危険な匂いと転校生(3)

 廃神社の鳥居の前で俺と紗々良さんは金森と別れ帰路につく。

 俺は廃神社の境内で金森が言っていたことを思い出す。何か別の方法で神社を再建させることが出来るのだろうか。そればかり考えてしまう。横にいる紗々良さんは特に気にした様子はないのだが。

 紗々良さんも以前は神社を守れなかったことに悔恨を感じていたようだが、吹っ切れたのか割り切ったのか、今ではあの場所に固執している様子も無い。昔の苦い思い出程度だ。

 紗々良さん自身はどうしたいんだろう……。

「千晴、何を考えている」

「え?」

 突然名前を呼ばれ俺は、反射的に紗々良さんを見る。すると紗々良さんは俺とは視線を合わさず前を向いたままで言った。

「お前が、そんなことを考える必要はない」

 俺の考えを見透かしているようだった。

 子供の頃から紗々良さんに誤魔化しはきかない。俺の考えなどお見通しだ。きっと今だってそうだと思う。だけど、それがわかった上でも、さっき言った紗々良さんの言葉が本心のものなのか俺にはわからなかった。



 家に着いた時にはもう暗くなっていた。

 部屋のドアを開けて中に入ると窓際に妖精の姿でいたリイが俺と紗々良さんの方に飛んできた。

「お帰りなさい……」

 リイはホッと安心したような顔をしていた。俺達の帰りが少し遅かったので心配していたのかもしれない。

「リイは今日もずっと家にいたんだ?」

「うん……ここが一番安全だから」

 何か、この家に来てから……というか、探していた人(俺)を見つけてから引きこもりになってしまった気がする。いや、妖精なんだから、それでもいいのだろうか? 何か居場所を見つけた猫のようだ。

 でも、やはりたまには外に出たほうが良いのではないかと思うので……。

「今度、俺達と一緒にどこか出かけるか?」

 ──コクコク。

 リイは悩むことなく素直に頷いた。決して外に出るのが嫌なわけではなさそうだ。一人じゃなければ、怖さも半減するのかもしれない。

「あ、そうだ。仁科がリイに会いたがっていたよ。今度一緒に行こうか?」

 俺がそう提案すると、リイは下に向いて真剣に考え出した。仁科に会うのに抵抗があるという感じではなさそうだけど。

「美恋さんが、そう言ってるなら今からちょっと行ってみます……」

「え? 今から? もう外は暗いよ」

 臆病なリイがいきなりそんなことを言い出したので驚いてしまう。だけど、この前の騒動以来リイは俺達以外でも仁科には心を開きつつあるようだし、何より迷惑をかけたという負い目もまだあるみたいだ。

「一人で出かけてみるならば、夜の方が人目が付かないですし……」

 出かけてみるならば、というのがリイらしい。多分一人で頑張ってみます、ということだろう。確かにリイは人間ではないし、人の少ない夜の方が行動しやすいかもしれない。

「そもそも、人には普通視えないのだから昼でも関係ないのだがな」

 最もなことを紗々良さんは言った。きっと気分の問題だと思います。紗々良さん。

「それじゃ、行っておいで。一応気を付けてな」

 ──コクコク。

 後、今は夜なんで仁科の前で突然人の姿で現れて驚かせないようにな。難しいとは思うけど。

 そうして、俺が台所で夕食を食べ、毎度の奈緒の心霊の噂話を聞き、部屋に戻って来た時にはリイの姿は無かった。もう出かけてしまったようだ。きっと夜中までには帰って来るだろう。



 街灯が照らす夜の住宅街の陰を何者にも気付かれないよう、こっそりと移動する小さな妖精が一人いた。

 仁科の家に向かう途中のリイである。

 昼間に比べると人の姿は少ないので物陰に隠れて時間を食ってしまうことも少ない。以前も長い距離の時は夜に移動することが多かった。

 そのため、いつもより警戒心が薄かったのか油断していたのかわからない。リイは後ろから近付いて来る黒い影に全く気がついてなかった。

 その黒い影は隙を見てリイに飛びかかった。

「………………!!」

 リイがそれに気付いて振り返った時には既に遅く、影は眼前にまで近付いていた。

 黒い影が地面に降り立つ。その時にはもう小さな妖精の姿は無かった。

 その黒い影には尻尾が三本あった。


 ○ ○ ○


「千晴……千晴。起きろ、朝だぞ」

「ん?……んん…………」

 眠い目を擦りながら俺はゆっくりと身体を起こす。窓のカーテンは既に開けられ部屋の中には朝の眩しい光が入ってきた。

「おはようございます。紗々良さん……」

 紗々良さんに挨拶をしつつ大きなあくびをして伸びをする。本当なら神使にこんな態度を取るのは失礼なのだろうが、紗々良さんはそんな俺を見て怒るどころかニンマリと笑った。

