第三章 交わる道の先
第二十八話 新たな生活
勇者一行が魔王を倒す1か月前――
フッケに到着した僕はまず冒険者ギルドに向かうことにした。
村を出る際にもらった軟膏の換金と、師匠が亡くなった事、トゥルクさんの軟膏は僕が変わらず持ってくることを伝えるためだ。
久しぶりのギルドは相変わらず大きかったが、以前と比べて明らかに冒険者と思われる人の数が減っていた。
受付も前はどこも行列が出来ていたのに、今じゃ1・2列で少し並んでいる程度。
受付の係員さん達も暇そうに鉛筆で机を叩いていたり、大きなあくびをしている。
さて、ジョージさんに会いたいけどどの人にお願いしようかな……?
受付の人を見回すと、列の並んでいる所が前にも会った赤毛の係員さんだったので、暇そうな係員さんには悪いけど僕も列に並ぶことにした。
暫く待つと自分の番になったので前に進む。
赤毛の係員さんは、さっきの冒険者が提出した書類を精査しているようで、下を向いたまま。
暫く待っても一向に上を向く気配がないので仕方なく話しかけることにした。
「あのー……すみませんー?」
うーん。 聞こえてないっぽい?
「あのー!」
あっ。 やっとこっちを向いてくれた。
「きゃっ! あ……すみません!」
ちょっと声が大きかったようで驚かせてしまったようだ。
係員さんが大きく目を見開いてこっちを見ると、やっと気づいたようであっという声とともに顔を真っ赤にして慌てて立ち上がる。
「すっすみません! マスターを呼んでまいります!」
そして慌てて後ろの部屋に入っていく。
しばらくすると赤毛の係員さんが出てきて僕を部屋へと案内してくれた。
部屋の中ではギルドマスターのジョージさんが待っていて、僕に椅子に座るよう勧めてきた。
それに従って手近な椅子に座ると、ジョージさんと赤毛の係員さんは僕の前に座る。
「今回も軟膏を持ってきていただいたのでしょうか? それと去年ご一緒だったトガさんは……?」
ジョージさんが心配そうに尋ねて来たので、僕は話すつもりだった事情を語った。
「そうでしたか……とても良いご老人だったので、私としてもとても残念です。 それと軟膏の件は了解しました。 これからもよろしくお願いします」
ジョージさんと赤毛の係員さんが深々とお辞儀をしていただいたので、僕も一緒になってお辞儀を返す。
形だけでも……師匠の事を良く言ってくれるのは嬉しいな。
「それで……また北の方へ旅立たれますか?」
ジョージさんが今後の予定について聞いてきたので、ちょうどいいと思い、僕は少しお願いをしてみることにした。
「それなんですが……師匠が亡くなった以上、もう北へ行こうという気が起きません。今後は師匠からの教えを受け継げる様な弟子を探したいのです。 ですがやみくもに旅をするよりはこのフッケでしばらく住んでここで探してみようと思っています。 もし僕が住めそうな良い家などがあれば教えていただきたいのですが……」
「それは構いませんが……あなた方が助けた郊外の集落の所ではお住みにならないのですか?」
確かにベイルさんの所なら喜んで歓迎してくれるだろうし、レイやミュール達にも会いたい……けれど……
「それは考えましたが、あの方々に頼るのも申し訳なくて……それに今後の生活もなるべく自分で稼いでいきたいと思ってるんです。」
僕の言葉にジョージさんが頷く。
「そうですか……お世話になっているものとしてはぜひ協力させていただきたいところです。一度街の土木ギルドや商人など伝手を頼って聞いてみますのでしばらくお待ちいただけますか?」
「はい、よろしくお願いします」
冒険者ギルドの伝手なら良さそうな場所が見つかりそうだ……
そう思っているとジョージさんからも提案が飛んできた。
「一つ提案なんですが……ムミョウさんは、冒険者になる気はありませんか?」
「え?」
「あなたからはただならぬ強さを感じます。 私はこれでも元黄金級の冒険者だったのでそういう気配は感じるのですよ。 それにあなた自身もさっき自分の力で稼ぎたいとおっしゃっていましたし、そういう意味でも冒険者になっていただくのもどうでしょうか?」
冒険者か……
ムミョウに生まれ変わってからはトゥルクさんの村と連合国への修行の往復で、こういう街での生活なんて皆無だった。
フォスターでは冒険者という名の便利屋だったけど、ここフッケは街も大きく神々の鍛錬場もあるから冒険者らしい仕事もあるはず。
僕の腕慣らしを考えるなら、森のファングウルフやオークを追いかけまわすより神々の鍛錬場に潜った方が効率はいいだろうなあ、それに腕っぷしの強い人も多いだろうし、そこで弟子探しするのも都合がいいかもしれない。
「他に稼ぐ手段があるのなら無理にとは言いませんが……もしなっていただけるのなら我々としてもなにかしらの優遇をさせていただきたいと思ってます」
ジョージさんは結構な圧力で僕に冒険者になるよう勧めてくる。
ただ暫く考えたけど、冒険者になる以外にお金を稼ぐ手段も思い浮かばないので、僕はその提案を受けることにした。
「分かりました。 冒険者になろうと思います」
僕がそう言うと、ジョージさんや赤毛の係員さんがものすごくホッとした表情になったのはなんでだろう……?
