第一章 2人の日常から別離へ

第一話 変わらない日常

「あばよ。お前の顔なんてもう見たくねえ。さっさとどっかに行っちまえよ」


 心の底から侮蔑するような顔で勇者が僕に告げた。


 そして締め上げている僕の首を掴んだまま、勇者は軽々と投げ飛ばす。

 受け身を取ることも出来ず、何度も転がって正門の外へと弾き出された。


 目の前で正門が閉まっていく。

 その向こうでは、あの勇者が僕を見ながら笑っていた。


「ああああぁぁ……」


 涙が止まらない。


 どうしてこうなったんだろう……

 ついこの間までは2人で楽しく過ごしていただけなのに……

 どこで道を間違えたんだろう……

 どうすれば……よかったのかな……



 遡ること4日前――



「ティアナー。そっちにもキュリア草はあった? 」


「あったわ。でももう残ってなさそう」


 ここはバルターク大陸にあるバイゼル王国の地方の街フォスター

 その東部に広がる森林地帯で別名惑わしの森。

 森は深く、隣国ノイシュ王国の国境を超えて広がっている。

 そこで薬草の一種であるキュリオ草を採取しているのは銅級冒険者のリューシュとその相棒で幼馴染の銅級冒険者ティアナ。

 リューシュは短い黒髪に碧眼で体つきも精悍だ。顔は……まぁいい方だろう。

 ティアナは肉体労働である冒険者だが、サラサラとした艶やかな長い金髪で燃えるような緋色の眼をしている。

 顔立ちも良く、10人男性がいれば10人とも美人だと間違いなく答えるような女性である。


 ▽


 僕はキュリア草を根っこから丁寧に掘り出す。キュリア草は葉に効能があるけど、根っこを傷つけちゃうと一気にしなびてダメになるから気を付けないと……よし! 上手く出来た!


「一応これで依頼分は確保かな」


「そうね、ちょっと森の奥まで来てしまったし、これ以上長居すると危ないから早めに帰りましょう」


 ティアナも立ち上がってうーんと両手と背を伸ばす。


 すでに陽も陰って周囲は暗い。

 道には迷わないけど夜はモンスターのファングウルフや吸血コウモリの時間だ。

 僕達なら討伐は何とか出来るけど、それに時間をとられてフォスターの閉門時間を過ぎて外で野宿なんで御免だ。


「キュリア草の状態も良かったしこれ全部で銀貨3枚くらいかな? 」


「あら? バッシュさんにお・ね・が・いすればもうちょっと積んでもらえるんじゃない?」


「バッシュさんはティアナには甘いからなあ……」


「ふふふ、私に甘いんじゃなくてリューシュに厳しいだけよ?」


 からかうようなティアナの言葉に、僕はブスっとした顔になる。


 ああそうだ、2人で冒険者になってからもう1年が過ぎたんだなあ。


 ティアナとは幼馴染で、小さな村で生まれて物心ついたときからずっと一緒だった。


 そんな僕らが7歳の頃、忘れられない出来事があった。

 村の周辺にファングウルフが住み着いたらしく、遠くの街の冒険者ギルドへ討伐依頼を出し、はるばる冒険者4人のパーティーが村にやってきた。

 人間を襲うモンスターである、ファングウルフ相手では普通の大人じゃまず勝てる相手じゃない。でも冒険者達は颯爽と森に入っていった。そして数時間後には体中に返り血を浴びた冒険者が、何頭ものファングウルフの死体を抱えて森から帰ってきた。

 その風景は僕たちの目に今も焼き付いてる。


 その頃から僕たちにおぼろげながら将来の目標が生まれた。


 冒険者になろう!


 その頃から僕は木の棒で素振りを始め、ティアナも最初は一緒だった、けれどその内ティアナが魔法を使えることが分かり、村で唯一の魔法を使える村の人に簡単な初級魔法を習い始めるようになった。

 そして7年の時が過ぎ、冒険者への憧れも強くなっていった頃、ついに僕達2人はある夜、親へと自分たちの思いを打ち明けた。最初は反対されたけど、何度もお願いしてどうにか冒険者になることを許してもらい、フォスターの冒険者ギルドの門を叩いたんだよなあ。


