小さな迷子と願い事(5)

「仁科はちゃんと家に帰れたんでしょうか?」

「保健室の先生もいたし、心配しなくても大丈夫だろう」

 自宅に帰って来た俺と紗々良さんは部屋でくつろぎながら先程のことを思い出していた。

「思った通りの状況になりましたけどね……」

「まあ、これであのスピ女子も興味本意で首を突っ込まなくなるだろう」

 少し気の毒な気もするが仁科のことを思うと、その方が良いのかもしれない。

 問題は後、あの妖精の子のことだが。

「もう妖精の視線も感じないし、何が出来るというわけでもないだろうから気にする必要もない」

 紗々良さんは特に気にもしていないようだった。

 視線と言えば……。

「最近、思い出したんですけど、俺がまだ幼稚園か小学校に上がったぐらいの時なんですが……」

「ん? 何だ何だ?」

 紗々良さんは俺と出会う前の話にとても興味を示す。自分の知らない俺を知るのが楽しいらしい。もちろん俺は話しても恥ずかしくないことしか話さないけど。

「近所の公園で一人でブランコに乗っていた時によく後ろの茂みから視線を感じてたんですよ」

 得体の知れぬ視線を感じるのは当時も日常茶飯事だったが、その視線は不気味さなどは感じなかった。しかし、いつも見られている感覚は気分の良いものではなく、いつしか公園にも余り近寄らなくなった。

 その話を聞いた紗々良さんは、哀れみの目で俺を見る。

「その時からお前は一人きりで苦労していたんだな……」

「え? そういう話では……いえ、確かにそうではあるんですけど……」

 紗々良さんは俺に飛びついて来ると、ギュウウッと抱きしめる。

「今は千晴は一人じゃないからな、いつも私が一緒だ」

「ち、ちょっと紗々良さん……」

 俺の頭をワシャワシャ撫でまわす紗々良さん。髪の毛がクシャクシャになる。嫌なわけではないけれど、過剰なのはやはり恥ずかしい。

「ん?」

 急に紗々良さんは冷静になり、すうっと俺から離れた。

「どうかしましたか? 紗々良さん」

 俺はクシャクシャになった髪を手で直しながら紗々良さんを見た。

「…………来る」

 紗々良さんがそう言うとすぐに部屋のドアが勢いよく開かれる。

「兄さん、兄さん! 見て下さい。凄い物が撮れました!」

 いつもの妹の襲来だった。

 そして、意気揚々と見せてきたスマホで撮られたその写真は結局、心霊写真そういうものではなかった。



 翌日。学校の最寄りの駅の外で、顔色が悪く心身ともに疲労困憊でボロボロな様子の仁科が立っていた。

「お……お願い、助けて杉原君…………」

「どうしたんだ? 仁科」

 昨日のリイが目の前で消えたショックからまだ立ち直ってないんだろうか。

「具合が悪いのなら家に帰って休んだ方がいいよ?」

「帰りたくても、帰れない…………」

 仁科はガタガタと震えている。どうやら原因は昨日のことだけてはないみたいだ。

 駅前で立ち話をしていると遅刻してしまうので、ひとまず学校に行って、改めて休み時間に話を聞くことにした。

 授業中、仁科は全く先生の話など耳に入っていないようだった。


 そして昼休み。人のいない校舎裏に俺達は来ている。仁科は今までの時間が非常に長く感じたのか、今も落ち着きがなく、やたら俺を急かしてくる。

「そ、それでね、杉原君……昨日の夜、私の部屋で変な現象が起きて……」

 昨日、保健室で目を覚ました仁科は、おっかなびっくり周りを気にしながら一人で家に帰り、やっと落ち着けると思ったものの、寝る時間になり電気を消したところ部屋の中でパキパキとラップ音が鳴りまくったり、人形や時計など物が勝手にカタカタと動いたりしたという。

