第40話★君とハロウィンパーティ
ーーこれは、二人が付き合いだしてすぐの頃の話。
「ねぇ、お兄ちゃん。今週末うちでハロウィンパーティしてもいい?」
台所で皿洗いのお手伝いをしながら、お兄ちゃんの様子をチラリと伺う。
「……誰が来るの?」
「え、えっとね……彩奈と斗真くん達。ひぃくんも来るから、お兄ちゃんも参加してね?」
ひぃくんと付き合っているとはまだ言えていない私。
無言のお兄ちゃんに、何か不自然だっただろうかと内心焦る。
「……お、お兄ちゃん?」
お兄ちゃんの顔を覗き込むと、小さく溜息を吐いたお兄ちゃんは、ジロリと私を見て口を開いた。
「俺は絶対に仮装しないからな」
「えー?! だってハロウィンだよ?! ヤダヤダー! 仮装してよーお兄ちゃん!」
「だったらパーティは無し」
「……すみません、お兄様。普段着で充分です」
仕方なく納得した私は、口を尖らせながらお皿洗いをする。
……すぐ鬼には変身するくせに。
いいじゃん、仮装くらい。
鬼の仮装すればピッタリなのに。
心の中でそんな悪態を吐く。
「花音、もういいよ。テレビでも見てきな」
不貞腐れている私にそう声を掛けるお兄ちゃん。
チラリと見ると、とても優しく微笑んでいる。
「手伝いありがとな」
「……うん」
ほとんどの家事を全部一人でこなしているお兄ちゃん。
私なんて全然お手伝いしてないのに……。
いつもこうやって私を気遣ってくれる。
なんだかんだ優しいお兄ちゃん。
鬼なんて言ってごめんなさい。
「お兄ちゃん、いつもありがとう。大好きだからね」
そう伝えると、恥ずかしくなった私はさっさとリビングへ逃げる。
一人でソファに座ってテレビを見ていると、暫くして食器洗いを終えたお兄ちゃんが私の隣に来た。
「ん。少し寒いだろ」
差し出されたマグカップを受け取ると、フワリとホットココアの甘い香りがする。
「……お兄ちゃん、大好き」
お兄ちゃんの肩に頭をもたげると、クスッと笑うお兄ちゃん。
「甘えんぼだな」
そう言ってポンポンと頭を撫でてくれる。
やっぱりお父さんとお母さんが居ないのは寂しい。
時々会いたすぎて涙が出そうになったりもする。
でもね、お兄ちゃんがいるから私は大丈夫。
マグカップに注がれたココアを一口飲むと、私はニッコリと微笑んだーー。
※※※
「仮装何にしようかなー」
「お姫様にしたら?去年着てたやつ」
「えー去年と同じは嫌だよー」
教室で彩奈と二人で衣装について話す私。
「でも今年は王子様がいるじゃない。好きでしょ? 王子様」
「うん……いいよねぇ、白馬に乗った王子様」
王子様を想像して、キラキラと瞳を輝かせる。
何を隠そう、子供の頃から白馬に乗った王子様に憧れ続けている私。
現実にはいるわけないとわかっていても、やっぱり憧れてしまう。
「ーー花音」
いきなり後ろから抱きつかれ、驚いて振り返ると突然頬にキスをされる。
「ひ、ひぃくん……」
キスをされた頬をおさえると、一気に真っ赤になる私の顔。
「……それでよく
呆れた顔で私達を見る彩奈。
「ねぇ、響さん。花音がね、白馬に乗った王子様が見たいんだって。ハロウィンで仮装してくれる?」
「うん、いいよー」
彩奈の言葉にすんなりと頷いたひぃくん。
「えっ?! ……本当に?! 本当にしてくれるの?!」
「うん。花音が望むなら何にでもなってあげるよー」
そう言って優しく微笑んでくれるひぃくん。
……なんて優しいんだろう。
私、絶対に今年もお姫様やる。
「じゃあ私お姫様になる。ひぃくんとペア仮装だよ」
私が笑顔でそう伝えると、ひぃくんは私を抱きしめて「花音可愛いー」とスリスリと頬を寄せる。
今年は初めてひぃくんとペア仮装ができる。
そう思うとニヤケ顔が止まらない。
シラけた顔をする彩奈の前で、私はひぃくんに抱きしめられたままずっとニコニコと笑っていたーー。
※※※
ーーーピンポーン
「あっ!みんな来た。私出るね」
