第36話★何度でも、君に恋をする パート5



「ーーお? なんだー? 懐かしいもの見てるなぁ」


そんな軽快な声を上げながらダイニングへとやって来たお父さん。


テーブルに広げられたアルバムを覗いて、「懐かしいなー」と言ってニコニコと嬉しそうに笑っている。


その手元を見てみると、写真らしき物を持っている。


「お父さん、もうプリントできたの? 」

「ん……? あぁ、もう終わったよ」


アルバムから視線を上げたお父さんは、私を見てニッコリと微笑むと、手に持っている写真から一枚だけ引き抜いて私に差し出した。


私がその写真を受け取ったのを確認すると、お父さんは残りの写真をアルバムに入れ始める。


「いやぁー、本当に可愛いなー二人共っ」


そう言いながら、デレデレとした顔を見せるお父さん。


そんなお父さんが今整理しているのは、私と彩奈が写っている大量の写真。


あの地獄のような三十分間に、お父さんはこれだけの量を撮影していたのかと、目の前にある写真の多さにドン引きする。


渡された一枚の写真と見比べ、その枚数の違いに思わず痙攣ひきつってしまった私の顔。


お父さん、今日の主役はお兄ちゃん達だよ……?

何の為にデジカメ持って行ったのよ……。


そんな事を思いながら、自分の手元へと視線を移す。


銘板めいばん前で全員で撮った写真を見つめ、クスリと笑い声を漏らした私。

(※校門にある学校名の書かれた看板のこと)


「……お父さん。はい、これも」

「ん……? あぁ、良く撮れてるだろー? それっ」

「うん、そうだね」

「よしっ。じゃあ……この写真はここだなっ」


私から写真を受け取ったお父さんは、ニコッと爽やかに笑うとその写真をアルバムに収める。


「響は相変わらず泣き虫だなー」


そう言ってハハハッと豪快に笑うお父さん。


うん……お父さんもね。


そんな事を思いながら、私はアルバムに収められたばかりの写真を眺めた。


そこには、とても幸せそうに微笑む私と、その後ろで私を抱きしめて泣いているひぃくんの姿が写っている。


思わずクスッと笑い声を漏らした私は、その写真にそっと指で触れると、ひぃくんの姿をツーッとなぞる。


本当に泣き虫だよね。

……大好きだよ……ひぃくん。


私を想って涙を流すひぃくんを見て、何だかそれがとても愛おしく思えた私。


写真を見つめながらそんな事を考えている私の横で、優しい眼差しで私を見つめるお父さん。


私はそんな視線に気付かないまま、幸福感からフフッと小さく微笑んだ。


「ーー花音」


突然の声に振り向くと、そこにはニコニコと微笑むひぃくんの姿が……。


何だか異常に嬉しそうに微笑むひぃくんを見て、反射的に思わず一歩後ずさる私。


長年の経験から、嫌な予感しかしない……。

目の前のひぃくんを見ると、何だかそんな気がするのだ。


「約束、覚えてるよね? 」


そう言って、フニャッと笑って小首を傾げたひぃくん。


えっ……? 約束……?

私、何かひぃくんと約束したっけ?

……ダメだ……全然思い出せない……。


どうやら約束? をしたらしい私は、その約束を忘れてしまった罪悪感から、幸せそうに微笑むひぃくんを見上げてヘラッと笑った。


……ごめんなさい……忘れました。


そんな事言えない私は、何とか誤魔化そうと必死で笑顔を作る。


そんな私の口元がピクリと痙攣ひきつった時、目の前にいるひぃくんがニッコリと微笑んで口を開いた。


「高校卒業したら結婚するって約束したでしょ? 」


そう言って私に婚姻届を渡したひぃくん。

しかも、ちゃっかりとボールペン付きだ。


「えっ……? 」


婚姻届を見つめて固まる私を見たひぃくんは、ニコッと笑うと私の腕を掴んで椅子へと座らせる。


そして、私の右手にボールペンを握らせたひぃくんは、「はい、ここに名前書くんだよー」と言ってフニャッと嬉しそうに微笑んだ。


ーーー!?


