小さな迷子と願い事(3)

「自分の知識が人の役に立つのは良いことですね。兄さん」

「は?」

 俺の部屋に入ってきた奈緒が、いきなりそんなことを言った。

「それって、やっぱり日常的なものじゃなくてオカルト的な?」

「もちろんです!」

 胸を張って自信満々に答える妹。その手の本を色々と読みあさっているのは知っているが、あれが役に立つ時があるのだろうか。

「普段、校内でも人に相談されてアドバイスをする時もあるのですが、今日は何と学校の外でです」

「外でって、何を話してきたんだお前は? というか、学校でもいつもそんなことしてるのか?」

「ハイ! 見事に解決してます」

 これまた自信満々に答える我が妹。ちょっと意外だった。奈緒も俺と同じく人とのコミュニケーションは上手くなさそうだし、趣味がこんなだから下手したら変人扱いされてそうな気がしてたからだ。

「解決は……してないがな…………」

「え?」

 紗々良さんがあさっての方向を向いていた。以前、奈緒に付いて学校に行った時に色々と見たのかもしれない。今度詳しく聞いておこう。

「兄さん、そっぽ向いてどうかしたんですか?」

「あ……いや、何でもない。何でもない」

「もしかして、そこに何かいるのですか?」

 奈緒の目がキラーンと光る。こういう勘だけは非常にするどい。そして当初の目的を忘れかけているのも奈緒っぽい。

「特に何もいないって……それより、外で何があったんだ?」

「あ、そうでした。実は学校の帰りに本屋に寄りまして、その時のことなんですが…………」

 興味のある話だとすぐに乗ってしまう奈緒だが、そのお陰で軌道修正しやすいのは有り難いところだ。何処かの融通のきかない大人しめのクラスメイトとは大違いだ。


 ちなみに奈緒の話の内容はこうだ。

 本屋に寄った奈緒がオカルト雑誌や書籍の本がまとめて置いてあるコーナーへ行くと、一人の女子高校生が本を前にして何やら悩んでいる様子だった。

「どうかしたんですか?」

 余りオカルトコーナーで女子がウロウロするところを見たことの無い奈緒は思わず声をかけてしまったらしい。逆に言えば、こいつはいつもここでウロウロしているというわけだが。

「え? え……あのっ…………」

 その女子高生は突然話しかけられビックリしたのか、慌てていたという。

「この手の本については私詳しいので、良かったら何でも聞いて下さい。教えますから」

 恐らく奈緒としては同志を見つけた感覚だったのだろうが、女子高生の方は暫くの間困り顔で考えていたらしい。普通に考えたらちょっとオカシイ子に声をかけられたとしか思えない。しかし、奈緒いわく、こういう話はデリケートなことも多いので困惑するのも仕方がないと考えていたようだ。なかなかご都合主義な思考を持っている奴だ。

 オロオロしていた女子高生も観念したのか、自分だけではどうしようもないと判断したのか、恥ずかしそうに奈緒に相談をし始めた。

「実は探し物をしているんだけど、普通に探すと見つけにくいものでね。こういう本に良い方法が載ってないかな、って思って……」

「……それは普通の探し物ではないということですか?」

「そういうことかな……」

「何を探しているのか聞いてもいいですか?」

「恥ずかしいから、内緒で……」

 それ以上、その女子高生は話してくれなかったという。


「でも私、ピンときたんです。見つけにくい、普通じゃないもの……きっとそれはオーパーツじゃないかと!」

 いきなり、凄いところへ発想がすっ飛んだ。でも、オカルト雑誌コーナーにいたんじゃ、そう考えてしまうものなのだろうか。

「そもそも、日本にオーパーツなんてあるのか?」

「きっと、あると思います。私、あの人が見つけてくれるのを期待します!」

 自分では見つける気は無いのだろうかと思ったが、よく考えてみれば奈緒こいつは都市伝説ではなく心霊現象派だったな。

「それで、結局その娘に何を教えたんだ?」

「ダウジングです。探し物といったら、やはりアレだと思います」

 更に詳しく聞いたら、L字に曲げた針金二本をそれぞれの手に平行に持って、目的の物が自分の真下にあったら針金が外側に開くという、比較的この手の話では有名な物だ。

 しかし、その女子高生は古びた水道管でも見つける気なのだろうか。

「まあ……とにかく、お前の知識が役に立って良かったな……」

「ハイ! これからも、精進します」

 色々と不安を覚えたが、俺もそれ以上のことはわからないので何とも言えない。ただ願わくは、奈緒からアドバイスを受けたその女子高生が町中でダウジング棒を持ってウロウロしているところを不振人物と間違われないように祈るばかりだ。


