狼少女と幼き少年(4)

 千晴が神社に来れない間の時間を使って、私はあの日に逃がした妖狐の行方を追っていた。

 神社を中心にある程度の範囲を探したが、もう近くにいる気配は無かった。

 途中、気付かれないように家の外から千晴の様子を確認しながら、あの妖狐が再び戻って来ないか警戒をしていたが、その気配も感じられなかった。

 ひとまず千晴を含め、この付近の人々が妖狐に襲われる心配は無くなったようだ。

 私がこの地にいることを知り、目を付けられたために近寄るのをやめたのだろう。


 そして三日程経ち、千晴が神社に現れた。

「もう元気になったみたいだな。千晴」

「うん。紗々良お姉さん、助けでくれてありがとう。それから迷惑かけて、ごめんなさい……」

 申し訳なさそうに謝る千晴。別に迷惑などとは思っていないが、さすがに事情が事情なだけに、それでお仕舞いというわけにもいかず一応事情を聞いてみる。恐らく、あの日私が千晴の介抱をしていた時に言おうとしていたことだろう。

「気にする必要はないが、聞かせてくれるか。何故あのような危険な狐がお前に憑いていたんだ? いくら何でもあの状況は普通ではないからな……」

「あれは、ね…………」


 千晴が言うには遊びでクラスメイト三人が教室でコックリさんをしたのが原因らしい。もしものことが起こると極めて危険であるため、事前に千晴が注意をしたものの、誰もそれを聞き入れなかったという。

 実際、素人がやったところで本当に霊がなどが出てくることは少ないので無理に止めないで好きにさせておいたら、まさかの妖狐が現れてしまい、能力ちからの匂いを嗅ぎつけた妖狐はクラスメイトではなく千晴に憑いてしまったという内容だった。


「…………全くのとばっちりじゃないか」

 千晴は困ったような表情をしていた。自分がしたわけではないが、自分の能力ちからのせいで憑いて来られ、そのお陰で私に迷惑をかけたと思っているみたいだ。

 でも、それは千晴が望んでいたわけではない。

「お前も苦労が絶えないな……」

 思わずため息が出る。

「え……と……あの…………」

 私の同情の言葉に戸惑う千晴。

「とにかく千晴は何も悪くないんだから、気にする必要もない。わかったか?」

「う、うん……」

 今ひとつ納得していなさそうな千晴。別に落ち度があるわけじゃないし、もっと堂々としてもいいと思う。

「あと今更なんだが、もう一つ聞いてもいいか?」

「うん、なに?」

「千晴と初めて会った日、そこで何をお願いしていたんだ? もし答えたくなければ無理に言わなくてもいいが……」

 何となく想像はつくからな────

 千晴は一瞬言葉に詰まったが、言いにくそうしながらも素直に答えてくれた。

「こんな能力ちから無くなりますように……って」

 予想通りだった。

「で、でもっ、今はそんなお願いしないよ。紗々良お姉さんと会えなくなるのイヤだから!」

 必死に訴える千晴。以前にも聞いた言葉だが、やはり今はこれが本心なのだろう。私としては正直嬉しい。

 それに、これから千晴に話すことを考えると、とても心強い言葉だった。

 妖狐の件があってから毎日この事ばかりを私は考えていた。

「それなら提案があるのだが、この後私も千晴に付いて行っていいだろうか?」

「え? 家に遊びに来てくれるの?」

「いや、これからは千晴の家で世話になり、いつも一緒にいるということだ。もちろん家の他の人には迷惑はかけるつもりはない。何よりもまた、あの妖狐が戻って来て千晴を狙わないとは限らないからな。私が側にいた方がいいだろう」

「でも、この神社はどうなるの?」

 心配そうな表情で千晴は私を視た。

「前にも言ったが、もうここには何もいない。本来私がいる必要もない場所なんだ。だから廃神社ここを離れても特に問題は無い」

 ────そう、単なる未練でいたようなものだ。

「ただ無理にとは言わない。千晴の都合もあるだろうし、ダメならば今まで通りでも構わないぞ」

「ボクは全然大丈夫だよ! 一緒にいてくれるなら、すごく安心出来るし」

 その言葉を聞いて私はホッと胸を撫で下ろしていた。口ではあのように言っても、断られるのではないかと少し不安だった。だが、これで何の気兼ねも無く付いて行ける。

「それじゃ、これからはずっと一緒だな。千晴」

「うん、紗々良お姉さん!」


 神社が無くなって以来、何をするでもなく抜け殻だった私に、新たに役目と居場所が出来た。もう忘れ去られた不必要な存在だと思っていた自分を、まだ必要としている者がいるのが何より嬉しかった。この自分を慕ってくれる一人の人間を守る。それだけで充分だった。


「紗々良お姉さんはここで人の願いを神様に届けてたんだよね?」

 千晴が思い出したように私に聞いてきた。

「ん? そうだが」

「お姉さんは神様にお願いを叶えてもらったことはないの?」

「え? 私がか?」

 ここの神社があった時から役目のことばかりを考えていて、そんなことは思ってもみなかった。

「私達神使は届ける存在であって叶えてもらう対象ではないからな……」

「だったら、紗々良お姉さんのお願いは誰が叶えてくれるの?」

「ん、そうだな…………」

 そんな存在はいるのだろうか。だいたい私が今、叶えてほしい願いと言ったら……。

 私は改めて千晴を見た。

「それじゃ、千晴が立派に成長したら、お前に叶えてもらおうかな?」

「え? ボクに?」

「ああ、どうだ」

 千晴は急に言われ意味が理解出来なかったのかキョトンとしていたが、すぐに真剣な表情に変わると私に答えた。

「わかった。ボク立派な人間になって必ず紗々良お姉さんのお願いを叶える」

「楽しみにしてるぞ」


 今はただ、この幼い子供を見守れさえすれば、それでいい。

 もしも、この先永く千晴と共にいることが出来たなら、その時は見せてくれ。

 私の願いを叶えられるほどに立派に成長した姿を…………。

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