第二十五話 魔王討伐 上
トガがこの世を去り、ムミョウがフッケに向かってから1か月後――
俺は焦っていた。
半年前、俺たちは20階のボスである黒色の狼野郎へ挑戦を開始した。
だがあの狼野郎は動きが早すぎて、攻撃するどころか動きすら見えず、あっという間に何度もパーティーが壊滅しかけた。
その度に俺らは死にかけ、支援者の貴族どもに傷を治す軟膏や未熟な回復魔法しか使えない魔法使いをかき集めさせてどうにか命を繋ぐという大恥をかく結果ばかり。
やむなく自分で高い金を出して、致命傷すら治すほどの効果で市場に殆ど出回らないゴブリンどもの作ったキュリア草の軟膏も買い集めた。
そうやって大事な金を浪費して何度も挑み続け、ティアナが『炎の壁』を何十枚も貼るという荒技でどうにか動きを封じ、俺とサラで相打ち覚悟の攻撃を仕掛け、2か月前にやっと倒せたとこだ。
だがその時にサラと俺は大怪我をしちまったんで、長い間ベッドに世話になる羽目になったがな。
んで今は傷も治って鍛錬場の制覇を再開し、やっとこさ30階のボスまで到達したんだが……
はぁ……
正直な所あいつに勝てる気がしない。
見た目はちょっと偉そうなワイトキングのくせに剣や弓はともかく魔法すら通用しねえ。
俺の雷魔法やサラの魔法剣でも多少身体がぐらつく程度。
アイシャの弓じゃティアナに火の魔法で強化してもカタカタ笑うだけで全く効いた気がしない。
ティアナの炎の嵐を何度も当てたんだが、ちょっと身体が焦げたくらい。
もうどうやって倒すのか俺らには見当もつかない。
そのくせ向こうは巨大な炎の渦やら嵐、氷の塊をポンポン飛ばしてきやがる!
攻撃をするどころか躱すだけで精一杯、またも俺たちはボロボロになって逃げ帰るしかなかった……
ワインを一気飲みし、ボトルを持って荒々しくグラス注ぎ直す。
最期であるここの鍛錬場に挑戦し始めて1年近くになる……
そろそろ支援者の貴族どもの我慢も限界だった。
俺は注いだワインを飲みながら、横のテーブルに無造作に置かれた書類の束をちらっと横目で見る。
俺たちの武器や防具の修繕費。
怪我の治療にかかった薬の購入費用や魔法使いどもへの賃金。
魔王の軍勢と戦い、負傷や死亡した兵士の統計。
今までの費用は全部連合国持ちだったからな……
俺に送り付けてきた国からの無言の抗議とやらだ。
……いや、実際にここの貴族どもが汚ねえ唾を飛ばしながら何度も俺に抗議してきたっけな?
全員殴り飛ばしてやったがな。
だが、殴り飛ばした貴族が連合国の代表の王様にチクったようで、王様直々に俺らに対して早急に鍛錬場を攻略するか、魔王討伐に向かわなければ支援を打ち切るとかのたまいやがった。
俺らがいなきゃ魔王は倒せないんじゃないのか? と軽く脅してみたが、どうやら俺らが鍛錬場に籠っている間に、魔王四天王とやらが前線で暴れていたらしく、それをどこかの剣士2人が倒しやがったみたいで、勇者が鍛錬場の制覇に手間取るようであれば、その2人の剣士を探して魔王の城を守る四天王の1匹の討伐を任せるつもりだと返してきた。
俺は王様が俺たちをさっさと出立させようと口から出まかせでも言っているのかと思い、サラ達に情報を探らせてみた。
だが生き残った兵士達の話では、その剣士は老人と子供の2人で、子供の方は俺たちが苦戦していた狼野郎の首を一撃ではね、魔王四天王の1人らしいあの黒色の狼野郎とも互角に渡り合っていたようだ。
それ以降は部隊は撤退したため分からなかったそうだが、四天王の黒色の狼野郎やその他の狼野郎の首が飛ばされた死体が大量に残っていたのを、後日戦場に戻った部隊が見つけたそうだ。
さらに、偉そうなワイトキングも四天王の1人だったらしく、城の東側で連合国の奴らを押しとどめていたが、部隊を編成して再度攻撃しようとしたらすでにいなくなっており、周囲にはワイトキングが使役していたグールや骸骨どもの残骸が残されていたらしい。
撤退する部隊が遠くからワイトキングに斬りかかる2人の剣士を見たという話もあるそうだ。
こうなった以上、俺たちには2つの選択肢しか無くなった。
