第六話 勇者の嘘

3日目の朝が来て、バッシュは館へ向かいリューシュの釈放を伯爵に願い出ようとするが、館の前で衛兵に止められてしまう。


「なぜだ!? 昨日のはどう見ても勇者の方が先に手を出しただろうが! なんでリューシュの方が罪に問われなきゃならん!? 」


「すまんがバッシュさん、あなたを館に近づけるなと伯爵様からのお達しなんだ! リューシュに関しても伯爵様のお許しが出るまで釈放はならぬとのことで……」


「ふざけるな! お前らでは話にならん! 伯爵様に会わせろ! 」


そう言ってロルドを押しのけて館の門を開けようとするが、ロルドにを羽交い絞めにされ、周辺から他の衛兵も集まり、囲まれてしまい館から引き離されてしまう。


「離せ! 伯爵様と話をさせろ! 離せえええええ! 」


俺は館に入ることも出来ず、ギルドへと帰ってくる。

また昨日集まっていた冒険者達も同様にギルドへと集まっていた。


「なんであんなのが勇者なんだ! ふざけてる! 」


「あのクソ勇者が! 絶対ぶん殴ってやる! 」


冒険者達が憤慨している。だが俺は俯きながらボソりと呟く。


「もう、ティアナは救えないのかな……」


皆一様に静かになる。


同じようにティアナを助けたいという気持ちは誰しも持っている。

しかし、皆自分の無力さを痛感するばかりでギルドの空気は重く沈んでいった。



そして昼が過ぎ、陽が沈んだ頃になってようやく勇者一行が動き出す。


「あ~あ、よく寝たよく寝た」


「もう、バーン様。私達はあなた様のおかげで全く眠れませんでしたわ」


サラが赤ら顔でモジモジする。


「バーン様の朝まで君を寝かせないは、本当ですからね……」


アイシャもやや疲れた表情を見せるが特に気にする様子ではない。


「さ~て、んじゃ伯爵様のお願いを聞き届けに行きますか」


そして3人は馬の腹を蹴り、東の城門から犯罪者の拠点まで駆けていく。


「確かあのクソ野郎が言ってたのは街道を道なりに走って双子の大ケヤーの木の所を北にずっと進むんだっけな? 」


「確かその筈です」


「じゃあアイシャ適当なところでいつもの奴を頼む」


「分かりました。バーン様」


2時間ほど進んだところでアイシャは眼を閉じ『鷹の眼』を発動させる。

『鷹の眼』の発動中は視界内の人や動物が薄っすらと赤い色で輪郭が表示される。

アイシャが『鷹の眼』で周囲を確認していると急に顔をしかめる。


「お待ちくださいバーン様」


3人が一斉に馬を止める。


「どうしたアイシャ? 」


「この先に目印の大ケヤーの木がありますが、その近くに人らしきものの反応が2つあります。どうやら街道そばの茂みに隠れている様子」


「ってことは俺らみたいな討伐軍に対する見張りってことか」


「恐らくそうかと」


「んじゃもう少し近づいたら馬を降りてサクっとやっちまおう」


暫く馬を走らせてから俺とサラやアイシャは馬を降りた。


「んじゃどうすっかね。俺が突っ込んで倒しちまってもいいが」


「私が行きましょう。久しぶりに私の魔法剣で! 」


サラが腰に差した剣に手を掛ける。


「いや、倒すのに手間取って森の中に逃げられると厄介だ。ここはアイシャに任せよう」


「分かりました。では『必中の矢』で」


しゃがんでいたアイシャがスクっと立って弓を構え、矢をつがえる。

ギリギリと弓を引き絞り、意識を集中させると茂みに隠れている2人の男が姿がはっきりとイメージされる。


「我が敵に必ず死を! 『必中の矢』」


放たれた矢がすさまじい勢いで見張りの男のこめかみを貫き、すぐさま放った2本目も、矢の飛んできた方向を見たもう1人の男の眉間を貫く。

魔法『必中の矢』は発動させることにより、どんな距離でもどんな障害物があっても必ず狙った相手の急所を狙うことのできる技能である。

『鷹の眼』との同時発動も可能であり、その際には直接には見えない相手を狙う事すら可能だ。


気づかれることなく見張り2人を倒し、大ケヤーの木に馬を繋ぐとそこからは徒歩で犯罪者の拠点へと向かうことにした。

馬で一気に近づくことも考えたが、アイシャに『鷹の眼』を発動させ続けて魔力を消費させるのもまずいしな。



1時間ほど歩いたところで俺はアイシャに再び『鷹の眼』を使用させ、上空から確認すると篝火の見える拠点を発見した。