「では明日の朝ここに来てもらえますか? 冒険者になるための簡単な試験を行いますので」
え!? 試験があるの!?
全然考えていなかった……
フォスターでなんか、バッシュさんのようこそフォスターの冒険者ギルドへ! の一言で冒険者になれたんだけど!?
「すみません……試験って何をするんですか?」
正直何か書いたりするものだと僕は全然自信がない。
トゥルクさん達に教えてもらって、ようやく自分の名前や数字、簡単な文が書けるようになった程度で、手紙を書くのもまだまだ難しいのに……
僕が不安な表情を見せるとジョージさんが察したようで慌てて訂正してきた。
「あー! 大丈夫ですよ。 記述式の試験はありません。 あくまで実力の試験で適当な人と立ち合いをしてもらい、その力をみるだけですので。 フッケは大きい街ですし、実力もないのに冒険者になりたい!という人が大勢います。 そういった方をふるいにかける上でも試験を行っているのですよ」
「なるほど……」
「では明日の朝ギルドまでお願いします。 その際は……ああ、まだお名前を紹介していませんでしたね。この係員ジョナに行っていただければ私まで取り次いでくれるはずです。」
ジョージさんがそういうと隣に座っていた赤毛の係員さん――ジョナさんは深く頭を下げた。
「今後ともよろしくお願いします。 ジョナです」
お辞儀をした際に赤毛の髪がサラっと動いて、綺麗だなあとちょっと思ってしまった。
「では遅くなってしまいましたが、これを」
僕が軟膏の入った布袋をテーブルの上に置く。
今回は7本。
トゥルクさんがフッケで生活する際にって多めに持たせてくれたんだ。
「なんと、7本も……本当に有難うございます。 今は連合国での魔王との闘いも激しくなっており、軟膏を買い求める貴族たちが殺到しています。 去年持ってきていただいた軟膏もあっという間に全部買われてしまいましたよ」
袋の中を拝見した後、僕を見てジョージさんが呟く。
トゥルクさんも、僕に使ってもらえなくても軟膏が役に立っているならそれに越したことはないって言ってたし本望だろうな。
金貨70枚を確認し、袋に入れる
全ての用事を終えた僕が立ち上がると、ジョージさんも立ち上がって手を差し出してきたのでお互い握手をした。
「今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ、冒険者になれるよう明日は頑張ります」
そして僕はギルドを出て、以前泊ったことのある宿を取り、部屋に入ると一目散にベッドに身を投げ出した。
冒険者かあ……
師匠と出会う前の自分を思い出す。
ティアナと一緒に薬草を探し回ったり、手が震えながらもトドメを刺した初めてのファングウルフ。
バッシュさんや街の人達にはいつも助けてもらってばかりだった。
いつも僕の横にはティアナがいてくれた。
あの時までは……
「今の僕だったら……ティアナを助けられただろうか……?」
今の自分で過去に戻りたい、戻ってあの日をやり直したいと心から願う。
でもそれはあくまで願い。
叶うはずもない願い。
――お主の剣は誰かを殺すのではなく、誰かを守る為に使ってほしい――
師匠の言葉を思い出す。
もし、誰かを守らなくてはならない時が来たのなら、僕は矢の如く飛び出していくだろう。
そしてそれによって誰かを殺さなきゃいけないのなら――迷わず斬る。
僕はそう心に改めて誓ったのだった。
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