第三話 希望と絶望

「頭ぁ! どうしたらいいんですかい!?」


 私を捕まえた男達が、広場で女性を嬲っていたあの下品な男に詰め寄っている。

 どうやらあの男がこの集団の頭目みたいね……


 私はこの拠点に連れてこられ、広場にあった小屋の1つに隠されていた地下倉庫に入れられた。

 手足を縄で縛られ地面に転がされてしまっている。

 頭目の男は、余裕の表情で部下であろう男たちにまくし立てる。


「どうするもこうするもねえだろ。逃げられちまったんならいずれはここがバレて領主の兵どもが来るのは当然だし、早めにズラかるのがいいだろうさ」


「しかし、攫ってきた連中は捕まえた女も含めて12人ですぜ?すぐに逃げるってわけには……」


「そりゃまぁ今すぐスタコラサッサとはいかんが向こうさんも同じだ。フォスターくらいの街なら衛兵やら領主の兵やら合わせても200人ほどだろうがな」


「そんなにいるんですかい……」


「安心しろ。そいつらをすぐに集めるといっても領主と雇っている兵士は王都の方に住んでるし、街の衛兵をかき集めても100人もいねえよ。だいいち衛兵どもは街を守るのが役目だ。全員でこっちに来るわけにもいかねえから攻めてくるとしても50人くらいだな」


「捕まえた女も冒険者みたいですし、逃げたやつが冒険者を集めて一緒になって攻めてくるなんてのは……」


「はっ! 冒険者にそんな気概はねえよ? それに数も少ねえんだし、衛兵と一緒になったところで烏合の衆だ。俺らの敵じゃねえ。それにいざとなったら女を人質にして逃げればいい」


「手下には、既にノイシュ王国にいる贔屓の商人に頼んで運搬用の馬車を5台ほど手配するよう指示を出しておいた。ちと遠いところにいるから着くのは早くて5日ほどだろうな」


「さっすが頭!」


「まぁ頭のいい奴がすぐにここに攻めてくるかもしれんし、街道などに見張りは置いておくがな。」


「っつーわけでだ! 俺らにはどうしても時間が余っちまう!」


 頭目が私の方に顔を向ける。見るのも嫌な笑顔で見られると、この後に私のたどる結末が頭に浮かんでしまう。逃げようと体をよじるが、思うように体が動かない。恐怖のあまり体も震えだす。

 後ろを見ると外にいたであろう部下達も集まって10人前後の集団になっていた。


「せっかくこんな美人が手に入ったんだ。奴隷として売り飛ばす前に楽しまなきゃ損だよなあ?」


 地面に寝かされていたティアナを抱き起すと、男は身体中を触り始め、頬を舌で舐めだす。


「~~~~~! 」


 気絶しそうな口臭と体臭が間近に迫る。悲鳴を上げようしても布で塞がれた口では声にならない声しか出てこない。


「野郎ども!景気づけに今日は派手に楽しもうぜ!」


 オオオオオッ!と男たちの歓声が上がる。


 頭目は皮鎧をナイフで剥ぎ取り、私の着ていた麻布のブラウスとハーフパンツを手で破り捨てた。

 下着なんか着けていない。

 破かれた服の下から肌と胸が露わになり、隠したいと思ってもどうにもできない。

 男達の視線が、私の身体へと注がれているのが分かり、恐怖と恥ずかしさが私の頭の中を支配する。


 恥ずかしさと恐怖で涙があふれてくる。

 リューシュの顔が思い浮かぶ……

 ずっと一緒だったリューシュ。

 いつも私の隣にいたリューシュ。

 いつの頃だろう。リューシュがこっそりお金を貯めて畑を買おうとしてることを知ったのは。

 昨日はそれを聞きたくて結局聞けずじまいだった。

 リューシュの夢を知ってから、畑を耕していくという生活もいいなと思い始めた。

 もし、リューシュが僕と一緒に暮らしてくれと言ってきたらOKするつもりだったんだよ?


 だからリューシュ! 助けてリューシュ!

 お願い! これが夢だったら早く覚めて!


