その8 三毛猫ホームズの推理

 「三毛猫ホームズの推理」は1978年発表。現在は角川文庫と光文社文庫で購入可能だが、両方で百刷超えているという日本を代表するロングセラーと言っていいだろう。

 今では三毛猫ホームズは日本を代表する小説シリーズだが、全体の作品数が多いので後半の作品を読んでからこの「推理」にたどり着いた人もいると思われる。

 そういう人にはあれ?と思う事も多いと思われるのがこの「推理」である。

 三毛猫ホームズといえば、もちろん主人公は三毛猫のホームズだが、彼女の元々の飼い主は「推理」の被害者である羽衣女子大の学部長・森崎。彼は残念ながら物語の序盤で消えるが印象深いキャラクターで、ホームズの元の飼い主にふさわしい男性である。

 この作品から伝わるのは、作者・赤川次郎がこの作品にこめたミステリへの本気度である。赤川次郎は世界でも希少な「成功したクリスティフォロワー」の一人だという思いを再読して強くした。

 今作は後の三毛猫ホームズシリーズとは違い、「片山刑事自身の事件」ともいうべき話。その後良くも悪くもキャラクター化してしまった片山とは違う、28歳の青年刑事としての片山義太郎が殺人事件に挑み、恋をする。

 読書感はユーモアミステリというより青春ミステリのそれに近く、同時代であれば梶龍雄がやや近いか。事件はかなり陰惨で、特に女子大生連続殺人は巻き添えを含めると四人の犠牲者が出ていて、作品全体では九人もの死者が出る。

 今作は密室トリックも有名だが、再読するとトリックを使用するまでの過程を丁寧に書きこんでおり、赤川次郎が本格ミステリを書くのだという強い意志の元にこの作品をコントロールしているのがうかがえる。

 先ほど赤川次郎をクリスティフォロワーと述べたが、「推理」の読書感に近いクリスティ作品は「なぜエヴァンズに頼まなかったのか?」ではないか。しかし事件はより陰惨で、それでいてラストには爽やかさが込められている。


 「三毛猫ホームズの推理」は赤川次郎にとって本格ミステリ作家としての第一歩であり、キャラクターの魅力だけに頼らない作品を書けるという実力を見せた一作である。

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