第37話★何度でも、君に恋をする パート6
「大好きだよ……。私、ひぃくんの事……大好きだもん……。不倫なんて……浮気なんて絶対にしないよ……っ」
まるで独り言のように小さな声でそう呟くと、ガクガクと揺れていた身体がピタリと止まった。
「……本当っ!? 」
キラキラと瞳を輝かせたひぃくんは、とても嬉しそうな顔をして私を見つめている。
またですか……忍法、涙隠しの術。
あんなに流していた涙は
目の前で嬉しそうに微笑むひぃくんを見て、目まぐるしく変わるその表情にヒクつく私。
「ーー良かったなぁ、響っ! 」
それまで黙って私達を見ていたお父さんは、そう言ってポンッとひぃくんの肩に手を乗せると嬉しそうに笑った。
「うんっ! 花音、結婚してくれるって! 」
「そうかー! 良かったなー! 」
……えっ!?
嬉しそうに話す二人を見て、焦った私は二人に向けて口を開いた。
「わ、私っ! 結婚するなんて言ってないよ!? 」
「何言ってるんだよ、花音。言ってたぞ? 結婚するって。……なぁ? 響」
「うんっ! 言った! 」
えっ?!
私、言った?! 言ったの?!
自分でも気付かない内に、無意識に言ってしまったの?!
パニックで混乱する私は、チラリとお母さん達に視線を向けてみる。
すると、私の視線に気付いたお母さん達はニコリと優しく微笑んだ。
えっ……。
その笑顔の意味は……?
やっぱり……私は言ってしまったの? 結婚するって……。
お母さん達のその笑顔に、益々混乱してしまった私は呆然と固まる。
その隙に、再び私の右手にボールペンを握らせたひぃくん。
「じゃあ、ここに名前書いてねっ」
フニャッと笑って小首を傾げたひぃくん。
そんな姿を見て、思いっきり顔面を
いや……ちょっと待って……。
や、やっぱり言ってないっ!
…… 私、結婚するなんて言ってないよーっ!
今にも泣き出しそうな顔をする私は、
お願いっ……お兄ちゃん、私を見捨てないで……っ。
この場で唯一頼れる存在だと思われるお兄ちゃんを見つめ、瞳を潤ませながら心の中で懇願する。
ソファに座って呆れながらこの光景を眺めていたお兄ちゃんは、そんな私を見て大きな溜息を吐くと口を開いた。
「……だから、からかうなって言ってるだろ。花音はすぐ騙されるんだから……」
ーーー!
お兄ちゃんっ……。
私を見捨てた訳じゃなかったのね……っ!
お兄ちゃんに見捨てられたと思っていた私は、目の前のお兄ちゃんを見て喜びに小さく身体を震わせる。
「……お兄ちゃんっ! 」
ガバッと立ち上がった私は、そのままお兄ちゃんへ向かって走り寄るとギュッと抱きついた。
「……っ私を見捨てた訳じゃなかったのねっ!? 良かった……っ 」
「……見捨てるって何だよ……」
泣きそうな顔をしながら喜ぶ私を見て、呆れながらも優しく抱きとめてくれたお兄ちゃん。
やっぱり、私の味方はお兄ちゃんだけだよ。
これからもずっとずっと、私の味方でいてね。
そんな事を思いながら、フフッと小さく微笑む。
そんな私をすぐ近くで見ていた彩奈は、クスッと小さな笑い声を漏らした。
「ーー花音」
ーーー!?
突然ヌッと私の顔を覗き込んできたひぃくんは、私と目を合わせると小首を傾げてフニャッと微笑んだ。
ビックリした……。
いきなりのドアップとか、心臓に悪いから辞めて欲しい。
目の前でニコニコと幸せそうに微笑むひぃくんを見て、何だか嫌な予感がしてきた私は無意識にお兄ちゃんの服をキュッと握りしめる。
怖いよひぃくん……。
何だか凄く怖い、その笑顔……。
「良かったねー。翔も賛成だって、俺達の結婚」
そう言って、私の目の前でニコッと笑ってみせたひぃくん。
この人は一体、何を言っているの……?
さっきのお兄ちゃんの言葉、本当にちゃんと聞いてたの?
……何をどう聞き間違えたらそんな解釈になるっていうのだ。
目の前にいるひぃくんを見つめ、私は思いっきり顔を
まっ……負けないんだから……。
そう、今の私にはお兄ちゃんがついている。
ひぃくんになんて……絶対に負けないんだからっ!
