第十五話 一筋の光
フッケでの出来事の後は、森の中を進みながらの移動であったため、多少時間はかかったもののフッケから約2か月ほどでブロッケン連合国の国境沿いの森に入ることが出来た。
国境近くの森の中も多数の兵士が巡回しており、魔王が出現したということがヒシヒシと伝わってくる。
「さて、ムミョウよ」
「はい、師匠」
「わしらどこ行けばいいんじゃ? 」
「はぁ……そんなことだろうと思いましたよ」
ムミョウは呆れながらそう言って、袋の中からところどころシミのついた紙を取り出す。
「それは? 」
「宿でもらった大陸北方の地図です」
「北の方へ旅をすると言ったら宿屋の主人から渡されましたよ」
「さすがわしの弟子! 」
「計画したのは師匠なんですから、その辺りはちゃんと師匠が準備してくださいよ……」
地図を広げながらムミョウは何か所かを指さす。
「ブロッケン連合国はその名の通り、小国が寄せ集まって出来た国です」
「現在新種のモンスターの発見報告があるのが、連合国西側のハインリッヒ州だそうで、連合国の戦力もほぼそちらに振られているそうです」
「なので次は、国境沿いから西側の防衛線を抜けていけばいいかと」
「食料はどうじゃ? 」
「まだ残ってはいますが、このまま食料の買い足しをせずに三月過ごすのはちょっと厳しいかもです」
トガが頭を抱える。
「ちと食料を少なく見積もってしまったのう。どこかの街で買い足すか? 」
現在ブロッケン連合国は日々増え続ける魔王の軍勢のために総力を挙げて防衛線を張っている。
巡回していた兵士の話を盗み聞きしたところ、ハインリッヒ州の西端に廃城があり、そこに魔王がいる可能性が高いとのことだ。
となると食料などは最優先で西側の軍に割り振られるだろうし、資金はトゥルクの軟膏を売って得た金貨はあるが、どこの街でもそう多くは買えないだろう。
「ですがここから行ける一番近い街でも、恐らく3日以上はかかりますし方角も反対です。ちょっと厳しいですね。」
「やむを得ん、このまま防衛線を抜けて行けるところまでモンスターたちとやり合うか」
「な~に! また来年来ればいいのだ!」
「次はもっとちゃんとした計画を練りましょう……師匠」
ムミョウがため息をつく。
とはいっても、もはや慣れたトガの計画性の無さ。
地図とにらめっこしながら、最も効率の良い選択肢を考える。
う~ん……さすがに街に寄るのは時間的にも安全上もまずい……自分たちはよそ者だしな。
魔王がいるという廃城まで国境沿いの森は続いてはいるが……
防衛線を抜けるなら、兵士のいそうな大きな街から離れた方がいい。
国境沿いを進んでグルっと迂回するのが一番だな、だが食料が……
ムミョウが厳しい顔で唸っていると、トガが突然目の前におどけた表情を見せて驚かせてくる。
「わっ! 」
「うわっ! なにするんですか師匠!? 」
「お主が苦い顔しておったからちょっとなごませてやろうかと……」
「なんでこんな時にしてくるんですか……全くもう……その苦い顔になってるのは誰のせいだと思ってるんですか! 」
「いやーすまんすまん! わしのせいですよーじゃ! プンプン! 」
「なんで逆にそっちが怒ってるんですか……」
最近の師匠は、僕をこうやってからかってくることが多くなった。
以前だって結構おちゃらけたり、変な事を言って僕を笑わせてくることはあったけど、最近特に多い。
ただ、人が真剣に考えてるときにそういう事をして来るのは本当に止めてほしい……
「師匠。ここはやはり国境沿いの森を歩いて迂回するのが一番かと」
「やはりそれが良いか。食料は仕方なかろう。今年は試行錯誤の年ということにしよう」
ムミョウは袋に地図を戻し、袋を担ぎなおして歩き出す。
トガもそれに続いて並んで歩いていく。
国境沿いには等間隔に国境確定のための杭が打たれているので道に迷うことはない。
少しでも魔王の城へ近づくために急ぎ足で歩く。
すでに防衛線を抜けつつあるため、移動中はお互いあまりしゃべることはなく、黙々と先を進む。
日も暮れたところで野宿の準備をするが、たき火は焚けないため食事は干し肉と鹿の胃袋で作った水筒に入れた水のみ。
適度に腹に入れたところでトガが先に見張りをすることに決まり、ムミョウが毛皮を被って眠り出す。
しばらくするとムミョウから健やかな寝息が聞こえてきた。
トガは、ムミョウが眠ったのを見て、ふぅっと一息ついた。
フッケでの出来事の後、ムミョウはしばらく夜も眠れず、怯え続けていた。
少しでも目を閉じると、
――首に!――顔に血が!――
