第二十四話 トガの答え

 扉が勢いよく開いたかと思うと、駆け込んできたのはトゥルクさんだった。

 急いでいたようで少し息が荒い。

 左肩には弓と矢筒を担いでいた。


「一体どうしたんです!?」


 ただならぬ気配に僕は立ち上がりトゥルクさんに駆け寄った。


「コノ村ノ西側ニ、オークノ集団ガ迫ッテイルト見張リカラ連絡ガアッタ! 今、女子供ハ避難サセ、男達デ食イ止ニイク。 ムミョウハトガヲ守ッテヤッテクレ!」


 オークだって!?

 ここに来るようになってから全然見かけた事なんて無かったのに……!


「じゃあ! 僕がそのオーク達を……」


 急いで剣を握って外に出ようとしたけど、トゥルクさんが慌てて止めようと前に出てきた。


「確カニムミョウナラバ全員倒セルダロウガ、モシカスルト他ニモオークガイテ、コノ村ヲ襲ッテクルカモシレンノダ。 スマナイガムミョウニハコノ村トトガヲ守ッテホシイ」


 それでも……! と言いかけたけど、ベッドで眠っている師匠を見て思い直した。

 今迫っているオークの数もわからない以上、僕がオークを倒している間に村に他のオークに取り付かれてしまっては師匠やトゥーテさん、トーラちゃんが襲われるかもしれない……


「トゥルクさん……すみませんがお願いし――」


「……わしが……行く」


 弱弱しい声に思わず振り向くと、師匠がベッドから起き出していた。


「何してるんですか師匠!」


 慌てて僕が近づいてベッドに戻そうとするが、師匠は僕を睨みつけ、息の音を止めんとするような強烈な殺気を飛ばしてきた。

 思わず僕は後ろにのけぞってしまう。


「ムミョウよ」


 今まで死の病で苦しんでいた人間とは思えないほど力強く、けれど優しい声で僕を呼ぶ。


「はっはい! 師匠!」


 師匠の気で呆然としていた僕は少し遅れて反応してしまう。

 その瞬間、僕に背中に冷たいものが流れた……


 嫌だ……


 その先の言葉を聞きたくない。

 聞いてしまったらすべてが終わってしまう気がした。


「わしからお前への最後の教え、そしていつぞやのわしの師匠の問いへの答えを見せてやる」


「師匠……」


 眼から涙があふれる。

 頭では拒否しようとしても、心では分かっている結末。


 分かってるよ……分かっているさ!

 もうその時が来たんだって……


 師匠はベッドから完全に起き、刀を持って外へ出る。

 トゥルクさんは声を掛けることが出来ず、ただずっと師匠を見つめていた。


 僕も師匠の後を追い、すれ違う時にトゥルクさんに一言だけ伝えた。


「行ってきます」


 すれ違って後ろを振り返ると、トゥルクさんの身体が震えていた。

 顔は見えなかったけど……多分泣いていたんだと思う。


 ---------------------------------------------------------------------------------


 オークの目撃された場所までは僕が師匠を支えながら歩いて行った。

 時折転びそうになるのを両手で支えながらだけど、どうにか近くまで来ると、オークの叫び声が聞こえてきた。


 遠くを見れば、まるで鳥のように木から木を渡り、その合間にオークへ向けて正確に矢を当てるゴブリンの大人達がいた。

 既にオークが数体倒れているし、他のオークも何本もの矢が身体中に突き刺さっている。

 けれど、未だオークの大多数は健在で、ゴブリン達の乗っている木を、力任せに持っている丸太などでへし折っていく。

 どんどん形勢はゴブリン達に不利になりつつあるようだ。


 師匠は僕の手から離れ1人で立っている。

 いつの間にかトゥルクさんも僕のそばに来ており、指笛を鳴らして戦っていたゴブリン達を呼び戻していた。


「よいなムミョウ、トゥルクよ。 これより先は手出し無用じゃ」


 そう言うと師匠はおぼつかない足取りでオーク達の元へ歩いていく。

 オークの方はゴブリン達が一斉に引いたので、混乱していたようだが、自分たちの元へ歩いていく師匠を見つけると一斉に襲い掛かっていった……


 ▽


 オークどもの動きは分かっていても、身体が動かん……

 やれやれ、病というものは残酷じゃなあ。

 何十年も掛けて鍛え上げたわしの力も技も何もかも奪っていきおった……


 1匹のオークが、わし目掛けて丸太を振り下ろしてくるのを躱そうと左へずれるが、足がついていかぬ。

 転びそうになるのをどうにかこらえつつなんとか躱したが、その風圧で吹き飛ばされた。


 急いで起き上がろうと地面に手をつくが、思うように力が入らぬ……


 頭上に丸太が振り下ろされてきたのを、地面を転がりながら回避してそのまま起き上がる。

 息も上がってきて身体も泥だらけ。

 若い時のわしが見れば大笑いするじゃろうなあ……


 その後もオークの攻撃を何度も躱すが、もはや身体は限界じゃ……

 ムミョウにかっこつけた癖に情けないのう。


 ――お主にとって――とはなんだ?


