小さな迷子と願い事(6)

 部屋の入り口で俺と紗々良さんは中を見渡した。仁科の部屋は綺麗に整頓されて、女の子らしくぬいぐるみなども置いてはあるが、本棚を見るとスピリチュアル系の本がいっぱいあった。昨日のダウジング棒や何かよくわからないグッズなども机においてある。趣味がわかりやすい部屋だ。俺は似たような女の子の部屋をとても身近な場所で知っている。

 紗々良さんは俺の横で宙を見つめ、そこにいるであろう存在に声をかけた。

「いるのだろう? さっさと出てこい」

 部屋の中に俺も知っている気配が漂い始め、徐々に濃くなっていった。やはり思った通りだ。

 朧気だった姿もはっきりとしたものに変わり、部屋の中心には妖精の子、リイが飛んでいた。リイは紗々良さんを前にいつものようにオドオドしていた。

「……で、お前はここで何をしているんだ」

 紗々良さんは怒るというよりは呆れた表情をしていた。

「あ、あの……わたし、悪いことをしてしまいました……これで退治されますか?」

 予想通りの答えだったのだろう。紗々良さんは大きくため息をついた。

「……そうだな、覚悟はいいか」

「え? 紗々良さん」

 紗々良さんの予想外の行動に俺は慌てて止めようとする。しかし、紗々良さんはそれを制して部屋の真ん中まで歩き、リイの目の前に立った。

「………………!」

 ギュッと目を瞑るリイ。自分が消え去る時の苦しみを想像し、ひたすら耐えているようだ。


 ────ペシッ!


「あうっ!?」

 紗々良さんはリイの頭に軽くデコピンをした。本当に軽く。じゃないとリイがふっ飛んでしまうから。

「お前は考えも見た目通りだな……こんなイタズラ程度のことで私が退治するとでも思っていたのか?」

「……え?」

「お前が人の命を奪うような存在だったら問答無用だがな」

 リイの顔色が一気に悪くなる。

「わ、わたし……そんな…………」

 人間になりたいのに人間を殺すなんて、そんな矛盾したことは出来ないだろう。それに、この妖精の子は根本的には良い子なのだ。

「だいたい、退治されて強制的に向こうに送られたモノが人間に生まれ変われるわけがないだろう」

「あうっ……」

 泣きそうな表情でまたショックを受けるリイ。何て言うか紗々良さんの言う通り、考えが子供染みている。

「お前がしたのは自分のわがままで起こした単なるイタズラだ。ただ迷惑をかけただけだ」

 事実を突きつけられガックリとうな垂れているリイ。今更ながら罪悪感も湧いてきたようだ。

「もし悪く思っているのなら、ここの住人にちゃんと謝罪をしろ。いいな」

 無言で素直にコクコクと頷くリイ。行動は不器用だが内面は純粋な子なのがよくわかる。怖がりな彼女でも、きっと勇気を持って一所懸命謝ろうとするだろう。

 だけど問題はもう一人の臆病な女の子だ。

「仁科の方が大丈夫ですかね?」

「あのスピ女子も元々は好きで首を突っ込んできたんだ。お互いにけじめとして付き合ってもらう」

 少々手厳しい気もするが、もう大丈夫と知ってもらうには、その方がわかりやすいのも確かだ。仁科については出来るだけ俺が頑張ってフォローしよう。


 俺と紗々良さんはリイを連れて外で待つ仁科のもとへと向かう。リイも今度は逃げることはせず、しっかりと後ろに付いてきていた。

 玄関を開けると、すぐ横に仁科が立っていた。本当に近所の人に閉め出しをくらったと思われなかっただろうか。

「お、終わったの? 杉原君」

「ああ。それでまだ少し仁科に用があるんで駐車場まで出てもらっていいかな?」

「うん?」

 首を傾げて疑問の表情を浮かべながら自宅の駐車場の真ん中ほどまで移動する仁科。俺達も、それに続いて玄関先から駐車場に下りる。

「依頼主であるお前にも詳しいことを伝える必要があるからな。ほらっ……」

 仁科にそう言うと、紗々良さんは自分の後ろに手で合図を送った。

 その直後、目の前にピンク色の髪の小さな女の子が現れる。人間の姿になったリイだ。

 今度は気絶こそしなかったが、途端に仁科の顔が蒼白に変わり、全身がガタガタと震えだす。本当に大丈夫だろうか?

