その32 三毛猫ホームズの怪談
「三毛猫ホームズの怪談」は赤川次郎二十七作目の本、1980年に光文社から発行され、のちに角川文庫・光文社文庫の両方から文庫が発売された。2016年には光文社文庫の新装版が刊行されている。
刑事の片山と妹の晴美は、目黒署の刑事石津が引っ越した郊外の団地に出かけるが、そこで子供が池に突き落とされたという事件に遭遇する。その団地の近くには猫屋敷と呼ばれる猫を大勢飼っている老婦人が住む家があるのだったが…。
三毛猫ホームズシリーズ、「推理」「追跡」に続く三作目であり、今作でシリーズのフォーマットが固まったと言える。それはつまり「片山や晴美が事件に巻き込まれ、晴美を懸想しているため助けようとする石津が状況をややこしくし、その騒動をホームズが冷ややかに見ながらも最終的には事件を解決するため奔走する」というこの後数十年数十作と続く日本を代表するエンタテインメント小説シリーズの根幹が出来たのがこの作品だと断言できる。
というのも、一作目二作目ではまだどこか「傷つきやすい探偵キャラ」然としていた主人公(ホームズが主人公という観点なら狂言回しというべきか)の片山が、今作では完全にコメディミステリーの迷探偵と化しているのである。「血が苦手で荒事が苦手なのに刑事になってしまった」という設定からしてそもそもギャグめいているのだが、今作からその設定を活かした描写がフルにかっ飛ばされている。
そんな片山のいじられキャラぶりに加え、暴走しがちな晴美、天然ボケの石津のトリオの掛け合いが非常に読んでいて楽しい。
しかし、今作はそんな楽しいだけではない、ミステリとして非常にしっかりとした(掲載誌がEQと聞いて納得)作者渾身の一作なのだ。
郊外の団地の近くにあるまだ未開発の集落を舞台にした、と聞くと横溝正史か高木彬光かという感じだが、赤川次郎はそれを逆手に取るような話を披露する。最初の事件が起こってからの十数ページの怒涛の展開は正直初見では戸惑うレベルの詰め込みっぷりであり、何度か読み返し、さらに終盤真相が明かされた後にも読み返す読者が多いだろう。
最初の事件が起こった後も何人も死者が出る(もっとも容赦なく人が死んでいくのは今作に限らないが)が不思議と陰惨な感じがしないのは、前述のレギュラーキャラ達の掛け合いのおかげである。
また今作はかなり事件が重層的に起こっているが、それをダメ刑事である片山に解かせる―実際にはホームズのヒントを得て解くわけだが―ことによって読者にも分かりやすく理解させている。
初期赤川次郎作品でもオススメの一作と言っていいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます