第五話 すれ違う2人の心
勇者バーンはサラとアイシャとともにフォスター伯爵の館にて豪華な食事による歓待を受けていた。
「うーん、やはり伯爵領の小麦は良いものですね」
サラがちぎったパンにバターを塗って口に入れる。
「牛肉も柔らかくしっかりと味がしていて、これは王都でもなかなか食べられないくらい美味しいです」
アイシャが牛肉のステーキを器用にナイフとフォークで切り分け美味しそうに食べる。
「ワインは隣国のノイシュ王国の名産地から取り寄せました」
伯爵がメイドに目配せしてバーンの空いたワイングラスに赤ワインを注がせる。
「ほう、いい匂いだ」
バーンはグラスを揺らして匂いを嗅いだ後、ワインを一気に空ける。
一行は伯爵の用意した食事に大いに満足していた。
伯爵としてもギルドでの騒ぎに戦々恐々としていたが、バーン達の様子を見てホッとしていた。
だが、終始笑顔で一行に対応していた伯爵ではあるが、内心は穏やかではない。
領地内で発見された人さらいの拠点をどうするか、金と治安を天秤にかけ、伯爵が頭を悩ませていると、勇者が空になったワインをテーブルに置いて伯爵へ語り掛ける。
「フォスター伯爵様、何かお悩みですか? 」
「は? いやいや、何も悩みなど……」
「領内にいる犯罪者どもの拠点についてですかな? 」
「うっ……」
くっくっく、図星か……まぁそりゃこんな時期に犯罪者どもがいるって分かれば気が気じゃないわな。
内心ほくそ笑みつつ、口では丁寧な口調で心配している振りをする。
「私としても犯罪者が野放しになっている現状には心を痛めます。大事な領民も捕まっているという事ですし、その者達を大事に思う伯爵様でしたらきっと助けたいとお思いでしょう」
「ですが私の見た感じ、伯爵様はそこまで兵をお連れになってはいないようだ」
「ううっ……」
伯爵の額から汗が流れる。
「どうでしょう? ここは勇者である私が伯爵様の兵に代わって拠点を潰しに行くというのは? 」
明らかに金が目当ての申し出に、ハンカチで汗を拭きながら伯爵はバーンに笑顔を見せる。
「そっそれは有難いことです。しかし勇者様にそこまでしていただくわけには……」
「いえいえ、私も勇者です。困っている方々を救うのは使命のうちですから……」
「ですが魔王討伐にはお金がかかるもの。拠点を潰したあかつきにはどうか伯爵様からのご支援も頂きたいものです」
一連の伯爵と勇者のやり取りを見て、食堂の隅で立っていた代官のラミアンは心底バーンを軽蔑していた。
はあ……まさか勇者がこんな奴だったとは……すまなかった……バッシュ殿……
ラミアンも館でのバッシュとのやり取りは必ずしも本意ではなかった。
ギルドや冒険者のおかげで主要な生産品の小麦が安全に収穫できているのは事実。
出来ることならバッシュや冒険者を助けてやりたいと思っていたし、そう思うからこそ勇者が来るとわかった際、すぐにバッシュに報せたのである。
だが結果は期待していたものを大きく裏切ってしまった。
勇者に選ばれるのに必要なのは実力のみか……
魔王を討伐できたとしても、このバーンとか言う男は庶民や貴族をただの石ころと金づるにしか思わんのだろうなあ……
そう考えたラミアンは、心の中で長いため息をついた。
伯爵はバーンからの申し出に、最初は答えに窮していたが、頭の中で金勘定をした結果、勇者に任せた方がまだマシであろうという結果に辿り着く。
自分の兵に犠牲が出ないならばそれに越したことはない。勇者が討伐に成功すればその支援を行ったという事を大々的に宣伝すればいい。
よしんば討伐に失敗しても、その後我々の兵で攻め寄せれば、犯罪者も無傷では済まないだろうし楽に勝てるはず……と
伯爵がひきつった笑いで答える。
「分かりました勇者様、もしよろしければどうかあなたのお力をお貸しください。それでご支援のほどですが金貨100枚……」
「200枚! やはり私達も命を懸ける以上はそれくらい頂かないと」
俺としてもそれくらいもらわなきゃやってられねえよ。あんなクソ野郎の小銭でなんか絶対受ける気なかったしな。
「――! 」