「ありました。ここから歩いて数分程ですね」


「見える敵は何人だ? 」


「剣や斧、弓を持った男が5人ほど、入り口は北の方で、広場には檻があり小屋も2つ見えます。ですがどうやら小屋2つともに人が見受けられません。」


「それと捕まっているはずの冒険者などが見当たりません。すでに別の所へ連れ去られたか、もしかすると東西どちらかの小屋に地下室があるのかもしれません」


「分かった。ありがとうアイシャ。こういう場合は時間をかけずに地上を制圧するのが一番だ、アイシャの『必中の矢』と同時に俺が雷魔法で柵に穴を開けてサラと俺で残りの奴をやる」


「分かりました」


サラとアイシャが頷く。


そしてアイシャをその場に残し、俺とサラが一番近くの柵までこっそり近づく。

アイシャが『鷹の眼』と『必中の矢』を同時発動させ、矢を放つと同時に俺が雷魔法『雷鳴』を唱える。


「突き破れ! 『雷鳴』」


柵が派手に壊れる音と同時に2人の頭にアイシャの矢が突き刺さり、驚いた男達が周囲を見まわしているうちに、炎の揺らめく剣を持ってサラが風のような速度で手近な男に斬りかかる。


「燃え盛れ! 『炎剣』」


正面から斜めに斬られた男の傷口から炎が現れ、悲鳴を上げる間もなく灰となっていく。

おおーやっぱサラの魔法剣はかっこいいねえ。後で可愛がってやらないとな。


俺も剣を抜いて別の男に一気に近づき、慌てて斧を振り上げた男の懐へ滑り込むと横一閃で剣を振りぬいて胴体を真っ二つにしてやった。


俺は数少ない雷魔法の使い手だ。こいつで魔王だろうがモンスターの集団だろうが一撃でぶっ飛ばせる。

サラは魔法剣と加速術の使い手で、剣に火や水などの各種属性の魔力をまとわせることにより、斬られたやつへの様々な効果がある。さっきみたいに火の属性なら相手を燃やすみたいなことだな。


残りの1人も俺があっさり斬り捨て、他に敵がいないことを確認すると、東西の小屋を調べることにした。

西の小屋は武器が置いてあっただけで特に変わった所はなく、次に東の小屋を見ると、地面に引き上げ式の扉があった。

開けてみると地下へ降りる階段になっていたんで、俺らは用心しながら下へと降りて行った。


地下の倉庫はむせ返るようなひどい臭いが充満しており、手前には鎖でつながれた男性や子供が一様に下を向いて泣いている。

その奥の広場では男どもが酒を飲みながら女を抱いており、一段高い椅子の置かれた場所では頭目であろう不細工な男が長い金髪の女を抱きあげながら汚い笑い声をあげてやがった。


「ひどい……」


「この世の地獄とはこういうのを言うのでしょうか……」


サラとアイシャが手で口元を抑えながら心情を口にする。


「俺としても女を無理やりってのは性に合わん。さっさと皆殺しにするぞ」


「はい! 」


アイシャが弓を構え、サラも剣に炎をまとわせる。

その内に酒を飲んでいた男の1人がこちらに気付き、他の男たちに声を掛けつつ剣を取ろうとするが、酒のせいで足元がおぼつかない。

頭目の男もこちらに気付いたようで女を投げ捨て、裸で剣を取ってこちらに身構える。


「貴様らは誰だ! 上の奴らはどうしたんだ!? 」


「悪いが上の奴は全員死んでもらった。心配するな、お前らも全員同じところに送ってやるよ! 」


相手は40人ほどだったが、皆酒に酔っているうえにろくに衣服も着けていない。全力を出すまでもなく俺らにあっという間に殺されて残ったのは不細工な頭目ただ1人。


「たっ助けてくれ……! 金ならある!全部やるから助けてくれ……! 」


頭目がみっともなく跪いて命乞いをする。


「悪いな。俺は約束は守る男だ。お前ら皆殺しにすると言った以上は守らなきゃならん」


「たっ助け……! 」


これ以上こいつの不細工な顔を見る気もないんでさっさと頭を斬り飛ばした。


ふと頭目に投げ捨てられた女を見てみる。裸で全身傷だらけだが、長い金髪で目鼻立ちも良く、一目でかなりの美人だという事が分かる。


女はバーンを見上げながら


「リューシュ……」


と言って意識を失っちまった。


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人さらいの拠点壊滅から2時間後、後続の領主の兵に後始末を任せ、俺達は一足先に領主の館へと戻っていった。


