第二十六話 魔王討伐 下

 あのモンスターを見た瞬間、剣を握る手へ冷や汗が流れるのに気付いた。


 御伽話に出てくるドラゴンってああいうのを言うのかな……?


 家より大きい身体で、緑色の鱗に覆われているあの四本足のトカゲみたいなモンスターが足踏みするたびに地響きがこっちまで届いてくる。


「あいつを倒さなきゃ……私達は前に進めないのね」


 サラさんはそう呟くと剣を構え、アイシャさんも弓に矢をつがえて、いつでも戦える準備になったみたい。

 勇者様も剣を抜いて大きく叫んだ。


「お前が魔王四天王の1人か! 俺はバーゼル様に選ばれた勇者バーンだ! お前を倒し、魔王を撃ち滅ぼして平和な世界を手に入れるんだ!」


 その叫びとともに勇者様とサラさん、そして後ろにいた連合国の部隊の方々も一斉に突撃し始めた。

 私とアイシャさんはドラゴンの右側に、連合国の弓兵さんや魔法使いさん達は左側に動いて、ドラゴンを囲むように陣取る。


小癪なこしゃく人間どもめ! 我は魔王四天王、不動のドラン! これより先には一歩も進ませぬ!」


 ドランと名乗ったあのドラゴンの後ろには魔王の城へつながる跳ね橋が下りている。

 城は大きな池に囲まれ、他に迂回するような道もないから、あそこを通るためにはドランを倒さなきゃ進めなさそう。


 私は『炎の嵐』を心の中でイメージする。瞬く間に目の前に巨大な炎渦巻く嵐が何本も生まれ、私はドランに向けて叫んだ。


「燃え盛れ! 『炎の嵐』」


 その瞬間、何本もの嵐がドランに向かっていく。

 反対側にいた魔法使いさん達も一斉に魔法を放ち始めたみたい。

 火や水、風など様々な属性の魔法がドランに向けて放たれ、ドランの身体を包む。

 アイシャさんや弓兵の人達も一斉に弓を放ってドランの身体にどんどん突き刺さっていった。

 勇者様やサラさん、兵士さん達はドランの脚やわき腹などを狙って剣や槍などを突き立てていく。


 じわじわと傷を負っていくドランの様子を見て、私は勝利を確信していた。


 いける……!


 でも……次の瞬間、勝利の希望は一気に打ち砕かれた――


 ドランが高く首を上げ、頬が膨らんだかと思うと……

 正面にいた勇者様達へ大きく口を開け、巨大な炎の塊を吐きだしたのだ。


 勇者様やサラさんはどうにか躱せたけど……その炎をまともに受けた兵士さん達数十人は瞬く間に骨すら残らず焼き尽くされた……


「なによ……あれ……!?」


 アイシャさんがその光景を見て絶句していた。


「人間どもの攻撃なぞ、我にとっては何の痛痒も感じぬわ!」


 鼻息荒くドランが地面を踏み鳴らし威嚇する。

 意気揚々だった私達の士気は一気に地に落ちていく……

 そしてドランはくるりと回ったかと思うと尻尾を鞭のようにしならせて周りにいた兵士達を弾き飛ばす。


 あっという間にドランの周りにはケガを負ったり命を落とした兵士さん達が溢れる。

 私は怪我した人々を助けるため思わず駆けだそうとしたが、アイシャさんに止められた。


「ダメよティアナ! あなたが行ってやられてしまったらどうなると思うの!」


 その言葉に、私はぐっと唇を噛みしめながら足を止め、再度『炎の嵐』を打つ準備を始める。

 アイシャさんも他の弓兵に合わせて弓を放ち続ける。

 ドランの眼を狙って『必中の矢』を放つけど、眼を閉じられてしまい、まぶたで跳ね返されてしまう。

 勇者様やサラさんも、ドランの火炎や尻尾の攻撃を躱しつつ雷魔法や魔法剣で攻撃するが相手にダメージが通っている気配はない……


 ドランの叫び声が響き、炎が吐かれる度に……尻尾を振り回される度にかけがえのない命達が消えていく……


 私達はドランに決定的な一撃を与えられぬまま、無為に時間だけを消費していった。

 勇者様も、サラさんも既に鎧が焼け焦げ身体中に傷跡が見える。

 アイシャさんも既に空になった矢筒が辺りに転がり、矢も残り少なくなってきている。

 私ももう体の中に感じる魔力は残り少ない。


 私は……本当に強くなれたの……?


