第十三話 出発と寄り道

季節は過ぎ、雪も解けて地面から草木も顔を出し始める。


スゥ……ハァ……


まだ寒さの残る朝の森の中で、ムミョウは眼を閉じ、静かに両手で剣を構える。


その後ろから音もなく忍び寄る影。


影は腰に差した刀の鍔を左手親指でゆっくりと押す。

すでにムミョウとの間合いは、刃の届く距離。

広げられた刀と鞘の隙間から、木漏れ日でキラリと光る刃文の一部が見える。

だがそれはすぐに露わとなり、ムミョウを一刀両断にせんと横一閃に抜き放たれた。


刃がムミョウに届こうかという刹那、ムミョウの眼がカッと開き、俊敏に後ろを向きながら右ひじを上げ、剣を下向きに構えて斬撃をギリギリで受ける。

ぶつかり合った剣と刀からは、キンという高音と激しい火花が飛び散った。


影とムミョウはお互い後ろに飛び距離を取る。


暫くの間、2人は微動だにせず対峙していたが、目の前を木の葉が舞い落ちたところでお互い大きく息を吐く。


「さすがよムミョウ。よもやそこまで強くなるとは思っていなかったわい」


「はぁ……心臓に悪いですよ師匠」


影――トガはにんまりと満面の笑みだ。


「気の発し方は教えたが、お主の才は発するより感じる方であったか」


「気を感じる……? 」


「そうじゃ、人やモンスターはのう、大なり小なり何かしらの気を発しとる」


「以前わしがお前にぶつけたはっきり見えるような気なんてのはそうそうないがな」

「お主とて敵と対峙した時には、どこを攻めるかとかどうやって攻撃しようかとかあれこれ考えるじゃろ? 」

「敵とて同じ、そういう思考が気となって飛んでおる」


「お主はそれを感知して人よりも早く攻めや守りに転じれる。論より証拠でさっきのわしの居合も、抜いた瞬間に出した殺気をお前はきっちり感じ取って防御しおったではないか」


そうだったのか……

確かに、何かが後ろから迫って来る感じがして体が勝手に動いた様な気がしたけど、意識せずにそういう気を感じ取っていたからなのかな?


「あとはその気の感じ方をしっかりと体に覚えさせて、意識して相手の思考を読み取れるようになれば、わしの刀であっても容易にかわせるはずじゃ」


「と! いうことでじゃ」


師匠がしきりに頷きながら話してる……

あ~……これは……


「鍛錬の続きじゃ! 」


やっぱりか~!

絶対に師匠、剣を受けられたのが悔しかったんだろうな……


ということで半分(いや7割? )の私怨をはらみつつ、トガの厳しい鍛錬は続くのであった……


夜になり、トゥルクの家に戻った2人は夕食を頂きつつ、いよいよ計画を実行に移すことをトゥルク達に打ち明ける。


「雪も解けたし、お主たちのおかげで十分な食料も集まった」


「そろそろ魔王のいるブロッケン連合国へと向かおうと思うんじゃ」


「ソウカ……シバラク会エナクナルノガ寂シイナ、2人トモ必ズ帰ッテ来イヨ」


「なーに!ムミョウとわしがいれば魔王なんて余裕じゃわい! 」


トガがドンと胸を叩く。

師匠……魔王までは行かないって言ってたでしょ……はぁ


先行きの不安を感じながらも、ムミョウは逸る気持ちが抑えられない。


師匠との鍛錬の成果……どこまでなのだろう?