戻ってくる際に、どうも気にななりつい金髪の女を一緒に連れて戻ってきてしまった。

下心が見え見えだったようでサラとアイシャはやや不満げである。


「バーン様? わざわざこの子だけを連れてくる必要性はなかったと思いますが? 」


「まさかこの子の傷が治ったら一緒に魔王討伐に連れて行こうなんてことは考えていませんわよね? 」


「ははは……まさか!ただ、こんな可愛い子をあのまま置いておいたら可哀そうだと思ってね! 」


俺の愛想笑いに2人はため息をつくが、王都でも貴族のご令嬢に粉をかけていたのを知っているためか、もはや怒る気にもなれないようだ。


とりあえず女は自分たちが寝ていたベッドに寝かせることにした。


ただまぁこの女は他に捕まっていた女性たちとは明らかに違う気がするな。

もしかするとあのクソ野郎が助けてくれって言ってた冒険者がこの女か?

それなら一度『真実の眼』で見ても面白そうだ。


『真実の眼』を発動させてこの女を観察することにした。


おお!? これは大当たりじゃねえか!


女から発せられるオーラはサラやアイシャに勝ると劣らぬ強さであり、秘めたる才能もなかなかのものである事がうかがえた。


こりゃサラの言う通りに俺のパーティーに加えちまってもいいかもしれねえな。

こういう傷物の女ってのはちょっと優しくしてやりゃコロっといっちまうもんだ。

それにあのクソ野郎の女だったら俺を殴った慰謝料ってことで有難くもらってやるよ!


未だ意識を取り戻していない女を見てほくそ笑む。


とりあえずこの女にはクソ野郎とあのギルドの連中には会わせられねえな。

伯爵様には俺から頼んでクソ野郎をしばらく牢屋から出さないようにしてもらうか。

ギルドの連中もなるべく館には近づけないようにしてもらわなくちゃな!

この女は外に出さないようにして後は俺の誘い文句で……


あれこれと最高神の信託を受けた勇者とは思えない邪な考えを巡らせる。

俺は今後の旅に自分の女が増える楽しみを思うと、心の中で笑いが止まることはなかった。



それから夜が明け朝の陽ざしがベッドに入る。

その眩しさにティアナは目を覚ます。

暖かい光と、明らかに自分を包む冷たい地面とは感触の違う違和感にティアナは半身を起こし、辺りを見渡す。


「ここは……? 」


今まで私は地下倉庫の地面に転がされ、醜悪な男達に弄ばれていたはず……

思い出したくない記憶で思わず両手で自分の身体を抱きしめる。

身体もガクガクと震えだす。

でも……私が今寝ていたのは今まで見たこともないような豪華なベッド。

衣服もあの男達に剥ぎ取られていたはずなのに、身体を見てみたら真っ白な上下の下着とネグリジェが着せられている。

ボロボロにされていた金髪も櫛ですかれたようで本来の美しさを取り戻している。


「私は死んじゃったの……? ここは天国? 」


環境の激変に頭を悩ませていると、突然後ろで扉の開く音がした。

振り返ると、同じ輝くような金髪で蒼い眼をした美青年が現れる。


「やあ、やっと目覚めたようだね? 」


透き通るような声で自分に近づきながら語りかけてくる。


「あなたは? 」


「紹介が遅れたね。僕はバーン。最高神バーゼル様より勇者の信託を受け、魔王討伐へ向かう者さ」


「勇者? 」


「そう、僕たちは魔王討伐のための仲間を集めている最中でね。ちょうどこのフォスターに寄った際に依頼を受け、犯罪者どもの拠点を叩き、君を助け出したのさ」


リューシュが……リューシュが助けを呼んでくれたのね!


よかった……本当によかった……


思わず涙があふれる。


「有難うございます勇者様。リューシュという冒険者からの依頼をお聞きいただきありがとうございます。私は冒険者でティアナと申します」


私はバーン様に対して頭を下げる。しかしバーン様は首を振ってそれを否定した。


「いや、僕はリューシュという者からは依頼を受けていないよ? 僕はここの領主であるフォスター伯爵からの依頼で君達を助け出しただけさ」


え? 依頼を受けていない?

でも私が囮になったことを知っているのはリューシュだけ……依頼を出すならリューシュやバッシュさんたちギルドのはず……え?どういうことなの……?


