三話 小さな迷子と願い事

小さな迷子と願い事(1)

「…………つかれた」

「文字通り憑かれたからな……」

 学校から帰宅し、部屋に戻って来ての第一声がそれだった。

 いつもののように見ず知らずの霊に憑かれたわけだが、今日は病気で若くして亡くなった女の人の霊だった。その生への執着心は実際の重さとなり、俺の上に乗ってきては潰されそうな目にあった。正におんぶお化け状態。

 例によって紗々良さんによって助けられ、事なきを得たわけだか。

「私はこちらに向いているから、まずは着替えて、それからゆっくりするといい」

 壁を指さし紗々良さんは言った。

 バッタリとこのままベッドに倒れこみたいところだが、寝転がって制服がしわしわになると後が面倒くさいので、先に普段着に着替えることにする。

 そうしてワイシャツのボタンを外し脱ごうとしていた時だった。

 バンッ!

「兄さん! 兄さんいますか!」

 いきなりドアが開かれ、妹の奈緒が慌てた様子で部屋に飛び込んできた。

「うわっ? 何だ奈緒、ノックぐらいしろよ」

「あ……すみません兄さん……じゃなくて、それどころじゃないんです!」

 奈緒が興奮して何かの情報をもってくるのはいつものことだか、今日は一段とテンションが高い。どうかしたのだろうか。


「私、本当に幽霊を見ちゃったかもしれません!」


「……え?」

 こいつは霊能力の類は無かったはず。いつもは、不思議な写真が撮れましたとか、情報を入手しましたとか、普通なのだが……。

「見間違いじゃなくてか?」

「あれを見間違うようなことは絶対にありません!」

 身を乗り出して俺に迫ってくる奈緒。目の前に顔がある。

「近い、近い……」

「聞いてやってもいいんじゃないか?」

 紗々良さんが、いつものことだしという顔で俺の後ろで呟いた。

 確かに奈緒には能力ちからは無いが、以前に持ってきた写真のように、たまに本当の物も紛れている。なので一応聞いておいてもいいだろう。

「今さっき、帰宅中のことなのですが……」


 奈緒が言うには、この付近の住宅地に入って来てからの話だった。

「私の前を十歳ぐらいの小学生の女の子でしょうか……歩いていたのてすが、ここら辺では見たことない子でして……」

 制服のように見えるが、どこの物だかわからない、赤いリボンのネクタイが付いたワンピース状の紺色のセーラー服を着ていて、それどころか肩より少し長く毛先だけ跳ねている髪は、淡いピンク色をしていたという。

「そんな子供が髪の毛を染めていたのか?」

「わかりませんが、正直地毛にしか見えませんでした」

 ピンク色の髪の毛なんて実際にあるのだろうか。染めているわけじゃないというのならば本当に人間じゃない可能性もある。

 そんなことを考えている俺の前で更に奈緒の話は続く。

「何やらキョロキョロしていたので、もしかして迷子かと思って声をかけてみたんです」

 そうしたら凄く驚かれ、瞬時に女の子は後ろに飛び退いたのだとか。

「え……私、何かしましたか?」と、逆に呆然とする奈緒。何が起きたのか理解が出来なかった。

 女の子は怯えた様子でただ首を横に振っている。奈緒はその様子を、驚かせはしたが自分が何か悪いことをしたわけではないと判断したらしい。

「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。もし道に迷っているのなら私が案内します。それとも交番にでも行きますか?」