身体の奥底が熱くなってくるのを感じながら居ても立ってもいられず、皆が眠ってしまっても1人ムミョウは1階の居間で、剣の手入れや荷物の確認を何度も行ってしまう。


「おい、ムミョウ明日は早く出るんじゃからさっさと寝るんじゃ」


「そうは言っても……楽しみでどうにも寝付けないのです」


眼をキラキラ輝かせるムミョウを見て、トガはため息をつくが、おもむろに椅子に座ると語り出す。


「なぁムミョウよ。今から問いを2つお前に投げる」


「え?」


いつになく真剣な表情のトガに、ムミョウは拭いていた剣を鞘に納めて机に立て掛ける。


「これはな、わしの師匠のイットウからの問いでもある」


「師匠の……イットウ様から? 」


「ああ、弟子になったわしに、お前にも弟子が出来たなら必ずこの問いを投げかけろと言われたんじゃ」


左手の指で数字を示す。


「まず1つ」


「生とはなんぞや? 」


「2つ」


「死とはなんぞや? 」


「……? よく……分からないです……」


突拍子もない問いかけにムミョウもさすがに困り果てる。


「今は分からずとも良い。いずれ……お前にもその答えが出る日が来る」


「師匠は……なんと答えたんですか? 」


トガはしばらく黙り込むが、やがて重い口を開く。


「生とは……強き者」


「死とは……弱き者とな」


「だが、師匠にはそれでは半分だと叱られてしまったわい」


「……」


「この年になってもいまだに残りの半分が分からん。師匠も難儀な問いかけをしたものじゃて……」


「でも師匠、なぜ今になってそんな話を? 」


「お主が考え違いをしておるのでな、それを戒めようと思った」


「え……? 」


「わしらは明日にはブロッケン連合国に向かう。だがそれは遊びに行くのではない」

「死ぬかもしれない旅路じゃ。言い換えればわしらは死にに行くんじゃ」

「どんなに剣を鍛えても、どんなに準備をしても、人は死ぬときは死ぬ。わしじゃってそこらのファングウルフに食い殺される未来もあり得よう」

「だからこそ、お主には甘い考えでいてほしくない」

「わしの師匠もおそらくそんな意図を持って問いかけたんじゃろう」


「師匠……」


「さて、長話も過ぎた。ムミョウも早く寝るとよい」


「……はい」


そうだった……僕は浮かれていた、強くなったことに。

師匠の静かで、それでいて厳しい言葉を胸に刻み、ムミョウはトガの隣のベッドへと潜り込む。

さっきはあれだけ寝付けなかったはずなのに、毛布をかぶったムミョウはすぐに眠りへと落ちていった。


翌朝は村のゴブリン達が総出で出発を祝ってくれた。


「マタ帰ッテキテクレヨ! トガサン! 」


「帰ッテキタラ旨イ酒用意シテ待ッテルカラナ! 」


「トガオジイチャン! ムミョウオ兄チャン! 私達マタ遊ンデクレルノ待ッテルカラネ! 」


「じゃあ皆さん行ってきます! 」


ムミョウが手を振ると皆精一杯振り返してくれた。


2人がいざ村を出ようとするとトゥルクが呼び止める。


「トガ、コレヲ持ッテイケ」


そう言ってトゥルクは布袋に入れられた大きめの瓶に詰められたキュリア草の軟膏が5本入っていた。


「おい、トゥルク。軟膏などはすでにもらっているやつがあるじゃろ? こんなにもらっても使い切れんぞ? 」


「違ウ、食料ナドハ十分ダロウガ、先立ツモノモ必要デアロウ? 」

「ソレヲコノ先ノ『フッケ』デ冒険者ギルドニ売ルトイイ、私達ノ薬ハ効能ガ高イトイウコトデ良イ値デ売レルノダゾ? 」


軟膏の入った袋をじっと見た後、トガが苦笑いをする。


「すまんのう……トゥルクには世話になりっぱなしじゃ」


「ナンノ……トガカラ受ケタ恩ニ比ベレバコレ位ハシナケレバナ……」


今度こそトガとムミョウは旅立つ。ゴブリン達の声援を受けて……



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ゴブリン村からフッケまではおよそ2週間ほどのはずであった。

最初の予定ではフッケには寄らず、森の中を歩き続けようとしたが、トゥルクの有り難い支援により、一度森を出て街道を歩くことになった。


やはり森と違って街道とは歩きやすさが段違いである。思いのほか進みも早かったため、3日ほど早くフッケに到着した。


「はぁ……久しぶりの人里です」


「わしら以外の人間はおらんかったからな。はっはっは! 」


「どうしますか? 師匠。トゥルクさんのいう通り冒険者ギルドに軟膏を売った後は、そのままブロッケン連合国に向かいますか? 」


「いや、久しぶりの街じゃし、宿にでも泊まって湯浴みでもしたいとこじゃ、服も洗いたいとこだしの」


「人の作った食事も久しく食べてませんからね。ゴブリン村の食事は美味しかったですけど……」


「よし、ではギルドに売りに行ったらさっさと宿を決めるとしようか」


方針が決まったら善は急げ。フッケの街の南側にある冒険者ギルドへと向かう。

ギルドはフォスターのように酒場と併設はしておらず、木造ではなく石組の荘厳とした建物で大きさは倍以上ある。

受付と素材交換所は別に分けられ、受付には男女の係員が数人座っており、その前には冒険者が何人も並んでいる。


今まで見ていたフォスターのギルドとの圧倒的な違いにムミョウは驚いていたが、トガは気にすることなくスタスタと歩き、他の冒険者と同じように列に並ぶ。

暫く待つと自分たちの順番が来た。

受け付けは女性で、綺麗な赤毛のロングの髪に優しい笑顔を見せる。目鼻立ちも整っており、先ほど前に並んでいた男性冒険者に何度も食事に誘われていたが、ピシャリと断っていた。


