第十二話 実感と腕試し
ムミョウ達がゴブリンの村に来てしばらく経ち、ゴブリンの村には雪が積もり、一面銀世界となった。
それでも毎朝の型や立ち合い稽古は続く。
雪がどけられた村の広場で、トガとムミョウはお互い木刀を正眼に構える。
微動だにせず、ただ吐く息だけが白く昇って消えていく。
そのうちジリジリとムミョウが間合いを縮めるが、トガは動くことなくムミョウを見据える。
先に仕掛けたのはムミョウ。電光石火のごとくトガの喉を狙って突きを繰り出す。
だが、トガはその攻撃を冷静に木刀を右にずらして捌く。
ムミョウはすぐに下がり再び構えなおす。
トガの追撃はない。
この場が静寂に包まれる。
しかし、それも一瞬だった。
トガが目にもとまらぬ速さで右袈裟斬りを放つが、ムミョウは一歩引いてどうにか躱す。
トガは木刀を戻そうとしたが、ムミョウが踏み込んで上から木刀で押さえつけて封じる。
ムミョウは手首を返しそのまま木刀をトガの胴体へ滑らせる。
が、次の瞬間にはがら空きのムミョウの胴体へとトガの木刀が突き付けられていた。
寸前、トガが足を引いて半身になり木刀をかち上げてムミョウの木刀は跳ね飛ばしたために起きた出来事であった。
「参りました。師匠」
「ふっふっふ、突きは良かったが……まだまだじゃのう」
「結構速く出来たと思うんですが……」
「それはのう、起こりが見え見えじゃったからじゃ」
「起こり? 」
「要は剣を抜く・振るう・突くなどをする前に見える動作の事じゃ」
「お主の突きの際、若干両手が引くのが見えたし、背中も丸まっておった」
「それを見てわしは突きが来るなと判断したんじゃ」
「なるほど……」
如何に突きを速くすることにばかり気を取られて、突きをする前の動作なんてのは気にしてなかったからなあ……
あっ! そう考えると逆に師匠の袈裟斬りはほとんど姿勢がぶれずにいきなり飛んできたもんな。
避けるのも紙一重でかなり辛かった。
「まぁその辺りはまた経験を積んでいくしかないじゃろうて」
「わしとの立ち合いでしっかり覚えていくがよい」
「有難うございます! 師匠! 」
ムミョウがトガに深くお辞儀をする。
「さて、そろそろトゥーテの朝ごはんを食べようか」
「はい! 」
今日の朝ごはんは何だろうなと2人はワクワクしながら家に戻っていく。
家の中ではトゥーテやトーラなどがすでに座っており、自分たちの座るテーブルにも2人分のスープとパンが置かれていた。
「毎朝オ疲レ様2人トモ」
「ネェネェムミョウオ兄チャン。剣術ッテ楽シイノ? 」
トーラが不思議そうに聞いてくる。
「ああ、楽しいよ。毎日少しずつ自分が強くなっていくのが分かるんだ」
「強クナルノガ楽シイノ? 」
「うん」
ムミョウは強くうなずく。
「師匠に会えたおかげで、今まで出来なかったことが出来るようになったし。難しかったことが簡単になった」
ムミョウはそこまで話したところで一息入れる。
「前はさ、自分は何も出来ない、誰も助けられない弱い人間だって思ってた」
「今も出来ることより出来ないことの方が多いし、師匠との立ち合いでもまだまだ遊ばれてるなってのがよく分かる」
「それでも……以前の自分よりは強くなれてるって感じられるのが……すごく嬉しいし楽しいんだ」
ムミョウは屈託なく笑う。
「ソウナンダ……ジャア僕モ大キクナッタラ、トガオジイチャンヤムミョウオ兄チャンニ、剣ヲ教エテモラッテ強クナリタイ! 」
「待て待て!トーラは剣よりトゥルクに弓を習いなさい。でないとトーラを取られた!と言ってトゥルクが拗ねるぞ? 」
トガがすかさずツッコミを入れると、その言葉で家の中は温かい笑いに包まれる。
その光景を見ながらトガは小さく頷いていた。
ムミョウがわしの最初で最後の弟子であってくれて、師匠冥利に尽きるわな。
偽らざる本心を聞き、トガはムミョウを弟子に出来て本当によかったと心から思うのだった。
朝食を終えると、少し後にトゥルクが自室から出てくる。
「なんじゃ? 夜更かしか? 」
「薬作リニツイ集中シテシマッタ。トガモ多メニ作ッテクレナイカト言ッテオッタダロウガ」
「そうじゃったかの? 」
「師匠? そんなに多く薬を作ってもらってどこかに行くんですか? 」
ムミョウが不思議に思って尋ねる。
「ああ、いずれお前には話しておこうと思ってたがな、少し前にブロッケン連合国とやらで魔王が出現したはずじゃろ? 」
「ああ、そういえばそんな事もありましたね」
ムミョウの頭にあの勇者の顔がチラつく。そのせいか言葉もちょっと荒っぽいものになってしまった。
「その魔王とやらなんじゃが……」
トガはムミョウの返答を気にすることなく話を続ける。
「わしとお主で殴り込みにいかんか? 」
「 え? 」 「「 エ? 」」 「 ? 」
え? 師匠今なんて言いました?
