第十一話 幕間 強さを求める理由
ムミョウがトガの弟子となり鍛錬を重ねていた頃、バーン達勇者一行はノイシュ王国の街フッケに滞在していた。
才能は有ってもまだ実力の伴わないティアナの修行のためだ。
このフッケという街は比較的ノイシュ王国の王都から近く道路も整備されているため、人口も多い。
だがこの街最大の特色は街郊外の東にある神々の鍛錬場『バーゼルの導き』である。
この鍛錬場は神々が、復活する魔王に対抗するため、人間達をモンスターと戦わせて経験を積ませるために作られたとされている。
階層は地下40階まであり、各階層は何個かの部屋や通路で区切られ、そこには大陸にすむ通常のモンスター以外に、過去魔王が出現した際に現れた新種のモンスターなども出現する。
こういった神々の鍛錬場はバルムーク大陸のみならず、ヤポンやその他の大陸など世界中にいくつもあり、世界のどこかに魔王が出現したとしても人間達が対抗できるようにされている。
「よーし、んじゃ今日はサッサと地下20階までパパっと行っちまおうぜ」
磨かれた白銀のプレートメイルを身に着けたバーンが背伸びをしつつ先頭を歩いていく。
フッケからは鍛錬場は歩いて5分ほどの所であるため、わざわざ馬を使うほどではない。
「アイシャ。矢の数は十分なの? 」
「大丈夫よ。今回は多めに持ってきてるし、ティアナにも矢束を担いでもらってるから大丈夫だと思うわ」
バーンの後ろを歩くサラは、バーンほど厚みはないが体の急所を保護している緑色のスケイルメイルを装着し、サラの横をならんで歩くアイシャは黒で統一した皮鎧に身を包んでいる。
「ティアナ。教わったことはちゃんと覚えてる? 」
「はっはい……大丈夫です! 」
矢束を担いで最後尾を歩くティアナは、フォスターから出発する際に来ていた赤いフード付きのローブを着ているが、その中には最低限の防御のために鎖帷子を着こんでいる。
勇者一行は、フォスター伯爵から頂いた金貨200枚と王都での支援金などを使って装備を一新し、ティアナに対し高額の報酬で高名な魔法使いの指導をつけるなど魔王討伐の準備を進めてきた。
そして少し前から実戦経験を積むために神々の鍛錬場に挑戦し始めたのである。
すでに10階までは踏破し、今日は20階を目指すことになっている。
鍛錬場では10階層ごとに魔王の眷属と呼ばれる、より強力なモンスターが階層守護者として君臨している。
階層守護者を倒すことによって地上へと戻るゲートが開かれるため基本は10階層ごとにクリアしていく。
バーン達の目標は地下40階層まで辿り着き、階層守護者を倒すことによって得られる神々の祝福である。
祝福を受けることにより身体能力が強化され、また魔王から発せられる人の体を蝕む強大な魔力から身を守ることが出来るため、勇者一行は必ず鍛錬場を制覇しなければならない。
だが40階の守護者を倒したパーティーでは、1つの鍛錬場につき1人しか神々の祝福を得ることができないため、既にバイゼル王国にあった鍛錬場を制覇し祝福を受けたバーン以外で、このフッケの鍛錬場を含めるとあと3か所は回らないといけない。
だが魔王は、出現は確認されてはいるものの完全に復活するまでには早くても3年は掛かるとされており、バーン達は慌てることなく鍛錬場の制覇に力を入れる。
「10階層以降は確かグールとかワイトみたいな死霊系のモンスターなんだっけ? アイシャ」
「そうね。死霊どもには物理攻撃が効きにくいし、ここからはティアナに活躍してもらわないとね」
「はっはい! 」
ティアナは緊張していた。
高名な魔法使いから難度の高い火魔法をいくつも習い、早い段階でそれらを習得するまでになっており、
