第41話★お兄ちゃんは心配なんです〜side翔〜 1


これは俺がまだ小学二年生だった頃の話ーー。




今日も幼なじみの響と一緒にいつもの様に学校から帰宅していると、突然隣から呻き声の様なものが聞こえてきた。


……?


チラリとすぐ隣を歩いている響を見てみると、何やら真剣な顔つきで呻いては首を捻っている。


「……どうかした? 」


お腹でも壊した……?


いつもヘラヘラしている響にしてはやけに真剣な顔つきで、俺はどこか具合が悪いのではと少し心配になる。


かける……俺、外人になろうと思う」

「は……? 」

「でも、どうすればなれるのか……わからないんだよねー」


深刻な顔をして、そんな訳のわからない事を告げる響。


何言ってるの……?コイツ

こんな奴心配した俺がバカだった。


俺は大きく溜息を吐くと、響から視線を外して前を向いた。


「ねぇ、どうしたらなれるのかなー? 翔」

「なれる訳ないだろ。お前は日本人だ、バカ」

「えーっ?! どうしよう……それじゃ困るよぉ……」


……何が困るだ。

響の訳の分からない思考に、毎度の様に困らされているのは俺の方だよ。


あーでもない、こーでもないと首を捻って悩む響を横目に、俺は呆れながらも口を開いた。


「何で外人になりたいの? 」

「外人になりたいんじゃないよー」

「……は? 」


お前、さっき俺に外人になるって言ったじゃないかよ……!