「全く、お前は私がついてないとダメだな~」

 その声はとても嬉しそうで満足そうだった。

 俺は部屋の中を見回す。紗々良さん以外はいないみたいだ。

「あれ? リイは帰ってきてないんですか?」

 てっきり夜中にでも帰ってきて、俺の枕の横にでも寝ているかと思ったんだけど。

「あの妖精なら、まだ帰ってきてないぞ。もしかしたら向こうで泊まっているんじゃないか?」

 二人とも臆病とはいえ、お互い誰か分かれば気心しれた仲だしそれもあり得るか。でも、リイは人の姿には十分ほどしかなれないのに、それで意思疎通が出来るのだろうか。

 まあ、昼にでもひょっこり帰ってくるかもしれないし、学校で仁科に聞いてみればいいか。紗々良さんも気にした様子はないし。

「ほらっ、せっかく起こしたのに早くしないと遅刻するぞ」

 紗々良さんに急かされ、さっさと着替えを済まし、朝食へと向かった。

 廊下に出るとパジャマ姿の奈緒が既に朝食を終えて部屋に戻ってくるところだった。

「ずいぶんと早いな奈緒」

「今日は日直なので学校に早く行かなければなりません。正直億劫ではありますが……」

 憂鬱そうな表情な奈緒。誰でも好き好んで日直などやりたくはないからな。

「そういえば、また近くの路上で人が倒れていたらしいですね。流石に不気味です……」

「学校が終わったら、寄り道とかせずに早く帰ってこいよ?」

 一応また、好奇心旺盛な妹に釘を刺しておく。多分大丈夫だと思うが。



 今日も紗々良さんの活躍により無事学校に着いた俺は、自分の席にリュックを置くと先に来ていた仁科に話しかけた。

「おはよう、仁科。昨日そっちにリイが行ってなかった?」

「杉原君、おはよう。リイちゃん? 来てないよ?」

 仁科はきょとんとしていた。この様子だと本当にリイは仁科の家には行ってないようだ。だいたい、本当に行っていれば仁科の方から先に話しかけてくるだろう。もしかして、迷ったかな?

