小さな迷子と願い事(2)

「探してみたけれど、昨日聞いたような女の子は見つからなかったよ。もう何処かに行っちゃったのかもな」

 家に帰って来た俺は、その後あちこち女の子を探し回って帰って来た奈緒にそう伝えた。

「そうですか、残念です…………」

 自分も何も成果が無かったのか、肩を落としガッカリとしている奈緒。多少嘘はついているものの、恐らくあの妖精はもうこの町にはいないだろうと思っているのは本当だ。実質紗々良さんと一緒にだいぶ驚かしてしまったからだ……。あの妖精は危険な存在ではなかったし、これ以上追いかけ回す必要はないし、深追いもさせる必要もない。非日常に積極的に係わる必要もないのだ。

 とは言っても奈緒本人はそんなことは全く思ってないらしく、気を落としていたのも束の間で、気持ちは既に次へと向かっているようだった。

「今回も証明は出来ませんでしたが、初めて不可思議な現象を体験することが出来ました。これは私にとっては大きな第一歩です! 今度こそは……」

「証明ってなんだ?」

「……え?」

「ん?」 

「…………内緒です」

 目線を逸らし照れくさそうな表情をする奈緒。何故そんな反応をする。

「女には人には言えない秘密があるんだ。千晴」

 奈緒に共感している紗々良さんが、俺の後ろでうんうんと頷いている。

 わかってないのは俺だけ? 何だか疎外感を感じる…………。


 ○ ○ ○


「行ってきます」

 次の日、いつものように家を出て学校に向かう。しかし、数分ほど歩いた所で何かの視線を感じた。特に悪寒を感じるような不気味なものではなく、突き刺さるみたいに強烈なものでもないが、こちらを見ている微弱な視線がずっと感じられ、これはこれで少し気になる。

「誰かに見られてるような気がするんですが……紗々良さん」

「気のせいだ、行け」

 やはり、いつもの通り横にいる紗々良さんは、別に気にする様子もなく言った。

 気のせいかな、ちょっと神経が過敏になっているだけかなと思った俺は気を取り直して学校へ向かうことにした。

「………………」

「………………」

「……やっぱり何処からか視線を感じるんですけど」

「気にするな、行け」

 紗々良さん、さっきとセリフが違ってますが……それは何かいるということですよね。

 何かいるというのは厳密に言うと少し違う。何故ならば、この感覚を俺達は知っているからだ。

「これって、やっぱり……」

「まあ、そういうことだ。何が目的かわからないが、何をするということも出来ないだろう」

 要するに昨日の妖精が俺達を何処からか見ているのである。

 確かに害は無いかもしれないが、あんな臆病な妖精が何故俺達を付けているのか、気にはなってしまう。しかし、相手が姿を見せないし見つけても逃げてしまうようでは、どうしようも出来ない。

「放っておくか……」

 どうせあの性格だと人の多い場所までは付いて来られないだろう。

 そう思った俺は、妖精の子を好きにさせておくことにした。



 そう思って学校まで来たんだけど……。

 現在は授業中。未だあの微弱な視線が感じられる。俺の横、右上に浮いている紗々良さんも、まるで監視されているかのこの状況にイライラしているみたいだ。

 やっぱり、このままというわけにはいかないかも。……というか、いつも何処からか見られている状態なんて精神に悪い。こっちが疲弊する前に先に見つけ出して対処しないと、相手に悪気は無くとも俺に実害があるようならば、紗々良さんが排除しかねない。それはそれで可哀相に思えてしまう。

 仕方ない。昼休みになったらさっさと弁当を食べて、すぐ近くにいるはずの妖精を見つけに行くしかないな。


「結局、面倒なことになってしまったな……」

 紗々良さんがため息まじりに呟く。視線の鬱陶しさに耐えかねた紗々良さんが、「追い払って来るから待ってろ」と言って自分だけで出て行こうとするところを止めて、俺も一緒に探し回ることにしたわけだ。