 ○ ○ ○


「杉原君。私もこれを使って一緒に協力するよ」

 次の日の朝。学校の教室で、笑顔の仁科が手に持っていたのは、例のダウジング棒だった。

「あの、仁科……それは?」

「これ? 昨日、親切な女の子が探し物にはピッタリだって教えてくれたの」

 ────よりによって、こいつだったとは。

「世間は狭いな、千晴……」

 隣で紗々良さんがため息をついていた。

「……仁科は古い水道管でも見つける気なのか?」

「何で? 妖精を見つけるつもりだよ」

 何の疑問も持たず、棒を持ってやる気を見せる仁科。今回は妹の間違ったアドバイスが原因だが、本当にこの娘は気をつけないと簡単に騙されてしまいそうで心配だ。

「どちらかというと、それは物質的なものを見つけるのが主で、霊的なものを見つけるのは不向きだと思うんだ」

「これじゃ、ダメなの?」

 ダメかどうかは俺もよくは知らないが、コレをもって校内や町中をうろつくのはマズイと思うんだ。変な人か怪しい人に思われてしまいそうで……。いいとこ不思議ちゃんだ。

「多分その親切な女の子に細かいことは説明してないでしょ」

 昨日の奈緒の話の内容からすれば、かなり言葉を濁して曖昧だったのがわかる。

「う……ちょっと、言いにくくて……誤魔化したのが、まずかったかな」

「今回、それは大事にしまっておけばいいよ。いつか使える機会があるかもしれないから」

 仁科は少し残念そうな表情をしていたが、これで何とか彼女を痛い子にさせずに済んだと思う。仁科には申し訳ないが、いつかその棒が使う機会が訪れないことを俺は祈った。

「むしろ、それを持って何処かを一人で歩かせれば、私達も自由に行動出来たのではないか?」

「それは流石に可愛そうじゃないかと…………」

 俺の後ろで効率的な考えを示す紗々良さんだったが、俺は妹が仕出かしたことへの罪悪感からそんな非情なことは言えなかった。



 何事も無く、昼休みになった。

 実のところ今日は朝から視線などは感じていない。朝の仁科に驚いただけだ。何のために俺達をずっと見ていたのかはわからないけど、もしかしたらもう近くにはいないのかもしれない。

「……というわけで今は何の気配も感じない。少なくともこの学校にはいないんじゃないかな」

 俺と紗々良さんと仁科は昨日に引き続き校舎の裏に来ていた。

「そうなんだ……」

 残念そうな仁科。とはいえ本当にいないと思うのだから仕方がない。今回に関しては嘘を付いているわけでもない。

「今日はスベってばかりの日だね」

 ──そうだね、主に仁科が……。口に出しては言わないけど。

「このまま状況が変わらなければ、これまでかも」

「え~~っ、そんなぁ……」

 仁科がさっき以上にショックを受けた表情をする。期待だけは大きかったみたいだからな。

「今日の朝のテレビの占いで言ってたんだけど、私の誕生月の運勢が最下位だったからかな……」

 ──それは全く関係ないと思う。というか、真っ先に思いつくのがそこなんだ。

「そういうわけなんで、余り期待はしないでね」

 俺の言葉に仁科は肩を落とした。


 その後、特に変わった状況も無く、本日の授業もすべて終わり、下校の時間となる。

 別に今は妖精を探しているわけではないが昼休みから引き続き、なんとなく仁科と一緒に帰ることになった。いや、仁科はまだ諦め切れなくて俺に付いて来ているのかもしれない。

 学校を出て大通りを歩き最寄の駅へ向かう途中、俺の横でフワフワと浮いている紗々良さんが近寄って来て俺の耳元で囁いた。

「千晴は気付いていなかったかもしれないが、実はずっと校内から微かな妖精の匂いがしていたんだ」

「え?」

 俺は仁科に気付かれないように小さな声で応対した。紗々良さんの声は俺以外に聞こえないのに、わざわざ耳元で囁いてくれたのは、俺が仁科の前で大きなリアクションをしないよう配慮してくれたものだろう。

「今回はこちらを見ていたわけではないし、気配自体も小さかったから察知するのは千晴といえども無理だろう。校内の何処かにいるのは確かだが、これではお前に伝えるのも出来なかったしな」

 そう言って、紗々良さんは俺の右斜め前方を歩く仁科を指差す。仁科といえば昼休み以降何か一所懸命考えている。多分、妖精について何か良い方法がないか、だろうと思うけど。

「私だけで探しに行っても良かったんだが、千晴にも何か考えがあるのだろう?」

「少し気になってることがありまして……」

 あの妖精は害は無いと判断しているせいか、今回は紗々良さんも無理に俺を止めようとしない。内心は、自分から面倒なことに首を突っ込む必要などないと、と思っているかもしれないが。

「どうしても気になるなら、そこのスピ女子を適当な所で上手く撒いて学校に戻るといい。もちろん私も付いていく」

「わかりました」

 協力してくれる紗々良さんに感謝し、駅が近くなってきた所で俺は仁科に話しかけた。

「悪い仁科。ちょっと忘れ物をしたんで、俺学校に戻るから先に帰っていてくれないか?」

「え、そうなの? だったら私も付き合うよ?」

「いや、そんな大した物じゃないし、悪いからいいよ」

「大した物じゃないのに取りに戻らなきゃいけないの?」

 何気に鋭い。俺の言葉の選び方がまずかったのだろうか。疑問を浮かべた表情をしている。

「…………怪しい」

 その表情は疑念に変わる。む~~っとした目でこちらを見ている。

「私も付いて行く」

「え? あ、え……と?」

「嘘をつくのがヘタだなお前は」

 戸惑う俺の横で紗々良さんがため息をついた。

「構わない。そのスピ女子も連れて行け。どうせ害はない」

「え? でも、それだと……」

 紗々良さんと思い切り会話をしてしまった。しかも仁科の前で。

「あの……杉原君。守護霊さん、とだよね……守護霊さんと…………」

 案の定、仁科は青い顔をして震えていた。

 こんな調子だから本当は連れて行きたくはない。視えないんだから妖精も何もわからないんだし。

 でも、ごまかすのを失敗した以上、何かの時には俺がフォローしながらやるしかない。臆病なもの達の面倒を見るのが二倍に増えて大変ではあるけれど。

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