大陸での金貨の価値は1枚でフォスターの家族なら半年を満足に暮らせる額である。
金貨200枚もあれば各国の王都の一等地に豪華な屋敷を立てることが出来るほど高額だ。
思わぬ額に伯爵も焦るが、背に腹は代えられぬと決心し嫌々ながら頷く。
「勇者様、討伐出来ましたら金貨200枚間違いなくお支払いいたします。討伐を確認次第お支払いするという事でよろしいでしょうか? 」
「構いません。私としてももう少しフォスターの食事を味わいたいものですので」
食事ももっと寄越せという脅迫めいた言葉ではあるが、伯爵もこれ以上は交渉の余地がないと判断する。
「それでは勇者様、犯罪者どもを討伐するのは今夜ですか? 」
「いや、今日はさすがに疲れたので休ませてもらいたい。そうだな、討伐は明日の夜にでもしようか」
「分かりました。では手の者にお部屋に案内させましょう。おい! 勇者様一行をお部屋にご案内しろ」
メイドや執事達が扉を開け部屋へ案内しようとすると勇者がそれを手で制してサラとアイシャを呼び寄せる。
「いやいや、さすがに3部屋も占有するのは申し訳ない。我々には1つ大部屋をお貸しいただくだけで結構ですよ」
色狂いが! 伯爵は心の中で毒づくが笑顔は崩さない。
「分かりました。客室でも王族が使う最も大きいお部屋にご案内させます」
「そうか、ではよろしく頼む」
そう言ってサラとアイシャを両手に抱いてバーンは食堂から出ようとするが突如足を止める。
「ああ、そうそう伯爵様」
「何でしょうか勇者様」
「ギルドでの件、伯爵様ならどうすべきか分かりますよね? 」
「分かりました。こちらで対処いたします」
最期の念押しをして勇者は食堂を後にした。伯爵は椅子に座るとこめかみを指で押さえてため息をつく。
これからどれだけの金が自分の金庫から飛んでいくのかと気が気でない伯爵であった。
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リューシュ……なぜ助けに来てくれないの?
私を見捨てたの?
もう私の事なんてどうでもいいの?
ねえ……私を助けに来てよ……リューシュ……早く助けに来て……
いつかきっと……きっとリューシュ達が助けに来ると思って、私は何人もの男に囲まれ弄ばれても必死に耐えてきた。
地下倉庫の奥では、私の大事なものを奪った男が別の女性を抱き、その様子をニヤケながら見ている。
もうすでに何人の男に蹂躙されたのか数えたくもない。
まるで永遠に続くような責め苦に次第に私の心はすり減っていく。
あとどれくらいこれが続くんだろう……
私は一生このままなのかな……
もう……ダメなのかな……私……
リューシュの顔が浮かんでは消え、浮かんでは消える。
もう何度目かもわからない涙が、眼からこぼれて頬をつたって流れていく……
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リューシュは南の城門の地下牢でうなされていた。
バーンに殴られ蹴られ続けた結果、もともと完治していなかった身体の傷が開き熱もぶり返しており、意識も朦朧としながらティアナの名を叫び続ける。
ティアナ……絶対助けるから……絶対助けるから……
見張りの衛兵もその様子を見て、やり切れない思いをしながらリューシュの額に水で濡らした布を当てたり軟膏や包帯を巻いたりするなど出来る限りの処置を行う。
「くそう……こいつが何をしたって言うんだよ……相棒を助けてくれって願っただけなのになんでこんな目に会わなくちゃいけないんだ……! 」
見張りの衛兵は、直接的にはティアナが捕まったことやギルドでの一件は知らなかったが、館の衛兵ロルドから事情を聴き、せめて治療だけはしてやろうと仲間の衛兵と交代でリューシュを看病していた。
ティアナ……ティアナ……絶対に……助けるから……
リューシュの眼からも一筋の涙がこぼれ落ちていった。
そうしてティアナが捕まってから2日目の夜も明けた。
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