所をだいたいでいいので見て来てもらえますか? もしかしたら、リイもう帰って来ているかもしれないんで……」
俺は紗々良さんに遠慮がちにお願いをしてみる。
「それは構わないが、私がいない間にもし千晴が危険な目に遭ったら…………」
ふと見た紗々良さんの視線の先を追うと、笑顔でピースをしている金森がいた。
ちょっとイラッときている様子の紗々良さんだったが、何かを自分に言い聞かせ堪えていた。
「そこの霊感女! 千晴のことは任せたからな。ケガをさせたりしたら許さないぞ。わかったな!」
捨て台詞のように言い残し、紗々良さんはもうスピードで飛んで行ってしまった。すみません、色々とご苦労かけます。
そして、俺と金森は学校の最寄の駅から俺の家の方向に向かって時間の許す限り、リイと狐を探すことになった。仁科にリイのことを内緒にしているので、そちらに近い場所から探すのはどうも気が引けた。
まずはいつも通り駅まで歩き、そこから、俺の家の方向へ線路沿いに歩いて行く。駅から離れるにつれ大きな店などは急激に無くなり、道路の横に個人店や事務所がポツポツとある中、住宅やアパートなどが多くなる。
いざ探そうと思っても、リイのいる場所に見当がついているわけでもないし、この辺りも大きな通りはわかるが、少し奥に入った住宅街になると馴染みが無いので全くわからない。どうしたものか。
「私、この辺の地理には詳しくないから、よろしくね」
まるで狙ってきたかのようなピンポイントな金森の言葉。追い討ちををかけられた気分だ。だけど、転校してきたばかりの金森がわからなくても当然なので、俺が何とかしないと。
「……実は俺もこの近辺は余りよく知らないんだ。迷子にならない程度に奥に入って探してみよう」
考えたところでどうにもならないので、結局正直に話した。見栄を張ってもどうせボロが出るし、バレるなら先に白状してしまったほうが却って気が楽だ。
「それじゃ、とりあえず適当に横道に入ってみる?」
苦笑いをして住宅街へと続く道を指差す金森に、俺はただ恥ずかしさに頷くしかなかった。
二人で道路一本横の道へ入って行くと、もうそこは人が住む住居が密集する地域に変わっていた。商業地ではないとよくある風景だ。
格子状に建てられている家々の間の道を当てもなく、周囲をキョロキョロと見ながら二人して歩き回る。見ようによっては不審者と思われそう。
狐かどうかはともかくとしても怪しい気配などは特に感じない。同時にリイの気配もやはり感じない。
「この近くにはいないのかな……」
リイは完全に気配を消すと俺でも気付くことが出来ない。それこそ紗々良さんの鼻がなくては見つけるなんて無理だ。だけど以前のように俺を警戒しているわけでもないので気が付けば出てきそうなものだが。
あ、でも横にいる金森はアイツは知らないから微妙だな。
「妖精ちゃんはこんな所にいるの? 隠れる場所とか少なそうだけど……」
金森も一応約束は忘れずに、リイも探してくれていたみたいだ。
「以前は、こういう場所にもたまにいたんだよ」
前は人にも慣れようと頑張って町中にも出て来ていたからな。最近は安心しきって家の中にいることが多いけど。
「とにかく、悪意のない変わった気配があったら教えて?」
「りょーかい!」
手を頭へ持っていって敬礼のポーズをして笑顔で金森は答えた。
彼女は直接リイに会ったことはないから、本人を特定する気配はわからないだろうと思うので、そうお願いする。
そうやって住宅街をクルクルと回りながら俺の家の方向へ向かって二人で探し続けること一時間ほど。そういえば紗々良さんが戻ってこない。紗々良さんのスピードや
もしかして、迎えに行ったのが紗々良さんだけだったので怖がって出てこないとか…………。ありうる……。
「狐も、もう少し暗くならないと出てこないのかな……」
気を張ったまま歩きっぱなしなので疲れてきたのだろう。金森がぼやいた。
正直俺も疲れてきていて、場の緊張感も薄れて最早ただの散歩になっている。
そんなところに突然、紗々良さんの緊迫した声が響いた。
「やられた!!」
紗々良さんの慌てている様子を見て、リイに何かあったのかと思ったのだが、事実は全く予想していないことだった。