 頭目はズボンを脱ぎ、私を強引に地面に押し倒した。

 ロクな抵抗も出来ずによろけてその場に倒れてしまう。

 周りでは部下達が、捕まっていた女性達を倉庫の中央に引っ張っていくのが見えた。

 鎖に繋がれたままの男性と子供の怒号や泣き叫ぶ声が聞こえる。



 リューシュ! 助けて! リューシュ!!!

 うっ! いやあああああああぁぁぁぁぁぁ――――……!!!



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 ティアナの悲劇から数時間後……



「うっ……」


 ベッドの上で目を覚ます。目に入った天井は見慣れた場所のように見えた。おそらく僕の部屋だろう。


「ここは……? 」


 まだ頭がボーっとするが、どうにかフォスターへ辿り着けたようだということは分かる。

 体中には包帯が巻かれ、キュリア草で作られた軟膏の匂いがする。右肩の痛みはまだひきそうにない。

 暫くベッドの上で周囲を見回していたが、思考と記憶が繋がるとベッドから転がり落ちるように飛び出し、扉を開けようとドアノブに手を掛ける。

 するとドアノブを回す前に扉が開かれ、思わず通路に飛び出してしまった。


「大丈夫か! リューシュ! 」


 扉の前にいたのはバッシュであった。

 僕は必死でバッシュに縋り付いた。


「ティアナを! ティアナを助けないと! あいつらにきっと捕まってる! 早く助けに行かないと! あああああ……! 」


 バッシュは後ろに倒れそうになるが、どうにか踏み止まるとリューシュを自分から引き剥がして一喝してどうにか冷静さを取り戻させようとした。


「落ち着け! 事情を知ってるお前がそんなに喚いてちゃ何があったのかすら分からん! とりあえず深呼吸しろ! 」


 涙と鼻水でグチャグチャの顔だったけど、深呼吸を何回かすると少しは落ち着けた。

 バッシュには、薬草採集で森の奥へ入った際に柵に囲まれた場所を見つけたこと、逃げる途中で見つかってしまい、ティアナが囮になって自分を逃がしてくれたことをどうにか伝えることが出来た。


「くそ! そんなところに隠れてるとなりゃ山賊か人さらいの連中だ! お前が逃げ切ったってことはバレてるだろうから連中その拠点を捨てるかもしれん! 」


 バッシュさんが拳を振り上げながら叫んだ。


「そんな! ティアナが捕まってたらあいつらに連れてかれてしまう! バッシュ! 頼む! ギルドで衛兵や冒険者に俺と一緒にティアナを助けに来てくれるよう頼んでくれ! 頼む! お願いだ! 」


 僕にはもうバッシュさんしかいないんだ……


「分かった! 今すぐに領主の館へ行って頼んでくる! だがお前は無理するな!まだ怪我だって治っちゃいないんだからな!」


 バッシュさんは僕を足から引き剥がして、すぐさま階段を駆け下りて外へ出ていった。


 こんなとこにはいられない……

 そう思うと居てもたってもいられず通路の手すりにしがみつきながら階段を降り、僕も後を追うように外へ出た。


「ティアナ……待っててくれ……助けに……絶対助けに行くからな! 」


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「ふざけるな! あんたらの領地に山賊か人さらいが拠点作ってんだ! さっさとぶっ潰すべきだろう! 」


「そうは言っても俺らは衛兵だ! ここフォスターを守ることが任務であって、おいそれと街の外へ出て行くわけにはいかん! 」


 領主の館の正門でギルドマスターの俺と衛兵が激しく言い合っていた。


 しばらくするとそのやり取りが聞こえたせいか、館玄関の明かりが点き、中から代官が煩わしそうな顔をしながら出てきた。


「こんな夜に何をやっているのです? 」


「はっ! ラミアン様! 申し訳ありません! 冒険者ギルドのバッシュが領地内に犯罪者が拠点を作っているとのことで早急にこれを討伐してほしいとのことです」


 衛兵が代官のラミアンへ向き直り敬礼する。

 ラミアンはバッシュに対して一礼を交わし、慌てて俺もそれに返礼する。


「バッシュ殿、ギルドの仕事には毎回感謝しています。ですがもう夜で城門も閉まっております。また衛兵の目的はこのフォスターの街を守ることです。それに小麦の刈り入れも済んで王都への輸送のため護衛に兵が必要です。申し訳ないですがそれが終わるまでは待てないでしょうか? 」