響の言葉に若干イラッとしつつも、俺は響を見て笑顔で口を開いた。


「じゃあ……響、お前は何になりたいの? 」

「王子様だよー! 」


満面の笑顔でそう答えた響。


「……へー」


やっぱコイツ……アホだな。

そんな事を思いながら、真顔で棒読みの相槌をする。


「翔、知ってる? 本の中の王子様は金髪で白馬に乗ってるんだよ? 」

「……」

「だから、まずは外人にならないとダメなんだー」

「……」

「俺ね、将来王子様になろうと思うんだっ! ねぇ翔、なれるかなー? 」

「あー。はいはい、なれるといいねー」


響のアホくさい将来話について、適当な返事を返す俺。


俺は一体、何でこんなくだらない響の会話に付き合っているんだろう……。


「花音、喜ぶかなー」


ヘラヘラと笑いながら、そんな事を呟く響。


あぁ……なるほどね。


俺は昨日の出来事を思い出すと、突然響の口から出て来た王子話に一人納得をした。


『わたし、おーじさまとけっこんするー』


昨日、俺が読んであげていた絵本の中の王子様を見て、キラキラとした笑顔でそう言い放った花音。

その横で、ショックで固まってしまった響。


……俺は知っている。

その後、廊下で一人シクシクと響が泣いていた事を。


園児に見事に振られて泣く響……。

面白すぎだろっ。


昨日の事を思い出した俺は、堪らずプッと小さく笑い声を漏らした。


「翔、どうしたのー? 」


未だにヘラヘラと笑っている響が、俺を見て「何、なにー? 」と聞いてくる。


「いや……まぁ、頑張れ」

「うんっ、頑張るよー。 絶対に王子様になるんだー」


いや……頑張っても王子にはなれないだろ。


頑張れと無責任な事を言ったのは自分のくせに、ヘラヘラと笑う響を見て呆れる俺。


「花音はお姫様だから、花音も外人にならないとねー。なれるかなー? 可愛いからなれるかなー? ……うん、なれるっ 」


そんな事をブツブツと呟いては、真剣な顔をしたりヘラヘラしたりと忙しい響。


頼むから花音を巻き込むのだけは辞めてくれ……。


そんな風に心の中で思いながら、俺は無言で響の横を歩いて帰宅したーー。




※※※




「ただいまー」


家に着いた俺は、リビングの扉を開けると中へ向かって声を掛けた。


「お帰りー、翔」


キッチンから顔を出して優しく微笑むお母さん。

その足元から、ピョコッと顔を出した花音が俺を視界に捉えると駆け出した。


「おにぃーちゃーんっ! 」


そのまま一直線に俺の方へと向かってくると、勢いよく抱き付いた。

そんな花音を抱きとめた俺は、少しだけ花音を引き離すと口を開く。


「ただいま、花音」

「おかえりぃー」


俺が優しく頭を撫でてやると、ニコニコと嬉しそうに笑う花音。


「今日は花音にプレゼントがあるんだよ」

「ぷれぜんと? 」


言いながらランドセルを床に置くと、俺はその中へと手を入れた。

そんな俺の行動を興味深そうに見守る花音。


目当ての物を掴んだ俺は、花音の目の前まで手を持ってゆくと、その掌を開いて中の物を見せた。


「ーーほら、これ。花音にあげるよ」

「あーっ! うさぎさんだーっ! 」


図工の時間に作ったマグネットを見せると、花音はピョンピョンと飛び跳ねて喜んだ。


「かわいいねーっ! 」


どうやらウサギの形が気に入ったようで、マグネットを掴むとはしゃぎ出す花音。


「ママーっ! みて、おにいちゃんがくれたのー! 」

「わぁー、良かったねぇ花音。ちゃんとお兄ちゃんにありがとうはした? 」


そんなやり取りがキッチンから聞こえた後、再び走って俺の元へと戻ってきた花音。

満面の笑みで俺を見上げると、マグネットをかざしながら口を開いた。


「おにいちゃんっ、ありがとー 」


こんなに喜んでもらえるなら、花音の為に作った甲斐もあったというものだ。


「どういたしまして」


クスリと笑い声を漏らしてそう答えると、そんな俺を見て満足したのか、花音は再びキッチンへと消えていった。


「くっつくよー? ママみてー、くっつくんだよー? かわいい? 」

「わぁー、本当だねぇ。可愛いねー」


キッチンからは、きっと冷蔵庫にマグネットを付けて遊んでいるのであろう、そんな花音の声がする。


無邪気に遊ぶ花音の声を聞きながら、俺は床に置いたランドセルを掴むとリビングを後にしようとした。


ノブに手をかけて扉を開けようとした瞬間、カチャリと音を立てた扉は俺の目の前で自動で開いた。


「ただいまーっ! 」


そんな軽快な声を乗せながら開かれた扉。

そこから現れたのは、相変わらずヘラヘラと笑っている響だった。


……何がただいまだ。

ここはお前の家じゃないだろ。


「あっ、ひぃくん。お帰りー」


キッチンから顔を出したお母さんが、優しく微笑むと響にそう応える。


馴染みすぎている……。


最早、毎日の恒例になりつつあるこの光景に、突っ込む気力さえなくなり溜息を吐く俺。


「ひぃくーんっ! おかえりぃー」


響に気付いた花音が、ニコニコと満面の笑顔で響に向かって走り寄った。


「かのーんっ! ただいまーっ! 」


響は花音を抱きしめると、その頬にスリスリと頬ずりをしながら、「花音は可愛いねー」と何度も呪文のように告げる。


「ーーおい。もう離れろよ、花音が呪われるだろ」


俺がそう告げながら響を引き離すと、響はヘラヘラと笑いながら口を開いた。


「えー? 何それー? 翔って変な事言うねー」

「……響にだけは言われたくないよ」


呆れた顔で響を見ながらそう告げると、「変なのー」と言ってクスクスと笑い出す響。


……お前以上に変な奴なんて俺は知らないよ。

目の前の幼なじみを見つめ、俺はそんな事を思う。


「ーーあのね、ひぃくんみてー。おにいちゃんがくれたの。かわいい? 」


そう言ってウサギのマグネットを見せる花音は、ニコニコと微笑みながら響を見上げた。


「うん、花音は可愛いよー」


ヘラヘラと微笑む響を見て、不思議そうな顔をする花音。


イマイチ話の噛み合っていない二人を見て、響のアホさにイライラとする。


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