その28 死体は眠らない

 「死体は眠らない」は、1984年発売の赤川次郎八十四冊目の作品となる長編。「バラエティ」という月刊誌に連載されたのち、単行本としてまとめられた。


 この本を最初に読んだのは小学生の時で、本棚にあったのを何気なく手にとって読んだのだが、あまりの内容の強烈さに打ちのめされた。

 どのくらいの衝撃だったかというと、その初読から数十年読み返していないにも関わらず、今回この感想文を書くために再読し始めた途端ラストが思い出せたくらいである。


 物語の主人公にして狂言回しは池沢瞳、女性のような名前だがれっきとした男。親から引き継いだ会社を経営する社長で今風に言えばセレブ。大邸宅に妻と二人で住んでいるが、そんな彼が妻を殺し終えたところから話は始まる。

 とにかく頭からつま先まで全身「頭がおかしい」「クレイジー」としか言いようのない長編である。なにがどうおかしいのかというと、主人公の池沢をはじめ、彼の愛人祐子、途中から登場する刑事の添田、さらに彼の部下やチョイ役に至るまで、まともなモラルを持ったキャラがほぼ登場せず、全員が自分の欲望のままに動き欲望のまま自滅したり他人を破滅させたり悲惨な目に遭い合わせを繰り広げ、仮に助かっても一向に反省しないという事が延々繰り返されるのが今作である。

 では赤川次郎が連載作品なのでノリを重視して書いたのかと思うとそうではなく、途中に出てくるある小道具の使い方を見れば、最初からラストを決定して書いていたのは間違いない。

 全編がプラクティカル・ジョークのような作品なのだが、ラストは必見と言っていい。直前までと全く空気が変わり、それでも変わらない主人公の一人称の語り口がむしろうすら寒さを感じさせるようになっている。これこそが赤川次郎の狙いだったのかもしれない。

 バークリーがアイルズ名義で「ジャンピング・ジェニイ」を書いていたらこんな話になっていただろう(言い過ぎか)。


 この作品が歴史に残る名作だとか、全ミステリファン必読だとかそこまで大げさな事を言うつもりは全く無いが、これほど無茶苦茶な話を当代一のベストセラー作家が書いていてしかもそれなりに売れているというのは、とても愉快な話ではないだろうか?

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