その50 ビッグボートα

 「ビッグボートα」は赤川次郎九十二作目の本。1984年に光文社から発行され、のちに光文社文庫から上下巻で文庫が発売された。2007年には1冊に再編集された新装版文庫が発売されている

 重工業の会社に勤める営業マン、一柳は内部告発をしたため会社を追われる覚悟をしていた。そんな彼に声をかけたのは社長の中津だった。中津は一柳にあるプロジェクトを担当して欲しいと言う。それは全長400mの工場を丸ごと南米のある国へと運ぶ壮大な計画、通称「α計画」だった…。

 今までも世間がイメージする赤川次郎っぽくない作品をいくつか紹介してきたが、今作はその中でも最上位に来るものだろう。他の作品に多く出てくる「日常の中に潜む非日常」ではなく、本当に非日常の海洋冒険小説である。

 週刊宝石に1年間連載されていたそうだが、あまり連載ものという感じがしない。言い方を変えればライブ感が薄く、物語のエンジンのかかりが遅い。ただでさえ文庫で600ページを超える長編なのでこの序盤でくじける読者が出ないとも限らない。

 しかし主人公たちが航海に出てからは一転、冒険小説としてグイグイ読める。

 構成にひねりやミステリ的なものはないので、その点で多少物足りなさを感じる人もいるかもしれない。ただα計画の中止を狙う側に雇われた久留という男と一柳の対決への変わっていく後半はこれまでにない魅力がある。正直に言って赤川次郎で男と男の巨大な感情のぶつかり合い、というようなものが読めるとは思わなかったので嬉しい。

 本を手に取った時の厚さにひるむかもしれないが、それを乗り越える価値はある一冊。

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