第七話 分かたれた2人
私はベッドの上で考えていた。
勇者様からの勇者パーティーへの参加依頼という思わぬ提案。
私が賢者になれるかもしれないほどの実力を秘めているという可能性
そして……リューシュやバッシュが私を見捨てたという信じられない話。
それが本当かどうかを確かめたくても、外に出ることは伯爵のメイド達に止められてしまい、面会は許されていると勇者様に聞いたはずなのに、私の所へ来る街の人達は誰もいない。
私を世話してくれたサラさんとアイシャさんに聞いても「私達は昨日はここにいたのでよくわからない」とのことだった。
「私はもうここにいてはいけないのだろうか……」
色々疑問は沸いても私にはそれを解決する術がない。
このまま分からないなら……勇者様についていった方がいいのだろうか……
昼過ぎになって勇者様がまた私の所へやって来た。
「やあ、もう立てるのかい? 」
ベッドから降りてバーンを迎えたティアナは深々とお辞儀をする。
「有難うございます勇者様。もう大丈夫です」
「それは良かった。君が元気になってくれて僕もうれしいよ」
勇者様のさわやかな笑顔に対して、私は決意したことを話す。
「勇者様、お願いがあります」
「なんだい? 」
「私を……勇者様の一行に加えてください! 」
「いいのかい?ここを出て長くつらい旅になると思うけど」
「はい!勇者様は私が賢者になれるほどの才能があると仰ってくださいました。私は強くなりたいのです。もうあんな目に遭うような弱い人間には戻りたくありません」
「この街にもう未練がないとは言い切れません……ですが私は先に進みたい!こんな街では終わりたくないのです! 」
勇者様はニッコリと笑って私の両手を握りしめた。
「分かった。君の意思を尊重しよう。では夜になったら伯爵に挨拶をして、出発は明日の朝にしようか」
「ちょっと急ぐ形になるけど、道中で君にも実力をつけてもらわなくちゃならない。でも心配することはない、隣のノイシュ王国のフッケにある神様の鍛錬場に行けばすぐに力をつけられるよ」
「よろしくお願いします! 勇者様」
私はもう一度深々とお辞儀をした。
「では君の装備などは伯爵様に用意させよう。僕は用事があるからいったん離れるよ。また夜にね」
勇者様はそう言って部屋を出ていった。
私はベッドに座って自分に言い聞かせるように呟く。
もう……私は決意したんだ……
▽
南の城門の地下牢では全身に包帯を巻かれたリューシュがまだ眠り続けている。
衛兵達の看病の結果、どうにか傷もある程度治り、熱も下がった。
だが時折ティアナの名前を叫び続け牢の中で暴れることもあり、衛兵達も気が気ではなかった。
「やっと落ち着いたか……」
「ああ、熱も下がったしひどかった右肩の矢傷もやっと塞がった」
「にしてもこいつはいつまでこんなとこに入ってなきゃならんのだ」
「他の衛兵達の話では勇者が犯罪者どもの拠点を潰して捕まってた奴らも全員助けられたんだろ? 」
「そのはずだ、だが伯爵様からは沙汰があるまでこの少年を牢から出すなってことだし……」
2人の衛兵はため息をつく。ただの犯罪者ならなんとも思わないが、今入れられているのは何の罪もない少年、勇者を殴ったとあっても聞いた話では明らかに勇者の方に罪が重い。
望まぬ収監者を見つめながら2人がもう一度ため息をつくと、地上とつながっている扉が思い切り開けられ、館の警備担当の衛兵が駆け込んでくる。
「おい!その子の釈放が決まったぞ! 」
「本当か!? 」
