第四話 勇者の算段

時刻は昼を過ぎ爽やかな風が流れる街道を、切り揃えられた金髪で青空のような澄んだ蒼色の眼をした美形の青年と、短い茶髪と肩までかかる長い金髪のまるで美の女神ウィーナを思わせるような美しい2人の女性が、馬に乗ってゆったりと進んでいた。


「あ~あ、王都を離れていちいち田舎まで行かなきゃいけないのかよ……」


その顔にそぐわぬだらしなさそうな声を出しながら、青年バーンは心底面倒くさそうに顔を空に向ける。


「仕方ありませんよバーン様。私たちが魔王を討伐するためには資金や仲間は必要です。いろんなところを回って地道に行きましょう」


茶髪の女性サラが勇者を窘める。


「フォスター伯爵領は小さいですが、ハイゼル王国でも屈指の小麦の生産地です。得られる資金や食料も豊かでしょうし、寄っておいても損はないでしょう? 」


金髪の女性アイシャも続けてサラの援護射撃をする。


「しゃーねえなあ! 可愛い女の子でもいたらいいんだけ……」


「バーン様? 」


気を取り直したバーンがニヤケ顔で女性の事を口にすると、サラが顔を引きつらせながらバーンを見つめる。


「じょ冗談だよ冗談! やっぱサラとアイシャが最高だよ!一番だよ! 」


バーンがバツの悪そうな顔で2人を見渡す。


バーンは神の信託を受けた勇者だ。

勇者とは、予言にてバルナーク大陸に魔王が出現した際、ローレン教の最高神バーゼルによって選ばれる者である。

ローレン教はバルナーク大陸では広く信仰されている宗教であり、大陸の各国では勇者誕生の際には出来る限りの支援を行うと条約が結ばれている。

魔王の出現には決まった法則などはないが、出現と同時にその周辺のモンスターなどの活動が活発になり、新種で凶暴なモンスターも現れるとのことであり、現在大陸北東部にあるブロッケン連合国でそういった情報が報告され、最高神の勇者の信託も降りたため魔王出現が確実と判断された。


バーンはバイゼル王国の王都ロイエンで活動していた黄金級冒険者であったが、信託にて一度ローレン教主国へ赴き、最高指導者である教皇より認定を受け再びバイゼル王国に戻ってきた。


サラとアイシャはローレン教主国でそれぞれ親衛隊に所属していたが、バーンによってその力を見出され勇者パーティーの一員として魔王討伐に加わることとなった。


魔王出現の地とされるブロッケン連合国は、ローレン教主国やバイゼル王国と大陸中央にあるゴーヴァル湖を挟んで反対側に位置しており、直線距離で言えば湖を渡るのが速いが、水棲系のモンスターも多くて危険であり、北回りにはバッシェン大山脈が大陸を縦断するように横たわっているため、南周りでの移動が最も速いとされている。


そのため勇者一行は、道中で条約に基づいた資金などの援助を受けるため、こうしてフォスターへ向かっているというわけである。


「まぁ、フォスター伯爵様はケチで有名だが金は持ってるからな。せいぜい豪勢に歓迎してもらって資金もふんだくれるだけふんだくるさ」


「バーン様、そんな下品な言葉は使わずにもうちょっと穏やかな言葉遣いに……」


アイシャが不満げな顔をして勇者に注意する。


「んなこと言ったってなあ……今まで冒険者をやってきた俺がいきなりお前が勇者だ!って言われてはいそうですかとすぐに言葉なんか直せねえよ」


「それはまぁ……そうですが」


「いやいや! バーン様はそういうお言葉の方が強さがにじみ出て素晴らしいですよ! 」


サラは勇者にぞっこんなため、あまり気にしてないようである。


アイシャはため息をつくがそれ以上小言を言うことはなかった。


「フォスターまではあとどれくらいだ? 」


バーンがアイシャの方を向いて尋ねる。


「少々お待ちください」


アイシャは眼を閉じると、心の中で一心不乱に空から世界を見る鷹をイメージする。


するとアイシャの視線が遥かに高く雲に届かんばかりに上がり、自分たちを見下ろす形になる。

今アイシャが使っているのは、弓を扱う兵士などでも覚える者がかなり少ない魔法『鷹の眼』である。


『鷹の眼』は空からの視点により自分たちの位置や街や集落、さらには夜間でも隠れている敵の位置などが見えるようになるため、奇襲や伏兵などへの対応が格段にやりやすくなるのである。


