第二十七話 戦い終わって……

 魔王の城の中を注意深く進んでいるが、一向にモンスターの出てくる気配がない。

 せっかく警戒してるってのに、とんだ肩透かしだぜ。


「魔王は一体どこなんでしょうね?」


 俺の右後ろにいたサラが尋ねる。


「分からないけど……周囲を探して見つからないなら、恐らく王の間とかかしら? 確かこの城は連合国の統一前の小国の王族の城だったから、そこまでの広さはないはずよ」


 アイシャは答えながら弓を構え、周囲を注視している。


 城のところどころが崩れちまってて、道も塞がってるから俺達は王の間があるであろう中央の居館へ何度も迂回をしながら進み、ようやく居館の正面の扉の前に着いた。

 扉を開け、薄暗い室内を進むと崩れた2つの玉座が見え、その間に禍々しそうな怪物の像が鎮座していた。

 俺達は近くの崩れた柱に隠れてちらりと覗き見る。


「あれが魔王か? アイシャ」


「恐らくは……」


「もー……さっさとあれを壊して帰りましょうよ」


 サラは疲れた表情でもう帰りたいとごね始めてやがる。


 ここでじっとしていても仕方ない……

 俺達3人は武器を構え直してゆっくりと歩き出す。


 徐々に魔王に近づいていくが、言い伝えのような強大な魔力は全く感じない。


 予想していたよりも楽だな?

 もっとドカンと魔力がくるかと思ってたんだがな……


 違和感に首をかしげつつ魔王の前に立つと、俺達に対し魔王が弱弱しい声で語りかけてきた。


「お前がドランを倒した勇者か……」


「そうだ。 俺が勇者バーンだ」


「くっくっく……ならば他の四天王3人も倒したのもお前か……」


「さて……どうだかな?」


 俺の曖昧な返答に魔王は笑い声をあげる。


「ふっふっふ、まぁ良いわ……今回は我の負けだ。 さあ、我を倒すがよい」


 ああ、言われなくてもやってやるよ……

 俺は口角を上げてニヤリと笑いつつ魔王の石像に近づき、剣を振り上げる。


「お気を付けください。 バーン様」


「大丈夫だよ。 アイシャ」


 アイシャに笑顔を向けると、魔王が忌々しそうに吐き捨てる。


「だが、勇者よ。 これだけは覚えておくがよい。 私は何度でも復活する。この世に神々がいる限り我もまた生まれるのだ!」


「減らず口が」


 俺は剣を真っすぐ振り下ろした。

 魔王の石像は叫び声をあげながら粉々に砕け、灰となっていく。


 ふう、やっと終わったぜ……


 そう思った瞬間、灰の中から黒いもやが飛び出し、俺にまとわりついてきやがったがすぐに消えた。


「うお!? なんだ今のは?」


「バーン様!」


 アイシャの叫びとともに一瞬身構えたが、それ以上は何も起こらなかった。


「大丈夫ですか? バーン様」


 サラが俺に駆け寄ってくる。


「大丈夫だ。なんともないぜ」


 身体のあちこちを見てみるが、特に変わった様子はない。


 けっ! 魔王の最後の嫌がらせかよ! 焦らせやがって……


「さあ、とっとと帰って俺らをこんなとこに追い立てた王様から歓迎してもらおうぜ?」


 最期にはヒヤッとさせられたが、城の外へ出る頃にはもうそんなことがあったのも忘れちまい、夜にティアナをどうやって可愛がってやろうかという考えで頭が一杯だった。



 既に私の周りには兵士が集まっており、勇者様の帰還を待っていた。

 すると跳ね橋の向こうから勇者様やサラさんアイシャさんが歩いて戻って来る。

 3人とも無事なようだ。

 私はゆっくりと立ち上がり、3人の元へ歩いて行った。


「お帰りなさい! 勇者様!」


「ああ、ただいまティアナ」


 その瞬間後ろの兵士さん達から大歓声が上がり、その声はなかなか途切れることはなかった。


 そして私達は連合国の主都へと帰還した。

 主都では紙吹雪が舞い、歓声が空を支配し、大勢の人達が通りに溢れ、外に出れない人達が窓から身を乗り出してまで私達を祝福してくれた。


 私達は馬上から、その祝福に手を上げ応える。

 通りや窓から見える人々の顔は笑顔で溢れている。


 この人達の笑顔を……私は守れたんだよね?