バーンが見込んだ通りの才能は発揮している。だがそれをモンスターと対峙しても撃てるかどうかは別である。10階層までは守護者もバーン達が倒してしまったためティアナの力が試されることはなかった。
「魔法は心の中で具体的にその姿を思い起こす……」
ティアナが魔法の基本を唱える。
この世界での魔法は具体的には触媒や呪文などは必要ない。
技能などとも同じであるが、火であれば激しく燃える炎を、水であれば濁流の姿など、自分の求める事象を具体的に心の中に投影し、それを自分の魔力を使って再現させる。
なのでしっかりと心に事象を投影できる集中力とその事象に見合うだけの魔力さえあれば簡単に大魔法を放てるのだ。
もっとも、その事象を具体的に投影するというのが一番難しいのだが……
鍛錬場の入り口に着くと、何人もの冒険者達が入り口で熱心に地図を見ながら話し合っていたり、装備品のチェックなどを行っていた。
バーン達はそれに目を向けることなく、横にある水晶に触れる。水晶は青白く輝くとあっという間に10階と11階を繋ぐ階段の踊り場にバーン達を転送した。
「んじゃ!パパっと20階の守護者も片づけちゃってさっさと宿に帰ろうぜ! 」
こんな場所でも緊張感のないバーンの言葉とともにパーティーは前進を開始した。
11階へ降りると早速前方からグールの集団が向かってくる。
「うえ~……アイシャ~! 弓でさっさとやっちゃってよ~! 」
「嫌よ……使えそうな矢はまた拾わないといけないんだから……腐肉付きの矢なんて持ちたくないわよ」
「でっでは私が! 」
と言ってティアナが前に進み出る。
同時に魔法の発動を始めた。
心の中に……その姿を思い起こす……
ティアナの心の中に燃え盛る炎が渦を巻き、竜巻となって敵を飲み込む様子がありありと見えてくる。
静かに目を開けたティアナが叫ぶ
「燃え盛れ! 『炎の嵐』」
その瞬間グール達の目の前に炎が渦巻く巨大な竜巻が3本現れ、瞬く間にグール達を飲み込む。
竜巻が消え去った後は、グール達の灰すら残っていなかった。
「はぁ……出来ました! 」
「やるじゃない!さっすがティアナ! 」
大きく息を吐いたティアナにサラが抱き着く。
「ちゃんと出来たじゃない!すごいわね」
「さすがティアナちゃんだね! 」
「よーし! ティアナちゃんの実力もついてきたところでガンガン進もうか! 」
その後は各階を危なげなく突破し、あっという間に20階に到着した。
20階の守護者の部屋に通じる扉を開けると部屋の中央には黒いローブを着た足のない巨大な骸骨がこちらを見ている。
「あれはワイトキングね……厄介だわ」
「よし、じゃあ俺の雷魔法とサラの魔法剣であいつを叩く。ティアナは火魔法で援護しつつアイシャの矢に炎を付与してくれ」
「分かりました! 」
バーンが魔法の準備をする間、サラが一気にワイトキングへと肉薄し、炎をまとわせた剣で斬りつける。
ティアナはアイシャの矢に炎をまとわせるとともに『炎の矢』をワイトキングへ撃ち込んでいく。
『GAAAAAAAAAA! 』
ワイトキングはサラの剣で左腕の辺りを斬りつけられ、胴体にも炎をまとった矢や『炎の矢』が何本も突き刺さる。
自分を攻撃する者への怒りか耳をつんざくような恐ろしい叫び声をあげる。
ワイトキングが右手を挙げると、手のひらに巨大な青い炎が現れサラに向かって投げつけてきた。
「あっぶない! 」
間一髪転がって回避すると、さっきまでサラのいた場所の石床がどす黒く焼け焦げていた。
サラがワイトキングを睨みつけてもう一度斬りかかる。
横一閃に胴体を斬るが手ごたえもなくすり抜けてしまう。
やはり魔法付与しないと効果は薄いようだ。
「よし! みんな俺から離れろ! 」