「見えました。ここからですとあと2時間ほどでの到着かと」


「そうか、俺らを狙っているようなバカもいないよな? アイシャ」


「はい、辺りには人や馬車などは見受けられませんでした」


「じゃあさ、退屈になってきたからよ。ちょっとここらで休憩しないか? 」


「「え? 」」


前を進んでいたバーンが馬の足を止め、2人に向き直してニヤリと笑う。

サラとアイシャが一瞬ハッとするが、すぐにその意味を理解して顔を赤らめる。


「だってよー、昨日は晩餐会とかなんやらで全然出来なかったからもう溜まってて仕方ねえんだ。どうせ予定では夕方に到着ってことになってるんだし、別にいいだろ? 」


「しかし……」


「いいじゃんいいじゃん! なぁ2人とも。お前らだって本当はしたくてたまらねえんだろ? 」


サラとアイシャはしばらく考えたが、もじもじ体を動かすと馬から降りて街道の端へと馬を曳いていく。


「しっしょうがないですね……勇者様をお慰めするのも役目でありますし……」


3人は適当な木に馬を繋ぎ、森へと入っていく。そのすぐ後には森の中から艶やかな嬌声が流れ始めるのであった。




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フォスターの街は勇者がやってくるという事で俄然騒がしくなっていた。

領主の館ではすでに到着したフォスター伯爵と代官のラミアンやその部下たちが忙しく動き回り、街も領主の命を受けて中心の通りや目に付く建物の清掃などが行われている。


バッシュもやってきた衛兵から勇者が一行の仲間を集めるために、ギルドに立ち寄るとの報せを受け、ティアナの事を気にしつつもギルド内の酒場やカウンターの清掃を職員らとともに行っていた。


「勇者が来てくれる……勇者ならきっとティアナを助けてくれるはずだ」


苦境の最中に現れたまさに救世主にバッシュの心も俄然沸き立つ。

自然とカウンターを拭く手にも力が入る。


やったぞリューシュ! 神様は俺たちを見捨てていなかった!


心の中でバッシュは嬉しそうに呟いていた……



うう……外が騒がしいな……


僕はいつの間にかベッドで眠っていた。バッシュさんが運んでくれたのかな……?

けれどなにやら外の騒がしい。

自分の額に手を当てる。

昨日よりは熱は下がった感じだが、まだだるさが抜け切れていない。

相変わらず体中は痛むけど、ティアナのことを思えばそれくらいは痛みのうちじゃない。


早く助けに行かないと……


体中汗でべっとりしているが布で拭いてる時間などない。急いでベッドから飛び起きると服と皮鎧を着て僕ははギルドへと向かうために階段を駆け下りて賢者亭の外へと走り出す。


街の人はいまからお祭りでもするみたいに騒がしい。

いったい今から何があるんだろ?

不思議に思いながらギルドに入ると、中ではバッシュさんが酒場のテーブルを拭いていた。

僕の姿を見るとすぐに駆け寄ってきた。


「リューシュ! お前もう大丈夫なのか! 」


「うん、まだだるいけどなんとか」


「喜べリューシュ! ティアナを助けられるかもしれん! 」


バッシュさんからの思いがけない言葉に僕は思わず言葉を失う。


「え? 」


「神様の思し召しだ! 勇者がな! 勇者がこの街にやってくるんだ! おそらくもうすぐ!それにこのギルドにもやってくるはずだ! 」


「ほっ本当なの? 」


信じられない……まさか神様が僕たちのために勇者様を遣わしてくれたのかな……!?