 思わず笑みと涙がこぼれる。

 胸一杯に達成感と満足感を感じつつ、私達は馬に揺られて王都の中央にある城へと向かう。

 王城では私達4人は連合国の王様の元へ案内され、たくさんの人が並ぶ広間の玉座に座る王様の前で跪いた。


「勇者たちよ。 よくぞ、魔王四天王と魔王を打ち倒してくれた。全ての国に代わり私から礼を言うぞ」


「はっ!」


 王様の賞賛に、勇者様が神妙な態度で返事をする。


「この功に報いるためにも、褒美として金貨1000枚を受け取ってくれ。また、これはまだ推薦の段階ではあるが、勇者以外の者達にも称号を与えられるよう各国に推薦するつもりである」

「サラよ、そなたはその魔法剣によってあまたの敵を屠り、四天王のドランの動きを止めた。 よってそなたには『剣聖』の称号を与えるよう推薦する」


「はっ!」


「アイシャよ、そなたは、その弓でもって数々の敵の命を絶つとともに、四天王のドランの眼を射抜くという功績を立てた。 そこで『弓聖』の称号を与えられるよう推薦する」


「有難き幸せ」


「そしてティアナよ。 そなたは決死の覚悟で、火の魔法によって四天王のドランに最期の一撃を加えたと聞き及んでおる。 まさに賢者の称号に相応しい。 そなたに「炎の賢者」の称号を与えられるよう推薦する」


 私が……賢者に……?


 あの時勇者様に……君なら賢者になれるかもと言われ、強くなりたい一心で必死で戦ってきたこの3年間。

 その苦労が報われるかもしれないその言葉に、私の胸がどんどん熱くなっていくのを感じた……。


 そして王様への謁見を終え、その後は大広間での祝賀会に参加することとなった。

 着ていた服もローブからドレスに替わり、大勢の人に囲まれあれやこれや質問され、たくさんの貴族の男性の方に何度もダンスに誘われて、もうヘトヘトだったけど、心の中は賢者になれるという喜びで一杯だった。


 そして祝賀会も終わり、自分の部屋へと戻った私は、ドレスのままベッドに座り込み天井を見上げていた。


 あの時から……私は勇者様に魔王討伐に誘われ、フォスターを出てここまで来た……。

 もう、あんな思いをしたくないように……強くなって賢者と呼ばれるために。

 そして、その賢者になるという夢がもうすぐ叶う。

 じゃあ、その先は……?

 勇者様の告白を受け入れて一緒に王都で暮らす?


 そんな情景を思い浮かべようとするが、あやふやな情景ばかりが浮かんでしまい、形にならない。

 その考えを否定するように弱弱しく首を振る。


 答えの無い問いに思わずベッドへと身を投げ出す。


 眼を閉じると、ふとフォスターでの日々が思い出されてきた。

 あちこち回って捜し歩いて見つけた薬草。

 初めて出会ったファングウルフに腰を抜かしながらもどうにか倒した時の興奮。

 優しいバッシュさんや街の人達の顔。

 そして……


 私はあの時、何も考えられなかった。

 あんなに一緒だったリューシュの事すら信じられず、一方的に勇者様についていくと言ってしまった。

 それから必死で心にしまい込んでいたけど、ずっと引っかかっていたわだかまり。


 本当にリューシュ達は私の事を見捨てたの?


 帰りたい。

 帰ってリューシュに聞きたい、聞かなきゃいけない気がする。

 そして謝らなくちゃ……ちゃんと話を聞いてあげられなくてごめんねって。


 そう思うと私は勇者様への返事を決心し、立ち上がって、勇者様の元へ行こうと扉を開けようとしたら突然扉が開いた。


 目の前には勇者様がいて、私が声を上げる前に部屋に入ってきた。


「ごめんね。君を待てなくてつい自分から来ちゃった」


 勇者様はニコっと笑顔を見せるけど、夜の暗さのせいかその顔がどこか恐怖に感じた。


「さあ、君は僕にどう返事するんだい?」


 どこか有無を言わせないような威圧を感じさせる口調で、私はつい後ずさりそうになったけど、キッと口を結び意を決して勇者様へ告白への返事をした。


「申し訳ありません。私は勇者様に似合うような女性ではありません。勇者様はすごく魅力的な方ですし、サラさんとアイシャさんはすごく優しくしてくれますので、王国に帰り王都で一緒に暮らすのも楽しいのかもしれません。ですが、魔王を倒した今、私はフォスターに帰りたいのです。フォスターの優しい人たちに囲まれて一生を過ごしたいと思うような小さな女性なのです」