 紗々良さんは自分だけで早くケリをつけたかったらしいが、追い払っただけでは、根本的な解決にはならない気がする。

 そして、今は学校の校舎裏に来ている。えてして校舎裏という場所は人がいないもので、こういう所ならもしかしてあの妖精の子も出て来てくれるのではないかと思ったのだ。

 俺はその場で、何も視えない空に向かって視線の主に向かって呼びかけた。

「怖がらなくてもいいから出て来てくれないか。キミがずっと見ているのはわかってるんだ。俺達を付けて来る理由を教えてくれないか?」

 俺の言葉はその空間の静寂に吸い込まれ、乾いた風だけが吹き抜けていった。

「反応無し……だな」

 紗々良さんが呆れた様子で言った。

 妖精の子から何かしらのコンタクトがあるのを期待した俺だったが、やはりそんな簡単にはいかなかった。

「もしかして、この辺に隠れているとか……」

 俺は植わっている木の裏や雑草などを掻き分けて妖精の姿を探してみる。今の俺の姿を誰かが見たら、ただの不審人物にしか見えないのではないだろうか。

「……何してるの? 杉原君」

「いや……ちょっと妖精探しを……え?」

 そんな危ない人同然の俺に、聞き覚えのある声が話しかけてきた。クラスメイトの仁科美恋だ。

 妖精を探すことに集中する余り、うっかり喋ってしまったことを、仁科は聞き逃さず目をキラキラとさせて俺の側に寄って来た。

「え? 妖精って! いるの? 何処に?」

「更に面倒なことに…………」

 紗々良さんは、げんなりとしている。つい気が緩んでしまった。

 仁科は大人しく怖がりのくせに、妖精やら精霊やらスピリチュアルっぽいものには興味をしめし、いつもに比べ積極的になる。当然このまま聞かなかったことにはしてくれない。

「だけど、どうして仁科がこんな所にいるの?」

「購買でパンを買って戻って来たら、急いで教室を出て行く杉原君を見て、何かあったのかなと思って、後を付いて来たんだよ」

 確かに仁科はパンの入った袋を持っていた。

 ────しかし、あれだけ微弱な妖精の視線に気付いておいて、仁科の気配に気付かないなんて何たるヘマ……。

「それで、何処にいるの? 妖精」

「え?」

 突然の仁科の出現に動揺して忘れていたが、視線はすっかり感じなくなっていた。

「あ……何処かに逃げちゃったみたいだな……」

 人が増えたことで妖精の子は警戒してしまったのかもしれない。

「そういうわけだから、ゆっくりパン食べていいよ」

「え~~っ、本当? ガッカリだよ……」

 仁科は心底残念そうな表情をしている。俺も本当に残念だよ。言わないけど……。

「杉原君はこの後も探すの?」

「う~ん、ただ見かけただけだし、別にそこまでしなくてもいいかな」

 そう言ってはぐらかして、奈緒みたいに諦めてくれたらと思ったが……。

「だったら私も協力するから一緒に探そうよ!」

 逆にやる気を出させてしまった。

「いや、そこまでやる必要は…………」

「そんな、ズルいよ杉原君。私も見てみたいよ、小さいオジサン」

「……え?」

「あれ? 違うの?」

 この娘の頭の中には妖精と言ったら小さいオジサンしかないのだろうか。

「どんな妖精だったの?」

 小首をかしげて俺を見る仁科。

 俺は仁科に妖精の容姿を簡単に説明をした。ちなみに小さい人間の子供の姿で出る時もあるのは内緒にしておいた。

 憧れ?の小さいオジサンじゃなくてガッカリするかと思いきや、仁科は目を輝かせ、とても楽しそうだ。

「いわゆるフェアリーって感じなんだね。うん、オジサンもいいけど可愛いのもいい」

 正直、妖精ならオジサンでもいいという感覚は俺にはわからない。

「……妹より手ごわいな」

 紗々良さんも困り顔をしている。

「特定のものへの固執が強いですからね」

 奈緒みたいに他のものに気を逸らすのが仁科の場合は難しい。

「誰と話してるの?」

「あ……」

 しまった。つい、いつもの癖で紗々良さんと受け答えをしてしまった。

 どうやって誤魔化すか。神使だと言っても流石に信じてもらえない気もするし、そもそも言ってもいいものなのだろうか。

「えっと、俺の守護霊的な人……なんだけど」

 これが一番無難な答えだろう。紗々良さんも特に異論は無さそうだ。

 一方、仁科の方は今までの花が咲いたような笑顔に影がさす。残念ながら彼女が思っているほど視えない存在というモノは、そんなファンシーなモノばかりではないのだ。

「し、守護霊って良い存在だよね? 怖くないんだよね? うん、大丈夫……大丈夫…………」

 自分に言い聞かせるように震える声で呟く仁科。顔は思い切り引きつってはいるが、何とか、持ちこたえてみせた。

 俺はチラッと紗々良さんを見る。昔、紗々良さんと出会った時に俺が怖がり、ショックを受けていたのを思い出したからだ。しかし、別に紗々良さんは気にした様子も無かった。

「でも、結局今もそうだけど、仁科には視えないんだし、どうやって探すつもりなんだ?」

「う……そうなんだよね。何か良い方法ない? 杉原君」

 俺の協力をするのは、もう決定なのか。出来れば手を引いて欲しかったのだが。そうすれば、妖精の子もまだ出てきやすいと思ったし、紗々良さんと二人の方が自由がきいて探すのも楽になる。しかし、仁科はそんな俺の心中など察する様子も無く、俺の答えを待っている。

「何か適当な役目を与えておいた方が事は早く進みそうだぞ。千晴」

 紗々良さんは、ため息をついて既に諦めムードだ。

 そうは言っても、能力ちからのない仁科が妖精を探す方法といっても……。

「とりあえず、普通の人が妖精がいるサインを感じ取る方法と言えば……」

「うんうん」

 一言も聞き漏らさないというように、前のめりで耳を澄ます仁科。俺なりに思い付くことを一つ一つ言ってみてみる。

「誰もいないのに、変な物音がするとか」

「……………………」

「誰もいないのに、声が聞こえるとか」

「……………………」

「誰もいないのに、勝手に物が落ちるとか」

「……………………あの」

 仁科が青い顔をして俺に尋ねてくる。

「それ、どうやってお化けと見分けるの?」

 そうか、表向きでは両方とも同じ状況だからな。だとすると、後は。

「ん~~感覚?」

「…………………………………………」

 仁科が絶句してしまった。恐らく状況を想像して怖くなってしまったのだろう。

 だけど、この手のことが物理的な現象で簡単に見分けがつくのなら、科学的な論争なんて起こりはしない。

「今までずっと俺は持っていた能力ちからで判断してきたから、改めてそれ以外の目に見える形といっても逆にわからないんだよ」

 感覚の部分を抜かすとどうしても、さっきのような説明になってしまう。具体的な説明がなかなか出来ない。

「そっか……それじゃあ、私も独自で何か良い方法がないか調べてみるよ。だから、それまで抜け駆けは無しだよ。杉原君」

「ぬ、抜け駆け?」

「……これは時間が掛かりそうだな。千晴」

 俺としては早く妖精の子を見つけてしまいたかったのだが、思わぬ仲間の参入により事態は更に面倒な方向へ向かってしまった。

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