 なぜか不意にわしの昔の光景が頭の中に流れ込んできた。

 ああ、これはわしが師匠のイットウに本格的に剣の稽古をつけてもらい始めた時じゃったかな……?

 木刀を削ってもらって喜び勇んで素振りを始めた時じゃったな……


 ――「トガよ、お前は何人も罪のない人を殺めてきた。 だからこそこれからはお前は人を殺す剣ではなく、人を救う剣を鍛えるのだ」――


 ――「人を救う剣?」――


 ――「そうだ、剣は人を殺す。 これは覆しようのない事実であり、真理だ。 人をより効率的に殺すために剣を習うのだからな? だが、そう言って人を殺すことに慣れれば、いずれ自分の心も死ぬ。 だからな、殺すのは悪人のみにせよ。 そしてそれによって救われる人がいるという事を心に留めておくのだ」――


 ――「よく分かんねえけど……要は自分の剣が役に立ってるってことを考えてりゃいいのか?」――


 ――「極論ではあるが……まぁそんなとこだ。 そしてトガよ、もしお前にも弟子が出来た時は必ずそのことを伝えるのじゃぞ?」――


 ――「面倒くせぇ……」――


 師匠はそんなわしの言葉で苦笑いしていたな……ふっ



 過去を思い出し、心が軽くなった気がした。



 そしてわしは……


 大きく息を吸い、そして吐き出し。


 刀を鞘に納め、居合の形を取る。



 オークどもは首をかしげたが、すぐに気を取り直してわしを潰そうと丸太を振り上げた。



 懐かしい声が聞こえる。


 ――「トガよ。お主にとって生とはなんぞや?」――


 殺してやると思った声


 決まっておろう……強い奴じゃ!


 ――「お主にとって死とはなんぞや?」――


 超えてみせると誓った声


 そんなもの……弱い者じゃ!


 ――「お主の答え、しかと聞いた」――


 暖かくて嬉しかった声



 今まさに、わしは師匠を超えた。


 ――持てる最後の力を振り絞って、刀を抜いて振り切った――


 ▽


 それはとても美しかった。

 一切の淀みもなく抜かれた刀が綺麗な線を描いて振り切られた。


 雪が降りしきる中で見たその光景は、まるでフッケのギルドで見た絵画のようだった。

 その瞬間師匠を潰そうと丸太を振りかぶっていたオーク達は動きを止める。

 それだけではない。 離れていたオーク達も全員動きを止めた。


 そして……オーク達全ての首が徐々に身体からズレ始め、雪の中で数十体のオークの首から血の花が咲いた。

 オークの首のない身体が一斉に倒れ始め、地響きとなって周囲に響き渡る。


 師匠の身体がその後を追うように倒れた。

 僕は急いで師匠に駆けつけて抱き起す。


 既に息は無かった。

 とても安らかな笑顔だった。

 僕は……涙を止めることが出来ず、何十分も泣き続けた――



 -----------------------------------------------------------------------------------


 雪は解け、既に村の周囲では花も咲き始めた頃。


「行クノカ? ムミョウ」


 トゥルクさんが名残惜しそうに尋ねてくる。


「ええ、僕も弟子を探そうと思います」


 師匠がそうしていたように僕も受け継いだものを誰かに託していきたい。

 そのためにはまずフッケでしばらく住んでみようと思った。

 旅をするのもいいけど、やっぱり人の多い所で探してみるのが効率的だしね。


 荷物をまとめた僕は村を出ようとする。後ろではトゥルクさんやトゥーテさんやトーラちゃん、その他大勢のゴブリンさん達が見送りに来てくれた。


「イツデモ戻ッテキテイイカラネ!」

「ムミョウノ話ヲ楽シミニ待ッテルゾ!」


 皆大きく手を振って送り出してくれた。

 僕も手を振り返して門へ向かう。


 門のすぐ近くに、ちょっと大きめの石に『最愛の友トガ』と彫られた墓がある。


「行ってきます。 師匠」


 小さく師匠に別れの挨拶をして僕は外へ出る。

 師匠が寂しくならないように、墓には僕の使っていた剣と、捨てるに捨てれなかった革鎧を置いてきた。

 代わりに師匠達が受け継いできた刀を持っていくことにした。


「さあ! 行こう!」


 僕はフッケへと歩き出した。

 師匠から受け継いだものを託せる人を探しに……

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