「それでは遅いのです! 冒険者2人が襲われ、1人が犯罪者に捕まってしまいました。相手は恐らく山賊か人さらいです。悠長に待っていては相手に逃げられてしまいます! 」


「ですが我々もこの時期にはみだりに兵を動かすなと伯爵様から厳命されおります。その捕まった冒険者には申し訳ないのですが、我々も伯爵様の命を守らねばなりません」


 これが無理なお願いという事は重々承知している。だが彼らを、リューシュとティアナを助けたい!

 そういう一心でラミアン様に食らいついていく。


「勝手なことと承知しています。ですが我々フォスターの大事な冒険者を救っていただきたい! どうか領主様のお慈悲をいただきたいのです。どうか衛兵を派遣してください! 我らの冒険者も全員駆り出してでも戦力を出しますのでどうか! どうか! 」


 跪いてラミアンに願いを請う。

 しかしラミアン様からの言葉は辛いものだった。


「お気持ちは分かりますが、我らとしてもそれには承諾できません。必ず明日の朝一番に早馬で事情を知らせますので今日はお引き取り下さい」


 そう言ってラミアン様は館へと引き返して戻っていってしまう。

 俺はなんとしても訴えを聞いてもらいたいと思い、跪いたまま正門の鉄柵へ縋り付いた。


「代官様! お願いします! どうかお願いします! 」


 だが無情にも扉は閉まる。


 歯がみをしながら道路の石畳に拳を殴りつける。何度も叩きつけたせいで拳から血が流れだしてきたが、あいつらの苦しみに比べれば俺の拳なんて……


「くそ! くそ! くそおおおおお! 」


 衛兵がその様子を見て鉄柵の中から俺の肩を優しく叩く。


「バッシュさん、俺らも助けてやりてえが伯爵様の命には従うしかない。ここの小麦のおかげで皆ここで生きていけるんだ。すまねえな……」


 分かってるよ! そんなこと!

 だがな! あいつらを村から出てきて冒険者になってからずうっと見てきたんだ!

 俺にとっちゃ子供みたいなもんなんだ! 誰だって自分の子供は助けたいだろ!


 心の中で叫ぶが、状況は変わるはずもなく肩を落としながら領主の館を離れ、ギルドへ戻っていく。


 冒険者を集めて全員でいけば……

 そんな考えが何度も浮かんでくる。

 しかし、他の街はともかくフォスターの冒険者集めても10人ほど、依頼もモンスター退治や薬草採取などが主に受ける依頼だ。

 人を殺した経験どころか傷つけた経験すらロクにない連中と、人を襲うことを生業としている連中では、拠点に攻め込んで戦ったところで話にならない。

 現状で最も期待できる方法は、やはり朝一番で事情を領主に知らせ、兵を派遣してもらう事しか……


 すぐには助けることが出来ないという事を……どうやってあいつに……リューシュに伝えりゃいいんだ!

 ……くそ!


 道路に転がっていた石ころを蹴飛ばす。石は少し飛んだあと道路に落ち、不規則な軌道を描きながら転がっていく。


 ギルドの前に差し掛かったところで入り口に寄りかかっているリューシュを見つけた。向こうもこちらを見つけるとヨタヨタと不安定な足取りで近づいてくる。

 俺は慌てて走り出して倒れそうになるリューシュを抱きかかえる。


「バカ野郎! 無理すんなって言っただろ! 」


「分かってるよ……でも……でも早くティアナを助けたいんだ……」 


 リューシュが寒そうに震えている…?

 もしや!?


 俺がリューシュの額に手を当てる。


 まずい! かなりの熱がある。急いで寝かさないと!


