♡最終章♡

第32話★何度でも、君に恋をする パート1



「もうすぐ卒業だなんて……あっという間だね」

「うん、そうだね」

「寂しいなぁ……」


三月十日に行なわれる卒業式まで、気付けばもう一週間をきってしまった。


たったの一年しか同じ学校に通えないなんて、こんな時二歳差の壁が大きく感じる。


「どうせ毎日会えるでしょ」

「そうだけど……」


冷めた顔をしてチラリと私を見る彩奈。


確かに毎日会える。だってお隣さんだし。


相変わらず夜中に私のベッドへ忍び込んでくるひぃくんのお陰……?か、私が目覚めて一番最初に目にする人物は毎朝ひぃくんだ。

きっとそれはこれからも変わらない。


だけど、同じ学校に通ってお昼には一緒に昼食をとる。そんなささやかな時間が私にはとても大切に思えた。


「彩奈は寂しくないの? もう学校でお兄ちゃんと会えなくなるんだよ? 」


最初からいなかったのと、途中からいなくなるのとではだいぶ違う。


……今まで一緒に過ごしてきた場所に、もう大好きな人の姿がなくなるのだ。


「うん……寂しいけど。でも仕方ないじゃない」

「そうなんだけど……」


彩奈の目線を追いかけるようにして窓の外を眺めた私は、大きく溜息を吐くと窓枠に置いた両手に顎を乗せる。


「……おばさん達、明日だっけ? 帰ってくるの」

「うん……そうだよー」


両手に顎を乗せたまま、気の無い返事をする。


そんな私をチラリと横目に見た彩奈は、小さく溜息を吐くと口を開いた。


「何よそれ、嬉しくないの? 一年振りでしょ? 」

「嬉しいけど……」


……勿論、凄く嬉しい。


お兄ちゃんの卒業式に出席する為、一時帰国をするお母さん達。


一年振りに会えるのだから嬉しくない訳がない。

だけど、今の私はそれどころではないのだ。


今までにも小学校中学校と経験してきたはずなのに、ひぃくんが卒業してしまう事がこんなにも寂しいなんて……。


恋とは恐ろしい魔法だ。


「……寂しいなぁ……」


両手に顎を乗せたままそう小さく呟いた私は、溢れそうになる涙をグッと堪えると大きく鼻をすすったーー。




※※※




「おばさん達に会えるの久しぶりだなー。楽しみだねー、花音」


私の手を握って歩くひぃくんは、そう言ってニコニコと微笑む。


「うんっ、楽しみ! 」

「もう帰ってるかなー? 」

「お昼前にはこっちに着くって言ってたから、もう家にいるんじゃないかな? 」

「そっかー。早く会いたいなー」

「そうだねー、早く会いたいねー」


お互いの顔を見て嬉しそうにニコニコと微笑む私達。


そんな私達の横を歩くお兄ちゃんは、チラリとひぃくんを見ると口を開いた。


「何でお前が俺以上に嬉しそうにしてるんだよ」

「だってー。花音のお母さんとお父さんだよ? そりゃ嬉しいよー」


フニャッと微笑んで小首を傾げるひぃくん。


「……俺も息子だよ。綺麗サッパリ忘れてくれやがって……」


そう小さく呟くと、細めた目でジロリとひぃくんを見たお兄ちゃん。


何だかそんなお兄ちゃんがあわれで、私は引きつった顔でアハハッと渇いた笑い声を漏らす。


「ごめんねー。お兄ちゃんっ」


ニッコリと微笑んでそう言ったひぃくんに、お兄ちゃんは口元をピクリとヒクつかせる。


「……お兄ちゃんて呼ぶな。俺はお前の兄貴になった覚えはない」

「拗ねないでよー、お兄ちゃん」

「……」

「もう忘れないから。ごめんね? お兄ちゃん」

「……もういいからお兄ちゃんて呼ぶな。そして俺の事は永遠に忘れてくれ……」


ウンザリとした顔でそう言ったお兄ちゃんは、ひぃくんから視線を逸らすと隣にいる彩奈と話しはじめる。


「拗ねちゃったねー、翔」


私に向かってフニャッと笑って小首を傾げるひぃくん。


「う、うん……そうだね」


拗ねた……?

