その36 血とバラ 懐しの名画ミステリー

 「血とバラ 懐しの名画ミステリー」は赤川次郎十六作目の本。1980年に角川書店から発行され、のちに角川文庫に収録された。2007年には「赤川次郎ベストセレクション」の第10巻として改版が同文庫から刊行されている。

 収録されている五本の短編はすべて1978~1979年にかけて野生時代に掲載されたもので、タイトルや内容は過去の名画からインスパイアされたものになっている。が、改版の解説で新保博久先生が触れられているように、それらの映画を全く知らなくとも問題は無い。デビュー間もない頃の赤川次郎の才気を感じられる短編集となっている。

 巻頭の「忘れじの面影」はいきなり名作。退職したばかりで暇を持て余していた元刑事の志村の元に突然一万円札が四枚送りつけられてきた。さらにある初老の婦人が訪ねてきて、命を狙われているという相談をしてくるのだが…。意外な出だしから始まりある家を巡る一連の事件、そして見事な解決かと思ったら…。赤川次郎らしい素晴らしい切れ味のラストは必見。

 二作目「血とバラ」は若き男女たちを巡る怪異譚。人物配置といい、ストーリーといい、田中芳樹の「ウェディング・ドレスに紅いバラ」を思わせる短編。(こちらの方が十年近く早いのだが)

 三作目「自由を我等に」は匿名の殺害予告電話のあった富豪の所に二人組の刑事が護衛に向かうが…という話。主人公の警部が宇野警部と大貫警部を混ぜたような、時期的に言えば分化する前と言うべきか、キャラクターであり、一癖も七癖もある登場人物たちの間でも埋没せず読ませるアクセントになっているユーモアミステリの佳作。

 四作目「花嫁の父」はタイトル通りある事情を抱えた花嫁の父と結婚式場で起こる事件を描いている。いわゆる良い話、かと思わせての終盤はさすがの手並だが、それよりも事件を起こす青年の造形の現代感が際立っていて、四十年前の作品とは思えない。

 最後の「冬のライオン」も出来が良い。勤務先が倒産寸前のサラリーマンが、資産家である妻の父親へ職の斡旋を頼むべくしぶしぶ二人で父親の誕生日を祝う会へと向かうが、そこで父親の若い恋人の存在を知り子供たちは慌てふためく。遺産の配分を減らしたくない一同は父親と若い恋人を別れさせようとするが…。主人公以外モラルの欠如した一族の中で起こる事件という、英国ミステリを思わせる設定とツイスト。正直もう少し長いページで読みたかったくらいである。栗本薫の名探偵・伊集院大介の「獅子は死んだ」と設定が似ているので原型かもしれない。

 初期の赤川次郎短編集でもオススメの一冊。

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