その33 霧の夜にご用心

 「霧の夜にご用心」は赤川次郎六十七作目の本。1983年に角川書店から発行され、のちに角川文庫になり95年には中公文庫に異動した。2018年には徳間文庫から新装版が刊行されている。

 いくら赤川次郎が稀代のベストセラー作家といえども、シリーズ作ではない単発長編が三度も出版社を変えて文庫化されるというのはそこまで多くない(普通の作家なら存命中にはなかなか無い事例)ので、作者としてもお気に入りの一作ではないのだろうか。しかし中身は相当ヘンな話である。赤川次郎だから当然という気もするが。

 あらすじはというと、主人公・平田正也は平凡なサラリーマンであった、ただ一つ、切り裂きジャックに憧れているという点を除けば。伝説の殺人鬼に憧れる彼は、黒いコート・革手袋・ナイフなどを用意し、霧の夜に女性を殺すその日を待ちわびていた。そしてある日ついに霧の夜がやってくるのだが…。

 旧版の解説では主人公の平田をお人好し呼ばわりしていた人もいたが、実際の彼はそんな生易しい人物ではない。むしろ「死体は眠らない」の池沢瞳と並ぶ極めてヤバイ人物である。

 平田は確かに会社の同僚に同情したり、また数人の女性に好意を寄せられるような魅力のある男として描かれているが、一方で自分が殺そうと決めた相手には本気で実行しようと試みる。結果がどうなったかは作品を読んで確認してもらうとして、少なくとも刃物を使って相手を傷つける事には全く躊躇は無い。

 そんな善人とは程遠い、自分が殺人鬼になりたかった男の一人称で、自分以外の人物が起こす連続殺人に巻き込まれる話はコメディのシチュエーションとしては確かに最高だろう。次々と人が死ぬかなり残酷な話なのだが、平田の語り口のおかげでどんどん読める。

 ミステリ的な展開としては最後平田が真犯人に気づくあたりなどはさすがという感じだが、基本的にはコメディ風サスペンスとして素直に楽しむべき一編だろう。

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