第十四話 人とモンスターの違い

 場所が変わっても、習慣は変わらない。

 陽が昇り始める頃に、トガとムミョウは宿の前でいつものように型を10巡と木刀で素振り。

 さすがにまだ人は歩いておらず、静かな石畳の道路で黙々と鍛錬を行う。


 陽が完全に登りきると今度は2人木刀を構えて立ち合いを始める。

 剣筋を確かめるために動作はゆっくりだ。


 トガとムミョウの、息が合った攻守の入れ替わる立ち合い。


 その頃になるとポツポツと人が道路を行き交い始め、中には足を止めて立ち合いを興味深そうに眺める人もいた。


 2人はその視線を気にすることなく立ち合いを続けていたが、鍛錬を一通り終えたところでふと辺りを見回すと大勢の人達に囲まれていた。


「あんたらすげえな! 仕事行く途中だったけどつい見入っちまったぜ! 」

「名のある剣豪かい? あんな綺麗な剣舞は見たことなかったよ」

「ぜひうちの店の前でもやってくれんか!? 」


 大勢の人々が、勝手に賞賛や勧誘などしてくる中、その場を静かに離れるガラの悪い男達数人を、トガやムミョウは見逃さない。


 どうにか人の塊から抜け出した2人は、急いで宿屋に戻り、汗を布で拭いて着替えを済ませる。

 その後、道路にまだ人がいないかどうか宿屋の前を部屋からこっそり覗き、誰もいないことを確認すると早足で東の城門へと向かう。


「そんなに珍しかったんですかねえ? 」


「まぁ、朝っぱらからやってりゃ嫌でも目に付くわな」


 そんなことを言い合いながら城門へと着いた2人は、昨日フッケに入った際にもらった入場許可証を門の衛兵に渡し、外へと出た。


 目指すはブロッケン連合国。


 しばらくは街道を進むことにし、2人は並んで歩きだす。


 そしてフッケの城門が見えなくなり、周囲に誰もいないことを気にしながら、ムミョウが顔を動かさず小声でトガに話しかける。


「師匠、およそ10人ほどかと」


「昨日の冒険者ギルドにいたやつか……」


「恐らくは。でなければ僕たちを狙う理由なんてありませんしね」


 気づかれぬよう少しだけ後ろを覗くと、さきほどの立ち合いの場所から離れた男達などが、数人に分かれトガ達の後ろを離れないようについてきている。かすかに木の葉の擦れる音が街道の外の森から聞こえるので、自分たちを囲もうと半円状に広がっているようだ。


 はぁ……昨日は大人しく別室に行けばよかったのかな?

 まぁ僕達の足なら走れば逃げ切れるし、森の中に逃げ込めばそう大勢では追いかけられないだろう。


「師匠、さっさと逃げま…」


「ムミョウよ」


 今まで聞いたことのないような冷たい声でトガが言葉を遮る。

 顔を見れば眉間にしわが寄り、険しい表情をしていた


「はい」


「逃げることは許さぬ。全員斬って捨てよ」


 反論を許さぬような、威圧する声でムミョウに告げる。


「え? 」


「二度は言わぬぞ。全員斬って捨てよ」


「しかし師匠、わざわざ殺すまでの連中では……」


「くどい。言ったはずじゃ、全員殺せ」


 それ以上トガは言葉を発しない。


 全員殺せって……僕が……人間を?

 師匠はいったい……なぜ?


 突然告げられた人殺しの指示にムミョウの手が震える。

 今まで倒してきたのはどこにでもいるファングウルフや吸血コウモリ程度。

 人など傷つけたこともなく、生まれて初めて人を殴ったのはあの勇者くらいだ。


 どうすればいいか分からずそのまま歩き続けていたが、突然足が宙に浮き、視線が空に変わる。

 背中と頭に痛みを感じたが、すぐに起き上がる。

 その後、師匠に足を掛けられて転ばされたと気付いたが、既に周囲には男達が剣を構えてニヤけた顔でムミョウを取り囲んでいた。


「可愛そうになあ! おじいちゃんに囮にされちまうなんてよぉ! 」

「金持ってるのはじじいの方じゃないのか? 」

「いや、じじいは荷物を持ってないだろ? こいつの背負ってる袋の中に決まってるぜ」

「まぁいいさ、持ってないならさっさとこいつぶっ殺してさっきのじじいを追いかけようぜ? 」


 男達は完全にムミョウを舐め切っている。

 確かにいつものムミョウならさっさと全員の頭に一撃当てて昏倒させていただろう。


 だが、ムミョウの頭の中ではトガの言葉が繰り返し流れ続ける。


 逃げることは許さぬ

 全員斬って捨てよ

 全員殺せ

 殺せ! 殺せ! 殺せ!