 一方のリイもやはり怖いのかオドオドとしていた。もはや二人の我慢大会だ。

「あ、え……と、その…………」

 勇気を出して声を出したものの、なかなか言葉にならないリイ。そして、少しだけ足を前に進めたその時、

「いやああああああっ!」

 我慢出来なかった仁科が、そこから逃げ出した。その声に驚いたリイもその場で飛び上がる。

 だが、タイミングが悪かった。我を忘れて道路に飛び出した仁科の目の前には車が迫って来ていた。急ブレーキの音が聞こえるが、とても間に合わない。

「仁科っ!!」

「しまった!」

 予想外の展開に焦る俺と紗々良さん。その時、動作の遅れた二人を尻目にリイが道路へ飛び出し、仁科を突き飛ばした。

「イタッ……!!」

 道路の反対側で倒れる仁科。痛みに耐え起き上がり前を見ると、そこには道路の真ん中で車に飲み込まれていくピンク色の髪の女の子の姿が見えた。

「…………え?」

 程なく車は止まったが、仁科は状況が飲み込めず、その場所を呆然と眺めていた。


 慌てふためく車のドライバーと仁科。仁科にはひたすら大丈夫だと落ち着かせ、ドライバーの人には、そんな子は見なかったと一点張りで車の周りを探させて異常が無いことを確認してもらった。

 車のドライバーは不思議そうな顔をするも、実際に轢いてしまいそうになった仁科には謝罪し、仁科もいきなり飛び出したことを同じく謝罪をし、強引にその場を収めた。


 こんな騒ぎのあった後なので、このまま外で話しているわけにもいかず、みんなでまた家の中に入ることにした。

「今回は私も失敗だった……」

 途中、紗々良さんも反省の色を浮かべていた。紗々良さんのフォローは俺がするって思ってたのに、何も出来ず仁科を危険な目に合わせたのは俺だ。これでは紗々良さんに認めてもらうなんて、まだまだ遠い。

 仁科の部屋に三人で入る。すると、それまで俯いたままだった仁科が改めて俺を見て口を開いた。

「あの子は、どうなっちゃったの? 杉原君……」

 あれだけ怖がってはいたものの、自分を助けてくれた小さな女の子のことは、それでも気になるらしい。

「大丈夫だから。心配いらないって」

「本当に? 本当に?」

 仁科には視えないのでわからないのだ。

「そもそも、あの姿は一時的なものだ。実体化を解いて姿を消せば車も当たりようがない」

「そ、そう……なんだ…………」

 紗々良さんの説明に一応納得した様子の仁科だったが、まだ不安な表情をしていた。さっきまでの怖がっている表情とは違い、今は明らかに心配している。今なら話ぐらいは静かに聞いてくれそうだ。

「ちょっと理由があって昨日から色々とあったかもしれないけど、本当は凄く臆病で良い子なんだよ。さっき仁科を助けたのは、あの子なりのお詫びだと思う」

「……………………」

 ────パンッ!!