ハロウィンパーティ当日、料理の準備をするお兄ちゃんにそう告げると、私はリビングを出て玄関の扉を開けた。
「「「ハッピーハロウィン!」」」
仮装をした彩奈や斗真くん達がニコニコと微笑む。
「ハッピーハロウィン! お菓子ちょうだいっ!」
「あんたねぇ……来て早々カツアゲみたいな事言わないでよ」
私の言葉に呆れた顔をする彩奈。
「だって……普通はそうでしょ? ハロウィンて」
「あれは子供だけよ」
「えーじゃあお菓子ないの……?」
「だいたいね、逆よ。花音が私達にお菓子渡すのよ」
彩奈の言葉にガックリと肩を落とす。
だって毎年ひぃくんとお兄ちゃんはお菓子くれるのに……。
「……か、花音ちゃん。お菓子はないけどケーキは買ってきたから。皆で食べよ?」
「本当っ?!」
「うん」
ケーキの箱を私に見せると、ニッコリと微笑む斗真くん。
やっぱり優しい。
「斗真くんありがとう! ……皆どうぞ入って。お兄ちゃんがね、いっぱい料理作ってくれたんだよ」
笑顔でそう告げると、皆を家に迎え入れる。
「……響さんまだ来てないんだ?」
リビングを見渡した彩奈は、そう言って私に訊ねた。
「うん、もう来るんじゃないかな」
紙コップに人数分のジュースを注ぎながら答える私。
「楽しみだね、王子様」
「うん」
彩奈の言葉に笑顔で頷く。
ーーーピンポーン
「あっ!お兄ちゃん、ひぃくんだよ。出て」
ジュースの準備で忙しい私は、そう伝えるとお兄ちゃんに任せた。
暫くして戻ってきたお兄ちゃん。
何だか顔を引きつらせ、リビングの扉の前で突っ立っている。
どうしたの?
「お兄ちゃん……?」
私の言葉にゆっくりと視線を移したお兄ちゃんは、私を捉えると口を開いた。
「お前がリクエストしたって本当か?」
「え……?」
何が?
……王子様の事?
そんなに引かなくてもいいじゃない。
「お前どんな趣味してるんだよ……」
「……え?」
私の趣味ってそんなに変なの?
王子様は女の子の憧れでしょ、普通。
「ーーかのーん! ハッピーハロウィーン!」
ーーー!!!?
お兄ちゃんを突き飛ばして入って来たひぃくん。
その姿に、リビングにいた全員が固まった。
全身真っ白なタイツに身を包んだひぃくん。
その顔は……馬。
いや、正しくは馬の首からひぃくんの顔が出ている。
え……。
その姿に、私も含め全員がドン引く。
ピッチピチのタイツで馬の頭を着けたひぃくん。
何をどうしたらそうなった……。
私は確かに王子様をリクエストした。
馬ではない。
……何故?
「花音とペア仮装ー」
そう言って、嬉しそうに私に抱きつくひぃくん。
思わず顔が引きつる。
どこがペアなの……?
……お姫様と馬のどこがペアなの、ひぃくん。
それよりそのピッチピチのタイツ……。
キモすぎて笑えない。
私の目の前で、顔を引きつらせた彩奈が口を開いた。
「あ……あ、あの……響さん。その仮装は……?」
「え?……馬」
ニッコリ微笑むひぃくん。
……いや、馬はわかりますとも。
だから何故馬になったの……?
ひぃくんの答えに彩奈も同じ事を思ったのか、顔を引きつらせながらも再度訊ねる。
「何故馬に……?」
「だって花音が言ってたから。白馬になった王子様がいいって」
「……」
ひぃくん違うよ……。
……白馬に乗った、王子様だよ。
周りがその姿にドン引く中、馬の頭を揺らしながらニコニコと微笑むひぃくん。
ひぃくん……。
そのメンタルは尊敬に値するよ。
勘違いとはいえ、私の為にこんな仮装までしてくれたひぃくん。
私はやっぱりそんなひぃくんを嫌いになれない。
ピッチピチのタイツを着た変態みたいなひぃくん。
その姿に、私の顔は引きつったまま固まる。
ごめんね、ひぃくん。
私、上手く笑えない……。
でもね、嫌いなわけじゃないんだよ。
ひぃくんがどんな姿をしていても……
それでも私はあなたが大好きですーー。
ーー完ーー
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