まるで夢のようで思わずバッシュさんの腕をつかんでしまう。


「本当だとも! 今日の朝一番に衛兵が来て知らせてくれた! 領主様も昼過ぎにやってきて館で勇者をお迎えする準備をしているんだとよ! 」


バッシュは涙ながらにリューシュに抱き着く。

僕も思わず涙を流してしまった。


ティアナが・・・・ティアナが助かる・・・・


僕はバッシュから離れると、ティアナの顔を思い浮かべ、ぐっと拳を握りしめる。


「まず勇者様はギルドに寄って、魔王討伐の一行に加われるような力を持った奴を探すそうだ。その時にお前や俺から事情を説明すればきっと助けてくれるはずだろう! 」

「他にも旅の資金を得る目的もあるそうだから、ギルドとしても依頼をする以上は勇者に報酬として金を出さなきゃならん! 出せるだけのギルドの金は出すつもりだ! 」


「バッシュさん! 僕のお金も使ってくれ! 少しでもある方がいいだろ? 」


名案だ!と思って僕は急いでギルドを出て賢者亭へ戻ろうとする。

バッシュはそれを見て慌ててリューシュを止める。


「ちょっと待てリューシュ! 」


「何!? 」


「相手は勇者様だ。くれぐれも粗相のないようにな……! 」


「分かってるよ! 」


ティアナ……もう大丈夫だよ!勇者が!勇者が来てくれたんだ!これで君を助けられる!


心の中で嬉しさがこみあげてくる。

また熱がぶり返したような気はするが、自然と足は速くなっていった。



それから数時間後、陽も沈み始めた頃ようやく西の城門に勇者一行が現れた。

城門やその周囲には一行を歓迎する街の人々が溢れかえり、歓声を上げている。

バーンやサラ、アイシャはそれらに手を上げて笑顔で応える。


城門を抜けたところにはフォスター伯爵と代官のラミアンが立っており、勇者を出迎える。


「ようこそいらっしゃいました勇者バーン様」


伯爵と代官が恭しく礼をする。


「うむ、今日はよろしく頼む」


勇者と一行は馬を降りて伯爵の前に立つ。


「ではまずギルドの方へ行かれますか? 」


「ああ、私達としても魔王討伐のために優秀な仲間は1人でも多く必要だ」


「ではこちらへどうぞ」


「私達は先に館の方に行っていてもよろしいでしょうか? 」


アイシャが勇者に尋ねる。


「ああ、構わんさ。仲間を探すのは俺だけでいい」


サラとアイシャは館に先に向かってもらうことにし、代官に案内を頼んだ。

衛兵が伯爵とバーンを先導して冒険者ギルドまで案内する。



早く……早く勇者様……来てください……!


早くティアナを助けたいと僕の心は焦りばかりが先立つ。

両手に抱えている布袋には、冒険者の皆が出してくれたり僕が今まで依頼で集めたたくさんの銀貨や銅貨、ギルドで出せるギリギリの金額である金貨10枚が入っている。


これが僕達の出せる限界……


でも勇者様ならきっと助けてくれると根拠のない自信が僕の心を満たしていく。


そしてしばらくすると扉が開き、勇者様と伯爵様が姿を現した……!



俺は集められた冒険者を一瞥するなり小さくため息をはく。


まぁそりゃこんな小さな街に俺らについてこれるような強い奴なんかいないわな・・・・


勇者は信託を受けた際に『真実の眼』という新たな力を授かる。

『真実の眼』を使って見た人間の実力や才能が体からあふれるオーラの強さによって分かるのだ。

これによってバーンはサラとアイシャの実力を見出し、実際に2人は勇者一行として見劣りのしない実力をつけるまでになった。


しっかしよう、サラやアイシャよりも弱弱しいオーラの冒険者だらけだな、狼どもと戦っただけで死にそうだぜ……


白けた俺はさっさと館に戻ろうとギルドから出ようとした。

だが、後ろから男の声で呼び止められた。


「お待ちください勇者様」


振り返ると子供が中身の詰まって重そうな布袋を両手に抱えて走り寄って来た。


「お願いがあります!現在東の惑わしの森の奥に山賊か人さらいが拠点を作っており、恐らく周辺の村人が何人も捕らえられております。私の相棒の冒険者も捕まってしまいましたが、私たちの戦力では犯罪者達を倒すことが出来ません」


子供が重そうな布袋を俺に差し出す。


「これはギルドからの報奨金と私が必死で集めたお金と合わせたものです! 何とぞ勇者様のお力をお貸しください! どうかお願いしたします! 犯罪者達の場所は、東の城門から道なりに進んで双子の大ケヤーの木を北にずっと進んだところです! 」


「勇者様、ギルドとしてもどうかお願いいたします」


ギルドマスタ―であろう厳ついオッサンも前に出てきて子供一緒に深々と頭を下げてくる。


広げられた布袋の中身を見ると、金貨が十枚ほどであとは銀貨や銅貨。

おいおい勇者の俺に話振って来るには金が少なすぎやしねえか?