 いきなり仁科が気合いを入れるように両手で自分の頬を叩いた。

「な……どうした、仁科?」

「もう一回、あの子に会えるかな? 杉原君」

 緊張はしているようだが、仁科は真剣な眼差しをしていた。

「でも、仁科また……」

「今度は逃げないから……」

 その姿を見ていた紗々良さんも同じく真剣な顔をして答えた。

「わかった。もう一回、実体化をしてお互い言いたいことを話すといい」

 紗々良さんは横目でリイに合図を送った。実はリイはあの後、俺と紗々良さんの間でずっと飛んでいた。

 リイは俺達の前にすうっと出ると、段々と影が濃くなり人間の少女の姿になった。

「………………!」

 やっぱり驚いて少し怖がっている様子の仁科。しかし今度は逃げない。

 とはいえ、なかなか緊張で口を開けない仁科に対し、リイは自分のしたことへの罪悪感からか勇気を出して先に喋りだした。

「あ、あの……色々、怖がらせてごめんなさい……迷惑かけてごめんなさい……危ない目に合わせてごめんなさい!」

 それだけ言ってリイは涙をぽろぽろ流し始めた。頑張って精一杯出した言葉だった。

「………………」

 自分の前で謝る小さな女の子の姿を前に、仁科はただ呆然としていたが、表情も徐々に緩むと柔らかな顔へと変わっていった。

「バカだな。私……」

 ポツリと仁科が呟いた。

「驚いたのは確かだけど、固定観念だけで怖がって……道路に飛び出したのだって、私がしっかりしてなかったからだし…………」

能力のうりょくの無い人はそれが普通だよ」

「それでも、こんな小さい子を泣かせるのはちょっとね……」

 苦笑いの表情で俺を見る仁科。怖がりな彼女の優しさが垣間見える。

「もういいよ。私、何も怒ってないし。それより私もあなたのこと怖がってごめんなさい」

「……あ、ありがとう」

 リイは仁科にペコッと頭を下げる。仁科の穏やかな笑みに安心したみたいだ。

 その瞬間、リイの姿が消えた。厳密に言うと妖精の姿に戻ったのだ。

 前を見ると胸を抑え、驚愕の表情の仁科がいた。仁科にしてみれば突然消えてしまったのと変わりない。存在として怖くないとわかっても、流石にこういう状況にすぐ慣れるというわけにはいかないだろう。

「大丈夫か? 仁科……」

「だ、大丈夫……それより女の子は……もしかして成仏でもしちゃったの?」

 俺と紗々良さんは顔を見合わせる。そういえば仁科は言ってなかったな。

「もう仁科も関係してるから教えるけど、実はあの子…………」

「うん?」

 俺の口からリイの正体を知った仁科は家中に響くような更に大きな声を出して驚いた。

「よーーーーーーせーーーーーーーーっ!?」

 今度は俺の側にいるリイがその声に驚いてビクビクいる。

「だ、だってさっきの姿……」

「人の姿にも慣れるんだけど、一日十分ぐらいが限界らしいんだ」

「え? それじゃ今もここにいるの?」

「うん、ここに……」

 俺は自分のすぐ横を指差す。

 仁科もその付近を目を凝らして見るが当然ながら見えない。

「……杉原君といとこさんは視えるんだよね?」

 俺と紗々良さん、二人して同時に頷いた。

「ず……ずるい…………」

 途端に恨みがましい目で俺達を見る仁科。気持ちはわからなくもないが、そんなこと言われてもね……。


 ○ ○ ○


 最初と打って変わって駄々をこねる仁科を振り払って、俺と紗々良さんとリイは帰路についた。

 途中、俺はずっと疑問に思っていたことをリイに聞いた。

「そういえば、どうしてそんなに人間になりたいんだ? そこまで人の世界に興味があるのか?」

「え? あの……」

 リイは流石に慣れたのか、いきなり話しかけても前みたいに驚かなかった。

「興味はあります。でも、もっと大事なこともあって……」

「大事なこと?」

 ──コクコク。リイは無言で頷いた。

「だいぶ前なんですけど……あの神社の近くの公園で……」

 ウチの近くの公園か……。

「小さな男の子がポツンとブランコに座っていたんです」

 ────ん?

「いつも一人で寂しそうで……わたしもいつも一人ぼっちだったから……」

 ────んん?

「わたし、お友達になりたいと思ったんです。そうすれば二人とも寂しくないって……でも、私は妖精だから、この姿じゃ視えないし……人の姿も短い間しかなれないから、勇気も出なくって……」

 ────何か聞き覚えのある話が……。

「本当にお友達になりたかったんです。だから……人の世界を知って、人間になって、絶対あの子に会いに行こうと思ったんですけど……ある時から見なくなっちゃって、ずっと探しているんです……」

 臆病な性格のリイだが、信念の強さは人一倍のようだ。それとも、そこまでリイはその男の子を気に入ってしまったということか。

「一つ聞いてもいいかな。それってもしかして十年ぐらい前の話?」

「は、はい。そうですけど……」

 どうして、わかるんですか?といった不思議そうな表情。

「多分、それ俺……」

「……………………」

「……………………」

「えーーーーーーーーーーーーーー!?」

 今度はリイの驚く大きな声が辺り一面に響いた。(聞こえる人間にしか、わからないが)

「本当に世間は狭いな……千晴」

 先日も聞いたそのセリフを紗々良さんは改めてしみじみと言った。

 その時のことを詳しく話すと、リイも俺を探してた男の子だったのを確信したようで、結局リイはそのまま俺の家に付いて来ることになった。

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