「いいから、早く家に帰れ!」
奈緒が自室のベッドに寝かしつけられていた。今は静かに寝ているように見える。
俺は紗々良さんに急かされ家に急いで帰ってきた。
紗々良さんは俺と離れた後、家まで帰ってきて、リイがいないのを確認して、家の周辺を探していると近くから邪気を感じ、その方向へ向かったところ奈緒が倒れていたという。
第一発見者は紗々良さんだったようで周りには人はいなかった。
奈緒は精気を吸われ気絶をしていた。急いで紗々良さんが奈緒に気を注入したおかげで意識は取り戻したものの、朦朧とした状態だったため実体化して奈緒を背負い家まで連れて帰ってきたのだという。
奈緒が倒れていた周辺や首筋からは紗々良さんの知っている狐の匂いがしたらしい。
途中で
注意はしていたが、まさか身内が本当に被害に遭うとは想像もしていなかった。
「……ん、…………んんっ」
身体の調子を見ていたところ、奈緒が目を覚まし俺の姿に気がついた。
「ん……あ、兄……さん…………?」
奈緒はヨロヨロしながら起き上がろうとする。まだ意識がハッキリとはしていないようだった。
「無理するな。寝てろ……」
「すみません、兄さん…………」
ゆっくりとまた横になる奈緒。身体のほうはかなり辛そうだ。
「奈緒。何があったのか覚えているか?」
「いえ……急に身体に力が入らなくなったと思ったら……気がついたら倒れていた……みたいです…………」
奈緒には魑魅魍魎の類いは視えない。だとすれば、何が起こったのかわからないというのは当然だろう。
「ただ……覚えているのは……助けてくれた女性がいました……すぐにまた意識が飛んで……しまったので、詳しく覚えていませんが……とても暖かかった感じがします…………」
紗々良さんが恐らく必死に助けてくれたのだろう。
「わかった。もういいから、ゆっくり休め。な……」
「お役に立てず、すみません……兄さん…………」
奈緒は目を閉じると寝息を立てていた。精気を吸い取られ、身体が自由にならないみたいだが、命に関わる状況ではなさそうだ。一安心する。
「紗々良さん、行きましょう……」
そう言って振り向くと紗々良さんが険しい表情をしていた。
自分の部屋に戻り、俺は紗々良さんに更に詳しい話を聞く。
「千晴、覚えているか。お前が小さい頃に妖狐にとり憑かれたことを」
覚えている。あの時も俺は紗々良さんに助けてもらったのだから。
「妹からした匂いはその時の妖狐の匂いがする」
「それじゃ、奈緒の……いえ、最近のこの付近の事件は……」
「そうだ、あの妖狐の可能性が高い」
あの時の妖狐が戻って来て、この周辺を荒らしているのか。それにしても行動が目立ちすぎる気がする。
「やり方が余りにも乱暴すぎるのが気になるが、ここまで好き勝手にされて黙ってはいられない。見つけしだい退治する」
その言葉には怒りも込められていた。
「俺も手伝います。紗々良さん」
「ダメだ!」
即答で断られた。
「お前は妖精を探せ。危ないことは私がやる」
「だ、だけど妹も被害に遭って……」
「気持ちはわかるが、妖精を探すのもお前にとって大事なことだろう。それに妖狐が相手ではお前には部が悪すぎる」
紗々良さんの言うことも最もだ。素直に言う通りにした方がいいのだろうか。
そんな時、家の外が騒がしいのに気付く。そう遠くない場所で消防車のサイレンが聞こえた。
俺と紗々良さんは何か胸騒ぎを感じ、家を出てサイレンの音がする方へ急いだ。
音が近くになるにつれ、段々と焦げ臭い臭いが立ちこめてくる。
視界に人だかりが出来ている場所が見えてくる。そこは紗々良さんと出会ったあの廃神社だった。
鳥居のある入口には規制線が張られ警察官が立ち、参道より向こうは入れない。ここからだと奥の様子はわかりにくいけど、どうやら境内にある拝殿が燃えているらしい。
「さ、紗々良さん……大変なことに……」
目の前の状況に動転した俺は、慌てて隣にいた紗々良さんを見る。
「…………………………」
「紗々良……さん?」
紗々良さんは魂が抜けたように、ただただその光景を見ていた。
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