 懐かしい過去を思い返していたら、あっという間にギルドに着いてしまった。

 ギルドの中には酒場も一緒になってて、まだ閉門時間になったばかりなのにすでに飲んだくれてる人達だらけで騒がしい。


「よし、着いた着いた。さっさと換金して宿に帰ろう」


「そうね。長いこと歩いてたからもう足もくたくたよ。さっさとお風呂に入って体を綺麗にしたいわね」


 ギルド受付には豊かなあごひげを蓄え、体つきもガッチリしたおじさ――バッシュさんが座ってて、僕らを見ると手を振って彼らを呼び寄せる。


「おうお前ら! 無事に帰ってきたな! 」


「薬草採取で帰らぬ人になったらさすがに恥ずかしいですよ……」


「バカ野郎! 油断大敵というだろうが! 昔は薬草採取の途中でオーガに襲われて死んだ奴だっているんだ! 何事も注意を怠っちゃなんねえんだよ! 」


 バッシュさんは力説しながら机をバンバン叩く。いつかきっと机が壊れると思うんだけどな……


「それはそうですけど……」


「ふふっバッシュさん、いつもありがとうございます」


「おう! ティアナちゃん! ちゃんとリューシュの事見張っててやれよ! 」


「お気遣いなく。ちゃあんとリューシュの事は見ていますから」


 ティアナが僕を見てクスっと笑う。


「なんだよ……2人して俺を子供みたいに……」


「実際お前らはまだまだ子供だろうが! 」


「「「そうだそうだ! 大人が子供を見守るのは当然だ! 」」」


 いつの間にか酒場の大人達もバッシュの説教に同調して大声で叫ぶ。だが大多数はただの酔っぱらいだ。


 フォスターは街とは名ばかりのほぼ村みたいなもので、王都からも離れてるから、新人はもっと規模の大きい王都やその周辺の街のギルドで登録してしまう。

 フォスターに所属している冒険者はざっと10人くらいだし、仕事の内容も農家の手伝いや薬草採集、あってもファングウルフなどの討伐くらいで冒険者とは名ばかりの街の便利屋みたいなものだ。


 2週間も歩けば大体の人に顔を覚えてもらうような街で、久しぶりの新人冒険者のティアナと僕はまるで自分達の子供みたいに扱われてる。


「さて、お前らへの依頼はキュリア草20株の採取だったな? 」


「はい、20株採取してきました。確認をお願いします」


「どれどれ……」


 バッシュさんは渡した布袋を受け取ると、中のキュリア草を手に取ってをまじまじと確認し始めた。


「……よし! 根っこもちゃんと持ってきてるし葉に傷もない! 完璧だな! 」


「「ありがとうございます!」」


 僕とティアナは一緒になってお辞儀をする。


「ほれ、20株で銀貨3枚だな。 と言いたいところだが……」


 バッシュさんがニヤリとした。


「え?」


「ティアナちゃんが頑張った点に免じて銀貨1枚プラスだ!」


「ええー! ……僕も頑張ったんですが……?」


「お前は頑張って当然だ! もっと欲しかったらもっと頑張って薬草採ってこい!」


「ひどい……差別だ……」


 隣のティアナを見ると俺と目を合わせて右目をウインクさせてくる。

 くう! 美人はお得で羨ましいなあ!


 そんなこんなで無事換金を終えた僕らはギルドと提携している宿「森の賢者亭」へと戻り1日の疲れを取るためそれぞれの部屋へと戻ることにした。


「明日はどうするの?」


「しばらく薬草採取ばっかりだったし、久しぶりに依頼は受けずに休みにしようか」


「そうね。装備の手入れもしたいし明日は仕立て屋などを回りましょう」


「そうだね。それじゃまた明日ねティアナ」


「おやすみなさい。リューシュ」


 僕らの変わらない1日がまた終わる……


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 翌日は森の賢者亭の1階にある食堂で2人そろって朝食をとる。

 フォスターは小麦の栽培が盛んなので僕達みたいな庶民でも硬い黒パンではなく柔らかくて美味しい白パンにありつける。

 森の賢者亭の店主自ら焼いた白パンと猪の肉を煮込んだオニオンスープがきょうの献立。

 賢者亭の食事は美味しさもそうだが量もなかなかで食べ盛りの僕らにとってはありがたい食事だ。


「やっぱり賢者亭の食事は最高ね! 」


 ちぎったパンを頬張りながらティアナは嬉しそうに微笑む。

 冒険者になってからはいろいろ力仕事もしたけど。賢者亭のおかげでグングン力もついてきた。

 本当にこの宿を教えてもらったバッシュさんには頭が上がらないよ……


「さて、今日の予定の確認だけど、ティアナが行くのは仕立て屋のルイズさんと食料品店のアンナさんのとこかな? 」


「そうね。あなたの革鎧もほつれとかがあるし、一緒に持って行って見てもらいましょう。その後は次の依頼用の保存食を買いこまないとね。あなたはいつものところ? 」


「うん。バリーさんとこでまた剣の稽古!まだまだ弱いからね」


「私としては結構強くなってきたと思うけれどね」


「ははっ、ありがとう。でもティアナがもっと安心できるように強くなりたいんだ」


「ふふっありがとう」


 さて、食事も終わったし、僕はティアナと話した通りバリーさんのとこに行かないとな!


 確かフォスター北側にある練兵場のベンチにバリーさんがいるはず……

 あっいたいた!