――あの男が僕を睨んでくる!――
――嫌だ!――怖い!――こっちに来ないで!――
と泣き出して、突然走り出すこともあった。
その度にトガが抱きしめ、泣き止んで静かになるまでずっと側にいた。
徐々に暗闇が森を支配していく。
だが、トガはムミョウをじっと見つめ続ける。
すまなかった……ムミョウよ。
わしはお前の事を信じすぎていた……
厳しい鍛錬にもお前はずっとついてきてくれた。わしが出来るならお主も出来るはずと思い込んでいた。
わしがお主と同じ歳にはな……既に10を越える人間を殺していたよ。
じゃがお主は……わしと出会うまでただの冒険者に毛が生えただけの子供だったんじゃからな。
トガが静かに目を閉じる。
剣に生きるならば、人を殺すという行為からは逃げられない。少なくともわしはそう思っていた。
だからわしのいる内に人殺しの経験を積ませたいと常々思っていたし、わしらの後をつけてきたあの連中なら後腐れはないと思った。
だが、結果はムミョウを怯えさせ、発狂寸前まで追い込むという結果じゃった。
つくづくわしの愚かさを思い知ったよ……
あの時誓ったわい。お主には人を殺す剣ではなく人を守る剣を身に着けてほしいと。
わしは……死んだら師匠の言っていた地獄とやらへ行くことになりそうじゃな……
――それで構わんさ、老い先短いわしの人生はすべてムミョウにやるつもりじゃ。
既に先も見えない暗闇の中でトガは一人心に願う。
ムミョウの人生に幸いあらんことを。一筋の光が差し込まん事を。
その夜は、交代でムミョウが起きてもそのまま寝るように言い、一晩中トガが見張り番をすることにした。
夜が明け、荷物をまとめるとムミョウがトガにお辞儀をする。
「すみませんでした、師匠。ずっと見張りをしていただいて」
「なに、昨日はずっと起きていたい気分じゃったからな。気にするでない」
にかっと笑う師匠を見てムミョウも表情を崩す。
「さあ! 行きましょう師匠! 」
「おう! 」
足取りも早く、2人は歩き出す。
すでに魔王の城までは残り半分という距離まで近づいていたが、どこにでもいるファングウルフなどには出会っても、未だに新種のモンスター等には出会わない。
「何も出ませんねえ」
「ここまで近づいたんじゃから1・2匹くらいわしらと出会ってもおかしくないんじゃがなあ? 」
不思議に思いながら進み続けるが、突然視界が開け、周囲を囲んだ粗末な柵と木造の家が数軒見えた。
おそるおそる近づくと集落の奥では倒された柵と、1軒の家からは火が上がっているのが見え、何人かの悲鳴などが耳に入ってくる。
思わず駆けだした2人の前には、手に縄を掛けられ首を縄でお互い繋がれている十数人の人々と、その周りを囲む人の倍はありそうな高さのオーガ達10匹ほど、その中にはさらに巨大で、通常は薄い赤色のオーガの肌よりさらに真っ赤で血で濡れたような肌の色をしたオーガが笑っていた。
オーガの内の1匹がムミョウ達2人の姿を認め、指を差して他のオーガ達に知らせる。
トガ達が剣を抜いて構えるとオーガ達がトガを囲みその中心には丸太のように太い鉄の塊を持った真っ赤な肌のオーガが立ちふさがり突然語り出す。
「ガッハッハ!ワザワザ魔王様ノ生贄トシテヤッテ来ルトハ殊勝ナ奴ラダ! 」
「オーガがしゃべった!? 」
基本的に人語を話せる亜人種はゴブリンくらいものである。
オーガは知性が低いとされていたので、話せるオーガなどは見たことが無かった。
「ワレハ魔王様ヨリ、直接力ヲ授カリコウシテ知性ヲ持ッタ! 」
「魔王様ノ魔力ニアテラレタダケノ知性ノ無イ奴ラトハ違ウ! 」
「我ハ魔王四天王ノ1人『剛力のボルス』」
「サア!オ前達モ魔王様ノ復活ノタメ大人シク我ラニ降伏スルガイイ! 」
オーガの強大な威圧にムミョウの手や額が汗が流れるが、顔からは笑みがこぼれる。
「師匠」
「なんじゃい? 」
「ようやく僕の鍛錬の成果を試せる相手に出会えましたね」
「お主ではちと辛い相手ではないのか? 」
口では不安そうなことを言うが、トガもニヤリと不敵な笑顔を見せる。
「冗談を! これ位の相手じゃないと自分の実力を見れませんよ! 」
「がっはっは! よう言った! それでこそわしの弟子じゃ! 」
2人は剣の柄を握り直し、トガは周囲のオーガへ、ムミョウな真っ赤なオーガへと突進していく。
こうしてブロッケン連合国の国境近く、誰も知らない名も無き集落にて、人知れず魔王軍と人間との戦いが始まるのであった。
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