その30 一日だけの殺し屋

 「一日だけの殺し屋」は、1980年発売の短編集。青樹社で単行本としてまとめられたのち、角川文庫・青樹社文庫に収録され、現在では徳間文庫で刊行されている。

 収録作は1978年から80年とかなり初期の段階に執筆されたもので、発表誌も小説宝石・現代・小説CLUBなど小説専門誌に掲載されたものが中心となっている。

 巻頭の「闇の足音」は表題作と並ぶ逸品。つまらないきっかけで取り返しのつかない重罪を犯してしまったチンピラが、あるアパートに逃げ込むがその部屋の住人は目の不自由な女性で…。乙一「暗いところで待ち合わせ」の原形になったと思われるストーリーで、短いながらも主人公の焦燥感や後悔、理解者に出会えた歓びなどが密度濃く描写され、最後は哀しさの中に一縷の爽やかさを読むものに感じさせる。

 「探偵物語」は同名の有名な長編の原形。登場人物の名前や事件が起こるかどうか以外の筋はほとんど一緒だが、短い分キャラクターの魅力が伝わらないまま終わってしまうのが残念。

 「脱出順位」は、ビル火災に巻き込まれたある会社の人々の話。赤川次郎は平凡な人々が自分の命がかかった時どういう行動をとるか、という話を様々な舞台で描いている。

 「共同執筆」は年齢差のある合作ユニット作家の年長者である主人公が遭遇するある出来事とは。怖い話ではないがラストにゾッとするのもがある。

 「特別休日」は仕事の成功を評価され突然三日間の休暇をもらったサラリーマンたちの話。受け止め方は人によって違うだろうが、ラストはさすがの切れ味。

 「高慢な死体」「消えたフィルム」は、テレビ業界で働く脚本家の加納が遭遇する事件を解決する連作。本格ミステリを意識した内容なのだがやはりページ数の少なさがたたって説得力がないのが難点。

 巻末の「一日だけの殺し屋」は表題作だけあって質量ともに充実の一編。殺し屋とそっくりだったせいで間違えられたサラリーマンが巻き込まれる騒動を描いた、だけではなくその逆のサラリーマンに間違えられた殺し屋の方の騒動も並行して描かれる贅沢な内容。シチュエーションコメディ・サスペンス・そして艶笑譚としての側面もあり、数多い作者の作品の仲でも上位に位置する面白さといっていいだろう。

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