こんなはした金で俺を使おうと思ってやがる馬鹿どもに最高の言葉を送ってやるよ。


「嫌だね」


「え……? 」


予想していなかった言葉のようで、子供は呆然とした顔になりやがった。


「何で勇者である俺がそんなはした金でめんどくさいことをしなきゃいけないんだ? 俺の目標は魔王討伐であって犯罪者どもの拠点潰しじゃねえ。そんなもん伯爵様に頼めばいいだろ? 」


さっさと帰ってサラやアイシャと裸の付き合いがしたかったのに、呼び止められてつい口調が荒くなっちまったぜ。


ちょっとやべえか? 

と思って伯爵の方をチラっと見ると、伯爵は子供の方を睨みつけていた。

危ねえ危ねえ……

まぁ伯爵からしてみれば、俺の機嫌を損ねることはその後の王都での立場もあるし、出来るだけ穏便に歓待したいだろうな。


「申し訳ありませぬ。我らとしても早急に対処いたします。では勇者様、今日は我が屋敷でごゆるりとおくつろぎください」


おーし、伯爵が何とかしてくれるんなら俺はいらねえよな?


そう思ってさっさとギルドから出ようとしたら今度は子供が青い顔をしながら俺のの足元へ縋り付いてきやがった。

しつこいなあ、この子供はよぉ!


「お願いいたします勇者様! どうか! どうか私たちを!ティアナを御救い下さい! 」


「うるせぇ! 」


縋り付く子供を蹴飛ばす。

子供は吹き飛び、ギルドのテーブルにぶつかって転がっていく。


「ちっ嫌な気分になったな。さっさと屋敷に行こうぜ」


靴やズボンを手で払っていると子供が俺を睨みつけてやがる。


「……けんな……」


「あ? 」


「ふざけんな! 何が勇者だ! お前なんか勇者じゃない! 」

「うわああああああ! 」


子供が俺に向かって走ってくるといきなり殴ってきやがった!

予想してなくてつい右頬に拳を食らっちまったが、たかが子供だ。

痛くもかゆくもなかったが、さすがの俺のむかっ腹立ってきたぜ。


「てめぇ……よくもこのおれを殴りやがったな!! 」


俺は逆に子供の顔面を全力で殴りつける。子供は酒場のカウンターにぶつかって倒れるが、それくらいで俺の怒りが収まるはずもねえ。

さらに座り込んだ子供を何度も蹴りつけてやる。


「俺の顔に傷つけやがって! このクソ野郎が! 」


一連の光景にギルドマスタ―やら他の冒険者どもは呆然としていたが、マスターの厳ついおっさんが割り込んできやがった。


「勇者様おやめください! もうこれ以上は! 」


なかなか怒りの収まらない俺だったが、さすがにちょっと疲れてきたので蹴るのをやめた。


「ちっ! おい冒険者ども! 今の事を他の奴に言ったら承知しねえからな! 」


一応他の冒険者どもにも分からせておかないとな。


「伯爵さんよ? この勇者様を殴った奴はどうすべきなんだ? 」


伯爵にも一応俺の気持ちってのを分かってもらわねえとなあ?


「はっ! 暴行の罪という事で牢に入れておきます! 」


衛兵に連れられて行くクソ野郎の姿を見てると胸がスッっとするぜ……

さーてんじゃさっさと館に戻るかな。

伯爵を顎で促して俺はギルドを去っていく。


だが館へ向かう途中に我ながら名案が思い浮かんだぜ。

領地内の犯罪者の拠点……これで金が搾り取れそうだ。

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