このまま鍛錬場を進んであのワイトキングを倒すか……
鍛錬場の制覇を諦め、王様のいう事を聞いて魔王四天王と魔王を倒しに行くか……
現状神々の祝福を受けれていないのはティアナ1人。
魔王の魔力からの身を守る祝福はどうしても必要だが、このまま勝てない相手に時間を掛けるわけにもいかねえ。
俺はワインを飲み干し、腹を括った。
翌日、寝泊まりしている領主の館の一室で皆を集め、俺は告げた。
「もうこれ以上ここには留まれない。 魔王を倒しに行く」
その言葉に誰も反論する者はいなかった。
皆現状ではもうどうしようもないことは分かっていたし、王様からの支援打ち切りの話も知っている。
暗い雰囲気が辺りを支配するが、そこにティアナの必死な叫びが響き渡る。
「大丈夫です! 祝福が無くても私は戦えます!」
ティアナが立ち上がって俺達を見渡した。
「有難うティアナ。だが僕は君をきっと守ってみせると誓うさ」
俺は励ますように優しく声を掛ける。
くくく、空元気でちょっと震えてるのも可愛いな……
さて、ティアナが納得してくれたならさっさと四天王と魔王を倒して俺の腕の中で慰めてやらねえとな。
いい加減お預け食らうのも飽き飽きだぜ。
「じゃあ、皆早速準備して出発しよう」
俺は立ち上がって皆を促す。
サラやアイシャが部屋を出て行く中、俺はティアナを呼び止める。
「ティアナ、ちょっといいかい?」
「はい」
立ち止まったティアナに俺は近づいて両手を取る。
「ティアナ……君は魔王を倒したら、その後はどうするつもりだい?」
「え……私は……まだ何も考えていません」
「そうか……君さえよければ、僕達と一緒にいてくれても良いんだよ?」
「え……私が……勇者様と……一緒に?」
ちっまだ俺と壁を置いてる感じか……
もっと踏み込んで俺の本気っぷりを見せつけるようにしないとな。
「正直に言おう。僕はね、君に惹かれているんだ」
「私に……そんな……」
「3年前、君はとてもつらい目にあった。 けれど君はそれに屈することなく、僕の賢者になれるかもという言葉を信じてずっと戦い続けてきてくれた。僕はそんな強い君に惹かれたんだ」
「けれど勇者様には……サラさんとアイシャさんが」
「ああ、僕はあの2人を愛してる。けれどね君のことはそれ以上に愛したいと思っているんだ。サラやアイシャは君の事を妹のように思ってるし、君となら仲良く暮らせると思う」
勇者が爽やかな笑顔を見せると、ティアナはカーっと赤くなり顔を背ける。
くっくっく、満更でもなさそうだ。 これはあともう一押しってところか?
……いや、ここで焦ってもしょうがない、もう少し時間を与えてみるか。
「答えは今すぐじゃなくてもいい。 僕達には魔王を倒すという使命があるからね」
「そうですね……魔王を倒してから……ですね……」
「けれど僕は本気だよ? 君に祝福を与えられなかったのは僕の実力不足かもしれない。でも僕は絶対君を守ってみせる。誰よりも先に君を守ってみせるよ。 そして魔王を倒したら……君の答えが聞きたいんだ。その日の夜に僕の部屋に来てくれないか?」
ティアナは返事を返す事無く、そのまま足早に走っていったが、手ごたえは感じたから先を楽しみにしつつ、俺も出発の準備をすることにした。
▽
昨日は、あまり眠れなかった。
勇者様からの愛の告白。
嬉しいと言えば嬉しい……けれどどうしても迷ってしまう。
私は決して消えない傷のついた女性、サラさんやアイシャさんは優しくしてくれるけど……私では勇者様に似合わない……
そして、どこか心の奥底で引っ掛かりを感じてしまうのも確か。
何かはわからない、けれど消えないわだかまりは勇者様の一行に加わってからもずっと残っていた。
魔王を倒せば……このわだかまりは消えるのだろうか?
世界が平和になれば……この気持ちは楽になれるのだろうか?
心の迷いを抱えたまま……私たちは魔王の城の目前までやって来た。
そしてその先には……大きなドラゴンが私達の前に立ちはだかっていた。
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