 役に立てない自分が浮き彫りになり、焦りばかりが強くなってくる


 その時、後方から退却の際に鳴らされるラッパの音がした。 

 見れば連合国の兵士さん達もボロボロでかなりの被害を受けている、命令に従い、やむなく私達は後退することになった。

 ドランは私達を追うことなく、跳ね橋の前で動かぬままだった。


 後方に建てられた陣地では怪我人が何十人とテントの中や外に寝かされており、呻き声や痛みを訴える叫び声で辺りは騒然としている。


 私は傷だらけの勇者様とサラさんに回復魔法をかけて傷を癒すと、急いで怪我人の所へ向かい他の魔法使いさんに混じって回復魔法を掛けていった。


 皆さんは傷が治ると口々にお礼を言ってくれる。

 でも……


「お前ら本当に勇者一行なのかよ! お前らが弱いせいで俺らの仲間がどんどん死んでいくんだよ!」


「さっさとお前らであのドラゴン倒してくれよ! なんのために俺らが必死で防衛し続けたと思ってるんだよ!」


「お前らなんかより、他の四天王を倒したって言われてる2人の剣士様の方がよっぽど強いだろうよ!」


 と罵倒されることもあった。


 悔しかった。

 私が強くなったと思っていたのはただの錯覚だったの?

 涙が出て止まらない。


 ある程度怪我人の治療が終わったところでその場を離れた私は勇者様達がいるテントへと向かっていた。

 テントの外にはサラさんとアイシャさんが疲れた様子で椅子に座っており、勇者様は中で眠っているようであった。


 サラさんは私を見つけると駆け寄り、涙の跡を見ると全てを察してくれたようにギュッと抱きしめてくれ、アイシャさんは私の頭をすっと撫でてくれた。


「大丈夫よ」


 サラさんの優しい言葉に、私はまた涙が溢れ、サラさんの胸で大声で泣いてしまった……


 その日はそのまま休むことになり、翌日に再攻撃することが決定された。

 夜勇者様やサラさん、アイシャさんが集まって対策を練ることになったが、なかなか良い案は浮かばない。

 皆が腕を組んで考え込んでいる中、私はドランと戦っていたときの状況を思い浮かべる……


 ――ドランは私達の攻撃など効かないと言っていた……

 ――でも身体に矢は刺さっていたし、剣や槍も突き刺さる……

 ――つまり傷を負わせてそこから身体の中へさらに攻撃すればかなりのダメージになる……?

 ――もし……そうなら……?


 1つの作戦が浮かんだ私は、意を決して皆に呼びかける。


「皆さん、1つ作戦があります」


 私は勇者様達に自分の作戦を話し始めた……


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 翌日も私達は同じような配置をとった。


「性懲りもなく来たか! まぁいい! 勇者ともども我の炎で焼き尽くし、足で踏みつぶして魔王様のにえとしてくれる!」


すぐに勇者様とサラさんが突撃するが、連合軍の兵士さん達は距離を保ち、弓や投げ槍などを使って攻撃し始める。


私とアイシャさんは、今度は他の魔法使いさんや弓兵さん達と一緒になって右側に陣取り、合図を待つ。

しばらくの間勇者様とサラさんでドランの気を引き続けたところで、ついに合図の鐘が鳴らされた!