「ああ、今日の夕方に釈放だそうだ、ただ……」
「ただ……? 」
「釈放したらそのまま館に連れてこいとのことだ」
不可解な指示に困惑しながらも衛兵たちに笑顔が戻る。
「良かった……館ってことは勇者がいるんだろ?もしかすると助けられた冒険者に会わせてくれるとかかな? 」
「それならいいんだがな……あの勇者のことだしなあ……」
期待と不安が入り混じる中、衛兵達は未だ牢の中で眠り続けているリューシュへと視線を向けるのであった。
▽
やがて日も沈み始め、伯爵の館は一層賑やかになる。
街の冒険者であるティアナが勇者一行に加わるという事実が明らかになり、盛大に祝賀会が開かれることになったのだ。
ティアナは瞳の色と同じような真っ赤なドレスに身を包み、顔や髪に化粧や宝石の散りばめられた飾りをつけ、急場で仕込まれた貴族式の礼儀作法でぎこちないながらも伯爵に挨拶をする。
「私が今回勇者様のご一行に加わることになりましたティアナと申します。以後お見知りおきを」
「そうか、お主がティアナか。お主のような美しい女性がこの街にいたことにも驚きだが、勇者一行に加わるという栄誉にも預かり、領主であるわしも鼻が高いぞ」
「有難うございます」
伯爵の賛辞に、ティアナがドレスの裾をつまみ上げながら頭を下げる。
出席者の中にはサラとアイシャもおり、拍手はするものの不満な顔をありありと見せる。
「やっぱり私の予想した通りだったじゃないですか……」
「まぁ館にまで連れてきた時点で薄々感づいてましたよね、サラも私も」
「ただ、バーン様が『真実の眼』で見たら私達と同じくらいのオーラが見えたんですって? 」
「回復魔法や火魔法が使えるそうよ。腹立つくらい可愛いのは抜きにしても、私達としても欲しかった人材よね」
「そうね。一応これで一行は揃ったとして、次はあの子を鍛えるために鍛錬場へ行くのかしらね? 」
「多分そうなるわね。手っ取り早くモンスターと戦う経験を積むにはもってこいだもの」
「私も昨日の討伐くらいしか最近は動いてなかったからちょうどいい腕慣らしだわ。バシバシモンスターを斬りまくってやるわよ!」
「サラ……声が大きい」
「ごめーん」
2人が今後の予定について話し合っている頃、伯爵とティアナのやり取りを横から見ていた勇者の元にメイドが現れ、耳元で何かを伝える。
「では皆の者! これから魔王討伐へと向かう一行のために盛大に祝おうではないか! 」
伯爵が叫ぶと一層拍手が沸き起こり、ティアナ達を祝福する。
その後は立食式のパーティーとなりバーンやサラ、アイシャそしてティアナの元へ招待された貴族や町の有力者が群がる。しかしその中にバッシュなどは見当たらない。
しばらく時間がたち、バーンはティアナの元へと近づく。
「ティアナ、会わせたい人がいるんだ」
「え? どなたでしょうか? 」
「来れば分かるさ」
▽
私は勇者様に連れられて館の正門前まで歩いてきた。
誰だろう……私に会わせたい人って……?
勇者様は館の外へ出て行くけれど、向こうは正門のはず……
ふと正門の方を見れば……リューシュが立っていた。
「ティアナ! 無事だったのか! 」
「リューシュも無事だったのね」
リューシュの眼から涙がこぼれていた。
私はリューシュとまた出会えた事を喜びつつも、頭の中では勇者様に言われた事が反芻される。
君は見捨てられたんだよ。
自分の命可愛さのあまり……ね?
君はここに残るのかい? 君を見捨てた人たちと一緒にずっとここで暮らし続けるのかい?