 抱きかかえられているリューシュは、虚ろな目で俺を見つめる。


「バッシュさん……もちろん領主様は兵士を出してくれるって言ってくれたよね?」

「ティアナを……きっと助けられるよね……? 」


 その問いかけに頷こうとしたが、やっぱり嘘はつけない……俺は首を横に振った。


「すまねえ……領主様は今ここにいない、代官様が出てきてくれて話をしたが、すぐには兵を派遣できない……と」

「リューシュ……すまねえ……本当にすまねえ……」


 リューシュの顔がみるみる蒼くなっていく。


「そんな……」


 涙を流す俺を突き飛ばすと、リューシュはヨタヨタと歩き出す。

 慌てて走り寄ってリューシュを再び抱きかかえる。


「何考えてんだ! リューシュ! 」


「行かなくちゃ……行かなくちゃ……ティアナが助けを待ってるんだ……行かなくちゃ……誰も助けてくれないなら、俺が助けに行かなくちゃ……」


「止めろ! そんな身体で行けるわけないだろ! あいつらのとこに辿り着いたところで嬲り殺されるだけだ! 」


 リューシュは必死に抱き止める俺から逃れようと暴れ出す。


「ティアナが待ってるんだよ! 俺の助けを待ってるんだよお! あいつが言ったんだ! 絶対助けに来てねって! 助けに行かなくちゃいけないんだよおおおおお……! 」


 リューシュの叫びと涙が、綺麗な星空の夜にむなしく響き渡る……



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 長い時間、嬌声と怒号と悲鳴の溢れていた地下倉庫はようやく静けさを取り戻していた。


 うつぶせで、まるで死んでいるように倒れていたティアナの目がうっすらと開く。


 ――ううっ……痛い……


 体中に痛みが走ってて全然動けない。まるで自分の身体じゃないみたい。

 口の中も何か所も切れてて血の味がする。

 身体を見渡せば、殴られた跡や手で掴まれた跡がそこら中あってズキズキ痛む。

 何か違和感があり、顔やお腹を触れば粘つく何かが後を引く。

 リューシュや街の皆から綺麗だねと褒められていた、自慢の長い金髪も散々引っ張られてグシャグシャになっている。


 周囲を見ると裸で眠っている男女がそこら中に転がっている。

 自分の頭の上には、私を汚したあの男が裸でいびきをかきながら眠っている。


 夢じゃ……ないのね……


 汚されてしまった……自分の大事なものが、見たくも触りたくもないこんな男に穢されてしまった。

 両目からとめどなく涙があふれてくる。


 うう……リューシュ……ごめんね……ごめんね……


 ティアナはリューシュへ謝罪の言葉を心の中で叫びながら、ずっとずっとすすり泣き続けた―――


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 事情を知る者たちにとって長い夜が明けた。


 リューシュはあの後意識を失って倒れてしまい、賢者亭の自分の部屋へと運ばれて寝かされていた。


 俺は何か方法はないかと考え続け、結局眠ることも出来ず、ギルドの店の中で落ち着きもなくただただ歩き回っていた。


 くそ! くそ! 何か! 何か方法はないか!?


 だが妙案など浮かぶはずもなく、焦りは増すばかり。


 そんな時ギルドの入り口で走って近づいてくる音が聞こえ、その直後勢いよく扉が開かれる。


 入ってきたのは昨日領主の館で激しく言い合った衛兵だ。

 確か名前はロルドだった気がする。


「おいバッシュさん! 朗報だ! 今日の昼には領主様が来るぞ! 」


「なんだって!? 」


「代官様が事情をしたためた手紙を領主に届けようと、早馬を出して城門出ようとしたら王都の方から逆に早馬が来てな! 」


「突然だが領主様が館に来るから、急いで客を迎える準備をしろとの命令だったんだ! 」


「代官様がバッシュさんに知らせて来いって俺を寄越したんだよ! 」


「でっでもなんで領主様が来るんだよ!? 」


「勇者だよ! 」


「え? 」


「勇者がこの街に来るんだよ! 」

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