「ようこそ、フッケ冒険者ギルドへ。冒険者登録ですか? 」


「いえ、キュリア草の軟膏を換金したいのですが」


「分かりました。ではこちらでお預かりします。少々お待ちください」


そして女性係員に瓶の入った布袋を渡すと、係員は布袋を持って後ろの部屋へと入っていく。

だが、待てど暮らせどなかなか係員が戻ってこない。


仕方がないので一度受付から離れ、隅にあるベンチに2人が座って待っているとさきほどの係員が慌てて走ってきた。


「はぁ……はぁ……すみません。一度別室まで来ていただけませんか? 」


「ですが僕たちはこれから宿を取らないといけないので……」


ムミョウが断って、一度瓶を返してもらいたいと言おうとすると係員に必死で制止された。


「もう少し! もう少しだけお待ちください! すぐに上の者を呼んできますので! 」


そう言って慌てて先ほどの部屋へと走っていく。


「どうしましょう……師匠? 」


「どうもこうもないじゃろ。換金しないとわしらは宿に泊まれんしなあ。まぁ最悪野宿でもいいが」


しょうがないのでもう少し待っていると、先ほどの係員が筋肉質のゴツい男性を伴って走ってきた。


「もう……ダメ……もう……走れない。」


女性の係員はあまり運動はしていないようだ……


「御引止めして申し訳ない。私はフッケのギルドマスター、ジョージ・ハイアンです」

「あなた方はあの軟膏をどこから手に入れたのですか? 」


「あの軟膏はゴブリンから旅の餞別にもらったものじゃ」

「わしは彼らと古い馴染みでな。冬になったらそのゴブリンの村に冬ごもりさせてもらっておる」


「なんと……」

「あなた方の持ってきた瓶の蓋にはゴブリン族でしか書かれない紋章が付いていました」

「ゴブリンの作る各種薬草や軟膏は、我ら人の作る軟膏などよりも遥かに効能が高く、致命傷でもひと塗するだけでたちどころに傷が治ると言われています」

「ですが市場で出てくるのはゴブリンと仲の良い旅人や、極稀にゴブリン自ら売りに来るくらいでほぼ出回りません」

「このフッケに持ち込まれたのも実に10年ぶりです……」


ギルドマスターのジョージが深々と頭を下げる。


「どうかあなた方を通じてゴブリンの方々に軟膏を融通していただけるようお願いしていただけないでしょうか……? 」

「もちろん、ゴブリンの方々やあなた方には十分対価をお支払いいたします」

「どうか……! 」


ジョージの真摯な願いにトガとムミョウを顔を見合わせる。


「うーん、師匠……? 」


「どうもこうもないじゃろう。とりあえずわしらは今年は北へ旅に出る」

「今年の冬にはまた戻る予定だから、その時に聞いてみるということでよいか? 」


「それで構いません! ではどうかよろしくお願いします」

「今回は大型の瓶5本という事で、1本金貨10枚の合計50枚でお支払いいたします」


そう言ってジョージは後ろの女性係員を促し、係員の持っていた布袋をトガに渡す。


「中身をお確かめください」


「いや、仮にも冒険者ギルドじゃ。金貨をごまかすようなことはないじゃろ」

「それではそろそろ宿を取らんといかんからの、これで失礼するぞ? 」


「はい。今日は良いものをお売りいただきありがとうございました」


2人がギルドを出るまで、ジョージと女性係員は頭を下げ続けていた。


「なんか……すごかったんですね、トゥルクさん達って」

「わしはあんまり気にしておらんかったからのう……」


うーん……ほんとゴブリンってすごい種族だったんだなあ……

でもそんなゴブリンさん達と師匠ってどういう出会いをしたんだろうなあ……


その後はなかなか高級な宿をとることができ、大きな浴槽にしっかり浸かって体を洗い、久しぶりの人の食事を摂ってぐっすり眠った。


さあ、明日からはまたブロッケン連合国に向けて出発だ。

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