私の心がどんどん曇っていくのが分かる。
「なんで……」
「え? ティアナ? 」
「なんで私を助けてくれなかったの? 」
自分でも驚くほど冷たく低い声が流れ出た。
「勇者様に聞いたわ、貴方達は私の救出を領主様に丸投げして何もしなかったって」
「違う……僕達はティアナを助けようと……」
「違わない!なんで?じゃあなんで3日も助けに来なかったの?」
「そっそれは……」
リューシュは答えに詰まる。
やっぱり…そうなのね……
「私は見捨てられたってことね……皆に……」
「見捨ててなんかない! 僕は勇者様に助けてくれるようお願いした!でも勇者様が……」
「もういい! 勇者様は助けに来てくれた! 貴方達は何もしなかった!来てくれなかった! 」
顔が涙でぐちゃぐちゃになる。
リューシュは何を言うでもなく呆然としていた。
「私ね、勇者様に魔王討伐の一行に加わらないかと誘われたの」
「え……? 」
「悩んだけど、私は行くことにしたわ。もうあんな目に遭いたくない。弱い人間のままでいたくない」
「ティアナ……? 」
「さようならリューシュ、もう会う事もないわ」
そう言って私は振り返ることなく館へと戻っていく。
館の中へ入った瞬間、ああ、もう私はもう戻れないのねと心が締め付けられた。
▽
僕は呆然としていた。ティアナが……勇者の仲間になる……?
何のことか分からなかったけど、ティアナを呼び止めようと声を出そうとしたら勇者に首を掴まれた。
「おっと、それ以上はだめだぜ? ここから先は俺の関係者以外立ち入り禁止だ? 」
その瞬間、僕はすべてを察し勇者に罵声を浴びせようとするが、首を絞められてかすれた息しか出ない。
なんとか首を掴んでいる手を引き剥がそうとするが、全く外れず、どんどん意識が遠くなっていく。
「はっはっは! 弱いお前なんかじゃ俺に勝てるはずもねえだろ? 」
「がぁっ・・・・ぐっ! 」
「まぁそういうわけだ。お前の代わりにあの子を可愛がってやるよ。助けられなかったお前みたいな弱っちい野郎よりも勇者として選ばれた俺の女になった方がよっぽどいい生活ができるぜ」
「あばよ。お前の顔なんてもう見たくねえ。さっさとどっかに行っちまえよ」
僕の首を絞め続ける勇者の顔は……醜く歪んでいた。
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その後の記憶はあまり残っていない。
ただ、どうにかギルドの所へ戻り、バッシュさんに抱きしめられ心配されたのは覚えている。
バッシュさんには涙ながらに事情を説明した。
バッシュさんは怒り狂い、泣きわめき、強く俺を抱きしめ続けた。
そしてバッシュさんに休むよう言われ、ギルドを離れた僕はなぜか東の城門前へと来ていた。
もうすぐ城門が閉まる時間、衛兵さんたちが2人がかりで滑車を回してゆっくり門を閉めていく。
ゴウンゴウンと大きな音しながら閉まり続ける城門を見て、僕は思わず駆けだした。
もう少しで閉まるというところで僕はその門の下に転がりながら滑り込み、外へと出た。
城門の上では衛兵が僕を見て何か叫んでいる。
僕は駆けだした。既に陽は落ちて惑わしの森は真っ暗。
もうどうなってもいいや……死んでもいいや……
僕は夢中で森の中へ入り、そして皆の前から姿を消した。
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翌朝、バーン達勇者一行は伯爵から譲られた真新しい衣服や防具などに身を包み、馬に跨って街の人々に祝福されながら街の中心の通りを練り歩く。これから向かうは隣国のノイシュ王国に都市フッケ。
ティアナも魔法使いが良く着るフード付きの真っ赤なローブを着て、新品の鉄の剣を腰に差し、白馬に乗っていた。
その様子をギルドの窓からバッシュ達が覗く。
中には冒険者たちが沈んだ表情でテーブルに座っている。
冒険者達の前には酒の注がれた小さなグラスが置かれており、バッシュも手に同じようなグラスを持っている。
「皆、この日を、あいつらの事を忘れるな。たとえ10年・20年経っても俺たちがあいつのことを覚えててやるんだ。そしてあの勇者がやった事を。絶対忘れるんじゃないぞ!」
皆一斉に頷く、そしてグラスを持ちあげた。
「「「「「若き冒険者達に捧げん! 」」」」
バッシュや冒険者たちは一気に酒を飲みほした。この日の出来事を忘れないように・・・・
▽
そして物語はプロローグへと戻り、少年は老剣豪と出会い、運命の歯車は回り始める。
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