「……っえ!? ちょっ、ちょっと待ってひぃくん! 私そんな約束してないよっ!? 」


椅子に座ったまま軽く飛び跳ねた私は、隣にいるひぃくんを見つめて目を見開いた。


私はそんな約束をした覚えはない。

一体いつ、そんな約束をしたというのか……。


私の視界に映るひぃくんは、私の発言に一瞬驚いた顔を見せると、途端にその顔を曇らせて悲しそうな表情になる。


「高校卒業したらいいって言ったのに……」

「 いっ、言ってないよっ! 私、そんな事言ってないっ!


「酷いよ花音っ! 忘れちゃったの?! 期末テストの勉強見てあげた時っ……約束したのにっ! 」


大きな声でそう言ったひぃくんは、ついにボロボロと涙を流すと泣き出してしまった。


え……? あの時の事を言っているの?


目の前でメソメソと泣くひぃくんを見つめながら、私は一人、あの日の会話を思い出してみる。


私……卒業したら結婚するなんて……言ってないよ……?

卒業するまで結婚の話はしないでね、って話しだったはず。


そもそも、ひぃくんが卒業するまでではなく、私が卒業するまでという意味だ。

ひぃくんが卒業したところで、私が高校生である事には変わりはないのだから……それでは何の意味もない。


あの時、妙に聞き分けの良かったひぃくんを思い出す。

実際、あれから一度も結婚を迫ってくる事のなかったひぃくん。


それもそのはずだ。

数ヶ月後にはひぃくんは無事、卒業するのだから……。


「……ひぃくん……あれは、私が卒業するまでって意味だよ……? そもそも私、結婚するなんて言ってないよ……」


ーーー!?


そこまで言った後、目の前を見て後悔した私。


物凄い勢いでブルブルと震え出したひぃくんを見て、焦った私は恐る恐るひぃくんに向けて手を伸ばす。

ーーすると、俯いていたひぃくんが突然ガバッと顔を上げた。


ーーー!?


鼻水を垂らしながらブルブルと震えて泣くひぃくんは、ショックに顔を歪めたまま私に向かって口を開いた。


「卒業するの嫌だったのに……っ。でもっ……花音と結婚できると思ったからっ……だからっ……っだから我慢したのにぃーっ!!! 」


あまりの大声に、堪らず後ろへ仰け反ってしまった私。


こ……鼓膜が破れるかと思った……。


滝のような涙を流して大泣きするひぃくんを見て、私はヒクリと顔を痙攣ひきつらせる。


申し訳ないとは思う……。

だけど、勝手に勘違いしたのはひぃくんだし……。

私にはどうする事もできない。


「……ひっ……ひぃくん……。なんか……ご、ごめん……ね……? 」


本当に私が悪いのだろうか……?

そんな事を思いながらも、大泣きするひぃくんを放っておく訳にもいかず、とりあえず謝罪の言葉を述べた私はヘラッと笑った。


「花音っ……花音っ……。結婚してっ……下さい……っ」

「……っそれは……できないよ、ひぃくん……ごめんね……? 」

「どうして……? 約束したのにっ……。……っ! ま……まっ……まさか……っ! 」


青白い顔をしてガクガクと震え出したひぃくんを見て、今度はまた一体何事かと、怯えて身構える私。


「ふっ……ふりっ……不倫っ! ……花音っ! 不倫だなんてっ……不倫だなんて酷いよ……っ! 」


ガシッと私の肩を掴んだひぃくんは、そう言って泣きながらガクガクと私の身体を揺らした。


……不倫て何よ……。

私達まだ結婚もしてないじゃない。

私が浮気してるとでも言うの……?

……酷いよひぃくん。

私、こんなにひぃくんの事好きなのに……。


ユラユラと揺れる視界の中に見えるのは、鼻水を垂らしながら泣いているひぃくんの姿。


そんな情け無い姿を目にしても、やっぱり好きだなーなんて思えてしまう私は……相当ひぃくんに惚れているのだ。













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