 そう言って、奈緒は女の子の手を取り、住宅街を歩いて行く。

「それで何処に行きたいのですか? それとも誰かを探しているのですか?」

 奈緒が話しかけると、急に今まで握っていた女の子の手の感触が奈緒の手の中から消えた。

 驚いて振り返ると、その女の子の姿は何処にも無かったという。

 余りにも信じられなかったので道を戻り、交差点で辺りを見回したが結局見つからなかったそうだ。


「どうですか? 私、視ちゃったんでしょうか。目覚めちゃったんでしょうか!」

 奈緒の興奮は止まらない。でも、俺の後ろにいる紗々良さんが視えてない時点で能力ちからに目覚めてはいないのだが。

「実はその近くの家の子で、手を振り切って中に入って行っただけだとか?」

「そんなことはありません。だとしたら、門を開けるなどの物音がするはずです」

 少し不服そうに反論する奈緒。流石にこんな誤魔化しは通用しないみたいだ。

「そうだ! とにかく、その場所に行きましょう。今すぐに。また何かあるかもしれません」

 名案が思いついたとばかりに表情を輝かせる奈緒。そして、俺の手首をギュッとつかむ。

「え? ち……ちょっと奈緒…………」

 そのまま俺は強引に奈緒に腕を引っ張られ、お疲れ状態の身体に鞭打ち、外出するはめになったのである。



「…………何も、ありませんね」

 奈緒が不思議な女の子と遭遇した現場に来てみたが特に変わった様子は無く、普段の日常そのまんまだった。

 そう見た目だけは…………。

「……確かに人間以外のモノがいたようだな」

 一緒に付いて来た紗々良さんが周囲を見回しながら言った。

 奈緒にはわからないかもしれないが、俺と紗々良さんには何者かがいた痕跡に気付いていた。何かの気配が微かに残っている。

 だったら尚更、奈緒に関わらせたくない。

「残念だったな、もうここには何もいないみたいだぞ?」

「むむむ……」

 奈緒は諦めきれないのか、まだ辺りを探している。

「姿が確認出来ないと俺としても判断しづらいし、もしかしたら、もう何処かへ行っちゃったのかもしれないな」

 こんな感じで適当に話を流してしまおうと思ったのだが……。

「だったら探します! 探して写真を撮ってきます。待っていて下さい、兄さん!」

 むしろやる気に火を点けてしまったみたいだ。

「盗撮とかにならないように気をつけてな…………」

 出来れば奈緒が再びその女の子と遭遇することがないように願うだけだ。

「それじゃ、もう帰るか。じきに暗くなるし」

 空は既に赤くなり俺達二人の影も長く伸びていた。

「えええぇ~っ、暗くなってからが本番だと思うのですが」

「そんな時間に女の子がフラフラ出歩いちゃいけません」

 やっぱり今から追いかける気だったみたいだ。クギを打っとかないとこいつの行動力はバカに出来ない。このパワーを他のことに使ってくれないかと兄さんは思うよ。

 奈緒と一緒に帰りながらチラッと紗々良さんの方を見る。先に何とかするしかないだろうと目で語っていた。

 また面倒くさいことになりそうだ。



 次の日。再度、俺は例の現場に来ていた。

「まあ、いつまでも、同じ所にフラフラはしてないな」

 一緒に来ていた紗々良さんが言った。前に叱られてから俺も一人で無理をしないよう気をつけている。何かの時は素直に紗々良さんに頼っている。

「この程度のことなら私に任せて千晴は家にいてもよかったんだぞ?」

「いえ、妹の言ったことですし、そういうわけには……」

 だからといって全部紗々良さんに丸投げというわけにはいかない。それに、その妹も今現在どこかで消えた女の子を探しているかもしれない。

「……といっても、こうなると何処にいるのか見当つかないな」

 自分の目で視たわけじゃないから実際どんな姿をしているかもわからない。

「…………この少しだけ残っている匂いを追えば見つかるかもしれないな」

 紗々良さんが鼻をクンクンさせながら言った。霊体に匂いがあるのかと、いつも疑問に思ってしまうが、紗々良さんの鼻に間違いはない。俺にはわからない何かを感じているのかもしれない。

「とにかく行ってみましょう」

 わずかな匂いも逃さぬよう集中し前に進む紗々良さんの後ろを、周りの状況も気にしつつ俺はついていった。


 消えた女の子は町中の色々な場所を歩き回ったのか、俺と紗々良さんもあちこち行ったり来たりを繰り返し、そして付いた所は馴染みのある場所だった。

「……神社?」

 そこは紗々良さんと出会ったあの廃神社である。

「間違いなく匂いはこの奥へ続いている。もしかして私がいない間に住処にでもされてしまったか?」

 紗々良さんが苦々しい表情で言った。

「確かにもう空き家かもしれないが、だからといってここは魑魅魍魎の溜まり場ではない」

 紗々良さんが奥へとズンズン進んで行く。流石に元々ここを守っていたものとして、あやかしの溜まり場になるのは許せないようだ。

 神社の階段を上り、境内まで着くと匂いはこの場で途切れていた。間違いなく奈緒の言っていた女の子はここにいる。

「人ならぬモノ、この神社内にいるのはわかっている。さっさと出て来たらどうだ!」

 紗々良さんは拝殿を前に高らかに声を上げた。

 しかし、何かが出てくるどころか、周囲から物音一つしない。

 俺は昨日の奈緒の話を思い出す。

「紗々良さん、そんな相手を威圧するような言い方だと出て来ないんじゃないでしょうか?」

 例の消えた女の子は、随分と臆病な印象だった。

「わからないぞ。この前みたいに姿で油断させておいて、近づいたらパクリとするかもしれないぞ」

「う……」

 それを言われると俺も弱い。先日そんなことがあったばかりだからだ。

「冗談だ。悪い気は感じられないが油断はするな。予想外のこともありうるからな」

 ある意味、それもいつものことで。相手に悪気が無くても巻き込まれてしまうのは、年中だから……。

「どうやら裏に隠れているようだな」

 紗々良さんは気配を感じ、拝殿の向かって右側から回り込もうとする。俺は逆の左側から、音を立てないよう慎重に近づいて行こうとした。

「しまった! そっちへ逃げたぞ。千晴」

 紗々良さんがそう言った瞬間、建物の角から飛び出す影があった。

「うわっ?」

 それは怯えた表情をした、昨日奈緒から聞いた特徴通りの容姿をした女の子だった。

「あ……ちょっと待って……」

 俺は反射的にその子の腕をつかむ。それがまずかったか、女の子は驚いた表情を見せると途端にその姿を消してしまった。

 だが、消えてしまったように見えるのは一般的な話。俺の目の前には身の丈十五センチぐらいの飛んでいる妖精の少女の姿が視えていた。

 妖精の子は人の姿をしていた時と同様の髪型で淡いピンク色だった。耳は少し長く尖っていて、襟元や袖、スカートの裾に白いヒラヒラの付いた黄緑色のワンピースを着ていた。背中にはトンボのような透き通った羽根が生えていた。

「妖精……初めて視た…………」

「…………!」

 俺がまじまじと視ていると妖精の子が自分の姿が視えていることに気付いたのか、それまでの安堵した様子から一変、驚愕の表情に変わり、慌てて空高く飛んで逃げて行ってしまった。

 追いかける術もなく、ただ飛び去って行く小さな妖精の姿を視ていると、建物の裏から出て来た紗々良さんが俺の横に並び、同じく妖精を視て言った。

「咆哮を使ってもいいのだが、アレは別に悪質なモノではない。放っておいてもいいだろう」

「そうですか……」

「しかし、何故わざわざこんな場所に隠れていたのだろう? 妖精が住み着くには良い場所とは思えないし。安全だとでも思ったのだろうか」

 そもそも仲間が多くいる所の方が良いのではないか、と首を傾ける紗々良さん。

 紗々良さんの言うことも最もだが、俺はそれよりも、何であんな臆病な妖精の子が、人の姿をして町をうろうろしていたのかが気になっていた。

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