 返事をし、お辞儀をした後、勇者様の顔を見るとは引きつっていた。


「それじゃ困るんだよ……」


「え……?」


私が口調の変わった勇者様に驚くと、不意に胸を押されベッドへと倒れこんだ。

慌てて起き上がろうとした私の上へ勇者様が覆いかぶさる。


「僕は君のことが好きなんだ。きっと分かってくれるよ」


 そう言って、私のドレスの後ろの紐を外そうと手を伸ばしてきた。


 その瞬間、私はあの時の人さらい達に弄ばれた記憶が一気に浮かんできて思わず身体が動かなくなる。


 嫌……ダメ……誰か……助けて……


――頭ぁ! どうしたらいいんですかい!?――――こんな美人を捕まえたこともな。 あ~あ、さっきの頭の楽しみを見てムラムラしてたから今この場でやっちまいてえなあ――

――せっかくこんな美人が手に入ったんだ。奴隷として売り飛ばす前に楽しまなきゃ損だよなあ?――おお? まだ子供だがよく見たらかなりの美人じゃねえか! へへっ! いい拾いものしたぜ!――

――つまりはそういうことだよ。君は見捨てられたんだ。自分の命可愛さのあまり・・・・ね?――君はここに残るのかい? 君を見捨てた人たちと一緒にずっとここで暮らし続けるのかい?――

――絶対……絶対助けに戻るからな!――


私はハッとした。


「嫌!」


上半身を起こし勇者様の右頬を思いっきり叩いてベッドから飛び起きると、急いで部屋から走って出て行った。


「はぁ……」


私は王城のベランダに座り込んでいた。


どうしよう……勇者様を叩いてしまうなんて……


思わずとはいえ、しでかしたことの大きさに落ち込んでしまう。


「どうしたの? ティアナ」


後ろから声がするので振り返るとアイシャさんがいた。


「ごめんなさい……私……」


「あ~いいわよ。 事情は知ってるし」


「え?」


訳を話そうとした私を手で制し、アイシャさんが笑う。


「さっき私達の部屋に勇者様が来てね、色々ティアナの事を喚き散らしてたから今はサラが慰めてるわよ」


「ごめんなさい……」


「だから別にいいのよ。 私達は勇者様の事が好きだから。 でもあなたは違うのでしょ?」


「……はい。 私は勇者様から一緒に王都で暮らさないかと告白されました。 でも……私は勇者様に似合うような女性ではありません。 王都に戻った後はフォスターに帰りたいんです。 フォスターに残してきてしまった人達に謝りたいんです」


心の叫びのように話す私をいきなりギュッと抱きしめたアイシャさんは優しく頭をなでてくれる。


「本当はあなたが一緒に王都で暮らしてくれればいいのになって思うのよ? あなたみたいな子なら私達と同じ勇者様の女性になってもいいかなって思ってるし。 でもあなた自身がそれに納得しなきゃいずれ潰れてしまうわ。 あなたを籠の中の鳥にしたくないの」


「アイシャさん……」


「サラも同じ気持ちよ。 だから安心して、私達が王国の王都に戻ったらちゃんとあなたをフォスターまで送り届けてあげる。 勇者様は未練がましくなるかもしれないけど……そこは私達に任せてね!」


「……ありがとうございます」


両目の涙をアイシャさんが指で払ってくれる。


「泣いたらあなたの可愛い顔が台無しよ? さあ笑っていきましょう。 せっかく魔王を倒した日の夜なんだから」


「はい!」


アイシャさんに肩を抱かれながら私は部屋へと戻っていく。


リューシュ……きっとフォスターに帰るからね。

またあの街でみんなと一緒に楽しく暮らしましょう?

そして……

 

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