 話を聞いていた俺は、昨日のショックで物事に過敏になって心霊現象と思い込んでいるだけなのではと感じていたのだが。

「私がビックリして大きい声を出したら、それに反応するように色んな物が大きくガタガタ揺れたり落ちたりして……」

 ────ん? 何かちょっと引っかかるものが……。

 そんな俺のことなどまるで気にせず、仁科はどんどん話を先に進めてしまう。

「だから今日学校が終わったら、杉原君に一緒に家に来てほしいの!」

「え、俺が? いきなり行って大丈夫なのか?」

「平気。両親は共働きで夜にならないと帰って来ないから」

「……それって余計にまずくないか?」

「…………………………あ!」

 少しの間考えて俺の言って意味を理解したのか、仁科は赤くなって俯いてしまう。

 誰もいない家に男女二人きり。実際は今も俺の横にいる紗々良さんもいるのだが、見た目上は俺と仁科の二人だけだ。

 流石に仁科も誰もいない家に俺を連れて行くのを戸惑っているのか、目の前でソワソワしている。

「でも、他に頼める人いないし、どうしよう……」

「仁科、ちょっと電話していいか?」

「え? いいけど……」

 気になることもあるし、このまま放っておくのも出来ない。ここはちょっと一芝居をうつことにした。

 俺はスマホを出し、電話をかけるふりをして耳元に当て、その人の名前を呼んだ。

「あ、もしもし。紗々良さん?」

「私か!?」

 横にいた紗々良さんがギョッとした表情で俺を見る。まさか自分に振られるとは思ってなかったみたいだ。

「実は俺の友人が心霊関係で困ってるんだけど手を貸してくれないかな?」

 俺はフリをして、すぐ横の紗々良さんに相談を持ちかけた。

「考えたな千晴……」

 渋い顔をしている紗々良さん。しかし、すぐに諦めたような表情で答えた。

「わかった。協力してやる。千晴の頼みなら仕方がない……」

 ────すみません、紗々良さん。また今回も世話をかけちゃって。

 俺は心の中で紗々良さんに謝った。

「はい、それじゃ詳細は後でメールしますので」

 そう言って俺は電話を切るふりをした。当然メールなどしない。する必要もない。そもそも出来ない。

「杉原君……今のは?」

「あ、今のはいとこで俺の師匠的存在。凄い能力ちからを持ってるんだ。女性だし一緒なら安心でしょ?」

 おーっ、という感心した表情で俺を見る仁科。

「杉原君の家系って凄いんだね」

「いや、そういうわけじゃないんだが…………」

 誤解されないように弁解もしたいところだが、却って面倒なことになりそうなので適当に流しておいた。

 俺の横では紗々良さんが、また厄介事を背負いこんで、と言いたそうにため息をついていた。



 放課後。俺達は仁科の家に向かった。

 仁科の家は俺とは反対方向の電車に乗り、二駅先で降りた場所から二十分ほど歩いた所にあるとのことだった。

 最寄の駅に着く直前に、俺は仁科に気付かれないよう、紗々良さんに合図を送る。すると、紗々良さんは俺の側を離れ目的の駅へと先回りをした。

 横にいる仁科を見ると不安そうな表情をしていた。部屋で起こる心霊現象のこともあれば、そこに男子を連れて行くという緊張感もあるのだろう。その上、自分の知らない人物、しかも新たな能力者まで来るということもあるかもしれない。

 後は紗々良さんが上手くやってくれるのを祈るばかりだ。

 目的の駅に着き改札口へ向かう。仁科の表情は先程と特に変わらないが、この先で待っているであろう状況を考えると俺の方が緊張してきた。

 ───紗々良さん、大丈夫かな……。

 二人で改札を抜けると、そこには俺達の到着を待ちわびた人物がいた。

「遅いぞ、千晴」

 俺達の目の前に立っていたのは、銀髪ロングヘアーの美少女だった。早い話、紗々良さんである。

 紗々良さんはあの妖精の子同様に実体化することが出来る。いつもの霊体の状態の時と違い、耳も尻尾も隠してあり何処からどう見ても人間にしか見えない。殆ど実体化をすることはないのだが、それは霊体の方が様々なしがらみが無く、行動がしやすいかららしい。