勇者様とサラさんが一気にドランから離れたところで私が魔法を放つ。


「我らを守れ!『炎の堅陣』」


以前も使った魔法で、基本は自分たちの周りに炎の壁を張って敵を身を守る魔法だけれど……

私はその魔法を今度はドランの周りに貼り、視界を遮ったのだ。

突然目の前が炎で見えなくなったドランは焦る。


「くっ! こんなことをしても我は倒せんぞ!」


そしてすかさずアイシャさんが『鷹の眼』『必中の矢』を使いドランの眼に目掛け矢を放った。

炎の壁を突き抜けドランの左目に一直線に飛んでいく矢。

だが、ドランはすんでのところで目を閉じて矢を弾く。


「はっはっは! 惜しかったが……我の方が一つ上だったな!」


ドランが叫ぶが、アイシャさんは笑顔を崩さない。


「あら? それなら私の方は二つ上よ?」


その時、もう大丈夫だろうと開いたドランの左目に、アイシャさんの矢が突き刺さった。

アイシャさんは時間差で上空に向け、曲射でもう1本矢を放っていたのだ。


「があぁぁぁぁぁぁぁ!」


左目を失った激痛で暴れるドランの左足を、絶妙に躱しつつ氷の魔法剣でサラさんが何度も斬りつける。


「傷がつくんだったら何度でも斬ってやるわよ!」


傷は徐々に広がり、ついに足の内部で氷結が始まり、瞬く間に地面にまで氷が広がってドランの脚を縫い付けた。

動けないドランのわき腹めがけて勇者様が剣で大きな傷をつけ、魔法使いさんや弓兵さんが傷めがけて一斉に攻撃を始める。

傷はどんどん広がり、明らかに血が流れ始めたところへ勇者様が雷魔法を叩きこむ。


「さっさと倒れちまえよ! 貫き通せ! 『轟雷』」


傷口からドランの身体の中を通り、勇者様の雷魔法が身体の反対側を突き抜ける。


「やったぜ! これでこのトカゲ野郎も倒れただろう!?」


だがドランは口から大量の血を流しながらも、しぶとく立ち続け私達を攻撃しようと尻尾を振り続ける。


「まだだ……! 魔王様の復活のため……ここで敗れるわけにはいかんのだ……!」


私は思わず駆けだした。

アイシャさんが止めようと私の手を掴もうとしたけど振りほどいた。


――ここで倒す!


走りながら私は心の中で渦巻く炎の嵐をイメージする……


「おい! ティアナやめろ! 近づくな!」


勇者様にも止められたけど私は無視した。

そして尻尾を転がりながら躱し、大穴の開いたわき腹まで一気に近づくと両手を添え、力強く叫ぶ。


「燃え盛れ! 『炎の嵐』」


ドランの身体の内部でありったけの魔力を使い、炎の嵐を発生させると身体の中から嵐が何本も突き破って出てくる。


「GYAAAAAAAAAAAA!」


ドランは断末魔の悲鳴を上げ、身体はバラバラになって倒れ伏した……


その瞬間連合国の兵士さん達からは大歓声が上がる。


私はもう魔力がスッカラカンなのを感じ、その場に座り込んでしまった。


するとアイシャさんが猛烈な勢いで私に飛びついてきた。


「もうバカッ! なんでそんな危ないことするのよ!」


「ごめんなさい……」


私が謝ると、今度はサラさんが抱き着いてきた。


「もう……あなたが突っ込んでいった時は本当に心配したんだから……」


「えへへ……」


勇者様も私の所へ来て、両肩を手で掴んでしきりに頷いてくれた。


「良かった……君が死んでしまったら僕は一生後悔するところだった……本当に良かった。 ……さあ後は魔王だけだ、君は祝福が無いからね、後は僕達だけで行くよ。」


「勇者様……大丈夫でしょうか?」


私が心配すると、勇者は優しく首を振る。


「まだ魔王は復活していない。それなら伝承にある通り、僕達は封印されているという魔王の石像を破壊するだけでいいはずだ、君はよく頑張ってくれた。 ここでゆっくり休んでいてくれ」


そう言って勇者様は私の耳元に顔を近づけそっと囁く。


「それと……この間君に伝えた事……今日の夜、返事を待ってるからね」


そして勇者様はサラさんやアイシャさんと跳ね橋を渡り、城へと入っていった。

その後ろ姿を見やりながら今日の夜の事を考える。


今日の夜……決めなくちゃならないのね……


高揚感と不安が入り混じる中、私は動くことが出来ずその場にずっと座り込んでいた……

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