 俺が考えこんでいると仁科が心配そうな表情でこちらを見ていた。

「リイちゃんがどうかしたの?」

「え? いや、なんでもない。ちょっと勘違いしただけ」

 仁科は小首を傾げているが、リイが出かけたまま帰って来ないなど言ったら、また色々と面倒事に巻き込みそうなので異変に感付かれる前に話を終わらせる。

 本当に迷子になっているかもしれないし、帰りに探しに行ってみるかな。

 俺が席に戻る途中でも周りからは昨日の事件の話が聞こえてくる。

「また昨日、道路で気を失っている人が見つかったんだって」

「もう何人目だよ……」

「外傷もないし原因もまだ全然わからないって」

 昨日はウチのクラスは転校生騒ぎで、その話題もすぐにどこかへ消えてしまったが、それも一段落すると今度は謎の事件の話題で持ちきりだった。

 俺は席に座ってクラスのあちこちから聞こえるその話に耳を傾けた。一応、情報だけは仕入れておこうかと思った。

 その中で突然気になる会話が聞こえてきた。

「そういえば、倒れている人を発見した人が、その時その人の近くから狐が逃げていくところを見たらしいよ」

「狐? 何それ、コックリさん?」

 都市伝説のような展開に話を聞いていた女子が笑い出す。

「でも、そういう噂が出てるのは本当だってば!」

 鼻で笑われたことに狐の噂をした女子はムッとする。その話を全く信じず、相手の女子はハイハイと笑いながら聞き流していた。

 正直俺には聞き流せる話ではなかった。

「何か、この辺物騒なことが多いみたいだねぇ」

 状況をよくわかっていない金森が呑気な口調で話しかけてきた。

「ここ最近ね。金森も変な時に転校してきたよね」

「そうかな?」

 怖がる仕草も見せず、人差し指を口元に当て小首を傾げる金森。自分には関係の無い遠い話を聞いているようだ。

「周りの話、聞こえてたでしょ? ここ最近この辺りでは……」

「狐が出るんでしょ?」

 俺の話を遮り、出てきたその言葉に俺は顔を上げを金森を見る。すると彼女は俺の顔を見て意味深に微笑んだ。

「昼休み屋上でね」

 彼女は自分の顔の横で手をヒラヒラさせると自分の席へと戻っていった。

 そうだった。金森は俺よりも強い能力ちからを持っているんだった。俺が狐を気にしているのに、彼女が無関心なはずがない。俺以上に何かを感じているのかもしれない。結局昼休みに俺を誘うということは、そういう話なんだろう。



「う~ん、いい天気だねー。この後、狐の嫁入りになんてなったりしてね」

 気持ち良さそうに大きく伸びをする金森から、わざとらしいセリフが聞こえてきた。

 昼休み。金森と俺と紗々良さんは校舎の屋上に来ていた。爽やかで穏やかな晴天の下、爽やかでも穏やかでもない話をしようとしているのだ。

「そんな、言い方しなくても想像は出来てたから」

「そっか。流石だね、杉原君」

 言動がストレートだからわかりやすいだけだ。

「それじゃ、単刀直入に聞くけど、狐の噂どう思う?」

「正直まだよくわからない。妖怪の可能性がないともいえないけど……」

 金森ほどの能力ちからを持っている人に変な誤魔化しは不要だろう。俺は素直に答えた。

「やっぱり同じようなことを考えてるんだね」

 驚く様子もなく想像通り返答だったとの態度の金森。俺は小さい頃、妖狐に襲われたことがある。そして、その妖狐を紗々良さんが祓ってくれて助けてもらったことも。

 同じように金森も昔、妖狐に出会ったことがあるのだろうか。

「もし、そうだったらやっぱりまずいよね……」

 確かに本当にそうだったら普通の人では対処出来ないし、被害も拡大してしまう。

「そこで、噂の真相を確かめるために杉原君にも協力を頼みたいんだけど……」

「ダメだ!」

 紗々良さんが即答した。

「千晴をわざわざ危険な目に遭わせるつもりはない。お前のような祓う能力ちからを千晴は持っていないからな」

「え……全く?」

「そうだ、千晴にそんなものはいらない。降りかかる火の粉は私が全部処理しているからな」

 紗々良さんは腰に手を当て大いに自慢した。正直ちょっと恥ずかしい。

「う~ん、過保護だなあ……」

 紗々良さんの態度に少し金森は引いている。

「それの何が悪い。だいたい千晴だって今日はやることがあるだろう」

 すっかり金森に押されていたが、紗々良さんの言葉で大事なことを思い出す。知られたら仁科に怒られそうな大事なこと。

「何か用があるの?」

「えっと、実は……」

 俺は金森にリイについて話した。リイが妖精であること、俺の家に居ること、昨日から行方不明であること等々。

「そういうわけで、その妖精の子を探さなくちゃいけないんで、ちょっと付き合えない」

 横で紗々良さんが無言で頷いている。少なくともこちらの方が安全だろうから。

 しかし、それを聞いても金森は問題無しと言うような笑顔を見せた。

「それなら私も、その妖精の子を探すの手伝うから、ついでに狐も探そうよ。どうせこっちも当ては無いんだし」

 紗々良さんがギョッとした表情で金森を見る。

「ダメだと言っただろうが! 千晴に、もしものことがあったらどうするつもりだ」

「大丈夫。私、強いから」

 笑顔で金森は余裕で答える。いくら能力ちからがあるとはいえ、神使である紗々良さんに動じず対応出来るとは、なかなかいい度胸である。むしろ紗々良さんの方が慌てているくらいだ。まさに怖いもの無し。

 結局、なし崩し的にお互いの用件に協力することになってしまった。

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