 これも、しがらみの一つかわからないが、紗々良さんは目立つ。堂々とした佇まいに整った顔立ち、そしてあの銀色の髪。周辺を歩いている人がみんな振り返って見ている。確かにこれだと密かに行動したい時は困るかもしれない。

 服装は流石にいつもの巫女服みたいな物ではなく、ブレザーにリボンのネクタイの制服を着ていた。この辺では見たことがない制服だが、もしかしてテレビで見たりした物なのだろうか。

「あの、杉原君……この人は?」

 仁科が心配そうに聞いてくる。紗々良さんの雰囲気に少々呑まれてしまっているように見える。

「この人がさっき言ったいとこだよ。連絡して先に駅まできてもらっていたんだ」

「いとこの杉原紗々良だ。よろしくな」

 俺の姓をつけて名を名乗る紗々良さん。何か少し恥ずかしい。対して紗々良さんは妙にご機嫌である。

「あ、あの……面倒をかけてすみません。今日はよろしくお願いします」

「まかせておけ。他ならぬ千晴の頼みだからな」

 初対面の相手にまだ態度が硬い仁科と、全く余裕の紗々良さん。非常に対照的だ。俺はといえば紗々良さんが思いのほか上手くやってくれたので内心ほっとしている。

 挨拶もそこそこに、俺と紗々良さんは仁科の案内で彼女の家へ向かった。

 その途中、紗々良さんは俺の近くに寄って来ると、仁科には聞こえないような小さい声で話しかけてきた。

「千晴。どうだ、この姿は? 一度こういう格好をしてみたかったんだ」

 制服姿で喜んでいる紗々良さんを改めて見ると、いつもとは違った雰囲気にドキリとしてしまう。普通に可愛いと思ってしまった。

「と、とても、よく似合っていると思いますよ」

「そうか、そうか」

 気恥ずかしくなってしまった俺は、紗々良さんから目を逸らし、上擦った声でお約束みたいな台詞しか言えなかった。それでも紗々良さんは俺の心の中を読んだかのように、満面の笑みで嬉しそうに喜んでいた。


 仁科の家は閑静な住宅街にある、二階建ての一軒家だった。今時の、駐車場は広く取ってあるが庭は殆ど無いタイプの家だった。

 紗々良さんは家の二階を見るとため息を付いた。

「どうかしたんですか? 紗々良さん」

「予想通りだっただけだ。千晴だって薄々感づいているんじゃないか?」

 確かに何の能力ちからも持ってない仁科に憑いた関係のあるモノなんて一つしかない。

「それじゃ、部屋に案内してくれないか? スピ女子」

「す……すぴ?」

「あ……気にしないで……他人様の家に勝手に入るわけにはいかないだろ? だから部屋まで連れてってくれないか」

 慌てて誤魔化して仁科に家に入れてもらう。紗々良さんも俺と話している時と同じ調子で仁科と話すので、俺がフォローしないと不審に思われてしまいそうだ。

 二階に上がると一番奥に仁科の部屋があった。しかし、階段を上がったところてで仁科の足がとまる。

「あの……終わるまで私、外で待ってていいかな…………」

「えっ、外? 下の階じゃなくて外?」

 俺が驚いた顔で振り向くと仁科は泣きそうな顔で訴えた。

「だって我慢したんだよ? 昨日一晩我慢したんだよ?」

 ────余程怖かったらしい。余りにも必死で可哀想だったので、それ以上何も言わず彼女には言った通り外で待っていてもらうことにした。

 閉め出されているとご近所さんに勘違いされなければいいのだが……。

「むしろ余計な手間が省けていいんじゃないか?」

 さらりとした反応の紗々良さん。仁科に過度に怖がられたり、昨日のように気絶されたりするよりは都合が良いと思っているのだろう。それに中で待っているモノも、俺達二人だけの方が多分気が楽だろうし。

「それじゃ、ちょっと説教でもしてくるか。千晴」

「お手柔らかにお願いします」

 そして、俺と紗々良さんは中にいるモノが驚かないようになるべく静かにドアを開け、仁科の部屋に入っていった。

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