その48 ホームタウンの事件簿

「ホームタウンの事件簿」は赤川次郎五十五作目の本。1982年に新潮社から発行され、のちに新潮文庫に収録された。2001年には角川文庫から新装版が発売されている。

 おそらく初期赤川作品の中でも、現在決して広く読まれているわけではない作品だと思われる一作。シリーズではなく単発で、長編ではなく連作短編集。しかもミステリではないとくればなかなかアピールしづらいところ。

 しかしこの短編集、なかなか捨て置けない。というか、個人的には初期赤川作品でもかなり上位に来るのではないかという気すらする。

 ただしそれでいて気軽に他人に薦めづらいのがこの作品。ではどういう内容なのかというと、ある集合住宅を舞台にした、ちょっとした住人同士の噂やそれにまつわる周辺の人々の話が描かれている。これだけだと地味そうに聴こえるだろうし、実際地味である。全七作殺人などの重大事件は全く起こらない。全編通して近所同士の噂話と、それによってごく普通の住人たちの生活が少しずつおかしくなっていく様子を、まるで読んでいる方もそれに巻き込まれているかのようなねっとりした描写で書いている。

 一つ言っておきたいのは、この作品本当にオススメしたいのだが、一方で迂闊に読むと心をやられる可能性がある程イヤな話の連発であるというのは付け加えておきたい。もし今リアルに人間関係で悩んでいる人などは時間を置いて読むことを進言したい。

 先ほども述べた通り、切り口は違えど全ての話で、噂話が中心となって物語が進む。一応レギュラーキャラとして噂好きだが悪意のない主婦の京子と、その夫の笠井がいるのだが、彼らは善人ではあっても名探偵ではないので、起こった事件を座りのいいように収めたり解決出来たりはしない。あくまで凡人として事の推移を見届けるだけであり、この本の主役は、噂と言う”悪意のない害意”によって蜘蛛の巣にからめとられるように身動きが取れなくなっていく人々である。

 以下に各話簡単に紹介するが、汚い言い方をすると「胸糞悪い話」ばかりなので再三注意するが覚悟して読んで欲しい。

「私語を禁ず」はシリーズの説明のような話だが、チュートリアルというにはあまりにも嫌な話であり、何も悪くないはずの家族が噂によって悲惨な事態に追い込まれる。

「お節介な競売」は引っ越しをするので家具を売りたいという家族の話で、今作ではまだ救いのある方の話である(救いがあってこれかよというツッコミは正しい)。

「罪ある者の象徴」は前作と打って変わって全く救いの無い話。登場する新婚の主婦が遭遇するある事実には読者も目を覆いたくなる。

「ひとりぼっちの誕生日」はある少女の悩みを描いている。十分辛い話だがこの連作ではまだマシに見えるのが恐ろしい所。

「副業あります」は主婦の多くが経験するであろうパートタイムをここまでアレな話に仕上げてしまう赤川次郎のやばさ。

「天からの声」も本当にイヤな話(そればっかりか)。珍しく分かりやすい悪人が懲らしめられるのかと思いきやそんな安直には終わらない。

「郵便物は宛先不明……」はシリーズで幾度も描かれた無責任な噂話の恐ろしさが改めて浮き彫りになる。それでも他の話よりは救いのあるラストなのが少し嬉しい。

 以上七編、新装版の解説で図子慧が「ホラーである」と書いたのも納得。

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