そんな事を思った私は、気持ちを立て直すと目の前のひぃくんをキッと睨みつけた。
「……そんなに見つめないでよ、花音。可愛すぎて我慢ができなくなっちゃうよー」
私の顔を見てそんな事を言ったひぃくんは、ユラユラと揺れてとても嬉しそうに微笑む。
私は見つめているのではなく睨んでいるのだ。
そんな事ですら、もう今のひぃくんには伝わらないのだろうか……。
ダメだ……私ではやっぱり敵わないかもしれない……。
ニコニコと嬉しそうに微笑むひぃくんを見て、気持ちで負けてしまった私はヒクリと口元を
そんな私達のやり取りを黙って見ていたお兄ちゃんは、突然ひぃくんの肩をガシッと掴んで後ろへ押し退けると口を開いた。
「響……それ以上花音に近づくな。……だいたい、俺がいつ結婚を認めたんだよ。勝手な事言うな」
「えー? 言ってたよ? さっき」
「言ってないだろ。一体どんな解釈したらそうなるんだよ……」
ニコニコと微笑むひぃくんを見て、お兄ちゃんは呆れたような顔をして小さく溜息を吐く。
「またまたー。……照れなくてもいいんだよ? ちゃんと解ってるから」
そう言って、フニャッと笑って小首を傾げたひぃくん。
「……お前は何にも解ってないよ。何で照れる必要があるんだよ……アホ」
目の前で呑気に微笑んでいるひぃくんを見て、お兄ちゃんは呆れた顔のまま溜息まじりにそう小さく呟いた。
「何だー? 翔。お前、照れてたのか? ……おかしな奴だなー、何でお前が照れる必要があるんだよ」
そう言って、ハハハッと豪快に笑うお父さん。
「だから、照れてないって。おかしいのはコイツだろ……」
ウンザリした顔でそう呟いたお兄ちゃんは、もはや戦意喪失気味に見える。
それもそうだ。
ひぃくんもお父さんも、全く話が通じないのだ。
こんな二人を相手に、どう対抗すれば良いというのか……。
私だってわからない。
でも、ちゃんと話して説得するしかないのだ。
だって私は、高校生で結婚だなんて……そんなのしたくないから。
「……ひぃくん。私、やっぱりまだ結婚はできないよ。だって私……まだ高校生なんだよ? 」
またひぃくんが大泣きしたらどうしよう……。
そんな事を考えてビクビクとしながらも、目の前のひぃくんに向かってハッキリとそう宣言した私。
「恥ずかしがっちゃって可愛いねー花音はっ」
ニコッと笑ったひぃくんは、そう言うと私の頬をツンッと突いた。
「ち……違うよ、ひぃくん……。私、恥ずかしがってるんじゃなくて……」
「大丈夫だよ、ちゃんと解ってるから」
いや、解ってない……解ってないよ、ひぃくん……。
私、全然大丈夫じゃないから……っ。
目の前でニコニコと微笑むひぃくんを見て、あまりの話しの通じなさに徐々に顔面蒼白になってきた私の顔。
「翔も花音も照れ屋さんだなー」
そんな事を言って、ハハハッと豪快に笑うお父さん。
……だから、違うってば。
何言ってるの? この二人……。
二人を見てドン引きする私は、真っ青な顔をしたまま大声を上げた。
「……本当に違うからっ! 私……まだ高校生なんだよっ?! 結婚なんてできるわけないでしょ……っ! やめてよっ、お父さんまでっ! 」
突然の私の大声にキョトンとした顔を見せたひぃくんは、フニャッと笑うと口を開いた。
「……そっか。花音は沢山エッチがしたいんだね? いいよ、いっぱいしようねっ」
ーーー!?
ひぃくんの放った言葉に、私の顔面がピクリと
私が一体……いつエッチの話しをしたというんですか……?
それではまるで、私が性欲マシンの変態みたいじゃない……。
……なんて事言うのよ、ひぃくん。
私にはもう……ひぃくんの思考が全く解りません……。
私の目の前で呑気にニコニコと微笑んでいるひぃくん。
そんなひぃくんに向けて、私は今にも泣き出しそうな顔をすると口を開いた。
「……っひぃくんの変態っ! バカッ! ……っもう嫌いっ! あっちに行ってっ! 近寄らないでっ! 」
そんな暴言を吐きまくった私は、羞恥に耐えきれずにお兄ちゃんの胸に顔を埋めた。
「かのーんっ! 」
ーーー!!?
そんな私をお兄ちゃんごと抱きしめたひぃくん。
あぁ……またデジャヴが……。
身体が傾く中、そんな事を思った私。
そのままゆっくりと倒れてゆくと、気付けばソファの上でサンドイッチ状態の私達。
私の下にはお兄ちゃん、上にはひぃくん。
重くて死にそうだから……本当に辞めて頂きたい。
「恥ずかしがっちゃって可愛いねー、花音は。いっぱいエッチしようね」
「……っこの体勢で変な事言うなよっ! 気持ち悪いなっ! 早くどけっ! ……揺れるなっ! 」
私の上で身体を揺らしながら、「かのーんっ、かのーんっ」と嬉しそうな声を上げるひぃくん。
やっ……やめて……お願い、揺れないでっ。
……っひぃくんのバカ……変態……っ。
苦しさに呻き声を上げるだけの私は、心の中で何度もひぃくんを変態と罵る。
私は苦しさと羞恥に顔を真っ赤に染め上げると、私の上で揺れているひぃくんの体温を背中越しに感じた。
その温もりが何故かとても優しく感じたのは……私の気のせいなのだろうか。
……やっぱりひぃくんはちょっと変。
いつだってこうして私は振り回されるのだ。
それはこれからもきっと変わらない。
そんなひぃくんの事を、時には嫌だなんて思ったりする事もある。
でも、やっぱり私は……。
どうしようもない程にひぃくんに惚れているんだと思う。
だってそのたびに私は……。
何度だって、また君に恋をしちゃうんだからーー。
ーーー完ーーー
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