予想外の答えに私の頭は混乱してしまう。


バーン様が混乱している私に、矢継ぎ早に話しかけてくる。


「ギルドからの情報提供はあったみたいだよ? ただギルドでは特に動くことはなく伯爵様に丸投げだったそうだ。それで伯爵様が困っていた所に僕がやってきたというわけ」


「ひどい話だよねー? 君が捕まっていたというのにギルドもそのリューシュとかいう冒険者も何にも動かなかったなんてね? 」


「領主様は大事な領民を助けるために必死で手を回していたみたいだよ? 君が捕まっていた拠点も伯爵様の兵と共同で制圧したからね! 」


「僕が犯罪者どもを全員倒した時には、だれも助けに来た冒険者達はいなかったしね」


「そんな……リューシュは……バッシュさんはきっと……」


え……? え……? どういうこと……?


思考が働かず、上手く考えられない。


「だって君が助かるまでには3日も掛かったんだよ? 冒険者達であったならすぐに助け出しただろうさ」


「でも冒険者たちは助けに来ず、領主様の兵と僕が助けに来た」


「つまりはそういうことだよ。君は見捨てられたんだ。自分の命可愛さのあまり・・・・ね? 」


嘘……? 嘘よね……? そんなはず……?


私はもう何が何やら訳もわからなくなり、両手で顔を覆って固まってしまう。

でも、そこへ勇者様が信じられないことを言い始めた。


「ティアナちゃん、今はしばらく休んだ方がいいかもしれない。けれど1つ聞いてほしい」


「え? 」


「僕には勇者となった際に1つ技能を授かった。『真実の眼』というやつでね。これで人を見ると相手の隠れた才能などを見ることが出来るんだ」

「申し訳ないけど君をここに連れてきた際に、その『真実の眼』で覗かせてもらった。そしたら君には溢れんばかりの才能があることが分かったんだ、君の特技や魔法は何かあるかい? 」


「私は……回復魔法と火魔法を初級くらい……この前『炎の壁』を覚えたくらいです」


「ふむ……恐らく君は実力をつければかなりの魔法使いになれると思う。それこそ賢者と呼ばれるくらいにね」


「え……私が……賢者に? 」


賢者とは魔法を極め、人々から崇められる人のことを言う。

その昔、賢者と呼ばれた者達は、戦場において1人で戦局を覆したとも、遺跡に眠っていた遥か昔の強力な魔王の眷属を打ち倒したともいわれている。


「そうだ。僕との旅で実力をつけて賢者となり、一緒に魔王を討伐してくれないか? 」


「そんな……急に……」


「君には力がある! それこそこんな辺鄙な街でくすぶっているような人じゃないよ! さあ、僕と一緒に旅立とう! 魔王を倒して皆から崇められる賢者になろうよ! 」


「それとも……」


「君はここに残るのかい? 君を見捨てた人たちと一緒にずっとここで暮らし続けるのかい? 」


勇者様の言葉に私の心が揺らめく。

賢者になれるかもしれない……

男達に弄ばれ自分の弱さを痛感したあの時、リューシュ達は……助けに来てくれなかった……


「しばらく……考えさせてください」


ようやく声を絞り出して答える。


「うん、今は無理せず考えてくれればいいさ。でも僕達はすぐに旅立たないといけないからね」


「は……はい……」


そう言って勇者様は部屋の扉を閉めて出て行った。

しばらく呆然としていたが、やがて疲れを覚えて再びベッドで眠りにつくことにした。


もう……何もわからない……眠ろう。今は眠ろう……


眼を閉じると瞼の裏にリューシュのような顔が見えたが、すぐにそれは消えていき、意識も深く沈んでいった。



俺はティアナちゃんにあれこれ吹き込んだ後、サラとアイシャにティアナちゃんに付いて面倒を見るよう指示し、伯爵と面会した際にはティアナちゃんを勇者一行に加えたいことを伝え、

ティアナちゃんを外に絶対出さないようにするこ。

面会が来ても絶対に会わせないようにすること。

また牢に収監されているクソ野郎の釈放を俺が良いというまで延ばしてくれという約束をさせた。


くっくっく! これであとは時間を掛けてティアナを俺の女にするだけ。全くよお! 小さい街だったが新しい女に金貨200枚! 良い街だったぜ! 


深夜、館の別室でサラとアイシャがベッドに裸で眠っているのを横目に勇者が心の中で高笑いをする。


「さーて、あとは明日になって最後の仕上げをしたら完璧だな」


「あのクソ野郎に殴られた分はきっちりお返ししないとな……くっくっく」


サラ達に聞こえないよう俺は小言で呟く。


思わぬ拾いものをしたフォスターでの街の夜が再び更けていく……

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