魔王に……殴り込み?
突拍子もない話過ぎて、トガと何を言っているのか分かっていないトーラ以外全員固まってしまう。
「だってのう、ここらじゃ戦うのはファングウルフとかで他だとオーガくらいじゃしのう」
「お主を実戦で鍛えるならやっぱ魔王くらいじゃないと話にならんじゃろ? 」
「いやいやいやいや! 何言ってるんですか師匠!? 」
「そりゃ以前と比べたら確かに僕は強くなれましたけど、最初の実戦相手が魔王って乗り越える壁が高すぎません!? 」
「いやぁ、わしなら魔王は余裕じゃろう、だがお主の実力はまだまだ未知数じゃ」
「まずは壁を知ってポッキリ心を折ってだな……」
「どう考えても心どころか命までポッキリ折れそうなんですが!!?? 」
ムミョウの必死の反論を見て、トガはテーブルを叩いていきなり笑い出した。
「ハッハッハッハ! いやー! お主のその顔はいつ見ても楽しいのう! 」
くそう、また遊ばれた……
トガの反応から質の悪い冗談だと察すると、ムミョウはぶぜんとした表情で椅子に座る。
「まぁいきなり魔王とはいかんが、魔王の周辺には今まで見たこともないモンスターが現れたりするんじゃろ? 」
「はぁ……確か魔王の魔力にあてられてモンスターが急激に進化するんでしたっけ? 」
「そうそう、そういう者たちを相手にして戦うのも良い鍛錬じゃと思ってな」
「ここからブロッケン連合国まではおおよそ三月かかる。」
「そこで雪解けを待って出発し、連合国に着いたら手当たり次第にモンスターにケンカを売って三月過ごす」
「そして三月かけてここに戻って来るという事にすればよいじゃろ」
トガの大雑把すぎる計画にムミョウはもちろんトゥルクも呆れ果てる。
「友ヨ、モウ少シマトモナ計画ヲ練ロウトイウ気ハナイノカ……」
「わしは生まれてこの方、計画というものをしたことが無いのでな」
「人生行き当たりばったりじゃわい! がっはっはっは! 」
まるで悪びれる様子の無いトガにトゥルクも手を挙げて降参するしかなかった。
だがムミョウの方はさっきと打って変わって真剣な表情をしていた。
鍛錬を重ねるうち、自分がどこまで強くなったのか試してみたいという気持ちが沸いてきているのも事実。
行く手に待ち受ける見たこともない新種のモンスター……そしてその先の魔王……
ムミョウの心に熱い火が灯り始める。
「師匠――」
ムミョウがゆっくり立ち上がる。
「行きましょう。ブロッケン連合国へ……」
「ふふっ、ムミョウよ。いい顔をするようになったな」
「そういうわけだトゥルク。すまんが雪が解けたらわしらは行くぞ」
トゥルクは大きく息を吐き、やれやれという顔で2人を見つめる。
「分カッタ。今ノウチニ干シ肉ヤ保存食モシッカリ作ッテオクゾ。」
「すまんのう、トゥルク」
「ナニ、友ノ頼ミダ。他ノ者ニモ頼ンデ食料ヲ分ケテモラウヨウニスルカ」
「ではムミョウよ。外も雪は降っておらんようだ。鍛錬を再開するぞ」
「そろそろお主にもしっかり気の発し方を教えて行かんとな」
「よろしくお願いします! 師匠! 」
トガとムミョウは外に出て再び木刀を構え向かい合う。
はるか遠く、まだ見ぬ敵との邂逅に胸躍らせながら、ムミョウはトガへと打ち込みを始めるのであった。
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