 僕を見かけるとバリーさんは白い歯を見せながら大きく手を振ってくれた。


「バリーさん遅くなりました。今日もお願いします」


「おう、リューシュ!今日もビシバシしごいてやるから覚悟しろよ! 」


「はい! よろしくお願いします! 」


「はっはっは! んじゃさっそく始めるぞ」


 バリーさんは10年ほど前、王都の方で冒険者をしていたが、左腕を失い、右足も歩くときに支障が出るほどの大怪我をしてしまい、引退したそうだ。

 僕はまず、バリーさんと同じように木剣を持って素振りを始める。


 何事も基礎を怠るな。


 フォスターに来て剣の稽古をつけてもらうため、初めてバリーさんに会った時に言われた言葉だ。

 その言葉をいつも心に留めつつ無心で振り続けてる。

 しばらく素振りを続けたところでバリーさんは木剣を下ろして僕を見た。


「よーし、素振りはそこら辺にして打ち合ってみるか」


「はい! お願いします!」


 お互い向き合ったところで木剣を構え、僕が上段から打ち下した木剣をバリーさんは右手で持った剣で受け止める。

 両手で木剣に力を籠めても、バリーさんの木剣を押し返せない。

 まるで岩に向かって木剣を押しているみたいだ……


「はっはっは! まだまだお前みたいな若造には負ける気はせんぞ」


「ぐううっ……」


 これではだめだと一旦後ろに下がって距離を取り、すぐに踏み込んで左からの横一閃で胴を狙うが、バリーさんは意図を読んで後ろに下がり、逆に打ち下ろしで僕の右肩に木剣を鋭く振り下した。


「そら! 一本だ」


「くそう……」


 その後も色々な角度からの打ち込みでなんとか一本取ろうと努力はしてみたものの、その都度バリーさんにうまくさばかれてしまい、結局3時間ほどの稽古では一本も取れずじまいであった。


「ようし、今日はここまでだな」


「はぁ……はぁ……今日は……ありがとうございました……」


 もうだめだ……全然動けない

 目に汗がはいってしみるよ……


「最初のころと比べるとほんと上達したなあ」


「でもまだバリーさんから一本も取れていません……」


「そりゃ俺がお前から一本取られるようなことがあったら悔しさのあまり夜も眠れなくなるわい」


「くそおおお! いつか絶対一本取りますからね! 」


「はっはっは! 期待しないで待っておくぞ」


 バリーさんと別れた後は、一旦賢者亭に戻ろうと思って歩き出したんだけど、ふと向こうを見たらティアナが歩いてくるのが見えた。


「ティアナ、どうしたの? 」


 僕が近寄って話しかけると、ティアナも立ち止まって両手に下げた布袋を僕に見せた。


「ジョシュさんの所に革鎧は預けたし、買い出しも終わったからちょっとリューシュの様子でも見に行こうかと思って」


「ちょうど稽古も終わったところだよ」


「あら残念。リューシュがやられているところが見たかったのに」


「ひどいなあ、僕だって強くなったんだよ? 」


 ティアナが全然信じてないって顔してる……


「じゃあバリーさんから一本は取れたの? 」


「ぐっ……」


 ティアナの急所を狙う攻撃! 僕は痛恨の一撃をもらってしまった!


「はいはい、じゃあ今度はもっとバリーさんに鍛えてもらいましょうね」


 ぐぬぬ……反論できないのが辛い……


 賢者亭に戻った後は女将さんに水桶を借りて身体を拭いた。


「うへえ……痛いなと思ってたらそこら中に痣が出来てるよ」


 汗と砂で汚れた体を拭きながら僕は自室に1つだけある机の引き出しをじっと見つめる。

 中には今までの依頼で稼いできた銀貨や銅貨が入ってて、ティアナとそれぞれ半分ずつ管理してる。


「あとどれくらい頑張れば目標の金貨5枚になるのかな……」


 僕らの目的は冒険者になることだった。それはフォスターへ来てギルドに登録したことで果たされたわけだけど、じゃあ次の目標は? って考えてたら自然と出てきてた。


 冒険者になってお金を貯めて、畑を買って農業を始めよう。


 僕にとっては、歌や物語で語られるような偉業を成し遂げた冒険者とかなんて柄じゃないしね、分相応な夢の方でいいんだよ。


「ティアナは、僕と畑を持って一緒に農業しないか? って言ったらどう思うかな」


 まだティアナには、僕のそういう目標を伝えられてない。ティアナはまだ冒険者の生活を心から楽しんでいるようだし、それを遮るようなことを言ったら嫌われるんじゃ? と不安になる。


「ティアナは僕のことをどう思ってるんだろう」


 そもそもティアナと釣り合っているのかという考えもいつの頃か頭の中から離れない。

 僕は身長は高いかもしれないが、顔は中の上……いや中の下くらいだろうし。

 逆にティアナは皆から美人ともてはやされている。何気ない髪をかき上げる仕草や笑顔もいつも見慣れているはずの僕ですら時々はっとなるくらいだ。


 またいつもの疑問が僕の頭を支配し始めたので、


「こんな考えはやめとこう。僕もティアナも今が楽しいんだ。いつかその時が来たら聞けるさ」


 と気持ちを切り替えて、夕食までの時間を暫くベッドで横になることにした。

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