後ろで魔法を準備していたバーンが叫ぶ。
「貫き通せ! 『轟雷』」
バーンの左手から巨大な雷が放たれるとともにバリバリッと部屋中に轟音が響き渡る
雷はワイトキングの胴体を貫くとそのまま後ろの壁に突き刺さる。
『GURRRRRRRR! 』
ワイトキングは断末魔の叫びをあげながら白い灰となって消えていった。
するとその場に赤い宝箱が現れ、奥にあった出口の扉が開く。
神々の鍛錬場がなぜ冒険者に人気なのかという理由の1つがこれである。
どういう原理かは知らないが、モンスターや守護者を倒すと武器や防具などが入った宝箱が手に入り、またモンスターの歯や皮などの素材も、地上には居ない種類のモンスターであったりすれば高値で売れるのだ。
「終わった~! あ~疲れた! 」
バーンがその場に座り込むがサラとアイシャは嬉しそうにスキップしながら宝箱へと近づく。
「何が出るかな~? 」
「新しい弓とか出てくれないかしら……? 」
サラが宝箱を開けると途端に光が溢れ出し、その後収まってから中を見ると柄に赤い宝石の埋め込まれた傷一つないショートソード入っており、サラが取り出して剣を構えてみる。
「うーん。これは私向きの剣じゃないわね」
「バーン様に使ってもらうにもちょっと短いですね……」
「となるとこれは鑑定してもらってからティアナに渡すとしましょうか」
その頃ティアナは、身に着けていたポーチから白い布を取り出し、バーンに汗を拭いてもらうため手渡していた。
「バーン様どうぞ」
「ありがとう、ティアナちゃん」
「どう?僕かっこよかった? 」
「はっはい。とても素敵でした」
「でしょ~? いや~ティアナちゃん僕の事もっと好きになってくれたかなあ? 」
「はっはい……」
「そうでしょ! そうでしょ! だからティアナちゃんもっと僕の事を知ってくれるためにも今度一緒に街でも散策しようよ! 」
バーンの攻勢にタジタジのティアナであったが、サラとアイシャが割って入ったことにより難を逃れた。
「バーン様? 今ティアナに何か仰ってましたか? 」
「い~や? 何も? 」
「はあ……まだティアナは15歳ですし、それに……女として辛い目に遭ったのですからその辺りは控えてくださいませんか? 」
ちっ! そのつもりで連れてきたってのに、サラとアイシャが変に保護者ぶりやがるせいでロクに誘うことも出来やしねえ!
「分かった分かった。でも俺としてもティアナちゃんには色々楽しんでほしいんだ。そこだけは分かってくれよ」
心の中では毒づくが顔には出さず、笑顔で3人を見るバーン。
バーンが立ち上がると、一行は出口を抜けて地上へと帰還するゲートへ向かう。
フッケの街に戻ると、バーへと向かうバーン達と別れ、1人宿に戻り寝巻にも着替えずベッドに突っ伏す。
『炎の嵐』は火魔法の中でも上位に位置づけられる魔法であり、習得できる者も少ない。
高名な魔法使いから教わり、発動できる自信はあったが、実戦でも上手く放てたことに自分が強くなっていることを実感し、思わず拳を握る。
でも……私はどうして強くなりたかったんだろう……
不意にリューシュの顔が浮かぶ。
違う! 自分で言ったじゃない! 弱い自分を変えるため! もうあんな目に遭わないために強くなるためだって! 絶対に私を見捨てたやつのためなんかじゃない!
握った拳をさらに強く握りしめたせいで爪が食い込み手のひらから血がにじみ出る。
でも……本当にリューシュや皆は……私を見捨てたの……?
フォスターを出てからずっと心の奥底にあるしこりを気にしながらティアナはウトウトと眠りにつくのであった。
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