というか、面倒になっただけでは……?


そうは思ったものの、私の横で幸せそうに微笑むひぃくんを見て、私は痙攣ひきつった顔で笑顔を作ると小さく笑い声を漏らした。


そのまま四人揃って私達の家までやってくると、扉に鍵を差し込んで玄関を開けるお兄ちゃん。


ーーーガチャッ


扉を開くお兄ちゃんの横から顔を覗かせた私は、玄関に置かれているいくつかの靴を流し見る。


……あっ! 帰ってきてるっ!


綺麗に並べられたお母さん達の靴を発見した私は、そのままお兄ちゃんの横を通り抜けて急いで中へと入った。


「お母さーんっ! お父さーんっ! 」


そんな声を上げながら、廊下をバタバタと走る。


ーーーバンッ


勢いよくリビングの扉を開けると、私は中に向かって大きな声を上げた。


「お帰りぃーっ!! 」


開け放った扉の先に見えたのは、ソファで寛ぐお母さんとお父さんの姿。


そんな二人を目にした私は、その勢いのまま二人の元へと駆け寄った。


「……っ会いたかったよぉー! 」

「まぁ……相変わらず元気ねぇ。ただいま、花音」


勢いよく突進した私に驚きながらも、優しく受け止めてくれたお母さん。


そんなお母さんは、私の頭を優しく撫でながらクスリと笑い声を漏らした。


お母さん……会いたかったよ。


鼻腔を掠める懐かしい匂いと、以前と変わらぬお母さんの優しい温もり。

その安堵感からか、何だか目頭が熱くなってくる。


お母さんにしがみつく手にギュッと力を込めると、私は溢れそうになる涙をグッと堪えた。


「ーー花音っ! 」


ーーー!?


突然グイッと腕を引っ張られたかと思うと、お母さんと引き離されてしまった私。


代わりに私を包み込んだのは、適度に筋肉のついた引き締まった腕。


私はそっと顔を上げると、その腕の主に向かって口を開いた。


「お父さん……っ苦しい……っ」

「……花音っ……花音……っまたこんなに可愛いくなって……っ。お父さん……寂しかったよぉ……っ」


鼻水を垂らしながら泣きじゃくるお父さんは、そう言って私をギュウギュウと抱きしめる。


ーーー!!?


「いっ……嫌ぁーっ! 」


はっ、鼻っ……鼻水が垂れるーっ!!


間近に迫ったユラユラと揺れる鼻水を見て、私の目は驚きに見開かれる。


必死にお父さんを押し退けようとするも、ガッチリと抱きしめて離してくれない。

お陰で私の涙はすっかりと渇いてしまった。


中々離れようとしないお父さんと格闘していると、リビングの入り口からお兄ちゃん達が入ってくるのがチラリと見える。


「……あっ! 彩奈っ! 」


私のその声に、ピタリと動きを止めたお父さん。


チラリと頭上を見てみると、さっきまでの鼻水は何処へやら、すっかりと涙を引っ込めたお父さん。


何事もなかったかの様な顔でお兄ちゃんを見ている。


「ーー翔、久しぶりだな。花音の事ありがとな。元気にしてたか? 」

「あ……うん。お帰り……」


爽やかな笑顔を見せるお父さんに、若干顔を痙攣ひきつらせたお兄ちゃん。


たぶん、あの一瞬の出来事を見ていたのだと思う。


私達の前ではすぐ泣くくせに、彩奈やひぃくんの前では絶対に泣かないお父さん。

まぁ、それがわかってたから彩奈の名前を呼んだんだけど。


一体どんな忍法よ……。

一瞬で涙を引っ込めるなんて、そんな技ができるのはひぃくんとお父さんぐらいだ。


爽やかな笑顔で話すお父さんの横で、安堵した私は小さく息を吐く。


……もうダメかと思った。

もう少しで鼻水が……私に垂れるとこだったよ……。


顔面間近に迫った鼻水を思い出した私は、その恐怖からブルリと身体を震わせた。










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