 どうにか剣を抜いて男達に応戦しようとするが、いつものムミョウとは程遠く、身体は震え足もおぼつかない。


 それを見た男達の1人が剣を振り上げて襲い掛かってきた。

 ひどくゆっくりに見える動き、頭を狙っていると気を感じずとも分かるその動作にすら、手も、足も、頭も動かない。


 剣が頭に到達する寸前、どうにか身体を捻って躱すものの、無理な姿勢であったため、たたらを踏んでしまい、男達の囲みの側まで近づいてしまう。


 その瞬間、背中に衝撃が走る。

 ムミョウが近づいてしまった囲みの男から蹴りを入れられ、もう一度中心へと押し出された。

 剣を持った男が今度は横払いでムミョウの胴体を狙う。

 これもどうにか胸を反らして躱すが、重心が後ろへ行き、尻もちをつく。


 もはやムミョウは波に弄ばれる小舟のようであった。

 剣をギリギリで躱しても、囲みに近づけば蹴られて中心に戻され、また剣で狙われる。

 男達の笑い声がムミョウの心を苛む。


 勇者に殴られ、蹴られ、そして館でティアナを奪われたあの時。

 あの日々から……結局何も変わっていないと自分に絶望し、ムミョウはその生を諦めようとしていた。


 もういいや……結局僕は何もできなかった。

 こんな僕なんてさっさと死んだ方がいい。


 何度目かの蹴りで中心に戻されたムミョウは、うつ伏せのままで立とうともしない。


「なんだよぉ、もう終わりかよ」

「結構よけやがるから楽しめると思ったのによぉ」

「もういいや、さっさと殺して金貨持っていこうぜ」


 ムミョウを弄んでいた男が剣を下に向け、頭上へと掲げる。


「あばよ。もうお前の顔なんて見たくねえから、さっさと死んじまえ」


 館での夜、勇者に言われた言葉と重なる。

 その瞬間ムミョウの中の何かが切れた。


「おぉぉお前がぁあぁぁあぁぁぁ!!! 」


 ムミョウは起き上がって剣を前に突き出し、目の前の男へぶつかっていく。

 男の動きは止まり、剣が地面に落ちる。

 ムミョウの首筋に生暖かい液体がかかり、目の前の剣からは血しぶきが溢れムミョウの顔を真っ赤に染め上げていく。


「て……めぇ……」


 男が口から血を流して倒れこむ。


 囲んでいた男達はそれを見て一瞬驚いたものの、すぐに剣を抜いてムミョウを睨みつける。


「てめぇ! よくもやりやがったな! ぶっ殺す! 」


 男達が口々に罵るが、ムミョウの耳には届いていない。

 1人が剣を振り上げて斬りかかるが、ムミョウは一足飛びに男の胴体へ潜り込むと、真一文字に胴体を真っ二つにする。


 その光景に誰もが委縮し、その場から逃げようと一歩また一歩と下がっていく。

 不意に最後尾にいた男の首が飛ぶ。


「阿呆が……そのような風になれとは言っておらんぞ……」


 トガは、刀に血が付かないほどの振りで他の男達の首を飛ばしていく。

 残った男達も、ムミョウと剣を交えることも出来ずに殺されていった。


 生きている人間がトガとムミョウだけになった時、ムミョウは辺り一面の血の海を見て剣を取り落とす。


「ぁぁぁぁぁぁぁぁ―――!!! 」


 全身血まみれのムミョウがその場で膝を落とし、両手で頭を抱える。

 トガはムミョウに近づいて膝を曲げ、血で自分の着流しが濡れるのも構わずにムミョウを抱きしめる。


「すまんのう。わしもやりすぎたと思っている」

「だがのう、剣を志し、剣に生きる者ならいずれはこういう道をたどらねばならん」

「お主は素直で優しい。それは美点じゃ。だがな、その美点はまさに命の危機に瀕した際には足かせとなる」


「今お前が殺した男達と、これから戦いに行くモンスターどもは何が違う? 」

「どちらも人を襲い、人を食い物にし、人の幸せを奪う」

「こ奴らを生かしたところで同じことをするじゃろう。お主やお主の幼馴染のような者を生み出すのじゃ」

「お主の剣は誰かを殺すのではなく、誰かを守る為に使ってほしい」

「わしの勝手な願いじゃ。殺しには慣れるな。いつまでもこの日の事を覚えておくがよい」


 静かに語りかけるトガの眼は穏やかだ。

 ムミョウはそれを黙って聞いていたが、自分の感情を抑えられなくなり、大声で泣き始める。

 まるで生まれたての赤子のように泣き続けていた。



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 暫くの後、近くにあった湧き水で血の付いた剣や服を洗い、替えの服に着替えた。


「師匠あの男達はどうしますか……? 」


「放っておけばウルフが食ってくれるじゃろう……まぁその前にこの道を通った誰かがフッケに通報するかもしれんがな」


「もう街道を歩くのは無理そうですね」


「そうじゃな。予定通り森を突っ切るか」


 2人は頷く。


「師匠」


「なんじゃ? 」


「取り乱して……すみませんでした」


「そんなことか、気にするでない」


「僕は……この日を忘れません。自分で初めて人の命を殺めた日の事を」


「そうじゃな。お前の剣が人殺しではなく人を守ることに使われるよう、わしはこれからもお前を鍛えていく」


「よろしくお願いします! 」


 ムミョウは心に誓う。

 自分の剣は誰かのために使うのだと。

 誰かを守る為に使うのだと、固く心に誓った。

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